迷宮都市の奴隷騎士   作:ワシイヌ

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六話 一夜明けて

「アイズ、元気ないね」

 

 翌日、食堂の中を入り口から覗いていたレフィーヤの耳に、同じく顔を覗かせていたティオナの声が飛び込んできた。

 

「やっぱり、昨日のベートさんの言葉を気にしてるんでしょうか。今朝は日課の鍛練もやってなかったみたいですし」

「でしょうね……本っ当、デリカシーがなさ過ぎんのよベートの奴。言って良いことと悪いことがあるっていうのに。というか、どうしてアイズが鍛練サボったこと知ってるのよ……」

 

 昨夜の宴会での暴飲が効いているのだろう。頭を抑えたり、死んだ顔をしているファミリアの団員たちの中に混じり淡々と朝食をよそうアイズの後ろ姿を見つめながら、ひそひそと言葉を交わし合う。

 

「明日には調子も戻ってくれれば良いけれど」

「んー、けどそれだけかなぁ」

「それだけって、どういうことですか?」

「あたしもよく分からないんだけど……何だろう。ベートのことはそんなに気にしてないと思うんだよね、アイズ」

「それ本気で言ってるの? あんた、女心ってやつが本当に分かってないのね」

 

 ティオナの気になる一言にレフィーヤは首を傾げるが、ティオナの曖昧な答えにティオネは呆れたように(かぶり)を振った。

 

「何さー、ティオネだって人のこと言えないじゃん」

「馬鹿言わないでよ。私がどれだけ団長のことをお慕いしてるか分かってんの? 乙女心といったらまずは私でしょうが」

「ははは……」

 

 膨れるティオナと、自身ありげに豊かな胸を張る姉のティオネ。対照的な姉妹(ふたり)の様子にレフィーヤは何て言えばいいのか困ってしまう。

 

「……お前たち」

 

 レフィーヤが苦笑を浮かべていると、不意に背後から聞き慣れない嗄れた声を掛けられたので振り返れば……

 

「あ……」

 

 そこには、これも見慣れない赤頭巾を勝った大柄な老人の姿。

 

 先日【ロキ・ファミリア】へ加入した新たな仲間――ゲールがいた。

 

「あ、ゲールじゃん。おはよー」

 

 自分より遥かに上背のあり威圧感を纏っているゲールに見下ろされ、レフィーヤは気圧されて言葉に詰まってしまう。かと思えばティオナはいつもと変わらない明るさで挨拶をかけている。それこそ、アイズたちに声をけるような調子で。

 

「お、おはようございます……」

「な、何よ? 私たちになんか用でもあるわけ?」

 

 物怖じしないティオナ(せんぱい)に尊敬の念を覚えつつ、レフィーヤも恐々と挨拶する。だがティオネは少しだけ尻込みする様子も見せながらも、つっけんどんな物言いをして新入り(ゲール)を見上げてしまう。

 

「ティ、ティオネさんその言い方は――っ」

「そうだよティオネ、なんか感じ悪い」

「だ、だっていきなり声かけてくるんだもの……」

「ティオネさんの気持ちも分かりますけど、ここは抑えてください……!」

「……」

 

 まだゲールのことを認めていない様子のティオネを諌めようと額を突き合わせ三人でコソコソ話し合っていると、横からふたたびゲールの声が飛んでくる。

 

「お前たちが入り口を塞いでいて食堂に入れんのだが、どいてもらえるか」

「「「え」」」

 

 その言葉に三人揃ってゲールの顔を見つめ、続けて後ろを振り向く。ゲールの言う通り、背後には食堂で朝食の準備をしている団員たちの姿が見える。

 

「な、なるほど。そういうことか」

「ごめん、邪魔だったね」

「し、失礼しました……」

 

 いつの間にか入り口の前に出てしまっていたようだ。老人の言わんとしていたことを理解し、レフィーヤたちはばつが悪そうにして――ティオネは特にそうだった――に脇へと避けて入り口の前を空ける。

 

 食堂への道が確保できたことをゲールは確認すると、少女たちへ一瞥を向け、何も言わずに食堂へと入っていった。

 

「……はぁ~」

「どうしたのレフィーヤ、溜め息なんてついて」

「いえ……ティオナさんはすごいですね。あの人と普通に話せるんですから。私なんて、目の前に立たれるだけで怖くて……それに、何を話していいのやら」

「同感。あんたのそういうところは私も見習いたいわ」

 

 黒大剣を背負った後ろ姿を見送り、緊張から開放されたレフィーヤが胸を撫で下ろすと、ティオナから不思議そうに首を傾げるので、胸の内を吐露する。するとティオネも腕を組んでうんうんと頷き同意を示した。

 

「そう? レフィーヤたちが気にし過ぎなだけじゃない」

「そう言われても……」

「だって昨日の宴会で声かけたけど、普通に話してくれたよ」

「え、本当ですか?」

 

 ティオナが意外なことを口にしたのでレフィーヤは目を瞬かせた。

 

「いつの間にゲールと話してたのよ、あんた……」

「んー、ティオネがフィンにちょっかいかけてた時かな」

「ばっ、ちょっかいて何よちょっかいって! 私はただ団長にお酒をお注ぎしてただけで――っ」

「そ、それでゲールさんとどんなお話しを?」

 

 ティオネの言い分が長くなりそうだったので、レフィーヤは遮って話を続けさせる。

 

「ちょっと私の話はまだ――っ」

「どうして冒険者になろうとしたのかとか、どうして赤頭巾を被ってるのかとか、好きなものとかかな」

「ゲールさんはなんて?」

「最初の質問は『成り行きだ』って」

「ああもうっ、無視しないでよもうっ。じゃあ、二つ目の質問は?」

「『儂が何者であるかを示すためだ』」

「……三つ目の質問」

「『……雪』」

「聞いた限りだと何も分かりませんね」

 

 段々と顔を険しくさせるティオネ。レフィーヤもあの老人の答えになっていない答えに苦笑いを浮かべてしまう……というよりも雪って。

 

「そっか。ゲールさんは雪国出身だからそこまで変じゃない、のかな?」

「何よ今の間。てかその変な声出してどうしたのよ?」

「ゲールの真似」

「いや全っ然似てないから。で、他にも聞いてたりする?」

 

 レフィーヤが一人納得していると、妹の声真似になっていない声真似に顔をしかめさせながら促すティオネ。姉の問いにティオナは口元に人指し指を当てて記憶を探る。

 

「んー、あとは……ゲールの武器のこと聞いたかも」

「ああ、あのボロボロの大剣?」

「うん、かなり昔から使ってたみたい」

「だからってあんなになるまで使わなくてもいいんじゃないかしら。刃だってあんなに欠けてるんだし」

オラリオ(ここ)ならもっといい武器が手に入りますものね」

 

 ガラクタ寸前の武器をいつまでも装備していること疑問に思いレフィーヤは首を傾げると、再び食堂を覗き込んだ。

 

「今も背負ってますよ、あの大剣」

本拠(ホーム)でくらい武器手放しなさいよ。ご飯食べるときに必要ないでしょ」

「『敵がいつ襲撃してくるかも分からんのに武器を手放す馬鹿はおらんだろう』」

「いやどんな理由よ……それと、声真似はもういいってば」

 

 黙々と朝食をよそっているゲールの背中。そこに吊るされた禍々しい大剣を胡散臭げに眺めるレフィーヤ。ティオネは未だに声真似を続けるティオナへ鬱陶しそうに手を振った。

 

「……ゲールさん。一人で朝ご飯食べるんでしょうか」

「まあ……ウチに入ったばっかで、しかもスムーズな入団の仕方じゃなかったからしょうがないわよね」

「昨日の宴会も途中で帰ってたそうですし。やっぱり居心地が悪いのかも……」

 

 心当たりのありそうなティオネの一理ある言葉に耳を傾け、食堂内で目立つ赤頭巾の巨漢から気持ち距離を取っている団員たち遠くから眺めていると、レフィーヤはあの老人のことが少しだけ気の毒に感じた。

 

「じゃああたしたちがゲールと一緒に食べてあげようか!」

「ええっ!? ゲ、ゲールさんと!?」

「レフィーヤはゲールと食べたくないの?」

「いえ、そういう訳ではないんですけど……」

 

 予想しなかったティオナの提案にレフィーヤは面食らってしまう。食事を共にしたくないというのは嘘ではない。だか正直に言えばやっぱり話をかけ辛いし、何よりゲールの纏う雰囲気が自分に関わるなと、そう言っているように見えて仕方がなかったのだ。

 

 ――その割に昨日の宴会ではリヴェリア様と話していましたけれど。

 

「じゃああたし先にご飯よそってるね!」

「ティオナさんっ!」

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

 昨夜の光景を思い出していたレフィーヤだったが、ティオナが姉の制止も聞かずに食堂へ駆け込んでいった。

 

 置いていかれる形になったレフィーヤは困ったように頭に手をやるティオネへ恐る恐る声をかけた。

 

「ど、どうしましょうティオネさん?」

「はぁ……こうなったらティオナの提案に乗っかるわよ」

「本当に大丈夫なんでしょうか?」

「ゲール次第ではあるけど……あの子がああいう態度を取ってるってことは、少なくとも悪い奴ではなさそうだし」

 

 完全に納得したようではなかったが、妹の接する様を目の当たりにして毒気を抜かれてしまった様子だ。

 

「私もゲールへの態度改めようかしら――駄目だ、色々考えてたらお腹が減ってきた」

「あ、ティオネさんっ」

 

 力なさそうに配膳の列へ進んでいくティオネを呼び止めるも、そのまま置いてけぼりにされてしまう。

 

(私は――)

 

 ゲールとアイズの間に何かがあったのは確実だろう。その件もあってレフィーヤもあの老人への第一印象はあまり良くない。

 

 だが経緯(いきさつ)はどうあれゲールは【ロキ・ファミリア】の一員。友好的な関係を築けるかは別にしても、遠ざけるような態度を取るのは違うとレフィーヤは思い至る。

 

「よ、よしっ」

 

 それによくよく考えてみれば、あの老人は自分の後輩にあたるのだ。尊敬するティオナ(せんぱい)を見習おうという志しと、自分も先輩になったという自覚を持ち、勇気を出して自分から声をかけようと意気込んで、レフィーヤはティオネの背を追った。

 

(まあ、ティオナさんもティオナさんもいるから大丈夫、ですよね……?)

 

 とは言え、不安は残るので頼れる先輩たちにまだ甘えることにした。

 

 因みに、当の老人は何故かアイズと同席していたため、後から相席したレフィーヤたちはめちゃくちゃ重い空気のせいで食事が中々喉を通らなかったのは別の話である。

 

 

 

 

 

 本拠(ホーム)の尖塔と尖塔を繋ぐ通路。ロキは胸壁に身を預けて内庭を覗き込むように見下ろしていた。

 

「見つけた、ここにいたんだね」

「ん? おーフィン、リヴェリア。二人してどないしたの?」

「それはこちらの台詞だロキ。神室(しんしつ)にいないと思えば、こんなところで何をしている?」

 

 小人族(パルゥム)の団長の呼び声にロキは振り返ってぶらぶらと手を振ると、同行していたリヴェリアが訝しげに尋ねてくる。

 

「いやな、アイズたんが内庭のベンチに座ってるのを眺めてたんよ。座っとるだけで絵になるんやから、いやー眼福眼福」

「何をやっているんだお前は……」

「けど、アイズが鍛練もせず、無為な時間を過ごすなんて珍しいね」

「昨日のこと引きずってると思うんやけど……ベートは酒が入りすぎると出る、悪い癖やな」

 

 ロキが頬を緩ませて答えると呆れたようにため息をつくリヴェリア。隣のフィンは普段と異なるアイズの様子が不思議なのか首を傾げる。

 

「ベートと言えば……途中すれ違ったときやけに意気消沈してたけど、ロキは何か知ってるかい?」

「昨日の記憶が無かったみたいなんで、ウチが懇切丁寧に教えてやったんや」

「それでか……まあ、身から出た錆だ。あいつには丁度良い罰にはなっただろう」

「……話を聞いてる時のベートは生きた心地がしなかっただろうな」

「ふひひ、あん時のベートの顔。二人に見せてあげたかったわぁ。それで? 二人は何の用なん?」

 

 ニヤリと意地悪く笑うロキの話に、リヴェリアは翡翠色の髪を揺らしながら頭を振るい、ベートの心中を察してかフィンは遠い目をする。

 

「ウチを探しとったみたいやけど」

「ああそうだっだ。ロキ、ゲールがどこにいるか知ってるかな」

「ゲール?」

 

 フィンの上げた名前に、ロキはうっすらと朱色の瞳を覗かせながら片眉を吊り上げる。

 

「この街についての簡単な解説をしようと思ってな。ついでに共通語(コイネー)の読み書きも進められればと考えて部屋を訪ねたんだが、見当たらなくてな」

 

 リヴェリアの話に耳を傾けていたロキは少し間を置いて、ピンと人差し指を立てた。

 

「ん」

「上?」

「そ、上。ゲールなら屋根の上におるよ」

「何故そんな場所に上がっているんだ」

「さあ、街の景色でも眺めとるんやない」

 

 腑に落ちないといった様子の二人に、ロキも肩を竦めてみせる。

 

「遠路遥々オラリオに来たんや、迷宮都市(ここ)の町並みが珍しいんやろ」

「……そうだね」

「ああそうだな」

 

 そこでロキは言葉を切り、空を見上げる。相槌を打ったフィンとリヴェリアも倣うように頭上を仰いだ。

 

()()()()、か……」

 

 暫しの静寂を挟み、遠い目をしたリヴェリアがポツリと呟く。

 

「……ロキ」

「んー」

「彼――ゲールから聞かされた話。あれは全て真実何だろうか」

 

 その問いに、ロキは腕を組んで胸壁に背を預けてフィンの碧眼をじっと見据えた。

 

「……フィンが言いたいことはよう分かる。何ならウチだって半信半疑なんや」

「半信半疑? 神に人類(われわれ)の嘘は通じないだろう」

「いや、それがな。信じてくれへんと思うけど……分からんねん」

「何だって?」

 

 怪訝そうなリヴェリアに言い辛そう切り出したロキの言葉に、フィンが目を見張って鋭く問い返した。

 

「正確に言うと、ゲールが嘘をついてるかついてないかウチには判断出来んかった」

「あり得るのか……そんなことが」

「何でかは分からへんけど変な感覚やで。ゲール相手にしてると、他の神相手してるみたいでな……他にも気に掛かるとこがあるし」

 

 驚きつつも顎に手を当てて思案する素振りを取るリヴェリアを見やり、ロキも胸の内を吐露して、フィンへと向き直った。

 

「そういう質問をするってことは、やっぱフィンはゲールの入団に反対なんか」

「いや、入団そのものについては反対はしないよ。ただ、彼はあまりに()()()()()()()

「語らなさすぎる、ねえ」

「そう。あの夜、彼が語ったことは僕たちの想像を超えていた。それに、打ち明けられない何かを他に抱えているのは明白だ」

「万が一、我々の把握出来ていないゲールの秘密を切っ掛けに街の住民や他派閥、神々と諍いが起こったら――何が起こるか知れたものではない」

「そうなればギルドから説明責任を問われるのは目に見えてるし、他派閥につけ入るを与えることになる。下手をすれば暗黒期のような混乱にこの街が支配される可能性だってある」

 

 真剣な表情で懸念を示すフィンとリヴェリアへ口を挟むことなく、静かに聞いているロキ。

 

「ゲールの存在そのものがオラリオに影響を及ぼさないか……僕たちはそれが心配なんだよ」

「その危険(リスク)に気付かないお前ではないだろう? だから聞きたい。何故ゲールを受け入れたのかを」

 

 迷宮都市最強の派閥を率いる団長と副団長としての表情を浮かべる二人を、ロキは交互に見つめた。

 

「……二人も見たやろ、ゲールの涙」

 

 ロキは目を伏せておもむろに口を開く。

 

「あんな風に涙を流す子を、ウチは放っておけんかった」

「情に絆された、という訳か」

「笑えるやろ。天界の道化(トリックスター)と恐れられたウチが、どこぞの女神(ドチビ)の真似事しとるんや……けど、これがウチの本心や」

「随分と彼に入れ込むね」

 

 ロキの脳裏を昨夜ゲールと交わした会話が過る。

 

 

 

 ――儂の役目は既に終わっている。

 

 

 

 ――儂には人の営みはあまりに暖かい。

 

 

 

(そんなの、自分はもう必要とされてないみたいな言い方やん)

 

 ゲールの語った言葉の節々には、隠しきれない哀苦が滲んでいた。きっと日の当たらない、冷たく残酷な道を長い時間歩んで来たのだろう。

 

 それを当然と受け入れているゲールの姿は痛々しく、ロキは悲しくなるのだった。

 

「……あんな悲しいこと言われたら、な」

「――彼が何を言ったのかは聞かないけど、現状ゲールがいることで発生する問題は変わらないし、根本的な解決にもならない」

「せやな……フィンの言う通りや」

「けど、手を差し伸べたことは間違ってなかったと思う」

 

 予期しなかった答えにはっとして顔を上げると、困ったような笑みを浮かべるフィンの姿があった。

 

「フィン?」

「僕たちもあの場にいたんだ。あの光景を目にして、何も感じないところがない訳じゃないんだよ?」

「抱えてるものがどのような物であれ、誰にでも言えない事情はあるものだ。特に、ゲールのような場合はな」

 

 しょうがないとでも言うようにやれやれと(かぶり)を振るリヴェリア。

 

「リヴェリア……」

「だが実際、この難題を解消する手立てがないのも事実だが……」

「現状はゲールの秘密が表面化されないよう、僕たちで出来るだけ彼をフォローするしかないかな」

「そうだな、となると読み書き以外にも一般常識を叩き込まないといけなくなるか」

「どっちにしろ冒険者のいろはについては追々学んでもらうのは決まってるから、先に一般常識を教えて違和感なくオラリオの暮らしに馴れてもらうのが確実な気もするけど」

「後は役割りだな。ガレスにはどれを担当してもらうか――」

 

 早速計画を立て始めるフィンとリヴェリアを前にして、ロキは一瞬言葉に詰まったように唇を震わせた。

 

「……ありがとう二人とも。迷惑かけるわ」

「お互い様だよ、今までだって散々迷惑をかけ合ってきてたじゃないか」

「我々もゲールの加入に同意したんだ。ロキ一柱(ひとり)の問題という訳ではない、もっと気楽にすればいいさ」

 

 重苦しい空気は霧散し、楽観的な雰囲気が漂い始めた中で、ロキも声を上げた。

 

「団員たちとの関係にも気を配らないといけないし」

「アイズとの件もある。そっちの方も気を配る必要が――」

「なあ二人とも」

「なんだい?」

「どうした?」

「ゲールの勉強会なんやけど、ウチも手伝わせてくれへん?」

「「…………」」

「え、なんでそこで黙っちゃうの?」

「いや、なんというか、その……」

「余計なことを吹き込みそうな気がしてな……」

「……えぇ」

 

 

 

 

 

「姿を見かけんと思っていたら、こんなところにおったか」

 

 ロキの神室(しんしつ)のある【黄昏の館】の中でもっとも高い尖塔の屋根の縁に腰かけ、オラリオの中心に聳えるバベルを見上げていたゲールを見つけ、ガレスはその大きな背中へと声を投げた。

 

「ふう、ここまで登るのは老体には堪えるわい」

「……ガレスと言ったか」

「おう、名前は覚えてもらえたようで儂は嬉しいぞ」

「何の用だ」

「ガハハ、何、たまたま窓からお主を見かけたのでな。それに、用がなければ声を掛けてはいかんという訳でもないじゃろう?」

 

 手にしていた何かしらをゴソゴソと腰嚢(ポーチ)へとしまいながら、ぶっきらぼうに返事を返した赤頭巾の新入りへガレスは笑いかけながら隣にドカッと腰を下ろした。

 

「しかし、黄昏れるにはちと早い時間だと思うがのう」

「……」

「あの巨塔――バベルは千年前、神々が下界に降り立ってから建造されたんじゃ。世界にぽっかりと空いた、大穴に蓋をする役も兼ねてな」

 

 押し黙ってはいるが近くに寄ったことを特に嫌がる素振りも見せないゲールから一旦視線を外し、遥か昔に名工と謡われた男が神の【恩恵(ファルナ)】を賜って築き上げた(そび)える白亜の巨塔を見上げた。

 

「以来、モンスターが地上に進出することは無くなり、逆にダンジョンから得られる資源を基に現在のオラリオが成り立ってる、という訳じゃ」

「千年か。気の遠くなるような長さに思えるな」

「儂らにとってはそうかもしれんが、神にとってはほんの一瞬じゃよ。何せ神々は不変不滅――永遠の時を生きておるのだからのう」

「永遠か……」

 

 何か考えているのか、喉の奥で低い唸りを上げるゲールをガレスはそれとなく観察する。

 

(ふむ……やはり儂よりも歳を食っとるな)

 

 ドワーフという種族は総じて老け顔ではあるが、ガレスは【ロキ・ファミリア】では最古参の一人であり、実年齢もその風貌と合致している。

 

 その自分よりも(よわい)を重ねているであろうゲールだが、昨日今日共に過ごして目にした立ち振舞いから相当の実力者であるのを確信した。

 

(こやつの場合、儂らの常識に当てはめるのは良くはないが……)

 

 片足を屋根の縁から放り出し、もう片足を立てている目の前の老戦士がどのような戦いに身を置いてきたのか、ガレスは正直興味があった。

 

「――儂は」

 

 そんなことを考えていたら、不意にゲールが口を開いた。

 

「儂は、あの塔を見ていた訳ではない」

「ほう? では何を眺めていたんじゃ?」

 

 以外にも声をかけてきたので目を瞬かせたガレスだったが、素直に聞き返えした。当人は少し躊躇うように目を伏せてから赤頭巾を反らした。

 

「太陽を見ていた」

「太陽を?」

 

 『太陽』。

 

 ゲールの口から紡がれた意外な言葉にガレスも驚き、釣られたように顔を上げた。

 

 オラリオの街並みを睥睨するように佇むバベル。その白亜の巨塔の遥か天高くで、煌々と輝く天体。

 

(確か……昨日も太陽を見上げておったな)

 

 昨日、遠征の処理を本拠(ホーム)から足を踏み出した時、呆然と立ち尽くし空を見上げていた老人の姿を思い出す。

 

「お主の故郷は雪国だったな。やはり太陽の光はありがたいものなのか?」

「……太陽を見上げることなど、久しくなかったのでな」

 

 目を細め、手で庇を作って黄金のごときを見上げながらガレスが尋ねると、噛み合わない返答。

 

 言葉に込められた思いを図りかね、ガレスは自らの顎髭を撫でた。

 

「それにしても、この街は随分と()()()な人間が多い」

「まあ、世界の中心と呼ばれるくらいじゃ。冒険者になるために各地から亜人(デミ・ヒューマン)がやって来る。その冒険者を相手に商機を見出だす商人、それと旅人に観光客……見かけない種族はいないんじゃないかのう」

「何やら獣の耳やら()っぽを生やしている連中もいたが……」

「そやつらは獣人じゃ。【ロキ・ファミリア】でいえば、ベートやアキが該当するかの」

「……儂はてっきり、そういった防具を身に付けているものとばかり思っていた」

「はあ?」

 

 突然ゲールがズレたことを宣うので、ガレスは少し呆れてしまった。

 

「そんな冒険者がいる訳なかろう……話は戻るが、世界の中心とも謡われるオラリオじゃが、実はもう一つ、別の呼び名で呼ばれることがある」

「別の呼び名?」

「“英雄の生まれる地”」

 

 その時、初めてゲールが振り向いた。

 

「“英雄の、生まれる地”……?」

「ああ、そうじゃ」

 

 おうむ返しに尋ねてくる、ゲールの赤頭巾越しの視線を真正面から受け止めながら、ガレスは重々しく頷いた。

 

「人類の願い、ダンジョンの踏破という悲願を込めて、いつかくるであろう日を待ち望む神々がそう呼び始めたそうじゃ」

「…………」

「その様子。何か、思うところがあるのか?」

 

 妙に食い付いてきたゲールの様子を怪訝に思い、ガレスは問い掛ける。

 

「……いや」

 

 暫し己の掌を見下ろしていたゲールだったが、言葉短くそれだけ答えるとのっそりと立ち上がった。

 

「儂には、縁のない言葉じゃ」

 

 最後にそれを言い放った瞬間、一歩を踏み出して屋根から飛び降りてしまった。

 

 

 

『ギャアーッ!』

 

 

 

 直後、下から首を絞められた鳥のような――というか聞き慣れた主神の悲鳴が下から轟く。

 

「……運がないのう」

 

 続けて聞こえてくるハイエルフの叱咤する声に、ガレスは頭を抱えてしまう。

 

「しかしゲールの奴。儂らを疎んでいる、という訳ではなさそうじゃな」

 

 これまで見たところ、あの老人には自分たちを拒絶する意思はなさそうである。ガレスは豊かな顎髭を撫でながらある考えを閃いた。

 

「酒を嗜まないそうじゃが――今度一対一(サシ)で誘って話でも聞いてみるかのう」

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