まだ書きたいことはあるのですが、それは二年生の夏編に回そうと思います。
今回は百合のお父さんのお墓参りのお話です。
灰色のコンクリートがどこまでも続く道を車で走る。
わたしの心と裏腹に、空はどこまでも青く澄み渡っている。
それが何だか気に食わなくて、わたしはいつまでも下を向いていた。
今日は父の墓参り。
せっかく家族三人が揃ったんだから、と母に勧められて、わたしも渋々付いてきた。
でも墓参りってあまり好きじゃない。
下らないとすら思う。
墓参りをしても、死んだ人が喜んだりするわけはない。
好きな歌の歌詞を思い出す。
相も変わらず僕は偏屈なので
人と同じ気持ちになれない
父さんの墓参りにも行かず
ぼんやりと空を眺めています
暗い土の中に父さんが眠っているわけはない
それぞれの心の中さ
ねえ父さん
あらゆる儀式は
わざとらしく無駄で滑稽なものだよね
ねえ父さん
どうしたら僕は
素直になれるのでしょうか
早川義夫「父さんへの手紙」
父のことは結構好きだった……と思う。
何しろ小さい頃の記憶なので、とても曖昧だ。
「お父さんが死んだのって、百合が幼稚園の頃だったよね?」
「あ、うん……」
「若い頃から病弱でね、細くて色も白い人だったから……」
母が父を語るその眼差しは、どこか寂しそうに見えた。
もう十年以上経つのに、忘れられないものだろうか。
もしわたしが死んだら、こんな風に悲しんでくれる人はいるのかな。
「でも、百合も春奈も病弱なところは似なくてよかった」
母が笑う。悲しそうに。
いつも明るい母が、今日はやけに寂しそうに見える。まるで別人だ。
「それはほら、お母さんのおかげだよ。ね、百合?」
「うん、そうだね……」
姉はこういう時、やけに機転が利くなと思う。
わたしには無理だ。
母を元気付けたり、慰めたり。とても出来ることじゃないと思う。
「ふふっ、ありがとう、二人とも」
車から降りて、縮こまっていた身体をグッと伸ばす。
太陽の光が痛いぐらいに差している。
青く茂った林の中に、父の墓標はあった。
墓参りの作法が良く分からないので、母や姉の真似をする。
毎年やっているはずなのに、何故か覚えられない。
「お父さん、お元気ですか。百合は高校生、春奈は大学生になりました」
墓の前で手を合わせて、母がそう呟く。
姉も同じ格好になったので、わたしも手を合わせた。
耳に蚊の飛ぶ音が聞こえて、煩わしく感じる。
線香の匂いが漂う。
墓参りはそんなに時間がかからずに終わった。
「ありがとうね、二人とも。お父さんも喜んでると思うよ」
「うん。喜んでくれてるといいね」
姉の声が明るく響く。
「本当は子供には父親と母親、どっちも必要だと思うの。だからお父さんがいなくて、二人には色々苦労掛けたと思う」
「お母さん、そんなことないって」
「……」
姉と同じで、そんなことないよ、そう言ってあげたかった。
でも、苦労をしたのは本当だったから、どうしても口が重くなってしまった。
わたしの中には欠けた部分、他人より劣っている部分がたくさんある。
それが全て父親がいないせいだとは思わない。
でも、そこに責任を押し付けたい自分がいることに気付く。
醜い、とても醜い。
それでも、そうしないと自分を守れなかったことも事実だ。
だから母と父には本当に申し訳なく思っている。
「ごめん……」
自分の中にしまいこんでいた思いが口から洩れてしまった。
「百合……?」
「百合が謝ることないでしょ? ふふっ……」
泣いたような笑顔で、母はわたしの頭を撫でてくれた。
夏の日差しに当たっていたその手は、とても温かくわたしを包み込んだ。
安心する。まだ無垢だった子供の頃を思い出す。
帰りの車内で、わたしの携帯が鳴った。Jeff Buckleyの「Hallelujah」。これは加奈だけに設定している着信音だ。
『百合、今何してるの?』
「今ね、お父さんのお墓参りに」
『あっ、ごめんね』
「ううん、いいの。今終わったところだから」
姉が隣でニヤニヤしながら見てくる。話しづらい。
『って言っても、大した話はないんだけどねぇ……空が綺麗だなって』
加奈はこんな風に、何でもないことで電話してくることがある。
そんな何てことない話を聞くのが、わたしは結構好きだ。
「そうだねぇ……」
車の窓から空を見つめる。
確かに青くて綺麗だ。
死んだ人は空に行くって聞くけれど、それが本当なら、父がこんな綺麗な空を見せてくれているのかも知れない。
なんて、自分らしくないロマンティックな考えだけど、死んでからずっと土の中に埋まっているよりも断然良い。
墓参りが終わって自宅に帰ってくると、姉は背伸びをしながらぽつりと呟いた。
「夏休みもそろそろ終わるねぇ。お父さんのお墓参りもできたし、そろそろ帰らないと」
8月も終わりそうなのに、セミの鳴き声が響いている。
「そう。まぁ、また休みの日にでも帰ってきなさいな」
「うん!」
姉の明るい声。わたしは羨ましく思ってしまう。
「ねぇ、百合」
まだまだ蒸し熱くて寝苦しい夜、姉が部屋を訪ねてきた。
「どうしたの?」
「ううん。ちょっとお話がしたくて」
姉が窓の外を見つめた。その視線の先には満天の星が輝いていた。
「加奈ちゃんとはどう? 上手くやってる?」
「うん。仲良くやってるよ」
「そっか……」
「百合が何だか羨ましくて」
その言葉を聞いて、わたしは驚いてしまう。
それは寧ろわたしの方が言いたい言葉だったから。
「百合は私に無いものたくさん持ってるからね。真面目で優しいところとか。だから恋人とも、お母さんとも仲良くやっていけるんだろうし」
「そんなこと……わたしこそ、お姉ちゃんが羨ましいよ」
「ふふっ……お互い隣の芝生は青いってことかな?」
わたしもつられて微笑む。
それだけで心が軽くなった気がした。
やっぱり姉の陽気さは凄い。
夏の深い闇の中、鳴り止まない虫の声がその夜だけ何故か優しく感じた。
お墓参り、私もあまり好きではなくて。
形骸化されているというか。
まあ実家は新宅なので、お墓には血のつながっていない、知らない人しか入っていないのですが。
祖父母とかが亡くなれば、そこへの意識っていうものも変わるのかも知れませんね。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。