吾輩はフェストゥムである。   作:ミツバチ

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交渉である

 ……さて、どうしたものか。

 

 紅い巨人の攻撃を躱しつつ思考する。剣状の武器を振り回し、時に内部に仕込まれた火器を使ってプラズマ系のエネルギー弾を吾輩に撃ち込もうとしてくる。こわい。今のところ、初撃以外はどうにか回避しているであるが……読心能力が通用しないこともあって、ちょっとピンチである。

 

 ただし、それほど悲観的な状況でもない。

 

 執拗に吾輩を攻撃してきているのは二体の内の一体のみ。未だに戸惑っているのか、それとも先程の吾輩の言葉を信用しているのか。残るもう一方に攻撃の意思は見られなかった。

 

 ならばこちらを攻撃してくる方を力づくで制圧するか……否、それはあまりうまくない。

 

 こちらが攻勢に移れば、もう一方の巨人も静観をやめて攻撃に転じるかもしれない。むしろその可能性の方が高いだろう。ともすれば、一切手を出すことなく、どうにかしてこのいきり立った紅い巨人を鎮静化させる必要がある訳であるが……―――

 

 ―――閃いたである。

 

 吾輩は赤い巨人の攻撃を避けてそのまま飛び、二体の巨人から距離を取った位置に着地する。そして見せつけるように片腕を上げて、右手を差し出した。

 そして掌にフィールドを発生させる。

 二次元的な平面状のフィールドが掌上にできあがる。それを確認してから、吾輩は自らのコアの一部を分化。フィールドを通して実体化させ、人の姿をした器を構成した。

 

 ヒトの形をしているが――無論、人そのものではない。

 同化能力を持たないスレイブ型のフェストゥムである。

 

 主成分は炭素ではなく珪素。しかし外観は完全に人間。それもただの人型ではない。吾輩が持ちうる知識の中から選りすぐった、もっとも人間から愛される形を探求して造り上げたもの。

 

 即ち――ぼいんぼいんのないすばでーなちゃんねーの姿である!

 

 フフフ……この器を特使とすれば攻撃もされまい。やはり吾輩はとても賢いであるなぁ。

 吾輩(※スレイブ型)は大きく息を吸い込む。肺が膨らみ、豊かな胸の脂肪がぐっと押し上げられた。

 

「吾輩はフェストゥムである。当方に攻撃の意思はない。ただお前達との対話を望むものである。繰り返す。吾輩にはお前達を同化しようという意思は全くない」

 

 声を張り上げて勧告する。

 やはり吾輩の狙い通り、追撃はなかった。今度はどちらも呆然と突っ立っている……ように見えるである。

 

 兎も角、手応えはあった。

 

 そしてそれを裏付けるように。艦のスピーカーから、こちらの呼びかけに応答する声が響いた。

 

 作戦、大成功である。

 

 人型の器を造って人と接触するのは今回が初めてのことであるが……もしかしたら、けっこう有効なのかもしれぬな。うむ、これで吾輩はまた一つ賢くなったである。

 

 * * *

 

 早乙女(さおとめ)柄鎖(つかさ)は困惑していた。

 

 今この瞬間――彼の頭の中から、自分がL計画の責任者であるという自覚や責務だとか、そういった諸々が完全に吹き飛んでしまっていた。

 

 その原因は彼の目の前にある。

 

 齢は十代の半ばくらいだろうか。

 

 傍目には可憐な少女にしか見えない容姿。しかし彼女が有する金色の髪と同色の瞳は、見る者に“敵”を想起させる。そしてそれだけでなく白磁の肌すらもが光の反射具合によっては黄金や虹色に煌めいて見えるものだから、目の前の少女が人外であると否応もなく意識させられた。

 

 彼女は自らをフェストゥムと名乗った。

 

 そして、人間に危害を加える意思はないとも言った。

 

 だが、これは―――

 

「―――して、お前がこの艦の責任者で間違いないのであるか?」

 

「…………ああ、そうだが……」

 

「で、あるか。態々ご足労いただき感謝の極みである。……それで、話とはなんであるか? こちらの要求は既に伝えた通りであるが」

 

 かくりと首を傾けて少女は尋ねた。

 

 その表情に変化はない。

 精々が口が動いているくらいで、まるで人形か何かが喋っているようにも見える。そう認識した瞬間、早乙女は氷のように凍てつき硬直していた頭が即座に解凍されていくのを感じた。

 

 理解できない現実に直面して戸惑う男から、現場指揮者としての早乙女柄鎖へと切り替わる。

 

 ―――手短に状況を整理する。

 

 目の前に人型のフェストゥムが一体。

 そしてその後方に本体と思しきスフィンクス型が一体。

 

 対して早乙女は護衛もおらず銃すら所持していない。

 だがそれも仕方のないことだった。そもそもこのLボートにはスフィンクス型及びシーモータル型フェストゥムとの戦闘を想定した最低限の物資しか用意されていないのだ。携行火器の持ち込みなど望むべくもない。

 

 しかし早乙女に恐怖心はあまりなかった。

 何故なら――彼の両脇には、この世で最も頼りになる護衛がついているからだ。

 

 対フェストゥム専用思考制御・体感操縦式有人兵器『ファフナー』。

 選ばれた者にしか動かせない人類の切り札。傍らに控える二体の紅い巨人(ティターン)は、開発途中のノートゥング・モデルを除けば、現状において事実上の最新にして最強の機体(モデル)である。

 

 しかしそのファフナーも稼働時間に制限がある。

 十五分毎に搭乗者が交替しなければならないのだ。

 

 先の戦闘から既に十分が経過している。

 読心能力を持つ相手を眼前にして、パイロット交代の隙を晒すのはあまりにもうまくない。制限時間が訪れるまでの極短時間の内に、早乙女はL計画責任者として一つの決断を下す必要があった。

 

「……改めて、私の口から率直に問いたい。お前は我々人類の敵か?」

 

「誰彼構わず同化しようとするものを敵と定義するのであれば、否である。吾輩の目的は言葉による対話によって人類という存在を理解することにある。よって同化は行わない。ただ話すことを望むものである」

 

 淡々と語られたその主張に対し真面目に取り合える人間が、この地上に何人いることだろう。

 少なくとも早乙女個人としては、彼女の言葉を一笑に付して退けたいというのが嘘偽りのない本心であった。それどころか「化け物の言うことなど信用できるものか」と突っぱねてしまいたい衝動に駆られる。

 

 しかし、状況がそれを許さない。

 

 襲来する敵。その敵を倒すどころか、牽制するための弾薬すら足りない。最強の武器であるファフナーは四機全て健在ではあるが、しかしそれを動かすパイロットは八人中二人が既に()()()()の状態だ。

 掴めるものなら藁をも掴みたい。死にたくはないのだから。

 

(指揮者は厳格でなければならない。しかし、時には柔軟な対応も必要か……)

 

 冷静に考えつつも、しかし早乙女の口端は自嘲によって僅かに吊り上がっていた。

 

 そんなものは建前でしかない。

 

 死にたくない。死にたくなんてないのだ。

 

 L計画に参加した以上、死ぬ覚悟はできている。命を賭して戦うパイロット達にもそう宣言したばかりだ。しかし――それでも本心では、死ぬことなど決して望んではいない。

 

「…………」

 

 ふと、早乙女は目の前の少女から視線を切って紅い巨人を見上げた。

 

 二体のファフナーにはそれぞれ将陵僚と生駒祐未が搭乗している。

 

 

 ―――祐未の父さんは自分も参加する気でした。生きて帰るつもりだったと思います。

 

 

 僚の言葉を思い出す。

 脱出方法など最初から用意されていないのではないかと疑っていた早乙女だったが――今では、正しいのは彼の方だったと思っている。いや、信仰している、といった方が正しいか。

 

(流石に()()は想定外だっただろうがな)

 

 L計画立案者であった生駒正幸。そして――かつての戦友の顔が脳裏に蘇る。

 

 真壁紅音。

 

 フェストゥムと戦いつつも、彼等との共存の道を模索していた彼女。その彼女亡き後にこんな存在と遭遇することになるとは。早乙女はある種の天啓めいたものを感じていた。

 

 しかし感傷に浸る時間はない。

 思考を打ち切り、視線を目の前の少女――人の姿をしたフェストゥムに向けて、早乙女は口を開く。

 

「いいだろう。お前の申し出を受け入れる。我々を好きに観察し、対話するといい。ただし、そのためには三つ条件がある。艦内部への立ち入りの禁止。そして敵の迎撃と殲滅だ」

 

「うむ。お前達が同輩に同化されては吾輩の目的は達成しえぬからな。道理である。吾輩はお前達を護ろう。艦に立ち入りを禁ずるのは吾輩から内部の情報が漏洩することを危惧しているからであるな。理解した。以上、二つの条件を受諾するである。―――で。三つ目の条件とは?」

 

 首を傾げ、少女が尋ねる。

 早乙女は咳払いを一つ零してから、露骨に目を逸らして言い放った。

 

「―――服を着たまえ」

 

 全裸の少女は実に不思議そうに、先程とは反対側に首を傾げた。

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