吾輩はフェストゥムである。 作:ミツバチ
吾輩はフェストゥムである。
どこで生まれたかは見当がつかぬ。たぶん海の中ではない。よく晴れた青空の下、「あなたはそこにいますか?」と尋ねて回っていたことは記憶している。
吾輩は
しかもあとで聞くところによると、それは人類軍という、人間の中でも殊更獰猛な種族であったそうだ。この人類軍という輩は我々を捕まえて煮て食うという話である。こわい。しかしこの当時、我々と吾輩はその見識を得ていなかったため、別段怖ろしいとは思わなかった。
ただこの時、妙なものだと思ったのを今でも覚えている。
実に奇怪なことに、その生き物の体躯は全て炭素で構築されていた。珪素ではなく炭素である。有機物質にしても、D型アミノ酸ではなくL型アミノ酸である。何故わざわざそのような頓狂な物質を使用して体組織を構築しているのか、てんで見当がつかぬ。更には何か、鉱物を加工したと思しきものに乗って空を飛んでいた。
後部の穴からぼうぼうと煙を吹いている。どうにも咽せっぽくて実に弱った。これが人間の乗る戦闘機というものであることはこの頃ようやく知った。
空中で静止したまま戦闘機を観察していたが、しばらくすると戦闘機は両翼から細長い物体を切り離した。それは非常に凄まじい速力でこちらに迫る。
―――何か、嫌な予感がした。
一体何事であろうか――と思っていると、なんかどかんと音がして吾輩の
……そこまでは記憶しているが、あとは何が起こったのかいくら考えても分からぬ。何故なら
我々という存在に根差す吾輩は多数いるが、あの吾輩という存在はあくまでも単一である。故にあの吾輩が砕け飛び散った欠片バラバラバラになった様は、吾輩には知覚できぬし、する必要もあまりない。何故なら吾輩はここにいるからだ。
吾輩がいなくなっても代わりはいるのである。
吾輩という存在は、常に我々と共にある。吾輩はここにいる。故に吾輩は我々の意思の下、この星――延いてはこの宇宙全ての存在と同化しなければならない。何故ならそれこそが我々――ミールの意思であるからだ。
よって、吾輩は
《―――あなたはそこにいますか?》
吾輩は我々の意思に従って、次々にこの星の存在を同化していく。すると戦闘機(※先程、吾輩を消滅させたのとは別の個体のようだ)が突撃してきた。
あの妙な物体をぶつけられてはこの星全土との同化の進行が滞る。それはあまり望ましくない事態だ。よって事前に排除するのが妥当だろう。
吾輩は指を触手状に変化させて操り、戦闘機を串刺しにした。
……どうやら同化する前にいなくなったらしい。人間の扱いは中々難しいようだ。吾輩は戦闘機を振り回し、他の戦闘機(※同化を拒否した個体)に叩き付けた。二つの戦闘機が指の隙間から抜け落ち、火を噴く鉱物の塊と化して落ちていく。
さて――と思い直して、次の存在へ意識を向ける。
今度は同じ失敗を繰り返さぬよう、細心の注意を払った。すると見事、存在を消さずに捕獲することが叶った。
どうやらこの戦闘機という物体は、燃える物質を燃焼させその反作用で飛んでいるらしい。爆発したのは、その燃焼する物質を貯蔵した箱のようなものに直接着火してしまったことが原因のようだ。うむ、これで吾輩はまた一つ賢くなった。
さて、それはともかく同化を―――……んん?
サムライ?
ハラキリ?
カミカゼ?
むぅ……吾輩には、なかなか理解し難い概念であるな。こわい。
* * *
吾輩は多数の生命と同化を行った。
その過程で吾輩は地球の方々を幾星霜と巡り、結果として多くの見識を得るに至った。当然、それ等は全てミールという我々の総体へと還元され遍く伝達されている。吾輩が理解したのであれば、その時点で
我々フェストゥムという存在は全が一であり、一が全である。故に人間のように個体間(※そもそも個のない我々に個体などという表現を使うのは不適切ではあるが)で意思の疎通を図る必要はないのだ。
言葉を介さずとも情報の送受信を可能とするこの生態を指して、人間は読心能力と称する。
そんな非常に便利な生態(※無論、我々と同様の情報伝達手段を持たない人間等別種族から見た場合を前提とした形容である)を持つ吾輩達フェストゥムであるが、極稀に、あえて読心能力を使わずに情報の伝達を試みようとする謎な存在が発生する事例があった。
―――たとえば、今吾輩の目の前にいる存在が正しくソレであった。
《ねえ、きみは空が綺麗だって思ったことある?》
吾輩と同型の珪素生命体が、何故かそんなことを問い掛けてくる。こわい。
空は空である。吾輩はそれ以外の形容を知らぬ。そもそも綺麗とはなんであろうか。いや、博識な吾輩は言葉としての意味と用法は無論知っている。知っているが、それは果たして吾輩達珪素生命体が同輩に対して使用するに相応しいものなのだろうか……?
仮に適当であったとして―――その場合、「吾輩、死んでもいいわ」と応じるのがベストなのであろうか? 吾輩は苦悩した。
《いや、悪いけどおれは別段きみに好意を感じてはいないかな》
《………………………………………………………………………》
ふむ、なるほど。今のは「
であれば、吾輩の応答は確定している。
《……そっか。きみも分かってはくれないんだね。きみは他の仲間達と比べてもずいぶん変わってるみたいだから、理解してくれると思ったんだけど。……残念だなぁ》
そう言って、目の前の同輩は肩を落とした。
一見した限りでは人間並みに情緒が豊かであるように見えるが……こいつ、本当に吾輩と同じ珪素生命体なのであろうか? 吾輩は困惑した。
去っていく同輩の背を観察する。
あの存在は個を獲得した訳ではあるまい。一種の中毒めいた症状であるとみるべきか。推測するに、人間と同化した折、その人間が記録していた情報にあてられた状態にあるのだろう。端的に言うなら一時的に故障したようなものだ。
ああいった存在が発生するのは稀だが、しかし前例がないという訳ではない。
その中でも最たる例は真壁紅音という人間と同化した存在であろうか。アレは我々の中でも明らかに異色な存在へと変化(※あるいは進化、であろうか)しており、既に自我と呼ぶべきものを確立している。その原因は不明だ。何故、我々の中からああいった特異な存在が発生したのか、全くの謎である。こわい。
―――いや、原因は分かっている。
人間との同化。彼等がその身に蓄えた情報を集積する度、我々ですら知り得ない
そうとしか、考えられない。
でなければ説明がつかない。
故に
人間と同化し、情報を蒐集し、その果てに他の
故に、吾輩は問う。
《―――――あなたはそこにいますか?》
問い掛ける。
問い掛ける。
問い掛ける。
飽きることなく、何度でも問い掛ける。
そうする内、やがて吾輩は人間を同化することを放棄した。我々の手段(※同化や読心能力)では正しく人間を理解することができぬと悟ったからだ。彼等を理解するためには、彼等と同じ言葉を駆使しなければならない。
吾輩は、
それが情報の収集・精査を行うために必要な措置であると、吾輩を含む
故に、吾輩はひとり――観察し、問いを重ねる。
人間へ。
人類という種へ。
同化を拒み、我々と戦う
何の力も持たず、ただそこに在る無辜の民達へ。
そして―――島に偽装した要塞艦、竜宮島に向けて。彼等に通じる言葉を使って、対話を持ちかける。我々は――否、吾輩は吾輩によって、その存在を理解する分岐を選択したが故に。
《―――――吾輩は、フェストゥムである》
まずは自己紹介から。
円滑な関係を構築するために発した吾輩の第一声が、蒼い空の隅々にまで朗々と響き渡った。