現実でも暖かくなってきましたね。
「あ、この漫画面白そ……おっと、いけない。我慢我慢……」
ふと立ち寄った本屋。加奈は半袖のシャツから覗く白い腕を漫画からひっこめた。
「お姉ちゃんが我慢するなんて、熱でもあるの?」
「ひどっ!? 違うよ、節約してるの。ね、百合?」
「うん」
二人でにっこりと笑い合う。最近は自然に笑えるようになった気がする。
「何ですか? 二人だけの秘密ってやつですか~」
苺がニマニマといたずらそうな顔になる。
「秘密ってわけじゃないよ。ただ夏休みに旅行に行くためにお金貯めてるの」
一年生の終わり。春の足音が近づいた街で彼女と約束したこと。
「どこに行く予定なの?」
「江ノ島に行きたいなって」
でもきっとあの子と一緒ならどこでもいいんだと思う。いつもの街だって、名前も知らない外国の街だって。
「旅行ですか~。いいですよね。理奈さん、こうなったら私達も!」
「はいはい。じゃあ私達も夏休みはどっか行こうね」
「はい!」
「いや~、それにしても暑くなってきましたね」
長く続いた雨の季節もようやく終わりを告げると、すぐにギラギラと照り付ける太陽の季節になった。
半袖のシャツ。白い腕が輝く。あの子は額の汗を拭いながら歩く。
下校時間になっても太陽はまだ頭の上にある。夕暮れ時の寂しさを感じることはないけれど、それはそれで何だか寂しい。
「おかえりなさい。暑かったでしょ?」
玄関前に母の笑顔があった。家の回りに打ち水をしている。
「ただいま」
「アイス、冷蔵庫の中に入ってるよ」
「うん」
甘く冷たいアイスキャンディーが口の中で蕩けていく。ひらひら揺れるカーテンを眺めながらベッドに寝そべっていると、机の上で携帯が鳴っていることに気付いた。慌ててアイスを口に押し込む。画面を見るとあの子の名前があった。
「あ、百合。今大丈夫?」
「はぐっ……んぐっ……ん、大丈夫」
「本当に大丈夫?」
「う、うん」
「江ノ島観光、どこ行こうね」
「後でちゃんと計画立てようね。ネットとかで調べて」
「うん。ところで百合、ちゃんとお金貯めてる? 高校生には結構高いよね」
交通費とかホテル代、現地でタクシーを使うこともあるかも知れないから、お金は余分に持っておこうねと二人で決めたんだった。
「もう充分貯まったかな」
「げっ、もう貯まったの!? 私はもうちょっとかなぁ……無駄遣い控えないと……」
「ふふ、まあ無理はしないでね」
加奈は衝動買いするタイプだからお金を貯めるのは難しいだろう。でも二人のために我慢してくれているのが本当に嬉しい。
「それにしても暑くなってきたね」
電話の向こうからうちわを仰ぐ音が聞こえる。
「ね。でも今年はもっと暑くなるって」
「うわぁ……大丈夫かな、私……」
「ふふ」
その時、カーテンが一際大きく揺れた。初々しく鳴き始めたセミの声が、真っ白な光の中でこだまする。夏の音だ。
「あっ……」
もう一つ、大切な音が無いことに気付いた。
「加奈、今度の休み空いてる?」
「百合~……」
「加奈……大丈夫?」
「な、何とか……」
日差しの中、へろへろになった加奈の姿があった。
白いTシャツに短パン。その中から彼女の華奢な手足が覗いている。それを見ているとわたしの頬も何だか熱っぽくなってしまう。
「これでまだ夏本番じゃないんだから嫌だよねぇ……」
「うん。取り敢えずどこか涼しい所に入ろう?」
わたし達がデートに選んだのは、加奈の街にある古びた商店街。最近ショッピングモールが近くに出来てしまったようで、休日だっていうのに人通りは少ない。お気に入りの場所だったのに、って加奈が悲しんでいた。
「どこ行く? 本屋さん? 喫茶店?」
「そこも行くけど、まずは雑貨屋かな」
加奈にはまだ言ってないけど、買うものはもう決まっていた。
曇ったショーウィンドウの中、色褪せた雑貨達が所狭しと並んでいる。店の中に入ると、白髪の初老の男性がにっこりと微笑みかける。高校生のわたしでもノスタルジアを感じてしまう。
そんな景色の中で、わたしの探していた『あの音』が鳴っていた。
「良い音だね」
「風鈴か~、夏って感じだね」
店内に綺麗に並べられた風鈴たち。その中の一つを手にとってチリンと鳴らしてみた。
二人の前に夏が広がる。
「色は……これかな」
わたしの心に一番響いたのはオレンジ色の風鈴。それを二つ手にとってレジに向かう。
「二つ買うんだ?」
「うん」
「それじゃあ、次はどこ行こうか?」
雑貨屋から出て日差しの中に戻ると、加奈はTシャツの襟をパタパタと羽ばたかせた。
そんな彼女に、雑貨屋の茶色い袋を手渡す。
「はいこれ。プレゼント」
「え、これってさっきの……いいの?」
「うん。加奈、旅行資金貯めるために頑張ってくれてるし、そのお礼」
「そんなお礼なんて……百合!」
「ひゃぁっ!?」
いきなり抱き付いてくる加奈。わたしは思わず変な声をあげてしまう。
「お礼を言うのは私の方だよ。ありがとね、百合」
「加奈……?」
加奈の声が震えている。わたしの背中を掴む手の力も強くなっていく。
「泣いてるの?」
「う、嬉しくて……」
彼女の頭を優しく撫でる。夏の日差しの暑さの中、二人は汗をかきながら抱き合っていた。
その夜、加奈から電話がかかってきた。
「百合、今日はありがとね」
彼女の声の後ろから、チリンチリンと風鈴の音が聞こえて来る。
「今年の夏は、少しは涼しくなればいいね」
深い夜に包まれた暑さの中、涼しい風が吹いたような気がした。
江ノ島旅行編はそろそろ書きたいですね。
でも私が江ノ島行ったことないっていう問題がありまして、取材のために行こうかなと考えています。
あと風鈴。二次創作でも風鈴の話を書いたことがあるのですが、私結構風鈴好きなのかも……。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。