吾輩はフェストゥムである。 作:ミツバチ
第九話…第二次L計画…どうせみんないn…うっ、頭が。
人間には服を着る文化と習慣がある。
当然、吾輩もそれくらいは知っている。にも拘わらずスレイブ型の吾輩を実体化させるにあたって服を用意しなかったのは、いくら人を模しているとはいえ、フェストゥムである身には不要なものだろうと判断したからだ。
この器はあくまでも人を模したものに過ぎない。
染色体を持たず、生殖器官も存在しない。故に裸体でも問題ないと思ったのであるが……どうやらそういう訳でもないらしい。やはり人間というのは複雑怪奇である。
吾輩は用意された服を着て、甲板の隅に座り込んでいた。
人間と対話する上ではスフィンクス型の器よりも人型の器の方が都合がいいので、主観はこちらのスレイブ型の方に切り替えて思考している。それでも本体というべきものはあくまでスフィンクス型の方であるのだが……まあ、そんなことはどうでもよいであろう。
重要、というよりも問題なのは―――
「やることが……ないであるな……」
青空と鏡写しに蒼く色づいた海を眺める。
潮風が頬を撫で、髪を遊ばせる。肌に触れ、視界を隠すのが思いの他邪魔であった。
甲板は無人である。
幾度となくフェストゥムとの戦闘を行ったのだろう。辺りには、球形にくり抜かれた傷跡と、紅い巨人の足跡などの損傷が至る所に刻み込まれていた。
この場にあるのは――ただ、戦いの記憶のみである。
かつてそこにあったもの。あらゆる情報は、傷跡のように深くその場に残留する。理論上、復元できぬ記録媒体は存在せず、跡形もなく消えていたとしても必ず再生が可能なのだ。吾輩達フェストゥムは、そういった場に残された記憶を読み込むことができるのである。
ここで八人消えている。
同輩達はあの紅い巨人に葬られた。
人類軍の兵器でできる芸当ではない。対フェストゥム戦に特化した、吾輩の知らぬ兵器であることは間違いないようだ。戦績そのものは極めて優秀である。……先の初戦闘時に吾輩が消されなかったのは幸運という他ないであるな。
と――まあ、それはさておき。
「……誰も来ないであるな」
ぽつりと呟く。当然、答える声はなく、耳に届くのは潮風と細波の音ばかりであった。
まあそれ自体は別段珍しいことではない。今までにも幾つもの人の群れを観察してきたが、そのいずれにおいても最初から好意的に吾輩に接してくる人間は皆無だった。彼等の前で何度も外敵を消し続け、そして時に傷病者へ祝福を与えた場合に限り、少しずつ味方として意識され始める。
けれどそこまでやってようやくスタートラインだ。自然体の彼等と言葉を交わすには、もっと努力が必要であるのだと吾輩は経験測によって理解している。
吾輩は艦の内部へと意識を向ける。
残存する三十二名の乗組員は、その全てが吾輩に対して猜疑と戸惑いの感情を向けているようだった。
彼等と対話を行うためには、吾輩が本当に彼等の味方であると認識させる必要がある。
「……長丁場になりそうであるなぁ」
ほぅと溜息を零し、空を見上げる。
青い空。白い雲。果てることのない蒼穹。それを見上げて、吾輩は思うのだ。
やはり――吾輩には、まだ、空が綺麗だと。そんな風には思えぬである。
「…………」
意味もなく空を眺め続ける。
やがて日が落ち、空はその色彩を変化させた。青から橙色へ。橙色から紫へ。紫から藍色へ。藍色から白へ。空は再び青く色付き、また暗く沈んでいく。
そんな風に日が落ちては登るのを繰り返した頃――
遠方にて重力震反応を感知。それと同時に、吾輩は己の主観をスレイブ型からスフィンクス型へと移行させる。そしてゆっくりと体を浮き上がらせた。
まずは一戦目。
千里の道も一歩から。この艦の人間達からの信頼を得るため、吾輩、張り切って頑張るである。
* * *
L計画。
切り離されたアルヴィス左翼側要塞艦――Lボートを竜宮島であると敵に誤認させ攻撃を誘導し、島の平和を護るためのプラン。期間は二か月。その間、俺達は自分達の力だけで生き残らなければならない。
計画開始から経過した時間は二週間。
四十人中、既に八人の乗組員がいなくなっていた。
そして八人いた俺達パイロットの内、二人が同化現象によって倒れた。一人は昏倒したまま意識が戻らず、もう一人は意識こそあるものの視力を喪失しその上自力では立つこともできないほど身心が消耗している。本人はまだファフナーに乗れると言ってはいるが……。
……敵よりも。
俺達の身を護る武器である筈のファフナーが、怖かった。
乗れば乗るほどに体を蝕まれる。俺達パイロットは皆で責任者である早乙女司令にファフナーの搭乗時間を十五分から十分に短縮するよう訴えたが、逆に時間を延ばす必要があると、そう言われた。襲来する敵を牽制するための弾薬が足りないからだった。
だが計画は始まってからまだ二週間しか経っていない。そんなに早くに駄目になってしまうような計画を立てるほど、祐未の父さんは馬鹿じゃない筈だ。
「病で余命幾許もなかった病人が、生還するつもりだったと?」
早乙女司令の言葉に、俺は自然に頷くことができた。
……生きて帰れなくていいと思っていたのは、俺の方だ。いなくなろうとしていた。俺を育て、居場所をくれた島に恩返しがしたいという想いは紛れもなく本物だ。ただ俺に残された時間は長くない。だからせめて、人の役に立つ形でいなくなりたいと、そう思っていた。
でも今欲しいのは生きる場所だ。死に場所なんかじゃない。俺は祐未の父さんを――その想いを信じてる。必ず生きて島に帰るのだという願いを。
戦わなければならなかった。
島に帰りたいのだから。その為に俺達はファフナーに乗り、戦った。
その日も。
襲来した二体のスフィンクス型フェストゥム。俺と祐未でツインドッグのフォーメーションを組み、敵を一体倒した。しかし一瞬の隙を突かれ――俺の乗る機体はフェストゥムの攻撃を受けた。
傾ぐ機体に黄金の巨体が圧し掛かり、押し倒される。
《―――あなたはそこにいますか?》
敵の同化現象。体の――機体の制御が思うようにいかなくなる。動けない。心の中に、得体の知れない何かが入ってくる。
以前、俺を庇って死んだ乗組員がいた。
ワームスフィア現象に飲まれる寸前に、俺を突き飛ばしてくれた人だ。名前は分からない。だけど、断末魔の声と悲痛に歪んだ顔だけははっきりと覚えている。
俺は彼――消えた八人達と同じところにいくのだと。そう、思った。
だが、そうはならなかった。
助けてくれたのは――敵である筈の、フェストゥムだった。
そのフェストゥムはあっという間に敵を倒した。しかもそれだけでなく、驚くべきことに俺達に向けて対話を呼びかけたのだ。人の姿で。人の言葉で。
………まあ、それは祐未に一蹴されてしまったんだけど。
しかし早乙女艦長のとりなしによって戦闘は回避された。
もちろん、本当に友好を結ぶのが目的じゃない。早乙女司令があのフェストゥムに対話のために提示した条件は二つ。艦内への侵入の禁止と敵勢力の迎撃。つまり表向きは要求を飲んだように見せかけておいて、敵を撃破するための戦力として飼うつもりなんだろう。
それが上手くいくかどうか――意見は人によって様々だった。
早乙女司令のように使えるものは何でも使うべきだという者。存在そのものが危険であるとして、今すぐ排除すべきだと訴える者。そして――本当に対話してみたいと考える者。
俺の場合は最後者だ。
彼女――といっていいのかは分からないけど。俺は彼女と話してみたかった。俺達は敵が一方的に攻撃してくるから戦っている。だから――戦う意思がないという彼女となら、話ができるんじゃないかと、そう思った。
何を話せばいいのかは分からないけど。まあ、それは実際に会ってみてから考えればいい。
しかし、彼女と話すことは許されなかった。本当に味方かどうかまだ判断できないからと、祐未と早乙女司令に止められた。
それから二日間。
俺達は、甲板に佇む彼女の姿をカメラの映像越しに監視し続けた。その間に艦内の閉鎖されていた区画が解放され補給を得ることが叶い、生きる望みが――島へ帰ることができるのだという希望が、現実味を帯びた。
一定期間毎に補給が行われ、最後には脱出手段が解放される。
祐未の父さんは、やはり生きて帰るつもりだったんだ。
皆が希望を抱いた日。程なくして、敵が襲来した。
そして――俺達は第二の希望の姿を目にすることになる。
敵がこの艦に近付くよりも前に。俺達がファフナーに乗って出撃するよりも前に。敵は――実に呆気なく殲滅された。言うまでもなく、“彼女”の手によって。
放たれた多数の小規模のワームスフィアがシーモータル型の群れの一体一体を寸分の違いもなく全て消滅させ、残るスフィンクス型を腕を変形させた剣――ガンドレイクを模したものだろうか――で貫き、同化してその存在を
「……すごい」
呟きは誰のものだったか。
敵と同じ姿をした存在。彼女は厳かで美しく、神々しい。その様に救いの神様なんてものを幻視してしまうほどに。
驚嘆は歓声を呼んだ。疑心の半分は興奮で埋め尽くされた。
味方だ。俺達の、唯一の味方だ。
勢いに任せてそんな風に言う者もいた。けれど俺自身の彼女に対する印象は変わらない。
甲板にひとりで座り込んだ背中が、なんだか寂しそうに見えたから。
ただ、話をしてみたい。
そしてできれば――あいつと、友達になりたいって、そう思うんだ。
だから俺は、彼女に声を掛ける。
「初めまして。隣、座ってもいいか?」
いつものように。俺が人と接するのと同じ態度で話しかけてみる。すると彼女はこちらを見上げて、「好きにすればいいである」と頷いた。
全然話が進まない…。
一話あたりの文章量を増やすべきか…。