吾輩はフェストゥムである。   作:ミツバチ

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週に一度くらいののんびりした更新になりますが、今後ともよろしくお願いします。


名付けて貰ったである

 後ろにいる金色の巨体にはできるだけ意識を向けないようにしつつ、“彼女”の隣に腰を下ろす。

 

 ここは甲板の端。海と空を一望できる場所だ。俺も少し前までは非戦闘時によくここにきて、景色を眺めていたりしてたっけ。

 

 そんなことを考えていると、隣の“彼女”がおもむろに口を開いた。

 

「お前は、吾輩との対話を望むのであるか?」

 

「ん? そうだけど……なんだよ、俺達と話したいって言ったのはお前の方じゃないか」

 

「うむ。こちらの目的に変化はない。……ただ、お前のような存在が吾輩の前に現れるのはもう少し先のことだと思っていたであるからな。少々、意外であっただけだ。他意はないである」

 

 その言葉を聞いて納得する。“彼女”は、俺達がどういう意図で自分を傍に置いているのか理解しているらしい。都合のいい戦力として飼われているのは承知の上ということか。

 

 少し、後ろめたい。

 

「……そっか。ごめんな。本当はもう少し早くお前と話したかったんだけど、周りに止められてて。来るのが遅くなった」

 

「謝る必要はない。吾輩、未だ人間のことを十分に理解できてはいないが、精神活動の大まかな働きくらいは把握している。恐怖という概念を我々フェストゥムは持たないが、それが人間にもたらす心理的作用は理解できるのだ。お前達が吾輩を恐れ、接触を避けるのは道理である。おかしなことはなにもないであろう」

 

 淡々と“彼女”は言った。

 

 彼女の顔の造りは彫刻みたいに端整で、その美貌は明らかに人間離れしている。玲瓏ながら表情を造らず、理知的な物言いをする姿は――なるほど、確かに人のものではないのだと、納得するしかなかった。

 

 ……あと、頭頂部の辺りから生えているぴんと跳ねた髪の毛が、他の髪とは違って虫の触角みたいに自立して動いているのも人外の特徴といえなくもない。

 

 ともかく、“彼女”は今の自分の処遇に納得しているようだ。

 

「……ありがとな」

 

 気づいた時には、俺はそんなことを言っていた。

 

 不意のことだったが意図は伝わったようで、“彼女”は表情を変えずこちらを一顧だにしないまま、しかし「気にするな」とでもいうように頭の触角を振った。

 

「お前達を観察し理解することが吾輩の目的だ。目的を達成できぬままお前達にいなくなられては、吾輩が困るであるからな」

 

 その物言い。言っているのが人間だったら「素直じゃないなぁ」とかそんな風に思うところだが。“彼女”の場合は、それが嘘偽りのない本心なのだろう。しかし俺は――なにか、それ以外の何かが、彼女の言葉の裏に隠れているような気がしていた。

 

 彼女自身すら気付いていないような、何かが―――

 

「ところで。お前の名はなんというのであるか」

 

「―――ん? ああ、ごめん。そういえばまだ自己紹介してなかったっけ」

 

 思わぬ形で思考を切られ、間の抜けた対応をしてしまう。

 

 学生の時分は初対面の相手には自分から自己紹介をするのが当たり前だったのだが。竜宮島を離れた今は、その習慣がすっかり抜け落ちてしまったようだ。

 

 これはいけないと自戒しつつ、俺は“彼女”に笑みを向ける。

 

「俺は将陵僚。字は……あっ、そういえば漢字は分かるか? 日本語は話せるみたいだけど」

 

「うむ。吾輩は漢字を理解している。マサオカ・リョウ――(となり)(ねむ)(せんゆう)、か。良い名であるな」

 

 響きを確かめるように口にして“彼女”は言った。

 

 そんな風に言われたのは初めてだったので、少し照れ臭い。

 

「ありがとう。それで、お前のことはなんて呼べばいい?」

 

「吾輩はフェストゥムである。個はなく、従って名前もない。好きに呼べ」

 

「好きにって言われてもな……」

 

 思わず困惑してしまう。

 いい加減“彼女”と呼ぶのもややこしいとは思ってる。だけどそのまま彼女をフェストゥムと呼ぶのは何か違う気がした。なら適切な渾名か呼び名をつけるのが妥当だとは思うけど……。

 

「それならさ、少しお前のことを教えてくれないか? 話すのには名前が必要だけど、名前を付けるには相手のことを知らなきゃできないからさ」

 

「吾輩に名前を……?」

 

 そこで初めて、彼女は表情らしきものを見せた。

 無表情のままなのは変わらず。その一方で、困ったような訝しむような気配。

 

 ―――なんだ。個がない、なんて。そんなことないんじゃないか。

 

「……今まで、人間は吾輩のことをフェストゥムと我々全体の名で称するものがほとんどであった。だが無論、例外もあったである。吾輩が接触を持ち観察した、人間の群れだ」

 

 ぽつぽつと語られた彼女の言葉に、思わず驚く。

 

「お前は、俺達以外の人間とも話そうとしたことがあるのか」

 

「うむ。お前達にそうしたように、吾輩は新国連人類軍の庇護から外れた幾つかの人間の群れと対話を試みたのである。その際に彼等は、同輩(フェストゥム)を退け、傷病者を祝福する吾輩を神やその使い、或いは化身と称して崇めることがままあった。……吾輩からすれば不可解な行動であったが。まあ、拒絶されるよりはマシであるので受け入れていたのである」

 

 ……竜宮島の外の情勢は、俺も少しは知っている。

 

 L計画のマニュアルにも書かれていることだ。日本が既に滅んでいること。それをやったのはフェストゥムと人類軍であること。もしもL計画の最中に人類軍と遭遇した場合、必ず無抵抗で投降すること。

 

 平和なのは島の中だけ。

 そう思っていたが――そっか。そうやって、安全に生きられた人達もいたのか。

 

 金色のフェストゥムを崇拝し、神とその信徒のように共存する者達。まるで宗教画のような光景が脳裏に浮かぶ。でもそんな厳かなものじゃなくて、もっと身近で親しみ易い関係だったのではないかと俺は思った。だって、今こうして実際に話せているんだから。

 

「その人達は、今どうしてるんだ?」

 

「………………皆、今はもういない」

 

 それは、半ば予想していた返答だった。

 彼女は今ここにいるのだ。だから、そういうことなのだろうと感じてはいた。しかし実際にその言葉を聞くと、胸の奥に重たいものが圧し掛かる。

 

 俺は重くなった空気を払うように、話題を変えた。

 

「……人と過ごしていた時、お前はなんて呼ばれてた?」

 

「色々だ。(ロゴス)、天使、ロキ、ベガ、ブリード、ヘルメス、プロメテウス――神、それも智慧に関連したものが多かったように思う。である」

 

「なんだ、ちゃんと名前をつけられてるんじゃないか」

 

「いいや。それらは全てお前達の神の名だ。吾輩の名前ではない」

 

 言いながら彼女は否定的に頭を振った。

 

 ……よし。なんとなくこいつの言いたいことは分かった。あとはどんな名前を付けるかだ。

 

 さっき、こいつが挙げていた名前を思い出す。

 

 そしてフェストゥム。意味はラテン語で祝祭。先程こいつも祝福という言葉を使っていたから、これも外せないだろう。

 

 祝祭。智慧の神。それから――ロゴス。

 

 それは昔、広く人類の間で信仰されていた神様であり、神の子の名だ。

 そして言葉や真理、教義、普遍などの多くの意味を持つ言葉でもある。

 

 

 ―――はじめに言葉(ロゴス)があった。言葉は神と共にあり、言葉は神であった。

 

 

 知識でしか知らない言葉をなぞる。

 それは確かに、彼女の存在を呼び表すのにぴったりな気がした。

 

「―――慧」

 

「む?」

 

言祝(ことほぎ)(けい)っていうのは、どうだ? お前の名前」

 

 我ながら良いネーミングセンスだと思いつつ告げてみる。すると彼女は少し狼狽えたように、触角を彷徨わせた。

 

「それは……人間の名前、なのではないか?」

 

「ああ。俺達の故郷の、人間の名前。もちろん俺が今考えた、お前だけの名前だよ。……あれ。もしかして気に入らなかったか?」

 

 不安になり、首を竦める。

 そんな俺の心配を否定して、“彼女”はぷるぷると首を振った。

 

「そんなことはない、である。コトホギ・ケイ……言祝、慧。うむ。わかった。気に入ったである。ありがとう、リョウ。お前達と共にいる間、吾輩はこの名を名乗るである」

 

「―――――」

 

 その時。

 確かに――“彼女”は、笑った。

 

 ほんの少しだけ口角が動いただけのとても淡いものだったけれど。それは確かに微笑みだった。

 

 呆然と彼女の――慧を眺める。

 

 アルヴィスの制服に身を包んだ少女。その見た目は人間と変わらず、年の頃は俺と同じか一つ下くらいに見える。酷く怜悧で怖いくらいに可憐な容姿は人間離れしているが、それでも今の彼女は決して人間と大差のない存在なのだと――俺は、そう思った。

 

「……ところで」

 

「ん? なんだ、慧。気になることがあるのか?」

 

「うむ。あそこから我々を観察しているのは誰であるか?」

 

 そう言って、慧は俺の後方――甲板から艦内へ通じる施設に目を向けた。

 

 俺は振り返ってそちらへと目を向ける。すると、見慣れた少女の姿が少しだけ見えた。どうやら出入り口に身を隠して、こっちの様子を窺っているらしい。……半眼で睨まれているのはきっと気のせいじゃないよな、あれ。

 

「ああ。あいつは生駒祐未。俺の幼馴染だよ。おーい、祐未! お前もこっちに―――」

 

 言いかけた所で、言葉ではなく苦悶が喉から漏れた。

 

 腹の右上の辺り――肝臓が痛む。慣れた苦痛に思わず顔をしかめ、体を傾けた。

 

「リョウ? ……お前、体を病んでいるのであるか。肝臓が正常に働いていない」

 

「見ただけでわかるのか。すごいな」

 

 苦笑しつつ肯定する。

 遠目からでもこっちの異常を悟ったのか、祐未が驚いた顔で入り口から顔を出すのが視界の端で見えた。

 祐未がこっちへ来ようとしている。

 その少しだけれど決して短くはない時間の最中に、不意に慧は言った。

 

「……リョウ。もしも吾輩が、お前を祝福することでその病魔を退けることができると言ったら、どうするであるか」

 

「なん、だって? それって、この病気を治せるってことか!?」

 

 目を見開いて問い返す。驚きから自然と語気が荒くなったが、慧に気にした様子はなかった。

 

「吾輩は人間の群れを観察していた。その間、観察対象である人間がいなくなることがないよう、祝福によって病や傷を消した。それを人間は神の奇跡と称したが……まあ、それはどうでもよいであるな」

 

 一旦、言葉を区切る。

 それと同時に理解した。確かに、そんなことができるのなら神様だって崇拝されてもおかしくない。本当の奇跡だ。

 

 しかし―――

 

「ただし、それは治療ではない。祝福なのだ。吾輩が同化することで、該当箇所を正しい機能を持った存在へと新生させる。不可逆の傷を不可逆の再生で以って上書きするのだ。概念としては、機械の義手や内臓を取り付けるのと概ね同義である。……自分の体に異物を埋め込むことを拒む者は多い。よって吾輩はお前に選択肢を提示するだけに留める。押し付けることはしない」

 

 ―――あくまで、選ぶのはお前だ。

 

 そう告げて、慧は黙り込んだ。ただ無言で俺の目を見据えている。

 

 この病気が、治る。

 

 遺伝性の、産まれ付いての病。一生俺について回り、ろくに家の外へ出ることすら叶わなかった原因。そして近い内に俺の命を奪うであろうもの。遠見先生は完全に症状が改善する可能性があると言ってくれたけれど――この二か月。L計画終了までに俺の命があるかどうかは、とても危うい。その自覚があった。

 

 ファフナーの同化現象。

 もしもそれに耐え切ることができたのだとしても、俺はそう遠くない内にいなくなる。

 

 ……死にたくない。死にたくなんて、ない。

 

 生きられるのなら生きたい。求めていたのは死に場所ではなく生きる場所だ。そう気が付いた今なら、L計画が終わって島に帰って――その先もずっと生きていたい。

 それがたとえ体に異物を埋め込むようなものだとしても――縋りたいと、そう思う。

 

 だけど―――

 

 だけど、本当にそれでいいのか?

 

 俺の戦いは、まだ終わっていないのに。

 

「……慧。お前の提案は嬉しいよ。押し付けずに、選択肢を与えてくれたこともさ。だけど、もう少し甘えてもいいか?」

 

「…………」

 

「俺達は故郷を護るために戦ってる。それが終わって、帰る時――もしもその時まで俺の命があったら、俺、お前の祝福を受けるよ」

 

「わかったである。ならば吾輩は、その時までお前達を護り続けよう。……観察対象であるお前達にいなくなられては、困るであるからな」

 

 本当に素直じゃないなぁ、こいつ。

 今度は自然にそう思えた。そのことがちょっとだけおかしくて、俺は思わず笑ってしまう。

 

 その時、祐未が駆けつけてきた。

 

「ちょっと、僚! 大丈夫!?」

 

「ああ、大丈夫だよ。ちょっと痛かったけど、今はそうでもないから」

 

「なら、いいけど……」

 

 祐未は安堵する一方で、俺の隣に佇む慧と――そしてその後ろにいる金色の巨体を交互に見やった。まあ、無視するのは無理だよな。ふつう。

 

「吾輩はフェストゥムである。名前はコトホギ・ケイ。先程、リョウに名付けて貰ったである。よろしくである、ユミ」

 

「あ、えっと、その……よろしく。って、あれ? どうして私の名前を……」

 

「ああ、俺が教えた」

 

「ちょっと、勝手なことしないでよ、もう!」

 

 祐未の怒声が甲板に響く。俺はそれに笑みを返して、空を見上げた。

 

 

 ―――人類は戦っていた。

 どこか遠い宇宙(そら)から来た敵――フェストゥムと。

 

 

 滅ぼすか滅ぼされるか。互いに歩み寄る余地など、まだどこにもなかった。

 

 誰かが生き延びるために、誰かが犠牲になるしかなかった。そう思っていた。けれどもしかしたら、俺達の目の前には今――まだ誰も知らない道が続いているのかもしれない。

 

 平和へと続く道。

 ここにフェストゥムと人間の共存する未来への道があるのだと――この時、俺は心の底からそう願っていた。

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