迷宮都市の奴隷騎士   作:ワシイヌ

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四話 老いぼれの名は

「――まったく、ロキったら何考えてんのかしら」

 

 ふと、そんなぼんやりとした調子の声がアイズの鼓膜を揺すった。

 

 オラリオの中心に聳えるバベルの根本から伸び、街を八つに別つ大通り。その内の一本である北西のメインストリートを進む道すがら、アイズは声の主であるティオネの言葉に足を止めた。

 

「ティオネ?」

「昨日何を話し合ったのかは知らないけど、いくらなんでも急過ぎよね」

「ティオネってば気にしすぎー。ロキがオッケー出してるんだから、別にいいじゃん」

「逆にあんたはもっと考えなさいよ。そんなんだから、いつまでたってもアホ面のままなの」

「なにおーぅ!」

 

 腑に落ちない様子の姉を諌めにかかった妹のティオナだったが、矛先を向けられて逆にティオネへと食って掛かろうとする。

 

「お、落ち着いてくださいティオナさんっ。周りに人目もありますし……ティオネさんも、そこまで言わなくても」

「だって、信じられる?」

 

 歯を剥くティオナを抑えるレフィーヤの言葉に、納得いかない面持ちで腕を組んだティオネ。その様子に何を言わんとしているかを察したアイズも、今朝の出来事を思い出して表情を曇らせた。

 

 

 

 

 

「昨日会ったばっかの、どこの誰とも分からない奴をファミリアに迎え入れるなんて!」

 

 

 

 

 

「……今、何て言ったの?」

 

 朝食を摂るために階上から下りてきた団員たちでひしめき合う【黄昏の館(ホーム)】の食堂。そのはずが嘘のように静まり返る食堂で、感情の抜けたアイズの声が響いた。

 

「なんや聞いてなかったのアイズたん? しゃーないな、もう一回言うたげるから、ちゃんと聞いてるんやでー」

 

 その問いとは正反対な底抜けに明るい声音で答えを返したのは、先程食堂に遅れてやってきたロキだ。

 

「この子、今日からウチの子になりました!」

 

 沈黙する眷族たちの様子も気にした風もなく、笑顔でロキはそう言うと、自分の隣に立つ大柄な人物の背中をバンバンと叩いた。

 

 食堂にいるほぼ全員の視線が、その人物へと注がれている。精緻な意匠を施された重厚な鎧に手足甲。歪な黒大剣を背負い、物々しい雰囲気を纏う、頭を血のように赤い頭巾で覆った、大柄な老人。

 

 

 

「名前はゲールって言います!」

 

 

 

 どこからかどう見ても、()()老人だった。

 

 続けて、ロキが老人――名前をゲールと言うらしい――に関する紹介を始めたが頭に一切話が入ってこない。

 

 老人の加入(こんなこと)など全く想定していなかったアイズの思考は停止してしまい、皆の前に立つロキの話についていけなかった。

 

 同席する仲間たちも同じなのだろう。ティオネは頬杖を突いた姿勢のまま頬を引き攣らせているし、ティオナは千切ったパンを放る直前で固まっている。

 

 レフィーヤに至っては信じられんと言わんばかりに紺碧の瞳を見開いて、老人(ゲール)と自分を何度も見比べていた。

 

 他の卓に着く仲間たちの反応も似たり寄ったりで、顔を寄せ合ってひそひそと囁き合い、胡乱げな視線を奇っ怪な赤頭巾を被ったへと送っている。

 

「……どうしてこんなことに?」

「こうなるって、アイズは知ってたの?」

 

 最初の衝撃から立ち直ったティオネが疑問を口にし、続けてティオナが不思議そうに尋ねてきたが、アイズ自身も驚きから答えることができない。

 

(なんで――)

 

 にわかに騒がしくなり始めた食堂で、アイズは頭の中で同じ疑問を繰り返す。

 

 昨日の夜、友好的とは程遠い空気を纏い、異常としか思えない言動を繰り返していた老人が、何故?

 

 自分が部屋を去った後に、あの老人と一体何を話し合ったというのか。

 

 アイズは食堂へと視線を走らせ――三人の姿を捉えた。

 

 昨日の夜、ロキと共に部屋に残った三人。フィンたち最年長組の様子を窺う。

 

 ガレスは眉根に皺を寄せて髭を撫でており、両目を瞑ったリヴェリアは頭痛に堪えるように額に手をやっている。

 

 フィンも神妙な表情を浮かべたまま、黙って老人を見つめていた。

 

 誰も、ロキの発言を否定しない。

 

「あ……」

 

 視線に気付いたのか、フィンがちらりと碧眼を向けてきた。

 

 

 

『仕方がない』

 

 

 

 そう伝えるように小さく首を横に振り、肩を竦ませてみせたフィンの仕草を見て困惑が一層強まる。

 

 様子からして、ロキの提案に手放しで賛同しているようにアイズは思えない。なのに、どうして?

 

 誰もが異義を唱えることをせず、重い空気が食堂を満たす中。

 

「――ちょっと待て」

 

 鋭い声が、その空気を破った。

 

「ベート?」

「ベートさん……?」

 

 ティオナとレフィーヤが怪訝そうに声のした方へ頭を巡らせ、アイズもつられて視線を送る。

 

「今の話……流石に冗談だよな、ロキ」

 

 視線の先。足を組んで椅子に座ったベートが口元を笑みの形に歪ませるが、琥珀色の瞳は一切笑っていない。

 

「『目を覚ました爺さんとお話ししてみたらウマが合ったんでファミリアに入ってもらいました』だ? そんなふざけた話が通る訳ねえだろうが」

 

 直後、嘲るような笑みを消し、吐き捨てるように言葉を続ける。

 

「どこの馬の骨かも分からねえ奴を受け入れろ? それも昨日偶々出くわしただけの爺さんを? 寝言言うのも大概にしやがれ!」

 

 食堂内の視線が己に集中していることを歯牙にもかけず、ベートは言葉尻を鋭くしてロキを――その隣に佇むゲールも睨み付けた。

 

「おいベート、少し落ち着け――」

「うるせえクソ爺! そもそもお前らまで何当たり前みてえな顔してんだ!」

 

 諌めようとしたガレスに噛みついたベートは苛立たしそう椅子を蹴りながら立ち上がり、フィンへと噛みついた。

 

「何くっちゃべってたかは分からねえけどよ、ロキの気まぐれに付き合わされてるだけなんじゃねえのか! お前はこれで本当にいいと思ってんのかよ、フィン!」

「……彼の入団についてはロキの独断じゃない。話し合った上で彼を受け入れることを決めたことだからね」

「はっ、聞いてる限りじゃ完全に納得してるようには聞こえねえな。けどよ、大事なこと忘れてるんじゃねえか」

 

 矛先を向けられ、冷静な表情を浮かべるフィンの返答にベートはせせら笑い、キッと警戒の色のこもった鋭い眼光を赤頭巾の老人へと飛ばす。

 

「そいつは、アイズを襲い――!」

「ベート」

 

 ベートの言葉を遮り、ロキが口を開いた。

 

「なんだよ」

「自分の言いたいことはウチも分かる。けどそれはベートの杞憂や」

「やけにそいつの肩持つじゃねえかよロキ」

「腹を割って……とまではいっとらんけど、話をしたからなあ。勿論、フィンたちも交えてやで」

 

 先程まで張り付けていた笑みを引っ込め、神妙な面持ちでベートをロキは見つめる。

 

「せやけど、ベートもウチに入った時も円満で皆仲良しこよし、って訳やなかったやろ?」

「けっ」

 

 痛いところをつかれたのか、ベートは言い返さずに鼻を鳴らす。

 

「この件を皆と共有せんで決めたのは良くないってのは重々理解しとる。けど――」

 

 ロキは朱色の瞳を覗かせ、食堂にいる眷族の顔を見渡した。

 

「ウチが断言する。ゲールは悪い奴やない。だから皆の心配やら不安やらは、一旦ウチに預けてくれへんか」

 

 確かな意志を込めてロキは言い切る。

 

 主神の言葉によって静寂に包まれる食堂。

 

 アイズは押し黙るベートの様子を窺いながら、言葉を待った。

 

「……てめぇの言葉で話せない奴を受け入れろなんて、都合の良いことは言わねえだろうな?」

 

 暫しの沈黙を挟み、ベートは老いた戦士へ向けて顎をしゃくる。

 

 確かに、食堂に足を踏み入れてからゲールは一言も発していない。ベートの至極もっともな言葉に、ロキも納得したように隣で仁王立ちする老人を見やった。

 

「……」

 

 ロキの視線を受け、尚も無言を貫くゲールはゆっくりと食堂を見渡す。

 

 赤頭巾の下に隠れた双眸に捉えられた仲間たちの身動ぐ気配を感じつつ、アイズは老人の視線を追い。

 

「……よろしく頼む」

 

 低く嗄れた例の声を発して、ゲールは赤い頭部をのっそりと下げた。

 

「……チッ」

 

 暫しの沈黙を挟んで、ベートは痺れを切らしたように『一礼』の姿勢を取って動かないゲールの頭部へ鋭い一瞥をくれた後、舌打ちして荒々しく腰を落とした。

 

「――てな訳で。この子も今日からウチの子や! 皆、歓迎したってーな! もちろん、盛大にやで!」

 

 ベートが矛を納めたのを確認したロキは再び笑顔を浮かべ、嬉しそうに声を張り上げた。

 

「そうそう、今日の予定やけど朝ご飯食べた後に説明するから、皆食堂に残るように! ゲールはウチとご飯食べるから着いといで――何や、ラウルもウチらと一緒に食べたいんか?」

「えっ。あ、いや、自分は……っ」

「遠慮せんでええって。早速、ゲールと親交深めていき!」

「ええっ!?」

「ええからええから! やったやんラウル、自分がゲールと飯食べる団員1号やで!」

 

 それを機として食堂に音が戻ってくる。ざわざわと、戸惑いを孕んだ喧騒を交えながら朝餉(あさげ)に取りかかる団員たち。

 

「とんでもないことになったわね……」

「そ、そうですね。ですけど、ベートさん、何か言いかけていたような……」

「さあ、ベートが気に食わないから勝手に突っかかってる気もするけど……そんなことよりさっさとご飯食べちゃいましょう」

「そうだねー、お腹も減ったし。あたしご飯よそってくるよ。アイズは何食べる?」

 

 ティオネたちもほかの団員同様困惑を隠し切れていなかったが、考えても仕方がないとばかりに朝食を摂る準備をいそいそと始める。

 

「……」

「アイズ?」

 

 再び問いかけてくるティオナの声をアイズは聞いていなかった。指示を伝え終えたロキは目が合った団員(ラウル)に絡み始め、その後ろに無言で控えるゲールへアイズはじっと焦点を合わせる。

 

 赤頭巾の老人は周囲のことを気に掛けている素振りは一切なく、ロキの後ろ姿を見守っている……目元が赤頭巾で覆われているので実際は分からないが。

 

(あの時……)

 

 ゲールが声を発する直前、自分と目が合った。けれどもあの老人が何を考え、思い、感じたのか――赤頭巾の奥に秘めた瞳はどんな思惑を湛えているのか。アイズにはそれを知る術はなかった。

 

 

 

 

 

「そもそも、あのゲールって爺さんも大概よ」

 

 赤頭巾の老人――ゲールのファミリア加入によるいざこざを振り返っていたアイズだったが、ティオネの声にはっとして話へと耳を傾けた。

 

「昨日オラリオにやってきたはいいけれど」

「どの神様にも相手にされなくてファミリアに入れなくて」

「痺れを切らしてそのままダンジョン直行……」

 

 ティオネ、ティオナ、レフィーヤと順に言葉を続けてロキが話していたゲールの昨日の行動について振り返っていた。

 

「頭おかしいとしか思えない……」

「ほんとだよねー、ビックリしちゃった」

「というかギルドに登録をしないでダンジョンに挑むのは違反だったような……」

 

 呆れ、あるいは戸惑いの面持ちで自らの思いを吐露していく。

 

 ロキの話曰く、ゲールは冒険者になるために故郷を出て、長い旅路の末昨日オラリオに到着したという。

 

 ダンジョンに潜るにはギルドに登録をした探索系ファミリアに加入しなければならず、ゲールも慣例に倣って幾つかの派閥の門戸を叩いたのだが、どのファミリアにも相手にされなかったらしい。

 

 それが頭にきたのかとち狂ったのかまでは分からないが、己の老骨に鞭打ってダンジョンへ強硬突入――その後はご存知の通りだ。

 

「レベル4だったからよかったけど、普通だったらミノタウロスにやられてもおかしくなかった訳だし」

「運が良いというか悪いというか……」

「少なくとも運が良いとは言えないわよね」

「……うん」

 

 ティオナの言葉にレフィーヤ、ティオネと続き、アイズも小さく頷いた。

 

 一切の予備知識も得ずにダンジョンに挑むなど普通はあり得ず、高度な自殺志願者となんら変わらない……のだが、どこかブーメランになっている気がしたので、老人の行いについて非難するのはアイズはやめておくことにする。

 

 因みに言うと、ゲールの故郷はオラリオから遥か遠く離れたところらしく、ロキが言うには「北過ぎて南行ってまう位の北」の出身だそうだ。意味不明である。

 

「て言うかさ。ティオネはあのお爺さんの入団に反対なの? あんまり良く思ってなさそうだけど」

「別に、私は団長の判断に従うだけ。ミノタウロスの件もあるからそこまでは抵抗ないけど……ただ少し、どうも引っかかるのよね」

「引っかかる、ですか?」

 

 ティオナ(いもうと)の指摘をティオネは団長(フィン)の名前を出して否定するが、その後に続けた言葉にレフィーヤは首を傾げた。

 

「ゲールのレベルはレベル4ってロキが言ってたじゃない?」

「はい」

オラリオの外(よそ)から来て、第二級冒険者の実力を持ってる人なんてあんまりいない。それもレベル4となれば尚更よ。そんな冒険者志望の人が入団したいなんて言ってきたら、私が神様ならどんな手を使ってでも自分の派閥に引き込もうと思う訳」

「な、なるほど……」

「あー、言われてみればあたしたちの時もそうだったかも」

「でしょう? けど、ゲールは入団を(ことごと)く断られたって言うし……何か裏があるような気がするのよ」

 

 ティオネの指摘にレフィーヤは眉根を寄せて唸り、ティオナも思い出したようにぽん、と拳で掌を叩いた。かく言うアイズも顎に手を添えて思案する。

 

「けどね、私が一番心配してるのはあなたよ。アイズ」

「え」

 

 が、突然名前を呼ばれ、驚いてティオネを見やれば心配の色を覗かせていた黒瞳と目が合う。

 

「私……?」

「昨日の夜から――ううん、地上に戻ってからずっと様子が変だったもの。今朝だってどこか上の空だったし……あの爺さんと何かあった?」

「確かに。ご飯の時もお爺さんのこと見てたよね、アイズ」

「それは……」

 

 図星を突かれ、アイズは言葉に詰まってしまう。

 

「やっぱり、何かあったんですかアイズさん?」

「……ううん、平気」

「本当に?」

「うん。私は、大丈夫だから」

 

 本当のこと――殺し合いに発展しそうになりかけた――などとは言えるはずもなく、どうにか絞りだした嘘にティオネたちは怪訝そうな表情を浮かべて顔を見合わせる。

 

「……分かった。その言葉を信じるわ」

「ティオネ……」

「ただし! ゲールと何かあったらすぐに報告すること。私があの爺さんに言ってやるんだから」

「そうだね、もし悩んでたら言ってよ! あたし、アイズの味方だから!」

「わ、私も! 私もですアイズさん!」

 

 ティオネは手に持つ筒を手に打ち付けながら不敵に笑い、ティオナはガッツポーズをを取って快活な笑みを浮かべ、二人に触発されたレフィーヤもぐっと両手を握り締めながら意気込んだ。

 

 何も言えない自分に対し、それでもなお力になってくれると言ってくれた少女たちの優しさに、アイズは自然と小さく微笑んでいだ。

 

「……ありがとう」

「よーし、そしたら早く【ディアンケヒト・ファミリア】に行って冒険者依頼(クエスト)報酬もらいにいっちゃおうか!」

「偶然とはいえ、『強竜(カドモス)の翼膜』も手に入れた訳ですし。滅多に手に入らないドロップアイテムですから、高額なのは間違いないですよ」

「そうね……団長の為にも、カドモスの翼膜はアミッドに否が応でも高値で買い取ってもらわないと……」

「ティ、ティオネさん、顔が……」

「ティオネー、レフィーヤが怖がってるから落ち着けー」

 

 これから訪れる場所についての話を始めた三人の後ろ姿を追いながら、そっと胸に手を当てる。

 

 自分はあの人のことが怖いのだろうか。それとも憎いのだろうか。

 

 分からない。だが正直なところ、アイズはロキの話を信じていなかった。

 

 ダンジョンでの出会い方、対峙した際に受けた異様な圧、欠落した知識(じょうしき)、会話の端々にちらついた理解できない言葉。

 

 得た幾つかの情報を元にアイズは考えを巡らせ――自分でもあり得ないとは理解していたが、()()()()()()()()()()()……そんな印象を老人に抱いてしまったから。

 

 一騒動あった朝食の後、ロキの元へ【ステイタス】の更新をしてもらう際にもその疑念をぶつけてみたが、自分で聞いてみなさいとしか言わず、女神の口から語られることはなかった。ロキが浮かべていた神妙な表情はやけに気にかかる。

 

 ただ一つだけ――ゲールという人物は見た目とは裏腹に、悪い人ではない。そんな思いだけは、ぼんやりと胸の内に漂っていた。

 

 

 

 

 

「ゲール、君がこの街で冒険者として生活していくために、まずはギルドに素性の登録をしないといけないんだ」

 

 ダンジョンに挑む冒険者のための武具や必需品を揃える店舗が軒を連ねることから、『冒険者通り』と呼ばれる北西のメインストリート。

 

「僕たちは今回の遠征の報告と、入手した魔石の換金をしてくる。その間に君は窓口で登録をしてきてくれ。案内は彼にしてもらう」

 

 その終端。万神殿(パンテオン)のごとき威容を誇るギルド本部の正面入り口の前でラウル・ノールドはフィンの指示を緊張した面持ちで傾聴していた。

 

「は、はいっ」

「何をお前さんが緊張しておる。ほれ、しゃんとせんか」

「あぐっ!」

「大丈夫とは思うが、ギルドの内部は広いし、他所の冒険者もいる。ラウルから離れるなよ、ゲール」

「お母さんみたいなことを言うね、リヴェリア」

「誰が母親だ。誰が」

「ははは。じゃあ、頼んだよラウル」

 

 ガレスに叩かれた背中の痛みにラウルは悶えつつ、軽口を叩くフィンたちと別れ、冒険者たちでごった返す広大な白大理石のホールを横切っていく。

 

「よ、よろしくお願いするっす」

 

 受付へと向かう最中。ラウルはビビりながらも、改めて並んで歩く新しい仲間となった老人、ゲールへと声を掛けた。

 

「…………」

 

 無言である。

 

(この人、何考えてるか全く読めないっすよ……)

 

 今朝、ロキに拉致されてゲールと朝食を共にしたが、ロキが一柱(ひとり)騒ぐばかりでゲールは一言も発しなかった。

 

 あの時の居心地の悪さを思い出しつつ、ゲールが相当の無愛想で無口な人間であることをラウルは再認識した。

 

「――次の方、どうぞ。って、あなたは……」

「どうもっす」

「おはようございます、ノールド氏。本日ははどのようなご用件でしょうか?」

「じ、実はですね……」

 

 丁度空いた窓口へ進めば、ギルド嬢の中でも一、二位を争う人気度を誇るハーフエルフの受付嬢が愛想良く対応してくれた。

 

 受付嬢が自分の名前を知ってくれていたことを内心で喜びつつも、ラウルは用件を伝える。

 

「この人の冒険者登録をしたいんですけど……?」

「畏まりました。では申請書類の方に記入を――え?」

 

 見惚れてしまいそうな微笑みを浮かべる受付嬢が、事務手続きに入ろうとカウンターの下に手を伸ばし。

 

「? どうかしたっすか?」

「あの……登録される方はどちらに?」

「へ?」

 

 ピタリとその手を止めたかと思えば、そんなことを言われてしまい、ラウルも意表を突かれてしまう。

 

「どこって、横にいる――って、あ」

 

 隣に目をやれば巨漢の姿がない。この一瞬で一体どこに!? ラウルは慌てて周囲を見渡すと。

 

「ちょ、ゲールさんなにやってるんすかっ。これから冒険者登録するんですよ!」

 

 少し離れたところで佇み、正面入口へ首を巡らせていたゲールを見つけ、慌てて駆け寄ると腕を掴んで受付窓口へと取って戻った。

 

「す、すいません。この人が登録してもらいたい人でして……」

 

 思っていたよりも従順に従うゲールに内心驚きながらも、ラウルはペコペコと頭を下げて詫びる。

 

「……」

「……? どうかしましたか」

「……はっ。し、失礼いたしましたっ」

 

 返事がないので訝しんで顔を上げると、ポカンとした表情でゲールを見上げている受付嬢の顔が視界に入り、本人もそれに気付いたのか我に返って居住いを正し始めた。

 

(分かるっす……分かるっすよ、その気持ち……っ!)

 

 受付嬢の反応からして、彼女の胸の内がラウルに手に取るように分かった。

 

 

 

『お前のような新人がいるか』

 

 

 

 と思ったのだろう。

 

 ゲールの持つ風格、立ち振る舞い、威圧感……それと見た目を目にすれば誰だってそう思うに決まっているし、ラウルも同じ思いを抱いたので受付嬢の気持ちが痛いほど理解できた。だって自分よりも強そうだし……実際はレベル4だから実力は同等なのだろうけど。

 

「おほん。では、改めまして」

 

 咳払いをして、受付嬢は穏やかな微笑みを浮かべる。

 

「ようこそ、迷宮都市オラリオへ。私たちギルドはあなたを歓迎いたします」

 

 新たな冒険者の門出を祝う言葉を、受付嬢はゲールへと投げ掛けた。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 シカトである。

 

(その態度はどうなんですかゲールさーん!?)

 

 コミュニケーションの取り方を遥か遠くの故郷に置いてきてしまったのだろう。あんまりな反応を見せたゲールに対しラウルは心の中で突っ込みを入れる。

 

「で、では、早速、こちらの書類の各項目に記入していただけますか?」

 

 可哀想な偏屈爺様の塩対応に対し、受付嬢はスマイルを引き攣らせたが、どうにか笑顔だけは維持してカウンターの上に置かれた書類を手で示した。

 

(す、すごい、流石プロっす……!)

 

 内心で惜しみ無い賛辞を送りつつ、ラウルは脇へと避けてゲールが記入できるようスペースを作る。

 

「……」

 

 無言のまま進み出たゲールはおもむろにペンを取り、ペン先を紙面へと走らせる。

 

「……?」

 

 直前でゲールは固まってしまった。

 

 ペンを置き、共通語(コイネー)で書かれた書類を手に取ると微動だにせず凝視する。

 

「ゲールさん……?」

「な、なにか書類に不備でも……?」

 

 行動の意味が理解出来ず、ラウルは受付嬢共々恐る恐る尋ねる。

 

「――――」

「今、なんて」

「――ん」

「へ?」

「読めん」

「は?」

 

 最初、ゲールが何を言っているのかラウルは理解できなかった。ハーフエルフの受付嬢も受付嬢という仮面が剥げてしまったのかぽかんと口を空けて固まっている。

 

 ぱさり、と書類をカウンターへ置き、ゆらりと振り向いてゲールは言った。

 

 

 

「文字が、読めん」

 

 

 

 事も無げに、淡々と言い切った。

 

「「…………」」

 

 その言葉の持った衝撃にラウルは思考が停止する。

 

「さ――」

 

 そしてしばし遅れて。

 

(さっきの自信ありげな動きはなんだったんすかー!?)

 

 ラウルは心の中で全力の突っ込みを入れた。

 

 ハーフエルフの受付嬢も肩透かしを食らったせいか、整った顔立ちに似合わぬ呆けた表情を浮かべていた。おまけに眼鏡がずり落ちている。

 

 確かに、地域や地方によっては文字は読めても書けない者も少なくない。種族それぞれの文字は書けるが共通語(コイネー)を扱えない者もいる。だとしてもだ、前者にせよ後者にせよあれだけ自然にペンを取ったのは何故だ。意味が分からない。

 

「おい」

「は、はいっす!」

 

 不意に低い嗄れた声をかけられ、ラウルは声を上擦らせてしまう。

 

「儂の代わり――代筆を頼めるか」

「ええっ!? じ、自分が書くんですか……?」

「文字も読めん儂が書ける訳がないだろう」

「そ、それはそうですけど……」

 

 至極正論だが「文句あんのかコラ」としか聞こえない。なんだか脅されているような気がしたのでラウルは顔を青くしながら素直に従う。

 

 ペンを握り、羊皮紙へ向かったラウルは必要な情報を埋めるため、ゲールに質問を投げ掛けた。

 

「そ、そう言えばゲールさんって、名字――」

「ない」

「え?」

「ない――と言うよりも、忘れたと言うべきか」

「わ、忘れた……?」

「で、ではご出身はどちらに……」

 

 ゲールの言葉に何かを察してか、眼鏡の位置を直した受付嬢が慌てたように話題を変える。

 

「……ロスリック」

「聞いたことのない地名――国名? ですね……」

「世界はお前が思う以上に広い。書物に目を通しただけでは知れぬこともある」

「ご、ごもっともです……」

 

 違うそうじゃない。受付嬢さんがそういうことを言いたいんじゃない。

 

 幾度となく似たようなやり取りを繰り返しつつ、ラウルは泣きたくなるのを堪えていた。

 

(これじゃ先輩の威厳も何もないっすよぉ……!)

 

 真横で腕を組み、無言で見下ろされれば、誰だって泣きたくなってくる。受付嬢は何も言わないが、思いを察してか時々目元と口元がひくついている。

 

 何より、それをしてくるのがゲールというのが問題だった。

 

 考えるがまるで読めない。そのせいで怒りの導火線が見えず、知らぬ内に点火してしまった、なんてことになったら目も当てられない。

 

 機嫌を損ねでもしたら首をへし折られるような気がするし、それどころか首をもがれて血肉を啜られるのでは? とラウルは余計な邪推をしてしまう。

 

(何より……)

 

 ちらり、とゲールを盗み見る。

 

 巌のような見た目、頑強な鎧、物々しい武装。

 

 赤頭巾という異様な被り物を差し引いても、どう見ても“歴戦の雄”感が強すぎた。

 

 負けている。威厳も風格も。

 

「ノールド氏」

「はい?」

「差し出がましいのですが、その……心中お察しします……」

「…………」

 

 一人落ち込んでいたラウルだったが、端正な顔立ちに心底同情した表情を浮かべる受付嬢に気を遣われ、この時程ラウルは本当に冒険者辞めようかな、と真剣に考えたことはなかった。




文章がくどいのと投稿が遅くて申し訳ない(´・ω・`)
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