参考までにストリートビューで江ノ島の名所を散策?してみましたが、中々楽しかったです。
「加奈、おはよう」
「おはよう百合~。ふあぁ~……」
薄暗い空の下。加奈があくびを一つ。
「眠そうだね」
「昨日あんまり眠れなくてね~」
「ふふ……」
笑ってはいるけど、わたしも寝不足だった。ドキドキとワクワクが止まらない。同じ関東圏内に行くだけなのに、どこか遠い異国の地へ行くような気分になってしまう。
「それじゃ、行こう」
小さな手を握る。胸の高鳴りを抑えながら、二人で電車に乗り込んだ。
鎌倉駅まで電車で二時間と少し。加奈はいつもよりお喋り。姉から貰った本を広げながら、「ここに行こう」なんて話をする。
ふと車窓を見ると、わたし達の住んでいる街がどんどん遠くなっていく。
「しばしお別れ、だね」
「うん」
二泊三日の旅。その間、加奈と二人きりだ。不安が無いと言えば嘘になるけど、加奈の優しい笑顔を見ていると不思議と安心してしまう。
「うわぁ~、これが鎌倉駅か~!」
駅のホームに加奈のはしゃいだ声が響き渡る。わたしも、内心ドキドキしている。
「古風な感じでおしゃれだね」
「ね!」
駅だけでなく、周りの街並みまでもシック調に統一されている。
知らない街に響く二人の足音。何だか感動してしまう。旅がこんなに素敵なものだと初めて知った。
「江ノ電乗る前に、遅めの朝ごはんにしよっか?」
「うん。お腹ペコペコでさ~」
「ふふ。それじゃ近くのカフェに行ってみよう」
と言っても、駅の近くにカフェがたくさんある。わたしの街だと一つ二つポツンとあるくらいなのに。流石観光地だなと感心させられた。
「どこにしようかな。これだけあると迷っちゃうね」
「こういうのは第一印象が重要! ここのお店にしよう!」
加奈が指さしたのはレトロな雰囲気のこじんまりしたカフェ。少しけいちゃんのやってるお店と雰囲気が似てる気がする。
「いらっしゃいませ」
扉を開くとカランコロンと音がする。ちょび髭の生えたマスターが笑顔でお出迎えしてくれた。
アンティーク調な机と椅子に、まばらなお客。ぐつぐつと何かを煮込んでいる音に、空腹を刺激する匂い。
店内には古びたレコードがいくつも置いてあって、今流れているのは確かnick drakeの曲だ。孤独で優しいギターの音が、そっとわたし達に寄り添う。
「ね。いい雰囲気のお店でしょ?」
「うん。加奈凄いね」
雰囲気もいいし、店員さんやお客さんの距離感もいい。やたらと話しかけてくることもないし、だからと言って離れているわけでもない。
もし鎌倉に住んでいたら、毎日通ってしまうかも知れない。そんな素敵なお店だった。
「あ~……このカレー美味しい……」
加奈も唸る程の美味しさ。……って言ったら失礼かな? でも本当に美味しい。
「優しい味だね」
丁寧に煮込まれた玉ねぎやジャガイモの甘さが、じんわりと口の中に広がる。この甘さと、適度に入れられたスパイスの辛みが絶妙なハーモニーを奏でて、スプーンを握る手を休ませてくれない。
カレーライスを食べ終わる頃に、注文しておいたクリームソーダが運ばれてくる。真っ白なバニラアイスが溶ける度、パチパチと炭酸が弾ける。
「あ~、幸せ~」
「ふふ……」
窓の外を眺めながら、アイスが溶けきるくらいゆっくりとした時間を過ごした。
「あの、美味しかったです」
お会計の際、マスターにそう伝えた。
「ありがとうございます。お二人は学生さんですか?」
「はい。高校生です」
「高校生カップルです!」
後ろからひょっこりと加奈が現れる。
「ちょっ、加奈!?」
そこまで知らせる必要はないんじゃないか。顔から火が出るくらい恥ずかしい。
「そうですか。良い思い出になるといいですね」
「はい!」
周辺を散策してから、再び鎌倉駅に戻ってきた。
汗をかきながらホームに佇んでいると、淡い緑色の電車が近づいてきた。
「おぉっ! 江ノ電だ~!」
加奈のはしゃいだ声が駅のホームに響き渡る。わたしも内心はしゃいでいた。
ガタンゴトン。江ノ電が走る。
車窓には知らない街並みが映る。隣には加奈の横顔が。
加奈の汗ばんだ白いシャツが蜃気楼のようにぼやけて見える。それは頭の中に流れる大好きな曲のせいかも知れない。
いつもただゆっくりと流れるだけ
そんなもんさ
道端の花がその日だけ何故か
鮮やかに見えた
海沿いの空に
サニーデイ・サービス「江ノ島」
「見えてきた! あれが江ノ島か~」
窓の外を見ると、青い海の中、小島が浮かんでいる。本当に江ノ島に来たんだと感慨深くなる。
「海だ! 江ノ島だ!」
「この弁天橋を渡れば江ノ島だね。海は明日にして、まずは江ノ島に行こう」
潮の香りがする。たくさんの観光客が歩く弁天橋を、加奈と二人手を繋いで歩く。
「晴れてて良かったね」
青い空、白い雲。江ノ島はもうすぐ。
「あっ、百合、江ノ島をバックに写真撮ろう。理奈達にも送ってあげるの」
「いいね」
「あっ、メール……お姉ちゃんからだ」
「百合さんからも来ました。ふふ……」
携帯を見て微笑む二人。
「いい笑顔だね」
「楽しんでるみたいですね」
弁天橋を渡って10分程。ついに江ノ島の地を踏んだ。
「到着~! いぇーい!」
「い、いぇーい?」
何故かハイタッチを求められる。
「まずは江ノ島神社に行こう。辺津宮、中津宮、奥津宮の順にお参りするんだって」
「お~!」
「おっきい鳥居!」
「さっきの青銅の鳥居も味があって良かったね」
「ここくぐればいいの?」
「罪穢れを取ってくれるんだって」
「縁結びか。私達はもう結ばれてるから関係ないね」
「もう、加奈……」
「ちょっと休憩しよっか」
奥津宮に行く前に、饅頭屋で一旦腰を下ろす。
見上げると一面の青い空、深緑の木々がわたし達を癒してくれる。
「いいね~ずっとこうしていたい」
「ね。でも明々後日には帰るしかないんだけどね」
白い雲が流れる。観光客の賑やかな声も、いつしか二人の耳には届かなくなっていた。
「加奈」
「ん? んっ……」
そっとキスをする。優しく閉じた目が可愛い。白い首筋に伝う汗が愛おしい。
「ふぅ~堪能した~」
趣のある神社と木々、海、雲。何もかもが美しく感じた。
久しぶりに日焼けした肌をぼんやり見つめる。もしかしたら幸せってこういうことを言うのかも知れない。
「夕暮れ……そろそろホテル行こうか?」
「うん」
オレンジ色に染まる海と空が綺麗だった。泣きそうな程に。
「うわ~、景色凄い~」
ホテルの窓から江ノ島が見える。窓に映る加奈の顔には、ポツリと小さな光が灯っている。夜の江ノ島の灯が、加奈を照らしている。
「綺麗だね」
「うん」
その言葉を加奈に言ったのか、景色に言ったのか、自分でも分からなかった。
「ところで百合、旅行の夜と言えば必ずすることがあるんだよ」
浴衣になった加奈が前屈みになってわたしを覗き込む。白い胸元にはらはらさせられる。
「な、なんだろ……?」
「それは……枕投げだ~!」
「加奈、それ違っ……きゃ~!」
二人の楽しそうな声を響かせながら、旅行一日目の夜は更けていった。
幸せを嚙みしめながら、前編は終了です。
後編もどうかお付き合い下さい。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。