ぐれーす!   作:イッチー団長

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ついに始まりました、恋人たちの二人だけの旅行編。

参考までにストリートビューで江ノ島の名所を散策?してみましたが、中々楽しかったです。


27話 江ノ島(前編)

「加奈、おはよう」

「おはよう百合~。ふあぁ~……」

 薄暗い空の下。加奈があくびを一つ。

 

「眠そうだね」

「昨日あんまり眠れなくてね~」

「ふふ……」

 笑ってはいるけど、わたしも寝不足だった。ドキドキとワクワクが止まらない。同じ関東圏内に行くだけなのに、どこか遠い異国の地へ行くような気分になってしまう。

 

「それじゃ、行こう」

 小さな手を握る。胸の高鳴りを抑えながら、二人で電車に乗り込んだ。

 

 

 

 鎌倉駅まで電車で二時間と少し。加奈はいつもよりお喋り。姉から貰った本を広げながら、「ここに行こう」なんて話をする。

 ふと車窓を見ると、わたし達の住んでいる街がどんどん遠くなっていく。

「しばしお別れ、だね」

「うん」

 

 二泊三日の旅。その間、加奈と二人きりだ。不安が無いと言えば嘘になるけど、加奈の優しい笑顔を見ていると不思議と安心してしまう。

 

 

 

「うわぁ~、これが鎌倉駅か~!」

 駅のホームに加奈のはしゃいだ声が響き渡る。わたしも、内心ドキドキしている。

「古風な感じでおしゃれだね」

「ね!」

 駅だけでなく、周りの街並みまでもシック調に統一されている。

 

 知らない街に響く二人の足音。何だか感動してしまう。旅がこんなに素敵なものだと初めて知った。

 

「江ノ電乗る前に、遅めの朝ごはんにしよっか?」

「うん。お腹ペコペコでさ~」

「ふふ。それじゃ近くのカフェに行ってみよう」

 

 と言っても、駅の近くにカフェがたくさんある。わたしの街だと一つ二つポツンとあるくらいなのに。流石観光地だなと感心させられた。

 

「どこにしようかな。これだけあると迷っちゃうね」

「こういうのは第一印象が重要! ここのお店にしよう!」

 加奈が指さしたのはレトロな雰囲気のこじんまりしたカフェ。少しけいちゃんのやってるお店と雰囲気が似てる気がする。

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 扉を開くとカランコロンと音がする。ちょび髭の生えたマスターが笑顔でお出迎えしてくれた。

 

 アンティーク調な机と椅子に、まばらなお客。ぐつぐつと何かを煮込んでいる音に、空腹を刺激する匂い。

 店内には古びたレコードがいくつも置いてあって、今流れているのは確かnick drakeの曲だ。孤独で優しいギターの音が、そっとわたし達に寄り添う。

 

「ね。いい雰囲気のお店でしょ?」

「うん。加奈凄いね」

 雰囲気もいいし、店員さんやお客さんの距離感もいい。やたらと話しかけてくることもないし、だからと言って離れているわけでもない。

 もし鎌倉に住んでいたら、毎日通ってしまうかも知れない。そんな素敵なお店だった。

 

「あ~……このカレー美味しい……」

 加奈も唸る程の美味しさ。……って言ったら失礼かな? でも本当に美味しい。

「優しい味だね」

 丁寧に煮込まれた玉ねぎやジャガイモの甘さが、じんわりと口の中に広がる。この甘さと、適度に入れられたスパイスの辛みが絶妙なハーモニーを奏でて、スプーンを握る手を休ませてくれない。

 

 カレーライスを食べ終わる頃に、注文しておいたクリームソーダが運ばれてくる。真っ白なバニラアイスが溶ける度、パチパチと炭酸が弾ける。

「あ~、幸せ~」

「ふふ……」

 窓の外を眺めながら、アイスが溶けきるくらいゆっくりとした時間を過ごした。

 

 

 

「あの、美味しかったです」

 お会計の際、マスターにそう伝えた。

「ありがとうございます。お二人は学生さんですか?」

「はい。高校生です」

「高校生カップルです!」

 後ろからひょっこりと加奈が現れる。

「ちょっ、加奈!?」

 そこまで知らせる必要はないんじゃないか。顔から火が出るくらい恥ずかしい。

 

「そうですか。良い思い出になるといいですね」

「はい!」

 

 

 

 周辺を散策してから、再び鎌倉駅に戻ってきた。

 汗をかきながらホームに佇んでいると、淡い緑色の電車が近づいてきた。

「おぉっ! 江ノ電だ~!」

 加奈のはしゃいだ声が駅のホームに響き渡る。わたしも内心はしゃいでいた。

 

 ガタンゴトン。江ノ電が走る。

 車窓には知らない街並みが映る。隣には加奈の横顔が。

 加奈の汗ばんだ白いシャツが蜃気楼のようにぼやけて見える。それは頭の中に流れる大好きな曲のせいかも知れない。

 

いつもただゆっくりと流れるだけ

そんなもんさ

道端の花がその日だけ何故か

鮮やかに見えた

海沿いの空に

 

サニーデイ・サービス「江ノ島」

 

「見えてきた! あれが江ノ島か~」

 窓の外を見ると、青い海の中、小島が浮かんでいる。本当に江ノ島に来たんだと感慨深くなる。

 

 

 

「海だ! 江ノ島だ!」

「この弁天橋を渡れば江ノ島だね。海は明日にして、まずは江ノ島に行こう」

 潮の香りがする。たくさんの観光客が歩く弁天橋を、加奈と二人手を繋いで歩く。

 

「晴れてて良かったね」

 青い空、白い雲。江ノ島はもうすぐ。

「あっ、百合、江ノ島をバックに写真撮ろう。理奈達にも送ってあげるの」

「いいね」

 

 

 

「あっ、メール……お姉ちゃんからだ」

「百合さんからも来ました。ふふ……」

 携帯を見て微笑む二人。

「いい笑顔だね」

「楽しんでるみたいですね」

 

 

 

 弁天橋を渡って10分程。ついに江ノ島の地を踏んだ。

「到着~! いぇーい!」

「い、いぇーい?」

 何故かハイタッチを求められる。

 

「まずは江ノ島神社に行こう。辺津宮、中津宮、奥津宮の順にお参りするんだって」

「お~!」

 

「おっきい鳥居!」

「さっきの青銅の鳥居も味があって良かったね」

 

「ここくぐればいいの?」

「罪穢れを取ってくれるんだって」

 

「縁結びか。私達はもう結ばれてるから関係ないね」

「もう、加奈……」

 

「ちょっと休憩しよっか」

 奥津宮に行く前に、饅頭屋で一旦腰を下ろす。

 見上げると一面の青い空、深緑の木々がわたし達を癒してくれる。

 

「いいね~ずっとこうしていたい」

「ね。でも明々後日には帰るしかないんだけどね」

 白い雲が流れる。観光客の賑やかな声も、いつしか二人の耳には届かなくなっていた。

 

「加奈」

「ん? んっ……」

 そっとキスをする。優しく閉じた目が可愛い。白い首筋に伝う汗が愛おしい。

 

 

 

「ふぅ~堪能した~」

 趣のある神社と木々、海、雲。何もかもが美しく感じた。

 久しぶりに日焼けした肌をぼんやり見つめる。もしかしたら幸せってこういうことを言うのかも知れない。

「夕暮れ……そろそろホテル行こうか?」

「うん」

 オレンジ色に染まる海と空が綺麗だった。泣きそうな程に。

 

 

 

「うわ~、景色凄い~」

 ホテルの窓から江ノ島が見える。窓に映る加奈の顔には、ポツリと小さな光が灯っている。夜の江ノ島の灯が、加奈を照らしている。

「綺麗だね」

「うん」

 その言葉を加奈に言ったのか、景色に言ったのか、自分でも分からなかった。

 

「ところで百合、旅行の夜と言えば必ずすることがあるんだよ」

 浴衣になった加奈が前屈みになってわたしを覗き込む。白い胸元にはらはらさせられる。

「な、なんだろ……?」

「それは……枕投げだ~!」

「加奈、それ違っ……きゃ~!」

 二人の楽しそうな声を響かせながら、旅行一日目の夜は更けていった。




幸せを嚙みしめながら、前編は終了です。
後編もどうかお付き合い下さい。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

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