メルティクラウン─王冠を戴く少女─   作:メルティーキッス

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9話 森へのいざない

「はっ!! せいっ!」

 

 木造の練習剣が空を切る。剣の稽古をするエクレールの側には老いたリザードマンが指導に立っている。

 

「励んでいますね」

 

 領主館の裏庭が稽古場だ。弓の遠当ての的もあって兵士の訓練にも使われている。

 メルティとモーグリ。グラフマルドが姿を現わして見物人になる。

 

「メルティ様」

「お嬢、余所見するな。素振り五〇追加だ」

「くっ!」

 

 指導教官の追加の声にエクレールは剣を振り上げる。

 

「厳しいのね……」

「メルティと比べたらマシな方だ……」

「ええ? いつ私が厳しいことしたっけ?」

「限界ぎりぎりまでこき使うのは得意だろう?」

 

 メルティが不服があります、という顔でグラフマルドへ返す。

 思い当たる節?

 時間いっぱい、倒せる数全部倒すまでは絶対ログアウトはしないとかそういうの? FFプレイヤーなら常識だよね?

 何のことだかわからない、と首を傾げるメルティにグラフマルドの視線が突き刺さるのだった。

 すぐに用事を思い出しリザードマンに挨拶する。彼はエクレールの師匠であり、最初の勇者に仕えた眷属の末裔らしい。

 セーアエットにおける武人の鑑とエクレールが尊敬している。老いてはいるが正確な年齢は不詳だ。

 

「こんにちは、先生」

「うん、王女か……」

 

 白髪交じりの太い眉毛の中からメルティを一瞥するがすぐに視線をエクレールに戻した。稽古が終わるまで目を離すまいと前を見たままである。

 

「以前お話した武技のことで伺いました。エクレールに見せても構いませんか?」

「うむ、問題はない。剣技の基礎の型はすでに全部習得しているのでな」

 

 前もって彼には武技(ウェポンスキル)の組み合わせにより発生する技連携のことについて質問をしている。

 多くの武人が伝えた技を継承し、勇者のことを知る彼ならば話しても問題ないと判断したのだ。

 その回答は……

 

「戦闘スキルの組み合わせから似たような効果が発生すると聞いたことはある。だが、私も伝聞に寄るものが多い。勇者たちの物語が伝承となり、彼らが伝えた技が忘れられていったのだ。平和と共にな」

「本にも記録はされていないのでしょうか?」

「異世界から召喚された勇者たちは自らが体得した秘技を残したかもしれないが、本などに伝わっているという話は聞いたことがない。今よりも本は希少なものだったからな」

 

 記録媒体としての本が一般的でない以上は伝承や口伝の中から拾うしかない。そうしたものを追うには人手も必要になるだろう。

 

「そうですか……」 

 

 結論として、武技の組合わせから発生する、技連携からの連携属性+魔法によるマジックバーストはこの世界では知られていないことを確認した。

 スキルとして武技を継承できるのかという実験を行う価値は大いにある。

 可能であれば、私たちの戦力強化に大いに役立つし、これから仲間になるであろう人物を成長させることができる。

 武技の仕様についてもヴァナ・ディールとこちらの世界では若干違うことも判明していた。

 

 ゲームでは敵を殴って技を発動させるポイントを稼ぎ、一定のポイントがたまってから発動させることができたが、この世界ではある一定の時間の「ため」の後に発動できることが分かった。

 スキルポイント(SP)を消費するため扱いは魔法に近い。なので使う技のSP消費も考慮に入れて戦う必要がある。

 武技発動だけでなく、戦闘に関係するいくつかのアビリティにも仕様変更が確認されている。

 この世界の合唱魔法も習得できれば戦術に組み込んでいけるだろう。

 

「エクレール、今からある技を見せます。まずは剣技スキルの初歩であるファストブレードです」

 

 剣を抜いたグラフマルドが武技を発動させる。

 素早い連撃が同時に二連虚空を舞った。この世界でもごく平凡な戦闘スキルといえよう。 

 

「スキルですね……私にも覚えられるでしょうか?」

「為せば成るという。クラスを成長させる過程で経験したことはスキルにも反映されるのだ。魔法と違う点はそこだ」

「お二人には、もう一つ見せたいものがあります。武技の組み合わせより生じる技連携とマジックバーストです」

 

 メルティが手に持つのは両手刀だ。メルティに合わせたサイズとなっているのでおもちゃのように見えるが立派に刀である。

 

「その武器は? 珍しいものだな……」

「はい、刀といいます」

 

 エクレールと先生に自分の刀を見せる。ソボロ助広という村雨と同型の刀で、侍としてはレベル上げ中盤に使う武器としては最上のものだ。

 なお、誰にも譲渡できない属性が付いています。

 

「【黙想】……」

 

 メルティはアビリティを発動させる。FF11とは異なり、二回目に放つ技の「ため」が短縮される力となっている。

 

「武技:壱之太刀、燕飛っ!」

 

 メルティから燕飛が放たれる。時間差の【黙想】によって次の武技の「ため」の時間がゼロとなり、返す刀でさらに燕飛を繰り出した。

 技と技が交差した空間に強い揺らぎが生じる。技連携【湾曲】。水と氷の属性攻撃を強化するマジックバーストが発生したのだ。

 

「チェンジ! 力の根源たる我が命じる──ファスト・アクアショットっ!」

 

 揺らぎが消える間際にメインジョブをノーマルに切り替えたメルティの魔法が完成する。

 消えかけた揺らぎが瞬時に拡大し、水魔法の威力を増大させて空中で炸裂する。その威力は通常のファスト・アクアショットを遥かに上回って地にその跡を刻んだ。

 

「すごいっ!」

「これが技連携か……合体魔法に近いように思えるが、一人で成し遂げることができるとはな」

 

 技を見て驚く二人を前にメルティが刀を収める。

 

「これは連携レベルとしては初歩中の初歩ですが、技のレベルを上げていけばもっと威力が出る技となります。属性攻撃によってそれを弱点とするモンスターとも互角以上に渡り合えるでしょう」

 

 【湾曲】はレベル二に相当する連携だが、レベル三の技連携はさらに威力を増して、マジックバーストを併用すれば、相手がボス級であろうと大打撃を一瞬にして与えることができる。

 レベル差があろうと逆転を可能にするのでFF11では誰もが技連携を知っていた。

 特に侍の技は一人で複数の連携を放つことができるものだ。今見せたのはほんの初歩に過ぎない。

 

 【黙想】の技もエクレールに伝授できれば相当な戦力として期待できる。

 この世界のクラスはジョブという概念にある意味囚われていないツリーシステムなので、【黙想】の習得なども不可能ではないと考えている。

 メルティの考えは推測から来るものではない。

 クラスアップを果たしてからメルティの見えなかったツリーが解放された。黒魔道士としての一部のアビリティが解放されるようになったのだ。

 詠唱時間を短縮するものや魔法攻撃力をアップするアビリティがノーマルジョブ状態のメルティを強化している。

 クラスを専門化していくにつれて成長ツリーも限定化していくが、前提条件となるような修行と学習をすれば道は開けるという考えだ。

 教える人間も重要だ。専門性のあるジョブに就く者から指導を受ければ習得できる可能性はあるはずだ。

 まずはレベルの底上げをして武技の習得を優先したい。

 

「技連携は魔法剣などとは違うのですね……」

「それもまた別授業が必要ですね」

「魔法剣も習得できるのですか!?」

「エクレールの努力に期待いたします」

「もちろん頑張りますっ!」

 

 意気込むエクレールにメルティは笑顔で返す。

 

「自ら沼にはまるとはメルティと同類か……」

 

 グラフマルドの憐れむ視線がエクレールに向けられる。

 ヴァナ・ディールでメルティを強化するために駆り出された地獄の日々をグラフマルドは思い起こすのだった……

 こうしてエクレールの強化作戦が始まった。

 モーグリの不思議なダンジョンをエクレールにも開放し、メルティによるスーパースパルタ教育が炸裂してエクレールはぐんぐんとレベルを上げ始めた。

 フェイスのNPCたちとも引き合わされ、スキルを上げるとともに剣技も上達し、あっというまにレベル四〇に達した。

 

ファストブレード(二回攻撃、切断)

バーニングブレード(火、溶解)

レッドロータス(火、溶解/炸裂)

フラットブレード(スタン効果、衝撃)

シャインブレード(光、切断)

 

 一か月にも満たない期間でこれだけの剣技をエクレールは習得している。

 ジョブとしては戦士に近いエクレールの才能は目を見張るものがある。技連携もNPCたちに合わせたり、自らを起点にして腕を上げていた。

 何せ実戦主義のメルティの特訓は滅茶苦茶厳しい。

 特に難易度が高いダンジョンを設定し、行動不能に何度も陥っては排出されることを繰り返したせいか、失態=死がエクレールの身に刷り込まれている。

 まだ十代前半である少女と見ればそのレベルは一般人を逸脱している。通常の冒険者であれば引退して余生を過ごしていることだろう。

 警護に当たる騎士程度では太刀打ちできないほどだ。

 

「後はクラスアップを待つのみですね」

「面目ありません。いまだ【黙想】の習得はならず……」

 

 その日のダンジョン巡りが終了しエクレールはメルティに詫びる。どうしても習得することができないのだ。

 剣技の指導はグラフマルドが担当し、アビリティ習得にはテンゼンの力を借りている。瞑想しながらの授業期間も設け日々侍の精神を学んでいる。

 

「エクレール殿には天賦の才能があるでござる。そろそろ刀の修行も始めても良かろう」

「私に刀修行をさせてくださるのですか!?」

 

 レベルキャップで伸び悩むエクレールにテンゼンが提案する。これ以上はダンジョンに潜っても頭打ちであった。

 ダンジョンでテンゼンの一人技連携を見るうちにエクレールは両手刀への憧れを抱くようになっていた。

 侍の刀術を習得することは悲願となっている。

 

「剣だけではやはり無理がありますか……刀を鍛えるのも侍の心を育むうえで必要かもしれませんね。テンゼンさん、明日から本格的にエクレールの侍修行をお願いします」

「かしこまった」

 

 その次の日──

 

「これは私にいただけるのですか!?」

「初心者が持つ太刀としては一番レベルが低いものですが、使えそうですか?」

「はい! 拵えも重心の位置も剣とはまるで違いますね……」

 

 メルティが渡した太刀を抜いてエクレールが振って見せる。ジョブ違いによる装備制限などは引っかかることはなかった。

 FF11のジョブになっているときは制限はしっかり適用されるのだ。

 こっちの世界のクラスの緩さはむしろ感謝すべき仕様であろう。

 

 この太刀はメルティの合成レシピから合成したものだ。

 モグガーデンに足しげく通いながら、合成のための素材とクリスタル収集は欠かしていない。足りないものは市場にある店からでも代用品を都合できた。

 なので費用はそれほどかからずに必要な装備はメルティが作ってはエクレールに渡していた。

 こうして侍の卵となったエクレールは太刀の技も開眼していくこととなるのだった──

 

 

『メルティ──メルティ=メルロマルク』

 

 その声が響き渡る──浮かぶのはビジョンだ。

 これは夢の中だとメルティは理解している。だが目覚めることができない夢なのだ。

 深い霧に包まれた森の中にメルティは一人佇んでいる。

 周囲の木々は深く白い世界に覆われている。静けさの中で動物の姿も鳴く鳥の声さえ聞こえなかった。

 

「誰? 私を呼ぶのは?」

『メルティ……』

 

 森の奥から私を呼ぶ声が聞こえる。誰の声かはわからない。女性の声だ。やはり誰かはわからない。

 

「誰なの? どうして私を呼ぶの?」

『あなたはここに来なければならない』

「ここがどこだかわからないわっ!」

 

 声を張り上げてメルティは周囲を見回す。あまりにも濃い靄が前後の道さえ塞いでいる。迷えば二度と元の場所には戻れない。

 メルティの再度の呼びかけにも声の主は姿を現わさなかった。

 

『あなたはこの森に再び来なければならない。メルロマルクを思うのであれば──』

「この森……」

 

 雰囲気が「あの森」に良く似ている。フィーリーと別れたときの……

 思い出せばフィロリアルの群れが発した声が今も耳に残っている。別れ際の親子の姿も。

 

「メルティ……この森で待っている」

 

 その言葉を最後に夢は溶けて森は消え去る。

 目覚めたメルティは汗ぐっしょりになって飛び起きていた。

 

「夢……違う。あの呼びかけは確かに私を森に呼んでいた。何かが起ころうとしているの? 何かを伝えようとしているの? わからない……」 

 

 深呼吸して自分がどうすべきかを考えた。そして着替えてやるべきことのために部屋を出るのだった。

 

「──都に行くのですか?」

「エクレールにはクラスアップをしてもらいます。今の私たちに一番必要なことですから」

「理解しました。父上に許可を貰ってまいります」

「いえ、侯にはもう許可を頂いてあります。馬車も用意してあるので何時でも出立できます」

「さすがメルティ様ですね」

 

 日が一番上に差しかかる前に馬車に二人が乗り込んで王都へ向けて走り出す。

 三勇教に収める奉納金も準備して、今度は正面から龍刻の砂時計を使わせてもらうつもりである。

 目的はエクレールのクラスアップを名目としているが、メルティの心はあの森へと飛んでいた──  




エクレール強化>次回はフィトリア編へ

メルティは将来……

  • 杖の勇者になる
  • その他の勇者になる
  • いえクリスタルの戦士です
  • ヒロインのお嫁さんになる
  • フィロリアルマスターになる

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