《書き直し中》天才少女と元プロのおじさん   作:碧河 蒼空

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27話 すっごく心強かったよ!

 新越谷 2-3 梁幽館。0 out走者1・3塁のチャンスで迎えるのは本日4番に座る希である。

 

 中田がセットポジションに入ると、正美は大きくリードをとった。一般的にリードの距離の目安として身長の1.5倍や、手を上げた高さ+1歩と言われているが、現在、正美は自分の身長の二倍近くリードを取っている。

 

 中田は一塁に牽制した。正美は頭から一塁へ帰塁する。

 

 正美のリードに気付いた一部の観客がざわついた。

 

「ちょっとあの娘リードしすぎじゃない?」

「流石に嘗め過ぎだろ」

 

 今度は一塁への偽投を見せる。正美は再び頭から帰塁した。

 

 正美のリードにはトリックがある。通常、走者は次の塁へ進む意識と牽制の際に帰塁する意識を両立させているのだが、今の正美は進塁の意識を全て捨て去り、帰塁する事にのみ意識を働かせていた。それにより通常よりも早く牽制に反応できるようになり、大きなリードを可能としている。

 

 一塁走者の正美は逆転のランナーである。梁幽館にからすると得点圏には絶対に進ませたくない。梁幽館サイドは正美の足の速さや、初戦では1球目から説極的に盗塁しているのもビデオで確認済みである。その上で大きくリードを取られるとどうしても警戒せざるを得ない。

 

 初級ストレートを外角高めに大きく外した。S0―B1

 

 このピンチの状況でカウントを悪くしたくない。しかも、次の打者は3打数2安打と好調の怜である。そして、1塁ランナーには走力のある正美。梁幽館バッテリーにとれる選択肢は多くない。

 

 ランナー二人を牽制しつつ、中田は2球目を投じる。内角への力強い直球。これを希はフルスイングした。バットは白球を真っ芯でとらえると、打球はライトへと上がっていき飛距離をどんどん伸ばしていく。やがて白球はライトの頭を裕に越し、ポールを巻いてスタンドに飛び込んだ。

 

 グラウンド、ベンチ、スタンドを問わず梁幽館の野球部員が凍り付く中、希はゆっくりとダイヤモンドを一周する。

 

 ホームベースを踏み、ベンチに戻ってきた正美はみんなとハイタッチを交わした。そして、稜の前にやってくる。

 

「ナイバッチ!」

 

 稜は正美とハイタッチして、今度は希を迎える準備をしようとすると下から軽い衝撃に襲われた。衝撃を感じた所を見下ろすと、そこには正美が抱きついている。

 

「応援ありがとっ。すっごく心強かったよ!」

 

 そんな正美に、稜は照れ臭そうに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 最終回の守り。正美はショートの守備に着く。

 

 マウンドで詠深と珠姫が和やかに話をしている様子が確認できた。公式戦初勝利を前にしても、詠深からは緊張している様子は見られない。

 

――このメンタルの強さはヨミちゃんの強みだね。

 

 エースの風格を醸しつつマウンドに立つ詠深は本来の姿よりも大きく見え、フェアグラウンドに立って尚、そんな詠深が心強く感じる正美であった。

 

 先頭の陽は詠深の初球を完璧にコンタクトするが、打球はセカンド菫の正面のライナー。これでワンナウト。

 

 続く白井は3球勝負の直球を打ち上げる。正美が難なく落下点に入り捕球した。ツーアウト。

 

 あと一人。3番、高代を迎える。

 

 彼女も白井同様、今大会からショートのレギュラーを勝ち取った選手である。涙が出るほど辛い練習を乗り越え、寝る間さえ惜しんでバットを振り、そうしてようやくこの土を踏むことが出来た。こんな所で負けて堪るか。そんな思いがバットに乗り移ったのだろうか。高代は白球をレフト線へと弾き返した。高代は一塁を回り二塁へ到達。首の皮一つで中田へと繋いだ。

 

 新越谷バッテリーは再びマウンドに集まる。中田への対処を話し合っているのだろう。お世辞にも良いとは言えない展開であるが、二人からはこれっぽっちの悲壮感も感じとれなかった。

 

 珠姫はキャッチャースボックスに戻るとしゃがんでサインを出す。敬遠は無い。こんな状況でも詠深は笑っていた。

 

――ほんと凄いなー……。

 

 対して、先程の打席で弱気になってしまった自分を情けないと正美は思う。

 

 詠深は額の上まで振りかぶり、ゆったりとしたフォームから初球を投じた。中田のフルスイングは白球を三塁側のファールゾーンへ鋭いライナーを放つ。B0ーS1。

 

 2球目はストライク勝負のナックルスライダー。先程の打席よりも切れ味の増した変化球に対応しきれず、打球はバックネットへ飛んでいった。

 

 サイン交換を済ませた詠深がロージンを手にする。

 

「ヨミ!楽にね!」

 

 菫が右手でツーアウトを作り、詠深に声を掛けた。それを皮切りに新越谷ナインは次々と声を上げる。

 

「ピッチャー勝っとーよ!」

 

 希がいつもの博多弁で言う。

 

「サード打たせて良いわよ!」

 

 理沙も詠深が楽に投げられるよう励ます。

 

 外野からも、詠深は何を言っているかまでは聞き取れないが、みんな詠深を激励しているのが分かる。

 

 そして正美も。

 

「どんな打球もババーンと任せてよ。みんなで勝ちにいくよー!」

 

 いつものニコニコ顔で詠深に声を送った。

 

 詠深はまた笑って“大好き”と書かれた帽子のつばに指を掛ける。

 

 良い具合に力の抜けた詠深は3球目を投げ込んだ。珠姫をより遠くに感じた強ストレート。強気に三球勝負を仕掛けた珠姫に、それに応えた詠深。本日一番のストレートが18.44mを駈ける。

 

 詠深の調子が急上昇しているのを承知の上で、中田はフルスイングを止めない。この一振りで再び試合を振り出しに戻すと、4番としての矜持とプライドや、皆と共に先へ進むのだという仲間への思いをバットに込めた。

 

 キーンッ、と甲高い音が球場の外まで響く。ふわりと舞い上がった中田の当たりは··············内野の頭を越すことさえ叶わなかった。思いは届かず、白球はファーストを守る希の元へと落ちてくる。

 

 希がしっかりとボールを掴むと、審判のアウトコールと共にゲームセットが宣言された。

 

 本大会最初の番狂わせに球場が沸き立つ。

 

 新越谷ナインは一斉にマウンドへ駆け付けた。珠姫が詠深に飛び付き、理沙が詠深の後ろから肩に腕を回す。菫はベンチから出てきた稜と喜びを分かち合い、そして正美も今回はこの輪の中に入っていた。詠深と珠姫の背中をバシバシ叩き、満面の笑みを浮かべている。皆まるで優勝したかの様なお祭り騒ぎだ。

 

 負けた梁幽館は現実を受け止めきれず、ただ立ち尽くす。だが一人、それに釣られる様にまた一人とホームベースに集まった。

 

 整列して互いの健闘を称え合うと、双方ベンチへ引き上げていく。

 

 グラウンドでは気丈に振る舞っていた梁幽館のメンバーも、ベンチに降りると次々に泣き崩れていった。

 

 それに対し、強豪梁幽館を突破した新越谷サイドは終始笑顔である。たった一人、ずっと不思議そうにしていた詠深を除いて。




 『のぞ×よし』かと思った?残念!正美回でしたー!

 え?ネタが古い?

 それはさて置き、『のぞ×よし』は全カットしましたが、描かれていない所でしっかりと行われていたので安心してください。

 代わりに『まさ×りょう』をやろうと思ったのですが、あまり盛り上がりませんでしたね(汗)






 正美のリードについて。

 ベースから大きく離れている様子の描写が上手いこと思い浮かばず、この様な表現となりました。

 身長の2倍くらいなら極端に大きくないのではと思いつつ、2.5倍だといくらなんでも広すぎるかも、など色々と悩みました。正美の身長が低いのも悩みの種······。

 何か良い表現があれば教えてください。






 明日、正美のキャラ設定を公開したら、次は遅くなるかと思います。

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