ぐれーす!   作:イッチー団長

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作中では初夏になりました。
現実でも暖かくなってきましたね。


25話 明日によせて

「あ、この漫画面白そ……おっと、いけない。我慢我慢……」

 ふと立ち寄った本屋。加奈は半袖のシャツから覗く白い腕を漫画からひっこめた。

 

「お姉ちゃんが我慢するなんて、熱でもあるの?」

「ひどっ!? 違うよ、節約してるの。ね、百合?」

「うん」

 二人でにっこりと笑い合う。最近は自然に笑えるようになった気がする。

 

「何ですか? 二人だけの秘密ってやつですか~」

 苺がニマニマといたずらそうな顔になる。

「秘密ってわけじゃないよ。ただ夏休みに旅行に行くためにお金貯めてるの」

 一年生の終わり。春の足音が近づいた街で彼女と約束したこと。

 

「どこに行く予定なの?」

「江ノ島に行きたいなって」

 でもきっとあの子と一緒ならどこでもいいんだと思う。いつもの街だって、名前も知らない外国の街だって。

 

「旅行ですか~。いいですよね。理奈さん、こうなったら私達も!」

「はいはい。じゃあ私達も夏休みはどっか行こうね」

「はい!」

 

 

 

「いや~、それにしても暑くなってきましたね」

 長く続いた雨の季節もようやく終わりを告げると、すぐにギラギラと照り付ける太陽の季節になった。

 半袖のシャツ。白い腕が輝く。あの子は額の汗を拭いながら歩く。

 

 下校時間になっても太陽はまだ頭の上にある。夕暮れ時の寂しさを感じることはないけれど、それはそれで何だか寂しい。

 

 

 

「おかえりなさい。暑かったでしょ?」

 玄関前に母の笑顔があった。家の回りに打ち水をしている。

「ただいま」

「アイス、冷蔵庫の中に入ってるよ」

「うん」

 

 甘く冷たいアイスキャンディーが口の中で蕩けていく。ひらひら揺れるカーテンを眺めながらベッドに寝そべっていると、机の上で携帯が鳴っていることに気付いた。慌ててアイスを口に押し込む。画面を見るとあの子の名前があった。

 

「あ、百合。今大丈夫?」

「はぐっ……んぐっ……ん、大丈夫」

「本当に大丈夫?」

「う、うん」

 

「江ノ島観光、どこ行こうね」

「後でちゃんと計画立てようね。ネットとかで調べて」

「うん。ところで百合、ちゃんとお金貯めてる? 高校生には結構高いよね」

 交通費とかホテル代、現地でタクシーを使うこともあるかも知れないから、お金は余分に持っておこうねと二人で決めたんだった。

 

「もう充分貯まったかな」

「げっ、もう貯まったの!? 私はもうちょっとかなぁ……無駄遣い控えないと……」

「ふふ、まあ無理はしないでね」

 加奈は衝動買いするタイプだからお金を貯めるのは難しいだろう。でも二人のために我慢してくれているのが本当に嬉しい。

 

「それにしても暑くなってきたね」

 電話の向こうからうちわを仰ぐ音が聞こえる。

「ね。でも今年はもっと暑くなるって」

「うわぁ……大丈夫かな、私……」

「ふふ」

 その時、カーテンが一際大きく揺れた。初々しく鳴き始めたセミの声が、真っ白な光の中でこだまする。夏の音だ。

「あっ……」

 もう一つ、大切な音が無いことに気付いた。

「加奈、今度の休み空いてる?」

 

 

 

「百合~……」

「加奈……大丈夫?」

「な、何とか……」

 日差しの中、へろへろになった加奈の姿があった。

 白いTシャツに短パン。その中から彼女の華奢な手足が覗いている。それを見ているとわたしの頬も何だか熱っぽくなってしまう。

 

「これでまだ夏本番じゃないんだから嫌だよねぇ……」

「うん。取り敢えずどこか涼しい所に入ろう?」

 

 わたし達がデートに選んだのは、加奈の街にある古びた商店街。最近ショッピングモールが近くに出来てしまったようで、休日だっていうのに人通りは少ない。お気に入りの場所だったのに、って加奈が悲しんでいた。

 

「どこ行く? 本屋さん? 喫茶店?」

「そこも行くけど、まずは雑貨屋かな」

 加奈にはまだ言ってないけど、買うものはもう決まっていた。

 

 曇ったショーウィンドウの中、色褪せた雑貨達が所狭しと並んでいる。店の中に入ると、白髪の初老の男性がにっこりと微笑みかける。高校生のわたしでもノスタルジアを感じてしまう。

 そんな景色の中で、わたしの探していた『あの音』が鳴っていた。

 

「良い音だね」

「風鈴か~、夏って感じだね」

 店内に綺麗に並べられた風鈴たち。その中の一つを手にとってチリンと鳴らしてみた。

 二人の前に夏が広がる。

 

「色は……これかな」

 わたしの心に一番響いたのはオレンジ色の風鈴。それを二つ手にとってレジに向かう。

「二つ買うんだ?」

「うん」

 

 

 

「それじゃあ、次はどこ行こうか?」

 雑貨屋から出て日差しの中に戻ると、加奈はTシャツの襟をパタパタと羽ばたかせた。

 そんな彼女に、雑貨屋の茶色い袋を手渡す。

「はいこれ。プレゼント」

「え、これってさっきの……いいの?」

「うん。加奈、旅行資金貯めるために頑張ってくれてるし、そのお礼」

「そんなお礼なんて……百合!」

「ひゃぁっ!?」

 いきなり抱き付いてくる加奈。わたしは思わず変な声をあげてしまう。

 

「お礼を言うのは私の方だよ。ありがとね、百合」

「加奈……?」

 加奈の声が震えている。わたしの背中を掴む手の力も強くなっていく。

 

「泣いてるの?」

「う、嬉しくて……」

 彼女の頭を優しく撫でる。夏の日差しの暑さの中、二人は汗をかきながら抱き合っていた。

 

 

 

 その夜、加奈から電話がかかってきた。

「百合、今日はありがとね」

 彼女の声の後ろから、チリンチリンと風鈴の音が聞こえて来る。

 

「今年の夏は、少しは涼しくなればいいね」

 深い夜に包まれた暑さの中、涼しい風が吹いたような気がした。




江ノ島旅行編はそろそろ書きたいですね。
でも私が江ノ島行ったことないっていう問題がありまして、取材のために行こうかなと考えています。

あと風鈴。二次創作でも風鈴の話を書いたことがあるのですが、私結構風鈴好きなのかも……。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
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