《書き直し中》天才少女と元プロのおじさん   作:碧河 蒼空

4 / 51
 2022年1月16日に書き直しました。

 今回、野球に励む青少年を指す言葉を『球児』ではなく球女の対になるものとして『球男』という言葉を使用いたします。


【2022.1.16改稿】3話 いやー凄いねー、さっきの球

 放課後を知らせる鐘が校内に響いてから幾何か経った頃。正美は白菊と稜に連行(正美視点)されて部室へとやってきた。

 

「おーっす!連れてきたぞー」

 

 稜が扉を開けて中へ入っていく。

 

 見るだけ、入部はちゃんと断る。そう胸に刻んでここまで来た正美だが、それでもまだ懸念していることがある。

 不祥事でついこの間まで活動停止処分を受けていた部活だ。部室に入ったが最後。入部届けに名前を書くまで外に出してもらえないなんて事はないか?目の前の部屋は相手のテリトリー。相手が何人いるか分からないが正美側は一人。数の利がこちらにある事はまず無いだろう。

 

「大村さん、信じてるからね」

 

 正美は稜に続いて部室に入ろうとしている白菊にそう言う。

 

「······?はい」                                                                                                                                                                          

 

 白菊は意味が分からず疑問符を浮かべながらも、ただ返事をした。

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと正美の心配は杞憂に終わる。部室では詠深と芳乃に熱烈な歓迎を受けた後に野球部を代表した怜と挨拶を交わす。

 今度こそ自然にですよ、と周りから釘を刺されるも、初対面でも分かる怜のぎこちない笑顔に正美は毒気を抜かれるのを感じた。

 予想に反してとても和やかな雰囲気が漂っている。部活とはもっと上下関係が厳しいもので、特に悪名高きうちの野球部は先輩が幅を利かせていると勝手に想像していた。ただ、活動停止が解禁されたばかりで、問題を起こした人達はもう居ないので当然と言えば当然かと正美は思う。

 

 みんなが着替えている間に、既に準備を終えていた芳乃が正美を案内する。部室に飾られた強豪時代の写真の紹介から始まり、練習機器や屋内練習場を見て回ってからグラウンドに入った。

 その頃には部員一同もグラウンドに集まっており、各々が体を暖めていた。

 

「それじゃあ少しベンチでお話しよ」

 

 そう言った芳乃に手を引かれ正美はベンチにはいる。

 

「三輪さんはどこ守ってるの?」

「決まったポジションは無いかな。その日空いてる所に入ってるよ」

「決まってない?」

「あえて言うなら九ヶ所全部だよ」

 

 正美の言葉を聞いた芳乃は目を輝かせてツインテールを羽ばたかせた。

 それからは芳乃の質問攻め。いつ野球を始めたやら普段どんな練習をしてるかやら。正美がそれに一つ一つ答えている間に部員達はキャッチボールを始めていた。

 

 正美はグラウンドに目を向ける。何だかんだ言っても正美とて球女。近くで野球をしていれば興味を引かれるのだ。

 

「こんにちは、三輪さん」

 

 正美が呼ばれた方に目を向けると、仕事を片付けてやって来た家庭科教師の藤井杏夏がいた。その身にはユニフォームを纏っている。

 

「こんにちは。野球部の顧問って藤井先生だったんですね」

「そうよ。意外だった?」

「はい。どちらかといえば休みの日にお菓子やちょっぴり凝った夕食を作ってる方が似合ってると思います」

 

 家庭科教師という肩書きに加え、普段の藤井教諭は優しそうな雰囲気を醸し出しており、正美のイメージでは体育会系とはこれっぽっちも結び付かなかった。

 しかし、その様な幻想は次の芳乃の一言で打ち砕かれることとなる。

 

 正美と藤井先生が話をしていると、芳乃もそれに混ざる。

 

「こう見えて先生は埼玉4強時代の選手だったんだよ」

 

 その言葉を聞いた正美は大層驚く。藤井先生に体を向けると姿勢を正し綺麗なお辞儀をした。

 

「失礼いたしましたー」

 

 ただ、姿勢とは裏腹に、声からは全く誠意は感じられない。そんな正美に苦笑いを浮かべると、藤井教諭は正美に問いかける。

 

「どう?うちの野球部は」

「そうですねー。元埼玉4強だけあって設備は良いですね」

 

 正美は無難に答えておいた。

 

「そうですね。それに今年はひたむきで良い子達が集まりました。人数はギリギリですが、彼女達ならかつての栄光を取り戻してくれるでしょうね」

 

 藤井教諭はキャッチボールをする部員を慈しむように見つめる。

 

――やっぱり私には相応しくないかな。

 

 藤井教諭の話を聞いて正美は改めてそう思った。

 

 

 

 

 

 

 見学を始めてから一時間ほど過ぎた。藤井教諭のノックはなかなかハードなもので、埼玉四強世代の肩書きに偽りは無い鋭い打球がナインに襲い掛かる。明日から藤井先生を見る目が変わるかもしれないと、正美は苦笑いを浮かべた。

 

 ノックが終わると一旦休憩となり、部員達はベンチに集まる。水分を取りながら次の練習について芳乃が話していると詠深が正美に近寄ってきた。

 

「三輪さん、私の球打ってみない?ね、良いでしょ?芳乃ちゃん」

「良いね!私も三輪さんのバッティング見たいな~」

 

 詠深の提案に芳乃はご機嫌にツインテールを羽ばたかせる。 

 

「いやー、私今日ジャージ持ってきてないからー」

 

 詠深の提案にやんわりお断りする正美。

 本当は正美も野球をしたくてウズウズしていた。正美とて球女の端くれ。目の前で野球をしていれば自分だってやりたくなる。しかし、ここで参加したのを切っ掛けに勧誘が激しくなるのは避けたかった。

 正美は自分が公の舞台に上がればそこそこやれると思っている。それは自惚れではなく、元バリバリの球男達にもまれて育った自負と、元プロ野球選手の記憶を持つ事を根拠としたものだった。

 

「だったら、部室に練習着が余ってるから、それ使ってよ」

 

 しかし、そんな正美の思惑とは裏腹に、正美のプレーを見たくて仕方のない芳乃は正美の返事を聞かずに手を引いて歩きだす。

 

「ちょっとちょっとー、私やるなんて一言も言ってないよ!?」

 

 そんな正美の叫びも虚しく、目を輝かせる芳乃に押しきられる形で正美は部室に連れていかれた。

 

「正美ちゃんユニフォームのサイズは?」

「······SSだよ」

 

 正美のサイズを確認した芳乃は予備の練習着の入った段ボールを探る。

 

「ゴメン。Sまでしか無いみたい」

「そうじゃないかなーって私も思ったよ」

 

 笑って誤魔化す芳乃に正美はじとーっとした視線を向けた。

 仕方なく大きめの練習着に着替える正美は、彼女の体をじぃーっと見つめる芳乃の視線に気付く。

 

「そんなに見られると着替えにくいんだけど······」

「正美ちゃん、体触って良い?」

 

 お昼の反省を経て芳乃は了承を得てから触ろうとした。

 

「あほはー······やめて欲しいかなー」

「はうぅ······」

 

――川口さんあざといなー······。

 

 そう思いながら正美は着替えを進める。

 

「ねぇ、お昼に言った野球部に入らない理由って本当なの?」

 

 芳乃がブカブカな裾を折り畳むのを手伝いながら正美に問いかける。

 

「どうしてそう思うの?」

「だって三輪さんと話をしてて分かったもん。この人は野球で手を抜いたりなんかしてないって。お手手見せて」

「え?うん」

 

 正美は疑問に思いながらも両手を差し出した。彼女の両手を下から掬うように芳乃は手を添える。

 

「三輪さんスイッチヒッターなんだね。どっちもすごくバットを振り込んだ手······。そう簡単にこうはならないよね?ピッチャーもやってるんだよね。決め球はシンカー。他にもスライダー、シュート、カーブ、これはチェンジアップかな?」

 

 芳乃は手を見ながら次々と正美のプレースタイルを暴いていった。

 

「······すごい······凄すぎるんだけど凄過ぎてちょっと引く······」

 

 正美のリアクションにショックを受ける芳乃。そんな芳乃の背後に光る落雷を正美は幻視した。

 

「お昼に言ったことは本当だよ」

 

 体を解すようにストレッチをしながら正美が話し始める。

 

「エラーしたりしてもヘラヘラしてる人がチームに居たらさ、真剣に野球をしてる人達がどう思うか芳乃ちゃんも分かるでしょ?私はそっち側なの。エラーしようがチャンスで凡退しようが笑って野球がしたい」

 

 正美はんーっと背伸びをする。

 

「よしっ、それじゃあ行こうか」

 

 芳乃の返事を聞かずに扉を開いて外に出た。

 

 

 

 

 

 

 グラウンドに戻ると部員達はバッティングをしていた。バッターが二人いてピッチングマシンにそれぞれ一人ずつ、残りの4人が守備についている。

 

「今打ってる人が終わったら始めるよー」

 

 芳乃ちゃんが全員に声を掛けた。バッターが予め決められた球数を打ち終えた所からピッチングマシンとネットを端っこによけると、それぞれが自らのポジションへと移動する。

 

 全員が守備位置に着いたところで芳乃がルールの説明を始めた。

 

「三輪さんを打ち取ったら詠深ちゃんの勝ち、内野に転がっても出塁したら三輪さんの勝ち。ただしフォアボールはノーカンでどう?」

 

 二人から異論は出なかった。正美は芳乃からバットとヘルメットを受け取り左打席に入った。足場を確認し、外角低めのストライクゾーンにバットを一度通過させてから構えた。

 

「プレイ!」

 

 審判の位置に立った芳乃がプレイを告げる。

 

 詠深は頷くと、ワインドアップのモーションから投球動作に入った。スリークォーターで投げられたボールは真っ直ぐキャッチャーミットに吸い込まれていく。

 

「ストラーイク!」

 

 芳乃のストライクコールがグラウンドに行き渡った。

 

 正美のバットはピクリとも動かない。そんな様子をキャッチャースボックスから観察していた珠姫は次に投げる球を思案する。

 

――バットが出ていないだけでタイミングはあってる······ならっ。

 

 詠深の2投目が風を切る。正美はバットを出しかけたもののヘッドは返らない。

 

――今のはツーシームかな。二球とも良いところにコントロールされてる。

 

 バッテリーはストレートを動かしてきたが、正美は冷静にボールを見極めていた。ノーボール2ストライク。完全に投手有利のカウントだが正美には微塵の焦りもない。元々、彼女はは早打ちする事がほとんど無い為、この様な状況は慣れっこなのだ。

 

 3球目。詠深が投じたボールはすっぽ抜けた様に外角高めへのボールゾーンへと逸れていく。

 

「······っ!?」

 

 正美はそれを見送ろうとするが、自分のものではない記憶(・・・・・・・・・・・)が頭の中で警笛を鳴らした。

 急に軌道を変え迫る白球に対しバットは反射的に回す。ストライクゾーンでバットに触れたボールは左後方に飛ぶ。

 

「ファ、ファールボール!」

 

 堪らずにバッターボックスを外した正美。審判の芳乃や守るナインからも一様に驚きを隠せないでいる。

 今の球種はナックルスライダー。右打者の顔面に迫る起動から対角のストライクゾーンに大きく変化する詠深のウィニングショットだ。

 過去にこの球を捉えたのは主将の怜ただ一人。初見で詠深のナックルスライダーにバットを当てたのは正美が初めてだった。詠深のナックルスライダーのキレに驚く正美に対し、そんなナックルスライダーをファールとはいえ捕まえた正美のバットコントロールにナインは息を飲む。

 

 正美は堪らずにバッターボックスを外した。視線を詠深に向けると双方の視線が交わる。しばらくして詠深の顔は驚きから精悍なものへと変わった。早く次の球を投げたくて堪らないと言わんばかりだ。

 

「······あはっ」

 

 思わず笑みを漏らした正美のスイッチが切り替わる。一つ息を吐くと集中のギアを上げてバッターボックスに入る。

 正美が構えると詠深は額の少し上まで振りかぶった。

 

――正直、嘗めてた。女子にもこんな球投げる娘がいるんだ。

 

 足を上げて体を回す詠深に合わせて正美も軸足に体重を乗せる。

 

――無難に終わらせようと思ったけど、やっぱり止めた。

 

 左足で踏み込んだ詠深によって投じられた白球は再びスッぽ抜けた様に放たれる。

 

――顎は絶対に上げない。基本に忠実に。外から入ってくるボールに対して、コンパクトにセンター方向へ意識してバットを振れば……。

 

 急激に角度を変えた白球は内閣低めのストライクゾーンを抉った。そんな詠深のウィニングショットに対し正美は真っ向からバットを振り抜く。

 

――打球は右中間へ飛ぶ!

 

 甲高い音を響かせて真っ芯で白球を捉えた正美は一塁へ向け走った。

 

 セカンドの頭の上空を駆け抜けた打球はセンターの怜が捕球する。白球は右中間を破ることはなくシングルヒットとなったと思われた。そんな時、珠姫の叫びが飛ぶ。

 

「キャプテンッ、セカンド!!」

 

 正美は既に一塁を蹴っていた。

 

「嘘だろっ!?」

 

 スピードを落とすことなく二塁へ向かう彼女に気付いた怜は透かさず二塁へ送球する。部でトップクラスの強肩から放たれた送球をショートの稜がグラブに収めると素早くタッチに移るが、正美の足は二塁へと滑り込んでいた。

 

「マジかよ······」

 

 稜は思わず呟く。怜のプレーに無駄と言う無駄は無く最適のルートで打球を追った。油断こそあったものの正美の走塁に逸早く気付いた珠姫からの指示も、それに応えた怜と稜も完璧と言って良いだろう。それでも尚、正美の足はそれを上回ったのだ。

 

「ふぅ······いやー凄いねー、今の球」

 

 正美は大きく息を吐いてユニフォームに付いた土を払うと、ニコニコ顔で詠深に話し掛ける。

 

「あははー。でも、初打席で打たれちゃったし、やっぱり私の球って大したこと無いのかなぁ······」

 

 三塁のカバーリングに回っていた詠深は肩を落としながら答えた。

 

「いやいや、そんな事ないって。あんな球、初めて見たよー」

 

 詠深の元へと歩きながら彼女の言葉を否定する正美。実際、元プロ選手の記憶が無ければ三球目で三振していただろう。やっぱこの記憶はずっこいと、正美は思った。 

 

「三輪さんっ」

 

 そんな正美に駆け寄っていた芳乃が正美に飛び込んだ。

 

「凄いよ~。いきなり詠深ちゃんからヒット打つなんて!」

 

 芳乃は正美の横から抱きつき、ピョンピョン跳ねる。

 

「ちょっ、川口さん!?制服が汚れちゃうよ?」

 

 衝撃を受け止めた正美は興奮する芳乃を宥めているとナイン全員が二人の元へと集まってきた。みんな口々に正美を称賛する。

 

 芳乃は正美から一度離れると手をとった。

 

「ねぇ三輪さん。さっき言ってたこと考えてみたんだけど、三輪さんはどんな時も笑ってて良いと思う。きっと一緒にいたら三輪さんが半端な気持ちでやってるなんて思わないはずだよ。だから改めて、一緒に野球しようよ」

 

 続いて詠深が正美の後ろからしなだれかかる。

 

「勝ち逃げは許さないよ~」

 

 逃がす気は無いと前へと手を回した。

 

「······しょうがないなー」

 

 今だ熱が冷めやらない正美は後ろの詠深を優しく剥がしてナイン全員と向き合う。

 

「1年9組の三輪 正美です。全ポジション一通り守れます。しっかりベンチを温めておきますので、代打・代走・守備固めなどなど便利に使っちゃってください」

 

 いきなり補欠宣言した正美。そんな彼女に芳乃は不満を漏らす。

 

「えー。三輪さんは文句なしのスタメンだよ~」

「そうだよ。詠深の魔球を打てんだからベンチに居たら勿体ないよ」

 

 稜もそう言うが、正美はにへら顔になる。

 

「良いのかなー。ショートのポジション奪っちゃうよー?」

 

 低身長の正美が下から除き込むように言うと、稜の顔が段々と青ざめていった。

 

「お、おうっ······やってやろうじゃないか」

「言葉と表情が合ってないわよ」

 

 強がる稜に菫がジットリとした視線を向けてツッコむ。このやり取りで二人の関係性を何となく掴んだ正美であった。

 

「なーんてね、うそうそ。駄目だよーみんな、人を頼っちゃ。自分の力で目標に立ち向かわないと。私は控え。ね?」

 

 かくして正美は野球部への入部を決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見ている。目の前には私のものではない記憶の持ち主が立っている。

 

「初めまして、正美ちゃん」

 

「はいー。おじさんも初めまして。いつも記憶を使わせてもらってます」

 

 叔父さんは私の言葉に辛そうな笑いを浮かべた。 

 

「その事についてはお詫びするよ。本当であれば、君はもっと大きな舞台で野球をしていたはずなんだから」

 

「いえいえー。今日もおじさんのお陰でヒットを打てましたから」

 

「そう言ってくれると、少しだけ心の閊えがとれるよ」

 

 ここから暫く私とおじさんは雑談をする。私のプレーについておじさんが意見を述べたり、逆に私がおじさんの生前の奥さんとの関係について弄ったり、本当に色々な話をした。

 

 

 

「もうすぐ目覚めだね。最後に一つ。知識や記憶だけじゃ野球は出来ない。君の野球の実力は君だけのものだよ。だから、君は何も負い目を感じる必要はないんだ」

 

「……分かりました。考えておきます」

 

 私がの答えに、おじさんはまた苦笑いを浮かべる。

 

「それじゃあ、また野球教えてくださいねー」

 

「もちろん。いつでもおいで」

 

 

 

 目の前からおじさんが消えていく。目を覚ますと、いつもの見慣れた天井だけを私の瞳は写した。




 夢の中は主人公視点の一人称にしました。


 次回は7/25の20:00に更新されるよう予約投稿しています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。