といっても普段の日常回とそう変わりませんが……。
でもやっぱり好きな人と旅に行くのは良いですよね。私にはそういう人はいないのですが……。
「おぉ~……」
観光客で溢れかえるビーチ。青い水の上に江ノ島が浮かんでいる。
「泳ごう、百合」
「うん」
砂浜を蹴ってそのまま水の中へ。バシャバシャと水しぶきが弾ける。
去年、四人で行った海も楽しかったけれど、今日という日はまた格別だ。
ギラギラと焼け付く太陽。楽しそうな恋人たちの声が聞こえる。わたし達もそんな恋人たちの一対。青く澄んだ空に溶けていく。
「あはは……はぁ……楽しいねぇ」
昨日から、笑い疲れてお腹が痛い。頬も痛い。わたしってこんなに笑えるんだなと思い知らされた。
「喉からから……ちょっと飲み物買ってくるよ」
加奈を置いて一人で自販機を探すことにした。たまには一人にならないと、頬が火照ってしまって仕方がない。
ガコンとペットボトルが落ちる。それを手に持って頬に近づける。火照った頬がヒンヤリと冷やされる。
そしてふと思う。この旅行も明日で終わりだ。終わってしまうことは、いつだって寂しい。胸に抱えたペットボトルの冷たさを感じながら、加奈の元へ向かった。
「加奈」
「百合? っ!」
加奈の胸に顔を埋める。
「ど、どうかした!?」
「何でもないけど……ただ、何となく」
今は楽しい、凄く楽しいんだから、水を差したくない。今だけは思い切り楽しみたい。
「百合……」
加奈の腕がわたしの背中に回る。
「……よし、次行こうか!」
「うん」
新江ノ島水族館にやって来た。
夏の日差しで火照った身体が、ひんやりとした空気で冷やされて気持ちいい。
「クラゲだ……綺麗だね」
クラゲには不気味な印象を持っていたけれど、こうして見てみると確かに綺麗だ。青い水の中で、透明な身体がキラキラと光っている。
ショーケースの中には色々な魚が泳いでいる。加奈は目を輝かせてそれを見ている。わたしもそんな彼女を見ていると、何だか嬉しい。
「加奈は何の魚が好き?」
「う~ん……マグロ?」
「食べる方!?」
「えへへ……そんな話してると、ちょっとお腹空いてきたね」
「そ、そうかな……?」
水族館を出てお食事処へ。今日の目当てはしらす丼だ。
「江ノ島と言えばコレだよね」
「ね」
さっきまで生きていたかのような新鮮なしらすが口の中で蕩ける。
仄かな甘さとタレの塩辛さ、ごはんの温かさが混ざり合う。
「ん~……」
頬が落ちそうって言葉はこんな時に使うものなのかな。食べ終わるのが勿体無いくらいの美味しさだ。
そして今日も日が沈む。海に映る夕日の色が寂しい。
「今日も楽しかったね、百合」
「うん……」
楽しかった。でも楽しい時間は一瞬で過ぎてしまう。二人の旅行も明日で終わる。
「百合~!」
「わわっ!?」
加奈が思い切りわたしを抱き締める。腕の力が、少し痛いくらいに強い。
「明日が最終日だね」
「うん」
「一緒に過ごせて楽しかったよ。ありがとね、百合」
「そんな……それを言うのはわたしの方だよ」
涙が自然と溢れてくる。キスをする。抱き締め合う。
夕日を背に。いつまでも、いつまでも……。
そして、旅の終わりを告げる電車がやってきた。風景がみるみる変わっていく。旅をするには便利な時代になったけれど、もっとゆっくりでもいいと思う。ゆっくり走れば、それだけ彼女と一緒にいる時間が増えるから。
「楽しかったね」
「うん……」
海が見えなくなっていく。楽しかった時間が思い出に変わっていく。寂しくて堪らない。
(あぁ、終わっちゃう……)
やがて見慣れた風景が見えてくる。旅も本当に終わりだ。でも……。
「加奈、わたし忘れないから。ずっとずっと」
「百合……うん、私も」
旅が終わっても、二人の時間は続いていく。今はそれでいい。記憶の中でずっと続いていけばいい。
「また行こう。今度はもっと遠くにも。大人になったら外国にだって!」
大人になったら……わたし達は大人になるまで一緒にいられるのかな。でも、もしそれまで一緒にいられたら、その時は本当に行ってみたい。外国にだって、どこにだって。
いつもの駅に着いて、わたし達の旅は終わった。そしていつもの日常が始まった。
《その後》
「百合、おかえり~。どうだった?」
玄関を開けた途端、姉が抱き付いてくる。母は姉の後ろで優しく微笑んでいる。
「楽しかったよ。はい、これおみやげ」
「わぁ~、ありがと!」
「百合、この旅行のこと、忘れないでね。きっとあなたの財産になるはずだから」
「お母さん……うん!」
静かに涙が頬を伝った。
ただの旅行じゃない。好きな人と旅をしたこと。だからこそ大切なんだ。
いつまでも忘れない。大人になっても。いつか離れ離れになっても。
今の幸せを噛みしめ、いつか来る別れを思う百合。
旅は終わるからこそ楽しいのですし、二人の恋もまた然り、といったところでしょうか。
次からは普通の日常回に戻ります。
今後もマイペースな更新になりますが、お楽しみ頂ければと思います。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。