迷宮都市の奴隷騎士   作:ワシイヌ

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十一話 『迷宮の楽園(アンダーリゾート)

「よいしょーっ!」

 

 薄暗い岩窟内に元気一杯な少女の気合いが上がる。

 

『ブモオオオオッ!?』

 

 続けざまに重い斬撃音と悲鳴に似た幾つもの雄叫びが岩窟内で響き渡った。

 

「よしっ、二代目ウルガも絶好調!」

「ちょっと、倒したヤツをこっちに飛ばさないでよ!」

「あー、ごめんごめん」

 

 ダンジョン中層。新たな相棒である得物の試し斬りをミノタウロスの群れで終えて、機嫌良さそうに巨大な双刃剣を担いだティオナに対し、自分の方に飛ばされた牛頭のモンスターを足蹴にしながらティオネが声を上げる。

 

「いいかレフィーヤ。我々魔導師は近接戦が専門でないにしろ、常に前衛の支援が受けられる訳ではない。最低限の自衛戦闘は行えるよう低級のモンスターで慣れさせておけ」

「は、はいぃ!」

 

 一方でリヴェリアが弟子であるレフィーヤへ魔杖による格闘戦を実践してみせており、エルフの少女もそれに応えようと四苦八苦していた。

 

「――――」

『ヴモッ――!』

 

 そんな仲間たちの戦い振りを横目にしつつ、アイズも自身へ向かってきた別のミノタウロスを愛剣のデスペレートで斬り伏せる。

 

 時間にすれば数分の戦闘とも呼べないような蹂躙が続き、第一級冒険者(アイズ)たちに歯が立たないと察したミノタウロスの群れは這々の体で岩窟の向こうへと逃げ出していく。それを尻目に、少女たち様子を窺っていたフィンが口を開いた。

 

「んー、やっぱり中層じゃ魔石回収の効率が悪いなぁ」

「そうですね、この際ですからパパッと18階層まで進んじゃいましょう!」

 

 顎に手をやってぼやいた小人族(パルゥム)の団長にティオネが調子よく返事を返す。

 

「そうだね。とりあえず向かってこないモンスターは無視。進路上のモンスターだけを倒して18階層に直行するとしよう」

「りょうかいー!」

 

 フィンの指示で行軍の速度を上げるアイズ一行。先程の戦闘の余波で敵わないことを本能が告げたのか、モンスターの襲撃は鳴りを潜めており、より下の階層への進出にはこれといった支障はない。

 

 トントン拍子で迷宮を進んでいく、他ファミリアの同業者が出くわせば道を譲るであろう【ロキ・ファミリア】のパーティー編成。

 

 この面子が轡を並べる切っ掛けは、アイズの金欠問題を発端としていた。

 

 

 

 

 

「――四〇〇〇万ヴァリス、といったところか」

 

 遠慮がちに尋ねた金額のデカさに、アイズはショックを受けた。

 

 モンスターフィリア騒動の翌日。へし折ってしまった代剣を返却しに【ゴブニュ・ファミリア】へ足を運んだアイズは、ファミリアの主神であるゴブニュに告げられた修理代は馬鹿にならないものであった。

 

「しかしこうも簡単には壊すとは……」

「……ごめんなさい」

「お前は、本当に鍛冶泣かせだな」

『ちくしょー! 【大切断(アマゾン)】てめぇ許さねぇからなぁーっ!』

「……正確にはお前たち、だが」

 

 鍛冶場からうっすらと聞こえる上級鍛冶師(ハイスミス)の叫びに、ドワーフのような髭を蓄えた男神は呆れたように吐息をつく。

 

 ダンジョンにこもってお金を稼ごう。そして武器はもっと労って使おう。四〇〇〇万ヴァリスという負債から立ち直る間もなく、刀身を失った細剣を手にして首を振る男神を前にそうアイズは決心した。

 

 

 

 

 

 とはいえアイズにとって四〇〇〇万という額は非現実的な金額ではない。ダンジョンの下層か深層辺りで一週間程度滞在すれば稼ぎ出せる金額である。

 

 流石に下層よりも深い階層に一人だけで過ごすのは身の安全や魔石やドロップアイテム回収の効率の問題があり、憚れるので共にダンジョンに潜ってくれる同士を募ったところ。

 

「あたしも大双刃(ウルガ)の代金稼がないといけないから付き合うよ!」

「私もご一緒してもいいですか?」

 

 まずは二人、ティオナとレフィーヤが快諾してくれた。

 

「んー私はパスしようかしら」

「フィンも誘おうと思ってるんだけど」

「皆武器は持ったわね、行きましょう」

 

 続けてもう一人、あまり乗り気でなかったティオネを妹のティオナが団長の名をちらつかせて掌を返させ。

 

「フィンたちも一緒に行かない?」

「いいね、僕もそろそろダンジョンに足を運ぼうかと思ってたところなんだ」

「ガレスには悪いが、たまにはのんびりと足を伸ばすのもいいだろう」

 

 ダンジョンへの長期外出を団長であるフィンへ申請するついでに誘ったところ、フィンだけでなくその場に居合わせたリヴェリアも参加することとなった。

 

 こうしてパーティーの陣容が整い、各々がダンジョンへ潜行準備へ赴こうとした矢先――

 

「ねえ、実はもう一人誘いたいんだけど、いいー?」

「それは構わないけど、一体誰を誘うんだい?」

「ニシシ、それはねー……」

 

 パッと手を挙げて悪戯っぽく笑うティオナにアイズたちは顔を見合わせて首を傾げると、弾むようにフィンの私室から出ていく彼女の後を追っていけば――

 

「儂は遠慮させてもらう」

「えー!? 何でよ!」

 

 ティオナの誘いたい仲間とは誰であろう、赤頭巾の老人ゲールであった。

 

「アイズとは一緒にダンジョン潜ったのに!? あたしたちとは行ってくれないなんてフコーヘーだよ!」

共通語(コイネー)を身に付けるのに忙しいのでな」

「一週間ずっと勉強するわけじゃないんだからさー! 行こうよ、ねぇ!」

 

 ゲールの私室。児童書や新聞、迷宮神聖譚(ダンジョンオラトリア)と英雄譚や辞典など、複数のジャンルの書物を前に机に向かう老人の腕を揺さぶり、アマゾネスの少女は駄々を捏ねる。

 

「お前が、儂に拘る理由が分からん」

「あたしがゲールとダンジョンに潜りたいのー!」

 

 見方によっては頑固な祖父に欲しい玩具をねだる孫娘にも見えたが、にべもない老人の態度に業を煮やし、ウガーッ! と揺さぶる力を強め、ティオナは畳み掛けた。

 

「勉強しない時間はどうするのさ! ご飯食べて寝てるだけ? 他に何かすることあるの? どうせ部屋に引き込もってるだけなんだからいいじゃん!」

「儂が儂の時間をどう過ごそうが儂の勝手――」

「ゲール遊びに行く友達いないんだからさぁ! 行こうよぉ!」

「ちょ――」

 

 容赦なく図星(ちめい)を突きにいった心ないティオナに彼女の姉とエルフの少女は顔を引き攣らせた。

 

 対するゲールもピタと動きを止めて、アマゾネスの少女を赤頭巾越しに凝視する。しかしぐうの音も出ないのか忌々しそうに睨め付けるだけで押し黙っていた。

 

「……良いだろう」

 

 暫し逡巡したような沈黙を挟み、うっそりと老人はため息交じりに頷いた。

 

「そこまで言うのなら、付き合ってやる」

「! ホント! ゲールありがとー!」

「それで、もう出るのか」

「ううん。ダンジョンには一週間くらい潜るから、先に色んなところに寄って――」

 

 老人の吐き出した言葉にガッツポーズをし、食い気味の尋ねに対してのんきに集合場所と時刻を伝えるティオナの傍らに立っていたアイズたち――特にレフィーヤ――は全く物怖じしない彼女の姿に、静かな称賛の念を抱いていた。

 

「……ティオナはすごいね」

「え? 何が?」

「本当に尊敬します……」

「我が妹ながら……流石ね」

「何? 何のこと?」

 

 認識に致命的な差のある少女たちの背後では、無言でフィンが苦笑し、リヴェリアが呆れたように額に手を添えていた。

 

 

 

 

 

「――なんて無遠慮な娘だ」

「僕としては、君も人の目を気にすることの方が意外だったけどね」

 

 本拠(ホーム)での一幕を思い出していたアイズは後方から聞こえてくる会話に、ちらと視線を向けながらそっと聞き耳を立てる。

 

「何だかんだいって、人間臭いところのある君が僕は好きになってきたよ」

「……団員が団員なら、団長も団長じゃな」

 

 例の刀身が大きく欠けた黒大剣を肩に担いでぼやくゲールへ、フィンがどこか茶目っ気のある声音で返していた。その様子に老戦士は小柄な団長へ鼻を鳴らすと話を切り上げてしまう。

 

 ここまでの道中、モンスターとの戦闘に彼は参加せず、自分やティオナたちに任せたきりでモンスターフィリア騒動の際に振るった豪腕を披露することはなかった。

 

 その様子は、無駄な労力を消費しないため、というよりも他の冒険者の動きを観察することに注力しているように見える、何故なら、襲撃してくるモンスターをあしらっている際に、背中に無遠慮な視線を感じずにはいられなかったからだ。

 

 そうこうしている内に17階層の最奥部、迷宮の孤王(モンスターレックス)と呼ばれる強力なモンスターが出現する広大な大広間――部屋の主は既に討伐された後だった――に到達。そのまま素通りし、何の苦労もなくアイズ一行は18階層。モンスターが産み落とされることのない安全階層(セーフティポイント)へと辿り着く。

 

「ふぁ~やっと着いたぁ」

「何だかんだ言って、ここに来ると戻ってきたって感じがするわ」

 

 呑気に伸びをするティオナと心地良さそうに呟いたティオネの声を聞きながら、アイズも同じ思いを抱いて天井を見やった。

 

 視界を遮る木々の合間から零れる木漏れ日に目を細める。光の強さからして、18階層の今の時間は昼のようだ。

 

「ここが、18階層か」

 

 アイズが目を向ければ、不思議そうにキョロキョロと自身を取り囲む自然を見渡すゲールの姿。流石のゲールもこの光景には関心を示しているようであった。

 

「話には聞いていたが、地の底とは思えん」

「そうか、以前アイズと潜った際は訪れなかったのだな」

「初めて18階層に踏み入れた冒険者は皆さん同じ感想を抱くんですよ。何て言ったって『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』って、呼ばれているくらいなんですからっ」

 

 ゲールの様子に納得するリヴェリア。その隣で得意気に先輩風を吹かせるレフィーヤだったが、二人に返事をすることなく左右を見渡しながら先へと進む老人に無視され、エルフの少女はムッとする。そんな弟子を抑えながら師匠のリヴェリアは見守るような眼差しででゲールを目で追う。

 

 アイズはというと、幽鬼のように揺らめく赤い影の後をとことこと着いて行き、その背中へと声を投げ掛けた。

 

「驚きましたか?」

「そうとも言えるな」

「けど、あんまり驚いているように見えません」

「だろうとも」

「…………えっと」

「……若いお前には分からんだろうが、長いこと生きていると、感動とか驚嘆といった感情も薄まってくるものじゃ」

 

 素っ気ない態度に言葉を詰まらせてしまうアイズだったが、見かねた様子で答えてくれるゲール。

 

 ちょっと嬉しく感じたアイズであったが、すっぽりと頭を覆った赤頭巾といい、顔の輪郭のほとんどを長い髭ととかくこの老人は自分の気持ちを表面に晒け出す気はないようである。歳を取ってと言っているが、本当にそうなんだろうか? あの夜は、あれだけ泣いていたのに……と、疑問に思いながらも口には出さず、後を追い続ける。

 

 ゲールを先頭に【ロキ・ファミリア】一行は暖かな木漏れ日の漏れる木立の道を歩み続け、暫くして不意に視界が開けた。

 

「……綺麗、ですよね」

 

 視界を遮る木々がなくなった瞬間に足を止めた老人へ並び立ち、再び声をかけながらアイズは彼と同じように()()()()()()へと顔を向けた。

 

 青空と太陽――18階層の天井をびっしりと逆立ちに覆う巨大な青水晶の群とその中心部で煌々と輝いている一際大きな白水晶の存在が、地底にありながらまるで地上にいるような錯覚を――湖や草原、小川といった風情ある風光明媚な環境ももしかしたら――作り出しているのだった。

 

「…………」

「あら、感動のあまり声も出なくなった?」

「分かるよ! あたしだって、この景色だけは何度見ても感動しちゃうもん!」

 

 頭上で光り輝く大水晶を呆気に取られた様子で見上げたまま固まるゲールの姿にティオネとティオナも、にんまりと頬を緩ませる。それは彼女たちだけでなく、レフィーヤアイズは勿論フィンたちも同じ思いであった。

 

 一度訪れたら決して忘れることの出来ないこの光景を、【ロキ・ファミリア】の皆も経験した感動をこの偏屈な爺様と共有することができたのだから。

 

「中心の水晶の輝きが弱くなると、辺りが暗くなってここには夜も来るんですよ」

 

 つ、と水晶の空からゲールへ視線を移し、追加情報を加えて反応を窺う。

 

 老人の横顔をそれとなく見つめていると、少して灰色の髭に覆われた口元がのっそりと震えるように動いた。

 

「――あの()()

 

 沈黙していたゲールの感想を期待していたアイズたちだったが、口を開いた彼の声にあからさまな警戒の響きがこもっていることに気付き、ん? と眉間に皺を寄せる。

 

「あれに、呪気はあるのか」

「え?」

「あれに呪われたりはせんのか」

「へ?」

 

 妙に緊迫した声音で鋭く尋ねてくる老人の言葉が理解出来ず、アイズはレフィーヤと顔を見合わせてしまう。

 

「呪われる……? 何を言っているかさっぱり理解出来んぞ。どういう感受性を持ってたらそんな感想が出てくるんだ……」

「いや、なんでもない――白竜の魔術なぞ、伝わっているはずもないか」

「はは……良く分からないけど、ゲールの案内ついでに、まずはリヴィラに寄ろう。道中で回収した魔石とドロップアイテムを換金してからじゃないと、道中荷物になるだろうし」

 

 真剣な声で訳の分からない物騒な言葉を吐いた老人へ、突っ込みそうになったフィンだったが、代わりに副団長が貧乏くじを引きに行ってくれたので苦笑するに留め、この階層に存在する『街』へと団員たちを促すのだった。

 

 

 

 

 

 自然豊かな18階層。生い茂る木立の中にぽっかりと空いた空間に降り注ぐ白水晶の日の光。

 

 迷宮の神秘が作り出したのどかな日溜まりに、『それ』は起こった。

 

 水晶の暖かな日差しに照らされる地面に、それとは別種の禍々しい赤光が揺蕩い、波紋が生じ、歪なさざ波から静かな渦へとゆっくりと変化する。

 

 

 

 直後『それ』は現れた。

 

 

 

 光が収斂(しゅうれん)するような鳴る涼やかな音と共に、全くの対極に位置する血渦(けっか)を思わせるおどろおどろしい暗い光から、『それ』は陽炎が登り立つかのごとく湧き出した。

 

 モンスターではない――人だ、人影だ。人の形をした『ナニカ』だ。

 

 どこか朧げな印象を抱かせると同時に、確かに実体として認識の出来る、憤怒と憎悪、恐怖といった負の感情を具現化したようなどす黒い赤色に染まった、人と呼ぶには憚られるおぞましい人影である。

 

 全身に浴びる白水晶の光すらも吸い込む程に暗い体色を持つ『それ』は、周囲の景観を観察するかのようにゆったりと首を巡らせる。そして何の予兆もなく踵を返し歩み始めた。

 

 足を踏み出す度に重々しい金属の擦れる音を立てて木々の間を『それ』は迷いなく進む。深い蒼色を湛えている湖に浮かぶ、大きな孤島を目指して。

 

そこに、自らの望むものがいることを知っているかのように――喉から手が出る程に欲し、惹かれてままならぬ存在がそこにあることを感じているように。

 

 

 

 

 

「改めて状況を整理しようか」

 

 至極真面目に切り出したフィンの言葉に、その場に居合わせる冒険者たちは視線を注目させる。

 

 18階層に到着したアイズたちはフィンの指示通り、17階層までの道中に回収し、より下層へ向かう際の荷物になる魔石やドロップアイテムを処分ついでに換金するため、階層の西側。湖に浮かぶ島に築かれた『リヴィラの街』に立ち寄ったまでは良かった。

 

 しかしどうも街の雰囲気がおかしい。不審に感じたアイズたちは魔石を換金する際に探ってみたところ、とんでもない事態が判明する。

 

「犯行時刻は昨夜。店主が宿を空けている内に実行された」

 

 『リヴィラで殺しが起きた』。穏やかでないその情報を知り、これからリヴィラを利用する自分たちにとっても他人事ではいられないと判断。【ロキ・ファミリア】一行はその足で殺人事件の舞台となった宿屋――小高い岩肌を穿つように造られた『ヴィリーの宿』へと向かい、現場検証に立ち会っていた。

 

「容疑者は被害者と一緒に宿泊したというフードの女。事件以降彼女は行方を眩ましているから、これはほぼ確定だろう」

「しかし誰も顔を見ていないとなると、捜索の幅が広がってしまうのが痛いか」

「わ、(わり)い。フードも目深に被ってて、陰になってたからよ……」

 

 フィンに続けて顎に手を当てるリヴェリアが悩ましげに声を漏らすと、顔を青褪めさせて寝台に腰掛ける宿屋の主であるヴィリーが詫びる。

 

「くそっ、なんだって俺の宿でこんなことが……!」

 

 自らを襲った恐ろしい出来事を受け止めきれず、顔を覆う獣人の宿主の呻きを耳にしつつ、フィンは殺人現場となった宿の室内を見渡した。

 

 周囲を岩壁に覆われた部屋には寝台と小棚、魔石灯といった最小限でいてかつ質の良い調度品が設えられていたが、被害者の血によって赤黒く染められている。

 

 そして部屋の片隅には無造作に裂かれたバックパックが治療薬(ポーション)などの中身を曝け出し、無造作に捨て置かれていた。

 

「被害者の荷物は物色された様子が残ってるが、逆に部屋を漁られた形跡はなし……犯行の動機はおそらく被害者の所有していた何かに関係している。そしてそれは――」

 

 フィンは手に持つべっとりと血糊の付着し判読不可能になった羊皮紙を一瞥した後、膝を着きながらうつ伏せに倒れ込んだ亡骸へと目線を落とした。

 

「このハシャーナが受けていた依頼(クエスト)とも無関係ではない、という線が強いと僕は踏んでる」

 

 被害者の名はハシャーナ・ドルリア。【ガネーシャ・ファミリア】に所属する冒険者であった。

 

 下半身にのみ衣服を身に付けた姿の彼はというと、首をへし折られた上、無惨にも頭部を潰され、大量の血と脳漿をぶちまけた状態で亡骸となって横たわっている。

 

「それって、つまり犯人が欲しがってた物をハシャーナが持ってるって分かってたってこと? 何で犯人はそれを知ってた訳?」

「ティオナ、今大事なのは『誰が』ハシャーナを殺害したのかって点で、『何故か』はそこまで重要視することじゃないわ」

「少なくとも今は、ですね……」

 

 フィンと遺体を中心にして周囲で見守っていた一群からティオナが声を上げる。素直に疑問を口にした妹へティオネが指摘すると、レフィーヤ顔を強張らせながら彼女の言葉を引き継いだ。

 

 彼女たちの話に耳を傾けていたアイズも静かに頷く。このような残虐な行為を働いた危険人物を一刻も早く見つけ出すことが、最優先事項であるのは明白であった。

 

「――おいフィン、大事なことを忘れてねぇか」

 

 荒っぽい口調で野次のような声が飛んでくる。

 

「なんだいボールズ」

「おめえら【ロキ・ファミリア】は差程気にする立場にねえから、簡単に言ってるが」

 

 声の主は眼帯で左目を覆う、見るからに無法者と言った出で立ちをした筋骨隆々の巨漢の男だ。レベル3の実力を持つ冒険者で、『リヴィラの街』を取り仕切っているボールズ・エルダー――『リヴィラ』の顔役も務めているため、彼は今回の事件に立ち会っていた――は顔に隠しきれぬ焦りを滲ませながらがなりたてる。

 

「問題は――犯人が第二級冒険者(ハシャーナ)を殺せるような化け物だってことをだよ!」

 

 たまらず叫んだボールズの指摘に場の空気が一層重くなる。

 

 この場に居合わせる誰もが認識している、一番の懸念事項。

 

 ハシャーナはレベル4――不正規の手順で解錠され、背中に浮かび上がった【神聖文字(ヒエログリフ)】に刻まれた【剛拳闘士】の二つ名を冠した指折りの実力者であった彼を油断させてとはいえ、抵抗する間もなく葬り去った力を殺人犯が手にしている点であった。

 

「そ、そうだ! ハシャーナを殺った女を見つけたところで、返り討ちにされるのがオチだぜ!」

「未だに殺人鬼がこの辺りを彷徨いてるかと考えると、おっかなくて歩くのもままならなねぇ……!」

 

 部屋の入り口付近でたむろしていたボールズの取り巻きたちも声を上げる。

 

 現場がにわかに騒然とする中、アイズは騒ぎ立てる『リヴィラ』の冒険者たちを一瞥しハシャーナの凄惨な骸へ目線を移す。

 

 (犯人は最低でも第二級冒険者(レベル4)――ううん、きっと第一級冒険者(わたしたち)と同じ実力を持ってる)

 

 顔も素性も分からぬ殺人犯が今もこの街のどこかで息を潜めている……そう思うとアイズは気付かぬ内に両手を握り込んでいた。

 

「――『リヴィラ』の住人の手に余るのは我々も十分承知している。何もお前たちの手で犯人を捕縛しろなどとは言ってはいないさ」

「そりゃあ、そうだろうが……」

「その点は安心してほしい。犯人の確保は僕たち【ロキ・ファミリア】が主導で行う……だからボールズ。君たちは『リヴィラの街』から人を一歩も出さないよう人員を手配してくれ」

 

 ハシャーナの無念を晴らそう、そう意気込むアイズを他所に場の騒ぎを収めようとリヴェリアがボールズたちの不安を払拭する言葉をかけ、フィンも支援を表明して場の空気を沈静化させていた。

 

「――分かった。すぐに手配させる」

「街に居合わせる全ての住民・冒険者を広場に集めるんだ。捜査対象を女性冒険者に絞り込んで聞き込みを――」

 

 

 

 

 

「いや、そうとも言い切れん」

 

 

 

 

 

 続けざまに冒険者たちへ指示を送っていたフィンの言葉を、嗄れた声が唐突に遮った。

 

 その場に居合わせる者の鼓膜を揺さぶった声の主へ、アイズたち【ロキ・ファミリア】は勿論、ボールズたち『リヴィラ』の住民も一斉に振り返った。

 

「ゲールさん……?」

 

 それまで自分の存在を認知されないよう、一人離れて壁際に佇み沈黙を貫いていた老人の名前を、アイズは思い出したように呟く。

 

「何故だ」

「一つ、気が付いたことがあってな」

「気が付いた点?」

 

 同時に、どうして今の今まで彼のことを忘れていたのだろうかと、首を傾げながらリヴェリアと声を交わすゲールを見やる。

 

 壁から背を離し、ゆっくりとしたした足取りで歩む彼の態度にアイズたちはとまどいながらも道を譲ると、老人はハシャーナの遺体の側にその身を寄せた。

 

「そうじゃ。この男――」

 

 ゲールは装靴の爪先で石ころでも蹴るかのような気安さで亡骸を小突く。

 

 その行いに微かな不快感を抱きながらも、アイズたちは老人の言葉を待ち――

 

 

 

 

 

「――――()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 遺体から目線を外し、顔を上げた赤頭巾の想像もしなかった不穏な言葉に、その場に居合わせた全員が絶句した。

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