ぐれーす!   作:イッチー団長

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凄く久しぶりな気がします。
色々連載が重なってしまいましたからね……。

今回は短めのお話。


30話 人生の秋

 部屋の中を夏が通り過ぎた。人生で何度目かの秋を迎える。

 二人で買った風鈴も、しばらくしまっておこう。次の夏が来たら、またあの音を聞きたい。

 

「……」

 長袖の制服に袖を通して、髪を整える。

 

 玄関を出ると、ローファーが地面の上にくっついたのが分かった。

 重い瞼と重い身体を引きずるように、あの子達の待つ学校へ向かった。

 

 

 

「この公式はこのように……」

 教師の声が遠く聞こえる。

 涼しい風に揺られながら、こっくりこっくり。心地良いまどろみの中へ落ちていく……。

 

「百合さん、百合さん」

「……はっ」

 いけない。眠りそうになっていたみたいだ。

 

「寝不足? 珍しいね」

 理奈がこしょこしょと耳打ちしてくれる。

「そういうわけじゃないんだけど……」

「ま、たまにはいいと思うけどね。お姉ちゃんを見なよ」

 言われて加奈の方を見ると、加奈もこっくりと舟を漕いでいた。そして隣の静音は完全に爆睡している。

「ふふ……」

 おかしくて、眠気も覚めるようだった。

 

 

 

「ってことがあって」

「もう秋だもんね。睡眠の秋っていうし」

 わたしの机に肘を置いて、加奈がにっこりと笑っている。

「お姉ちゃんは年中寝てるけどね」

「うっ……」

 

「でも秋って短いですよね。すぐ冬になっちゃいますし」

 苺に言われて、窓の外を見る。秋空は鈍色で、何故だか寂しそうに思えた。

 

 秋は寂しい。

 夏の瑞々しさは段々と消え、冬の足音が聞こえてくる。何故だか人恋しくなる季節、それが秋だ。

 でもそんな季節が、わたしは好きだったりする。

 

 

 


 一人部屋にポツンと佇む。窓の外では、枯れ葉が涼風に舞っている。

 こんな日は一人でいるのも悪くない。お気に入りの、寂しい曲がレコードから流れている。

 

「お茶でも淹れようかな……」

 ゆっくりと立ち上がる。

 ふと、歳を取った気がした。まだ高校生だなのに。

 

 わたしは良く、若年寄みたいだと言われることがある。言われてみれば確かに、同年代とはあまり馴染めなかった。加奈と出会うまで、皆と一緒に盛り上がったという記憶が無い。

 

 まるでこれから死にゆく老人みたいに、わたしはコーヒーをすすった。

 

 死に向かう老人と、冬へ向かう秋。その二つは似ているのかも知れない。

 謂わば人生の秋だ。

 そう思うと、鈍色の空は何だか恐ろしく見えた。同時に優しさを感じる。

 終わってしまうことは、どうしてこんなに切なく優しいんだろう。

 レコードが終わり、静かになった部屋を見渡す。

 

 そう言えば、父が亡くなった日も、こんな風に静かだった。

 ただ、母と姉の泣き声だけが聞こえていた。

 父が亡くなった時わたしは小さかったけれど、死ぬ前の彼の優しい表情が今でも忘れられない。

 思えば、わたしにとっての死のイメージは、父の影響が強いのかも知れない。

 

 

 

 窓を開けて、風を部屋に招いた。風は静かに優しく、わたしを包んでくれた。

 

 一年が巡ること。誰かと別れること。死んでしまうこと。

 わたしがこれから経験する様々な終わりの時も、こんな穏やかな日であってくれれば。感傷に浸りながら、そんなことを考えていた。




≪物凄く個人的なあとがき≫
思えば、学生の頃は死ぬことがとても怖かったですね。今はむしろ、そこに優しさを感じるようになりました。

私事ですが、最近祖母を亡くしまして。私にとっては初めて亡くした身内です。
長らく介護されていたのですが、最期は安らかに逝きました。
それを見て、死とはある意味救いなんだなと。あまり怖がることはないのだなと思いました。

私もそろそろ20代後半を迎えますし、人生の秋かな、と。死も大分身近に感じるようになりました。
ただただ、穏やかに逝ければと願っています。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

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