青く澄んだ空に蝉の声がこだましている。
もう夏だ。
新しい白いYシャツに着替える。
新品特有のパリっとした感触がわたしを包んだ。
肌を出すのは落ち着かない。
わたしの肌は他の人よりも白いから、余計にそう感じる。
「百合、おはよう。半袖可愛いね」
眩しい日差しの中、加奈が立っていた。
その足元には黒い影が伸びている。
「おはよう。加奈も半袖可愛いよ」
「えへへ・・・でも百合って肌白いよね・・・」
加奈がわたしの腕を触ってくる。
肌に触れる柔らかい感覚。
汗ばんでないかな、とか気になってしまう。
「あんまり外出ないからね・・・」
「でもホントに綺麗・・・」
加奈に見つめられて、わたしの顔は赤くなってしまった。
暑さのせいかも知れない。
「それにしても熱いよね~」
下敷きをうちわ替わりにしながら加奈が言う。
「でももうすぐ夏休み! そうしたらいっぱい百合と遊べるね!」
「うん」
「どこ行きたい? 海とか山とか」
「う~ん・・・加奈が行きたい所ならどこでもいいよ」
言われてみれば、今までの夏休みはほとんど家の中で過ごしてきた。
普通はどこに遊びに行くものなのか、良く知らなかった。
「それじゃ、理奈と苺にも聞いて計画立てよ? えへへ、楽しみ」
加奈が満面の笑みを浮かべる。
その様子を見ていると、わたしも幸せな気分になってくる。
「加奈、わたしも夏休み楽しみだよ」
教室の窓の外、遠くから蝉の鳴き声が聞こえる。
わたしの声は小さいから、彼らの声にかき消されそうになる。
だからなのか分からないけど、話している内に加奈の顔がどんどん近づいてくる。
「百合は水着とか浴衣持ってる?」
「ううん、持ってない」
加奈の体温、冷たい汗の匂いを感じる。
「そっかぁ、それじゃあ買いに行かないとね」
「うん」
夏という季節、わたしはあまり好きじゃなかったけれど。
今年は少し違うのかなと思う。
いつもなら煩わしく感じていた蝉の声も、なんだか優しく胸の中に染み入っていく。
「それじゃあね、百合」
「百合さん、また明日」
帰り道、まだ空は青い。
一人ホームに取り残されたわたしは、その寂しさを夕日に溶かすこともできなくなった。
けれどそれでいいのかも知れない。
新しい季節を加奈たちと迎えられたんだから。
加奈と見た思い出の夕日は、しばらくお預けだ。
家の付近は人通りも車の通りも少ない。
一人だけの足音がずっとこだましている。
そんな時、ポケットから着信音が響いた。
「加奈・・・?」
連絡してくるのは加奈たちか母なので、そのどちらかだろうと思った。
しかし、画面に表示されていたのは意外な名前だった。
『やっほー百合、久しぶりー』
相も変わらぬ陽気な声が電話越しに響いた。
大学生の姉、春菜の声だ。
「お姉ちゃん? どうしたの?」
『最近どうかなって』
「どうって・・・まあそれなりに・・・」
そこまで言ったところで、加奈の姿がちらついた。
「ううん・・・楽しくやってるよ」
『そっか、それは良かった。後、私今週の土曜に帰るから』
「急だね・・・」
『もうすぐ夏休みだからね~』
そのセリフでまた加奈の顔を思い浮かべた。
その後は軽く世間話をしてから電話を切った。
電話の向こうからも、蝉の声が聞こえていた。
「ただいまー」
鍵が開く音がしたので玄関まで行ってみる。
「お母さんお帰り」
母が仕事から帰ってきた、
家に居る時間の中で、この瞬間が一番安心する。
一人の留守番は寂しい。
高校生にもなって、可笑しいと言われるかも知れないけど。
「お母さん、お姉ちゃんもうすぐ帰ってくるって」
「そっか、そう言えばもう夏休みだしね。電話でもあったの?」
「うん。わたしの携帯に」
「それじゃあ、春菜の好きなミートソーススパゲティでも作っておこうかな」
そう言って鼻歌混じりにキッチンに向かう母。その背中から彼女の喜びが伝わってくる。
「お母さん」
「うん?」
「お姉ちゃんが居なくなって、やっぱり寂しかった?」
「まあ少しは、ね。でも百合がいるから、そこまで感じなかったよ」
母はきっと嘘を言ってる。
母はわたしよりも姉と仲が良かったし、気も合ったはずだ。
・・・それは仕方がないことだ。
母も人間だし、好き嫌いはある。
むしろ、あまり気が合わないわたしにとても良くしてくれた。そのことを感謝してる。
「それじゃあお休み、お母さん」
「うん♪」
そう言ってリビングを出る。
扉を閉めると、向こう側から母の鼻歌が聞こえてきた。
眠ろうとしたけれど、眠れなかった。
明かりを付けたり消したりして、いつの間にか時計の針は11時を回っていた。
ふと、机の上の携帯が気になった。
『加奈、今大丈夫? 寝ちゃったんなら、気にしなくていいけど』
それだけメッセージを送る。
こんな時間だし、返信は期待していなかった。
(非常識だと思われないかな?)
そんな心配をしながら加奈のことを思っていると、携帯の着信音が鳴った。
心臓がバクバクと鼓動する。
画面には「友部加奈」の文字。
わたしは液晶画面を指でそっとなぞった。
『百合、どうしたの?』
加奈が昼間よりもワントーン落とした声で話してくる。
「加奈、ごめんね。こんな時間に」
『ううん全然。でも珍しいよね、百合から連絡してくるなんて』
「うん・・・」
「お姉ちゃんがね、帰ってくるんだって」
『あれ? 百合ってお姉さんいたんだ』
「うん、今東京の大学に通ってるの」
加奈にとってはなんてことのない話だ。
こんな時間にこんな下らない話をして、嫌われないかな・・・
『百合はお姉さん、苦手なの?』
加奈が核心をついたことを言ってきて、わたしは少しの間答えることが出来なかった。
「・・・苦手ではないよ。でもどうして?」
『何となく、声の雰囲気とかで』
わたしのこと、よく見てくれてるんだ。そう思って、何だか嬉しくなる。
「苦手じゃないけど、嫉妬しちゃうというか・・・」
蒸し暑い夜の空気がわたしに纏わりつく。
窓の外に見える暗闇よりも、わたしの心は黒く荒んでいるように感じた。
「お姉ちゃんはね、わたしが持ってないものをたくさん持ってるから」
加奈にはあまり見せたくなかった、わたしの醜く歪んだ部分。
それがだんだんと露わになっていく。
じんわりと汗が流れる。
夜の暑さがそうさせた。
「お姉ちゃんはね、明るくて人に好かれやすい人なんだ。わたしとは真逆」
心の中の冷静な自分が、「やめておけばいいのに・・・」とつぶやいている。
「友達も多くて、男の子にも人気があって」
加奈は何も言わずに相槌を打ってくれている。
「ずっとお姉ちゃんと比べられてきた。何で妹の方は暗くて愛想がないの、って」
『そっか・・・』
「皆、悪気があって言ってるんじゃないのは分かってる。わたしが悪いんだよ。わたしが一番、自分とお姉ちゃんを比べてるの・・・」
『百合』
優しい声が聞こえた。
『私は百合のこと、好きだよ?』
「ど、どうしたのいきなり・・・」
突拍子もない言葉に、思わず顔が火照りだす。
『だから自分のこと、あんまり悪く言わないで』
「・・・わたしね、自分のこと、醜いって思う。本当は加奈に好きになってもらえるような人間じゃないんだよ」
『百合がどんなに醜くても、そんなところも好きだから』
「え?」
わたしは目を丸くする。
そんな言葉、言われたことがなかったから
『好きなところだけ好きになるのって、簡単なんだよ。都合よく愛せばいいんだから。それでもね、本当にその人を好きになるなら、悪いところにも目を瞑らずに見ないと駄目なんだよ』
「加奈・・・」
彼女の声が震えているのが分かる。
加奈は綺麗ごとじゃなく、心からそう言ってくれてるんだ。
そう思うと、歪んだ心が温かくなっていく。
『百合が自分のことを好きになれないなら、私がその分好きになるから。醜くても暗くても愛想が無くても・・・それが素晴らしいんだって言うから』
『だから・・・だからその・・・う、上手く言えない!』
最後には子供っぽく投げ出してしまうのが何だか可愛らしくて、わたしは思わず吹き出してしまった。
『あぁ、笑ったぁ! せっかく百合のために一生懸命考えたのに~』
「ふふっ、ごめん加奈・・・ありがとうね」
『うん』
『それじゃあ百合、また明日学校で』
「うん」
他愛のない会話で夜は更けていく。
電話を切ってベッドの中へ。
その夜はぐっすりと眠れた。
醜く歪んだわたしの心。
でも本当に好きなあの子には、それを隠す必要なんてなかったんだ。
夏の夜の蒸し暑さが、その日だけ何故か心地よく感じた。
百合と加奈の関係も、付き合い始めより親密になっていっています。
ただ綺麗なキャラよりも、少し醜さがあるキャラの方が私は好きですね。
今作の主人公、百合はそんなキャラを目指していますが、上手く書けているかどうかは分かりません。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。