メルティクラウン─王冠を戴く少女─ 作:メルティーキッス
大使を迎える晩餐会が開催され、華やかに着飾った宮廷婦人たちが手を差し伸べた男の手を取ってダンスを披露する。
フォーブレイ側の主役は大使だが人々の注目を集めるのはタクト王子だ。
到着時のラフな服装から一転して正式な王子の格好をすれば化けるもので、絶世の美青年ぶりを発揮して人々の目を集めている。
女たちの熱い視線と男たちの嫉妬を一身に受けて光り輝く太陽のようだ。
口さえ開かなければ、ですけどね。と、メルティは注釈を入れる。
尊大な話しぶりは変わらないのだが、その胸に輝く金のペンダントは冒険者の地位を示すものだ。
最高位の白金に次ぐ金等級ともなればメルロマルクにも一人しかいない。
「そして俺はドラゴンに向けて言った。馬鹿め、胴ががら空きだ、とな」
芝居がかったしぐさを交えながら、ホラなのか本当なのかよくわからない話を女性陣に披露している。
「まあ、タクト様は一流の冒険者でいらっしゃるのですね」
「なに、この程度の話。俺にかかれば竜の一〇匹や二〇匹恐れることはないですよ、美しいお嬢さん」
キラキラ笑顔を振りまいてタクトが髪をかき上げる。そしてメルティに向けてウィンクしてみせる。
はい? 何ですか今のピンポイント攻撃……
恋を知らない年頃の娘なら飛び上がって頬を赤らめるところだが、メルティには気が重いだけである。
できれば一生関心は持ってほしくない。
それにしても公式の場でいいのかしら? 冒険者のペンダントなんて公式の場でつけてたらうちのお母様だったら雷が落ちる。
王族の立場で冒険者としての話などしたら確実にお説教でしょう。
タクトのせいで大使に話しかけられずメルティはじっくりと観察する。
ちなみにモーグリは食べ物や飲み物をくすねてはテーブルの下で仲間と宴会をしているようで今はまるで役に立たない。
「とんだ不良モーグリだわ。まあ用事ないからいいけどね」
そのとき思いがけず救いの手を差し伸べたのは姉上のご登場ででした。
「主役の登場よ。あなたたちお下がりなさい」
赤いドレスに身を包んだマルティが取り巻きたちと現れると、まるで女王が現れたかのように女たちが左右に分かれる。
笑みを浮かべるマルティをタクトが出迎えて手を取った。
「マルティの美しさはメルロマルク一だよ」
「まあ、もちろんそうですわ。踊ってくださいます? 殿下」
「来いよ、マルティ」
流し目に誘うマルティをタクトが恭しく誘った。
マルティがタクトの腕に手を回して二人はダンスホールの中央に進み出る。主役は二人と言わんばかりに新たな曲が始まっていた。
色とりどりのドレスが舞う絢爛たるダンスが始まる。その音楽を背にメルティはようやく大使に近づいて話しかけていた。
「大使、ごきげんよう」
メルティは自分のカラーである青いドレスで一礼して挨拶をする。
外交はすでに詰めの段階で明日に調印を済ますだけだ。この場で大事な話し合いが行われることはない。
政治的な話はさておいて大使のお孫さんの話をしながら主題に入る。このために機会を伺っていたのだ。
「──大使は私の父がフォーブレイの王子だった頃をご存じだとか?」
「存じておりますとも。王の子息の中でもとりわけ聡明で公明なお方でした」
「お父様はフォーブレイにいた頃のことはあまり話してくれませんの。是非お聞かせくださいませんか?」
「もちろん構いませんとも。ですがここは少し騒がしゅうございますので……」
「では、良い場所を知っています。ここから西に出て庭を突っ切り……」
大使に場所を教えてメルティは席を離れる。
別れて別々に目的の場所に向かう。メルティが向かうのは宴が催されている宮殿の別棟にある建物だ。
会場を離れるメルティの後ろにエクレールが付いた。リンクパールを介しての通話が入る。
「メルティ様どちらへ?」
「叔母さまの所よ。エクレールは宴を楽しんで」
「そういうわけには参りません」
「じゃあ、テーブルの下のモーグリを回収してきて」
「了解です」
エクレールが視界から外れ会場を後にする。夜の空気を吸い込んでライトアップされた噴水を横切って宮殿の向こう側の建物に入った。
そこには歴代の王と女王と、その家族の肖像画がある回廊が存在する。宴が行われている今はほとんど人がいないはずだ。
むろん現王、女王とその家族であるメルティの肖像画もある。
先についていた大使に声をかける。
「こちらです。大使」
メルティが誘う一室は王家の肖像がある回廊とはまた異なる。この部屋の絵は王の個人的な意思によって描かれた絵が掛けられていた。
「ルシア様……」
大使が歩み寄ってその絵を見上げた。国王オルトクレイの亡くなった妹。メルティにとって叔母に当たる人物ルシアの肖像だ。
額縁の中に描かれている少女の年頃は一六か一七ほど。花も咲きざかりの最も美しい姿でそこに存在している。
父王がこの絵を前に立っているのを何度も見たことがある。時には話しかけ、時には立ち尽くしたまま何時間もここで過ごしていた。
ルシアをメルティは知らない。どんな人であったのかも。叔母がどのように亡くなったのかも……
ただわかるのは、父がルシアの肖像を前に涙を流していたこと。どれほど愛していたのか、ということもだ。
「大使?」
「口惜しゅうございます……殿下。あのようなことがなければ殿下は国を出ることもなかったというのに……」
「何があったのでしょうか?」
「不幸なことでした。ルージュ様はフォーブレイの王になる資格がありました。国の誰もが認めていた」
「それを厄介に思う人物もいたのでしょうか? 父上のことを疎ましく思う人が」
誰もが認める有能な王子。フォーブレイには数多くの王子がいたが、ルージュ・ランサーズ王子は王子たちの中ではそれほど地位が高いわけではなかった。
今のフォーブレイの王は当時の継承争いを生き残った貪欲な豚王である。
「当時、王位継承を巡っていくつもの派閥に分かれて争いがありました。私は当時は若く血気に流行っておりましてな。ルージュ殿下こそが次期王に相応しいと……」
懐かしむように呟く大使の前に進み出てその手を取る。
「大使、何があったのかをお教えください。父上はルシア叔母様のことは何も語ってくれません。ご自身の心の中に思い出を閉じ込めておいでです。私は少しでも父上のことが知りたいのです。母上とももっと仲良くしてほしいのです。家族の絆をバラバラにするものが過去への妄執であるのなら、父上をそのような牢獄に閉じ込める場所から救いたいのです。曇った心を晴れやかにして差し上げたいのです」
「メルティ殿下……あなたは若い頃の王子に気性が似ておられる。まっすぐに家族思いでルシア様を第一に考えておられた」
大使は振り返りルシアの肖像を見つめる。
「あの方の目を曇らせているものがあるのならぜひ目覚めていただきたい。私もそう願っております。お話ししましょう──」
◆
メルティと大使が宴を抜け出した時刻──ダンスホールの中心でマルティとタクトが踊りながら囁き合う。
恋する男女ならば交わすのは愛の言葉だが、二人の会話は恋人のものとしては物騒なものだった。
「退屈しているだろうと思ってマルティにはサプライズを用意してある」
「まあ贈り物? 本人に言ってしまっては興覚めするわ」
「ウロボロスと聞けば君の情熱をかきたてるんじゃないかと思ってな」
「何と言いまして?」
マルティの目が細まって艶のある眼差しをタクトへ向ける。
「劇毒ウロボロス。開発した国はあまりの恐ろしさに生産を封印した猛毒。実は俺の国元では改良を重ねていてね。今では毒性を封じ込めトリガーを引くだけで発動できるようにもなったのさ」
「まあ、毒だなんてこわーいお話ですのね」
タクトのウロボロスの劇毒を知らぬという風に受け流す。
「何、とある国の追放されたマッドサイエンティストがいてな。王宮錬金術師だったが、女子どもをさらっては人体実験を繰り返し、国民数百人を犠牲にした罪で死罪を求刑されたが逃げだしてな。そいつを拾って新毒を開発させたんだ。毒の判定を完全に隠匿するカプセル入りで特別な波長で破壊することが可能だ」
「まあ、毒殺も自由自在。言うことを聞かないと殺す、なんて脅しにも使えそうね。その男の逃亡をあなたが手伝ったのかしら?」
「まさか、追っ手を始末してやったくらいさ。命を助けた礼に協力してもらっている」
「タクト様のどの口が言うのかしらねえ……」
「まあ、追っ手というのは俺の仕込みだがな」
「さすがね」
呆れたマルティにタクトが悪い笑みを浮かべる。この顔がタクトの本性だ。
「殺したい相手の近くに寄ったときに発動させて諸共、なんてな。技術の発展というのは恐ろしいものを生み出すものさ。お前が一番殺したい相手はどこにいるのかな?」
「あら、姿は見えないようですけど。さっきまで生意気な顔を見せていたけれど」
マルティの視線が会場にいないメルティの姿を探す。
「怖い女だな君は……だからそそられるんだ。魔性の雰囲気かな。お望みなら俺が消してやるよ」
耳元でタクトが囁く。悪魔の囁きにマルティが見つめ返し微笑を浮かべた。
「タクト様は大胆ねえ。ここはメルロマルクよ。そんな勝手できるのかしら?」
マルティの試すような視線は逆にタクトを炊きつける。それも計算済みの言葉だ。
「こっちも邪魔な奴がいてな。メルロマルク贔屓で鼻につく男さ。今、お前の妹と一緒にいる。すでに毒は仕込み済みさ。明日の調印式で派手に殺してやろうと思ってたが、奴の代わりなど俺がいれば十分だからな」
タクトの片目にかかるメガネは遠視と追跡の魔法がかかったアイテムだ。その目で絵画の間にいる二人をリアルタイムで捉えている。
「確実に葬れるのかしら?」
「確実さ。お前の口から聞きたいな。邪魔者を始末しろとな」
「まあ、これがサプライズですの? 今夜を境にメルロマルクの王女はただ一人のみ。第一王女を脅かす存在なんていらないわ」
明確な殺意の依頼。それをタクトは冷笑で応える。
「お前は本当に怖い姉だなぁ。お望み通り、お前の妹はウロボロスの劇毒で殺してやろう。今宵の宴は楽しいものになるぞ。”さあ踊れ、ウロボロスの夜に”」
◆
「椅子をご用意いたします」
落ち着いて話をしようとメルティが椅子を運ぶと異変が大使の身に起きていた。
「ぐっ!?」
「大使?」
床に屈みこんだ大使の顔が異様な色に変色し紫色となっている。
その瞬間、ぞくりとする悪寒にメルティはとっさに椅子を放り出す。大使から伸びたナニかが高速で椅子を絡めとり破壊した。
床についた手も変色しぞわぞわと蠢くものが伸びて敷き詰めた絨毯を黒く染めていく。そこから立ち上がる蒸気は毒を放ち嫌な臭いを放った。
肉の蔓。そのおぞましいものが大使の体から伸びてメルティに襲い掛かる。
「これは!? くっ……ポイゾナっ!」
乱れ飛んだ肉の蔓から放たれたものがドレスの端を焼くように溶かした。頭の中に響くアラートがとんでもない毒物であることを本能的に悟らせる。
とっさに解毒魔法を使うと毒は浄化されて消える。
大使の遺体は肉の蔓に操られるように立っている。凄まじい猛毒によって息絶えていることは明らかだった。
「メルティ様っ!」
一番に飛び込んできたのはエクレールだ。その腰にモーグリがくっついている。
「おわ、何じゃこれは!?」
シドが部屋の惨状を見て眉をしかめる。
「これは猛毒です。うかつに近寄らぬように!」
ミルドリオンが警告し三人は戦闘態勢に入る。モーグリはメルティに飛ぶ。
「なんかとんでもないことになってるクポ!」
「あの魔物が何かわかる?」
「わからないクポ! 普通の生き物ではないクポよ!」
大使の肉体が内側から弾け飛んだ。おぞましくも肉の蔓がその内部で蠢き、肉体だったものから増殖し無数の蔓が周囲に伸び始める。
部屋中にその触手を侵食させ、毒によって周囲の物が急速に腐食し剥がれ落ちていく。見ているだけでも目や鼻に痛みを感じるほどだ。
「メルティ様、ここは退避を! 御身の安全が一番です。ここは我らにお任せを」
「できません。この魔物は大使だったのですよ」
「ありゃもうモンスターだぞ。相当厄介な奴じゃ。そりゃ!!」
シドが目にも止まらぬ速さで伸びた触手をハンマーで叩き落とす。
「人間に寄生して増殖し、さらなる宿主を食らいながら増殖するタイプと見ました。放置すれば王宮がこの魔物で埋め尽くされるでしょう。被害を留めるためにここで始末する必要があります」
黒いローブ姿から甲冑姿に変わったミルドリオンの手には両手棍がある。
「大風車!」
回転するミルドリオンから武技が放たれ、連続して伸びた触手が勢いを失って千切れ飛んだ肉がヘヴィ効果によって床に叩きつけられた。
「迷っている時間はありませんよ、王女!!」
「わかっていますっ!!」
メルティが瞬時に黒衣と杖を持つ姿に変わり迫った触手に炎を放つ。だが肉の蔓はあっという間に再生し、床は漏れた毒によって腐敗しブスブスという黒い毒交じりの煙を上げた。
猛毒の沼のような部屋はもう使い物にならない。いるだけでダメージを受けるのだ。
「この部屋は捨てます! 回廊で迎え撃ちます!」
ウロボロスの使徒と化した魔物が四人を追って回廊に姿を現し戦いが始まるのだった。
メルティは将来……
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杖の勇者になる
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その他の勇者になる
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いえクリスタルの戦士です
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ヒロインのお嫁さんになる
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フィロリアルマスターになる