ぐれーす!   作:イッチー団長

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現実では暑さが和らぎ、秋らしくなってきましたが、作中ではやっと夏になりました。


10話 暑さのせい

青く澄んだ空に蝉の声がこだましている。

もう夏だ。

新しい白いYシャツに着替える。

新品特有のパリっとした感触がわたしを包んだ。

肌を出すのは落ち着かない。

わたしの肌は他の人よりも白いから、余計にそう感じる。

 

 

 

「百合、おはよう。半袖可愛いね」

眩しい日差しの中、加奈が立っていた。

その足元には黒い影が伸びている。

「おはよう。加奈も半袖可愛いよ」

「えへへ・・・でも百合って肌白いよね・・・」

加奈がわたしの腕を触ってくる。

肌に触れる柔らかい感覚。

汗ばんでないかな、とか気になってしまう。

「あんまり外出ないからね・・・」

「でもホントに綺麗・・・」

加奈に見つめられて、わたしの顔は赤くなってしまった。

暑さのせいかも知れない。

 

 

 

「それにしても熱いよね~」

下敷きをうちわ替わりにしながら加奈が言う。

「でももうすぐ夏休み! そうしたらいっぱい百合と遊べるね!」

「うん」

「どこ行きたい? 海とか山とか」

「う~ん・・・加奈が行きたい所ならどこでもいいよ」

言われてみれば、今までの夏休みはほとんど家の中で過ごしてきた。

普通はどこに遊びに行くものなのか、良く知らなかった。

「それじゃ、理奈と苺にも聞いて計画立てよ? えへへ、楽しみ」

加奈が満面の笑みを浮かべる。

その様子を見ていると、わたしも幸せな気分になってくる。

「加奈、わたしも夏休み楽しみだよ」

 

教室の窓の外、遠くから蝉の鳴き声が聞こえる。

わたしの声は小さいから、彼らの声にかき消されそうになる。

だからなのか分からないけど、話している内に加奈の顔がどんどん近づいてくる。

「百合は水着とか浴衣持ってる?」

「ううん、持ってない」

加奈の体温、冷たい汗の匂いを感じる。

「そっかぁ、それじゃあ買いに行かないとね」

「うん」

 

夏という季節、わたしはあまり好きじゃなかったけれど。

今年は少し違うのかなと思う。

いつもなら煩わしく感じていた蝉の声も、なんだか優しく胸の中に染み入っていく。

 

 

 

「それじゃあね、百合」

「百合さん、また明日」

帰り道、まだ空は青い。

一人ホームに取り残されたわたしは、その寂しさを夕日に溶かすこともできなくなった。

けれどそれでいいのかも知れない。

新しい季節を加奈たちと迎えられたんだから。

加奈と見た思い出の夕日は、しばらくお預けだ。

 

家の付近は人通りも車の通りも少ない。

一人だけの足音がずっとこだましている。

そんな時、ポケットから着信音が響いた。

「加奈・・・?」

連絡してくるのは加奈たちか母なので、そのどちらかだろうと思った。

しかし、画面に表示されていたのは意外な名前だった。

 

『やっほー百合、久しぶりー』

相も変わらぬ陽気な声が電話越しに響いた。

大学生の姉、春菜の声だ。

「お姉ちゃん? どうしたの?」

『最近どうかなって』

「どうって・・・まあそれなりに・・・」

そこまで言ったところで、加奈の姿がちらついた。

「ううん・・・楽しくやってるよ」

『そっか、それは良かった。後、私今週の土曜に帰るから』

「急だね・・・」

『もうすぐ夏休みだからね~』

そのセリフでまた加奈の顔を思い浮かべた。

 

その後は軽く世間話をしてから電話を切った。

電話の向こうからも、蝉の声が聞こえていた。

 

 

 

「ただいまー」

鍵が開く音がしたので玄関まで行ってみる。

「お母さんお帰り」

母が仕事から帰ってきた、

家に居る時間の中で、この瞬間が一番安心する。

一人の留守番は寂しい。

高校生にもなって、可笑しいと言われるかも知れないけど。

 

「お母さん、お姉ちゃんもうすぐ帰ってくるって」

「そっか、そう言えばもう夏休みだしね。電話でもあったの?」

「うん。わたしの携帯に」

「それじゃあ、春菜の好きなミートソーススパゲティでも作っておこうかな」

そう言って鼻歌混じりにキッチンに向かう母。その背中から彼女の喜びが伝わってくる。

 

「お母さん」

「うん?」

「お姉ちゃんが居なくなって、やっぱり寂しかった?」

「まあ少しは、ね。でも百合がいるから、そこまで感じなかったよ」

母はきっと嘘を言ってる。

母はわたしよりも姉と仲が良かったし、気も合ったはずだ。

 

・・・それは仕方がないことだ。

母も人間だし、好き嫌いはある。

むしろ、あまり気が合わないわたしにとても良くしてくれた。そのことを感謝してる。

 

「それじゃあお休み、お母さん」

「うん♪」

そう言ってリビングを出る。

扉を閉めると、向こう側から母の鼻歌が聞こえてきた。

 

 

 

眠ろうとしたけれど、眠れなかった。

明かりを付けたり消したりして、いつの間にか時計の針は11時を回っていた。

ふと、机の上の携帯が気になった。

 

『加奈、今大丈夫? 寝ちゃったんなら、気にしなくていいけど』

それだけメッセージを送る。

こんな時間だし、返信は期待していなかった。

(非常識だと思われないかな?)

そんな心配をしながら加奈のことを思っていると、携帯の着信音が鳴った。

心臓がバクバクと鼓動する。

画面には「友部加奈」の文字。

わたしは液晶画面を指でそっとなぞった。

 

『百合、どうしたの?』

加奈が昼間よりもワントーン落とした声で話してくる。

「加奈、ごめんね。こんな時間に」

『ううん全然。でも珍しいよね、百合から連絡してくるなんて』

「うん・・・」

 

「お姉ちゃんがね、帰ってくるんだって」

『あれ? 百合ってお姉さんいたんだ』

「うん、今東京の大学に通ってるの」

加奈にとってはなんてことのない話だ。

こんな時間にこんな下らない話をして、嫌われないかな・・・

 

『百合はお姉さん、苦手なの?』

加奈が核心をついたことを言ってきて、わたしは少しの間答えることが出来なかった。

「・・・苦手ではないよ。でもどうして?」

『何となく、声の雰囲気とかで』

わたしのこと、よく見てくれてるんだ。そう思って、何だか嬉しくなる。

「苦手じゃないけど、嫉妬しちゃうというか・・・」

蒸し暑い夜の空気がわたしに纏わりつく。

窓の外に見える暗闇よりも、わたしの心は黒く荒んでいるように感じた。

 

「お姉ちゃんはね、わたしが持ってないものをたくさん持ってるから」

加奈にはあまり見せたくなかった、わたしの醜く歪んだ部分。

それがだんだんと露わになっていく。

じんわりと汗が流れる。

夜の暑さがそうさせた。

 

「お姉ちゃんはね、明るくて人に好かれやすい人なんだ。わたしとは真逆」

心の中の冷静な自分が、「やめておけばいいのに・・・」とつぶやいている。

「友達も多くて、男の子にも人気があって」

加奈は何も言わずに相槌を打ってくれている。

「ずっとお姉ちゃんと比べられてきた。何で妹の方は暗くて愛想がないの、って」

『そっか・・・』

「皆、悪気があって言ってるんじゃないのは分かってる。わたしが悪いんだよ。わたしが一番、自分とお姉ちゃんを比べてるの・・・」

『百合』

優しい声が聞こえた。

 

『私は百合のこと、好きだよ?』

「ど、どうしたのいきなり・・・」

突拍子もない言葉に、思わず顔が火照りだす。

『だから自分のこと、あんまり悪く言わないで』

「・・・わたしね、自分のこと、醜いって思う。本当は加奈に好きになってもらえるような人間じゃないんだよ」

『百合がどんなに醜くても、そんなところも好きだから』

「え?」

わたしは目を丸くする。

そんな言葉、言われたことがなかったから

 

『好きなところだけ好きになるのって、簡単なんだよ。都合よく愛せばいいんだから。それでもね、本当にその人を好きになるなら、悪いところにも目を瞑らずに見ないと駄目なんだよ』

「加奈・・・」

彼女の声が震えているのが分かる。

加奈は綺麗ごとじゃなく、心からそう言ってくれてるんだ。

そう思うと、歪んだ心が温かくなっていく。

 

『百合が自分のことを好きになれないなら、私がその分好きになるから。醜くても暗くても愛想が無くても・・・それが素晴らしいんだって言うから』

『だから・・・だからその・・・う、上手く言えない!』

最後には子供っぽく投げ出してしまうのが何だか可愛らしくて、わたしは思わず吹き出してしまった。

『あぁ、笑ったぁ! せっかく百合のために一生懸命考えたのに~』

「ふふっ、ごめん加奈・・・ありがとうね」

『うん』

 

 

 

『それじゃあ百合、また明日学校で』

「うん」

他愛のない会話で夜は更けていく。

電話を切ってベッドの中へ。

その夜はぐっすりと眠れた。

 

醜く歪んだわたしの心。

でも本当に好きなあの子には、それを隠す必要なんてなかったんだ。

夏の夜の蒸し暑さが、その日だけ何故か心地よく感じた。




百合と加奈の関係も、付き合い始めより親密になっていっています。

ただ綺麗なキャラよりも、少し醜さがあるキャラの方が私は好きですね。
今作の主人公、百合はそんなキャラを目指していますが、上手く書けているかどうかは分かりません。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
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