吾輩はフェストゥムである。   作:ミツバチ

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戦いである

 Lボートは戦火の只中にあった。

 

 此度、襲来したフェストゥムはスフィンクス型――後にウーシア型と名称を改められる種である――が五体。そしてその五体のスフィンクス型フェストゥムが生み出したシーモータル型フェストゥムの大群が、Lボートを取り囲むように素早く旋回している。

 

 甲板には四機のファフナー。

 

 Lボートに備えられた火器と合わせて、腕部のバルカンと試作型ガンドレイクを駆使して次々にシーモータル型フェストゥムを打ち落としていく。

 

 今のシーモータル型にワームスフィア現象を発生させる力はない。彼等の()()手段は、触手による刺突と同化現象のみだ。更にその体躯は戦闘機程と小柄で、ファフナーであれば対処は易く、通常兵器での撃滅も十二分に可能である。

 

 鉛弾とプラズマ火球の直撃を受けてコアを喪失し、自らワームスフィア現象に呑まれて消える黄金の珪素生命体達。

 

 その総数は減少傾向にあるものの、とても人類側が優勢であるといえる状況ではなかった。

 

 シーモータル型フェストゥムを生み出す親玉が、未だ健在であるが故に。

 

《……慧》

 

 ファフナー・ティターン・モデル――その三番機に搭乗した将陵僚が、一瞬だけ空を見上げた。

 

 少し前まで、天空には六体のスフィンクス型フェストゥムがいた。

 

 今は四体にまで減っている。

 

 三体の敵と、言祝慧のスフィンクス体だった。

 

 ファフナー出撃から五分と経過していないにも関わらず、慧は恐るべきスピードで敵を屠っている。しかしそれは対フェストゥム戦の経験がほとんどなかった竜宮島勢力から見た戦況だ。

 

 慧は、自己の経験に基づいた情報から、客観的に状況を分析する。

 

(……想定していたよりも当方が劣勢。同輩の個体防壁が堅く、同化耐性も高いである。ミールが今の吾輩の能力を理解し始めているのか。厄介であるな)

 

 慧はスフィンクス型フェストゥムの亜種だ。

 

 配下の群れを生み出す能力を喪失した代わりに、思考防壁と探知・同化能力が極限まで高まっている。ミールとの同期を断ち、その上で敵フェストゥムのコアを食らい同化することを繰り返した結果だった。単独で自らのコアに情報を集積し続けたことにより、誰にも予測のつかない変化が“彼女”に生じている。

 

 慧は剣状に変化させた右腕を、敵フェストゥムの胸部に目掛けて突き立てた。

 

 しかし剣先は届かない。半ば可視光で形成された防壁が、剣の接触を阻んでいる。

 

《おおぉぉぉおおおおおおおおッ!》

 

 裂帛と同時に、右腕の剣が防壁を砕いた。

 実体非実体を問わず、あらゆるものは振動している。音波、電磁波、重力波と様々な名が存在しているが、場と大気など伝導を媒介するものが違うというだけで結局のところ同じ振動なのだ。ともすれば至近距離の被同化状態で波長を合わせ共振させれば、如何に超次元現象によってフェストゥムが生み出した防壁といえども破ることは可能なのである。

 

 鋭い剣先が黄金の体に突き刺さる。

 

 普段の慧ならば一次接触が叶った時点で同化を試みるのだが、敵スフィンクス型は高い同化耐性を有している。このままコアを破壊する必要があった。

 

 慧は変形させた右腕の剣を()()()()

 

 剣が峰に沿って縦に割れ、敵フェストゥムの体を抉り開いた。それと同時に開いた剣の根元にワームスフィアを発生させて敵のコアに直接撃ち込む。

 

 ファフナー・ティターン・モデルが使用するガンドレイクを模倣した攻撃。

 

 ワームスフィアを弾に見立てて砲撃する技――ワームショットである。

 

 コアをゼロ次元へ捩じ切られたことで敵フェストゥムは自壊。自らの体をワームスフィア現象によって覆い、無へと還る。

 

 残る敵は二体。

 

 二体の敵は、Lボートに向かって降下している。

 

《させるものか――吾輩はここにいるぞ、同輩よ!》

 

 自らの存在を告げ、慧は敵の後を追い急降下。一体の背に剣を突き込み、残る一体を左腕から伸ばした触手で絡め捕ろうとする。しかしやや遠方だったこともあり、触手は全て回避された。一体はその場に留めることが叶ったが、二体目の敵フェストゥムはそのままLボートと接触する。

 

 敵フェストゥムの背部が暗黒に輝く。それを引鉄に生じる無数のワームスフィア。突如として出現した黒球によって、Lボートと四機のファフナーの各所が球形に捩じ切られる。

 

 その攻撃を背部に受けて、一機のファフナーが転倒。機能停止に陥った。

 

 背中を刳り貫かれる激痛を味わい、搭乗者が気絶したのだ。

 

 間を置かず、複数の人間が甲板上に現れる。停止したファフナーの交代要員とその補助を務める乗組員達だ。

 

 そんな彼等に、敵であるスフィンクス型フェストゥムが問い掛ける。

 

《あなたはそこにいますか?》

 

「―――――!」

 

 気が付けば、黄金の巨体が目と鼻の先にまで迫っていた。

 

 身を護る術はない。ファフナーを当てにしたいところだが、残る三機は態勢を立て直している最中か、あるいはシーモータル型に気を取られていて他人を気遣う暇はなさそうだ。

 

 その場にいた誰よりも早く――立木(たちぎ)(じゅん)は己の死を悟った。

 

 フェストゥムはそんな彼に祝福を与える。無の祝福――ワームスフィア現象が、惇達三人の体をすっぽりと覆い尽くした。

 

 やがて黒球はゼロ次元へと捩じ切れるように消失する。

 

 しかし、惇達は変わらずそこにいた。いなくなってはいなかった。代わりに、一人の少女が彼等を護るようにフェストゥムの前に立ち塞がっている。

 

 言祝慧のスレイブ体だ。彼女が展開した防壁によって、惇達は命を拾ったのだ。

 

「お前、俺達を護ってくれたのか……?」

 

「うむ。お前達は吾輩の重要な観察対象である。今ここでいなくなられては困るのだ。概ねの状況は把握している。手短に用事を済ませろ。それまでは吾輩がお前達を護るである」

 

「分かった。……ありがとう」

 

 淡々と答える慧に礼を告げ、惇達は走り出した。

 

 敵フェストゥムは更にワームスフィアを発生させようとするが、しかし僚と祐未の搭乗する三番機と四番機の攻撃によって阻止された。敵フェストゥムはシーモータル型を盾にしつつ、二機のファフナーを翻弄するように動き回る。

 

 倒れたまま動かないティターン・モデル二番機からパイロットの柳瀬(やなせ)(とおる)を助け出し、入れ替わりに立木惇がコクピットに座った。

 

 展開したコクピットとファフナーの胸部装甲が閉ざされるまでの間、惇は気絶した徹を連れ乗組員達がLボート内へ避難していく様子を見る。彼等を誘導し、時に敵の攻撃から護る慧の姿まではっきりと。

 

 完全にコクピット・ブロックが格納されたのを確認してから、惇は操縦桿であるボックス状のユニットにそれぞれ両手を差し込み――ニーベルング・システムに接続する。

 

 それと同時に機体と同化。瞳が赤色化し、苦痛に呻く。

 

 視界が明ける。人間よりも広い視覚を受け入れる。ファフナーの目は己の目。この紅い巨人の体は自分の肉体。立木惇はその事実を受け入れてファフナーと一体となり、TSX-002――ティターン・モデル二番機を起動させた。

 

《惇君、機体は動かせそう?》

 

 脳の視聴覚野に直接届く声と姿。それは一番機のパイロットである鏑木早苗のものだった。

 ティターン・モデルに搭載されたジークフリード・システムとのクロッシングによって、一番機と二番機、それから三番機と四番機のパイロットは敵の読心能力を防ぐため思考を共有している。そのため、機械的な通信装置を用いずに会話することが可能だった。

 

《ああ、機体の損傷は大丈夫だ。一番機はそのままシーモータル型の相手を頼む! こいつは俺と、三番機と四番機で叩く!》

 

 三番機と四番機――僚と祐未にハンドサインで合図を送り、惇は駆けた。

 

 即席のトリプルドッグ。惇が囮となって牽制し、敵の注意が逸れた瞬間を狙って両脇から二機のファフナーが突貫する。

 

 二振りのガンドレイクが防壁に阻まれる。しかし僚と祐未は互いに異なる波長で攻撃を行い、敵の防壁を無効化した。

 

 振るわれたガンドレイクの切先が、敵フェストゥムを切り裂く。

 

 そこに止めを刺すべく、惇が右手のガンドレイクを敵フェストゥムの胸に突き立てた。深々と貫いた後、刃を展開してプラズマ火球を直接コアに撃ち込む。

 

 三機のファフナーは迅速に退避。敵スフィンクス型フェストゥムがワームスフィア現象に呑まれる様を確と見届ける。

 

 そして――彼等は空を見上げた。

 

 奇しくも丁度、慧のスフィンクス体が敵スフィンクス型フェストゥムを討ったところだった。

 

 慧のスフィンクス体は勝利の余韻を欠片も見せず、そのままシーモータル型の掃討に移行する。探知能力によって三十体以上いるシーモータル型の存在を捕捉。彼女は片腕を奮い、多数のワームスフィアを発生させて全ての敵を消し去った。

 

 * * *

 

「―――女神だよ女神! 慧は俺達の女神様だ!」

 

 戦いの後、目覚めた徹はそんな風に調子よくうそぶいていた。

 

 言いたいことは分からないでもない。俺も惇も祐未も――このLボートの乗組員は皆、彼女に助けられたようなものだ。危険が多い敵とのファースト・エンゲージを引き受けただけでなく、主戦力であるスフィンクス型を五体中四体も倒してくれたのだから讃えたくもなるだろう。

 

 特に戦闘中に敵の攻撃で気を失い、パイロット交替からLボート内への退避までの間ずっと人間の姿の方の慧にも助けられた徹は完全に彼女のことを信用しているようだった。

 

 ……そのこと自体には問題はないと思う。

 

 現に彼女を迎えたあの日から――誰もいなくなっていない。

 

 慧は俺達の味方だ。それは間違いない。だけど女神だなんて、そんな言い草は胸が悪くなる。調子がいいとか大袈裟過ぎるとかではなく――もっと別の所で、何かが引っかかる気がした。

 

「どうだか。フェストゥムはフェストゥムだろ」

 

 ……まあ、剛史の言いようも、思うところがない訳ではないけど。言いたいことは分かるし、むやみやたらに否定していい立場でもないので、特に反論することはしなかった。

 

 事ここに至って、俺達L計画参加者の中で慧に対する見方は完全に割れていた。

 

 徹のように信頼するもの。

 剛史のようにあくまで敵であるとして線を引くもの。

 

 勢力としては前者の方が多い。言うまでもなく、俺も前者だ。しかし徹達のように崇め奉るような姿勢を取りたくはない、というのが個人的な気持ちだ。俺は慧とは友達でありたい。たとえ冗談でも女神だとか守護神だとか、そんな風に呼ぶのは嫌だった。

 

「……まあ、徹は暫く休んでろよ。俺はちょっと潮風に当たってくる」

 

「足繁く通ってるなぁ僚は。こりゃ、誰かさんもピンチかもしれないな」

 

「なんで私の方を見ながら言うのよ、惇」

 

 祐未が惇を睨む。すると惇はおどけた仕草で両手を上げて肩を竦めた。

 

 医療室を後にしようとしたところで、追いかけてくる足音が一つ。

 

「待って僚、私も一緒に行くわ」

 

「了解。あいつも人が多い方が喜ぶし。他にも誰か行かないか?」

 

 医療室にいる面々に声を掛ける。

 

 ファフナーでの戦闘後はパイロットのメディカルチェックが必須であるため、必然的にここは俺達の溜まり場になり易い。今ここにいるのも全員がパイロットだった。

 

 剛史は当然のように無視。

 

 徹は手を挙げたが、あいつはまだ安静にしていなければならないのでこっちでスルーする。

 

「ん、じゃあ俺も行こうかな。さっき助けて貰ったお礼も言いたいし」

 

 頷いたのは惇だ。

 

 なら三人で甲板に行くか、と話がまとまりかけた時。

 

「―――あの。私もついて行っていいかな。……迷惑じゃなければ、だけど」

 

 ベッドに横たわった少女――同化現象によって倒れた二人目のパイロット・鏑木早苗が、おずおずと手を挙げた。




名前だけ言われても分からないよ、という人のためにROLの登場人物をまとめてみました。作品の理解に繋がれば幸いです。

早乙女(さおとめ)柄鎖(つかさ)
 L計画作戦司令官。情に流されない冷静沈着な性格の人物。計画終了までの二か月間を生き延び脱出艇に乗るも、海中でフェストゥムの襲撃を受け死亡。

立木(たちぎ)(じゅん)
 L計画に参加したパイロットの一人。計画終了までの二か月間を生き延び脱出艇に乗るも、海中でフェストゥムの襲撃を受け死亡。
 ROL冒頭の二度目の卒業式の後、僚に「お前も自分の気持ちにケリつけとけよ。好きな相手に告白するとか、何でもいいさ。……心残りってのは最悪だ。きっと」と告げた。恐らくこの台詞からラストの僚の告白に繋がったと思われる。

船橋(ふなばし)幸弘(ゆきひろ)
 L計画に参加したパイロットの一人。戦闘後ファフナーのコクピットで意識を失い、僚に救出されるも、同化現象の末期症状により最初にいなくなった。

柴田(しばた)小百合(さゆり)
 L計画に参加したパイロットの一人。ファフナーの同化現象によって最初に倒れ、その後いなくなった。

鏑木(かぶらぎ)早苗(さなえ)
 L計画に参加したパイロットの一人。ファフナーの同化現象によって二番目に倒れ、その後いなくなった。
 鏑木彗の姉。L計画参加に際して三つ編みにしていた長髪を切っており、家に置いていった。結果的にこの髪が形見となってしまう。EXODUSにおいては彗のSDPによって彼女の御守りだけが島に帰還した。

柳瀬(やなせ)(とおる)
 L計画に参加したパイロットの一人。ファフナーの同化現象によって三番目に倒れ、その後いなくなった。
 ROLではLボートの補給物資が解放された際、甲板にいた僚と祐未を呼びに現れた。

村上(むらかみ)剛史(たけし)
 L計画に参加したパイロットの一人。激戦の末、搭乗していたファフナーは大破。剛史自身も死亡する。
 恐怖と絶望から「どうせみんないなくなる」と壁に書き殴った。
「馬鹿野郎! なんであんなこと書いた! 言え! なんでだ!!」

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