迷宮都市の奴隷騎士   作:ワシイヌ

7 / 12
七話 入団試験?

「――てな訳でさ」

 

 昼下がり。切り揃えられた芝生と石畳が敷かれた本拠(ホーム)の内庭で、【ロキ・ファミリア】の二軍メンバーの実質的なリーダーを務めるラウルは団員たちに詰め寄られていた。

 

「ラウルさんから団長に、それとなく伝えてもらえませんか?」

「自分に言われても……」

「ラウルは何も思わない訳? ラウルだって実際に見た訳じゃないんでしょ? だったら――」

 

 団員たち――アイズやベートたちのようなレベル5の第一級冒険者ではなく、レベル3以下の実力の仲間たちの意見に立場上耳を傾けることが多かったが、今回の件に限ってはラウルもほとほと困っていた。

 

「と、とにかく。皆落ち着くっす…」

「あり? こんなところで何やってんのラウル」

「あ、ロキ」

 

 名前を呼ばれてラウルが振り返ると、そこには怪訝そうな表情を浮かべるロキの姿があった。

 

「それに、皆して集まってどーしたの?」

「そ、そのですね……」

 

 ロキが不思議そうに首を傾げる中、ラウルは言葉に詰まりながら背後に控えている団員たちへ目配せをした。

 

 ばつが悪そうに、あるいは居心地悪そうに顔を背けたり視線を逸らす者ばかりだ。煮え切らない眷族たちの様子に眉を顰めるロキだったが、少しして察したのか困ったように眉尻を下げる。

 

「……ゲールのことか」

「……はい」

 

 問題を的中させた主神へラウルは俯きがちに頷いた。

 

 下位団員たちの不満の種――それは新入りのゲールのことであった。

 

 だがゲールの入団についてはロキ主導で動いていたこともあり、加えて首脳陣であるフィンたちも同意しているのだから、仲間たちも言い辛い雰囲気があるのはラウルも理解はしていた。

 

「それと、遠征の留守番組を横目にゲールさんを宴会に連れて行ったことも皆の心象に少し影響してるみたいで……」

「あっ……あ~」

 

 ラウルがヒソヒソと耳元で囁くと、己の失態(ミス)に気付いたロキははっとしたように天を仰ぎ、顔を手で覆ってしまった。

 

「マズったなぁ……そらそうやろな。そこまで気ぃ回ってへんかった」

「ただ、ゲールをさんの入団祝いってことで皆も大目に見てくれてはいるみたいっす。けど一番の問題は――」

 

 指の隙間から小さな呻きを漏らすロキに、ラウルは重々しく言葉を続けた。

 

「ゲールさんが本当にレベル4――【ロキ・ファミリア】に相応しい実力を持っているのか。そこが気になってるみたいっす」

 

 ゲールの実力の有無。それが、今集まっている団員たちの関心事だった。

 

 この点についてはラウルも彼らの意見に同意せざるを得なかった。

 

 オラリオで活動している他所の派閥からの改宗(コンバーション)であれば、名も売れていたであろうし文句も無かっただろう。

 

 しかしゲールはぽっと出での新参者。それも軍国(ラキア)魔術大国(アルガナ)といった名の通った国家の出身ではなく、ロスリックなどという聞いたことのない遥か北方の地の出身。

 

 それでレベル4だと言われても、信用出来ないに決まっている。信じるに足る判断材料がないのだから。

 

 冒険者とは簡単に言えば超実力社会。腕っ節がものを言う。口頭でのみ力量を伝えられたところで、実際にその腕を振るう姿を見なければ疑念も生まれるのも仕方がないだろう。

 

 ……ぶっちゃけ、ラウルに言わせればあの老人と二人きりになってみれば、そんな疑念は小指の先程も生まれないだろうとは思ったが。

 

「ど、どうするっすか」

「…………」

「ロキ……?」

「……こりゃ、ウチらにとってもええ機会かも」

「え?」

 

 顎に手を当て何かを思案していたロキが、不意に何かを呟いた。

 

 かと思えば「ちょっと、ここで待っといて」と言い放ち、足早でどこぞへと行ってしまう。

 

「な、なあ、ロキは何を考えてると思う?」

「さ、さあ?」

 

 ラウルを始め団員たちは主神が何を思い付いたのか、首を傾げて待つことしか出来なかった。

 

「お待たせ~」

 

 帰りを待つこと約五分。手を振りながら戻ってくる女神の姿。

 

「ロキ! 一体何を――」

「なんだ、いきなり呼び出して」

 

 主神の魂胆が見えず疑問をぶつけるラウルだったが、そこに怜悧な声音が被さって遮られてしまう。

 

「全く、人にものを教えているところに水を差すような真似はするなと言ってある――お前たち、こんなところに大勢で集まって何をしている?」

「リヴェリア様……」

 

 予想外の人物――王族(ハイエルフ)のリヴェリアの登場に同じエルフの団員である誰かが声を溢した。

 

「ロキ、お前何を企んで……」

「それはやな――」

 

 胡乱げな視線を向けるリヴェリアにこそこそと耳打ちするロキ。

 

「――なるほど。それは確かに」

「せやろ? おおよその把握はしておくべきやし――」

 

 ロキの話に少し目を見張るリヴェリア。置いてけぼりを食らい戸惑っているラウルたちだったが……

 

「来たぞ、ロキ」

 

 低い、嗄れた声に鼓膜を揺られ、反射的にそちらへ視線を飛ばした。

 

 リヴェリアの背後から2M近い巨躯の老人――赤頭巾のゲールが姿を現した。

 

「どうしてリヴェリア様と一緒に……?」

「まさか、リヴェリアさんがゲールの奴に共通語(コイネー)教えてたのって、本当だったのか……」

「……確かに、読み書き出来なかったっすもんね。ゲールさん」

 

 話題にしていた本人の登場にざわめき立つ下位団員たちと、軽いトラウマになっているギルド本部での記憶がちらつき遠い目をするラウル。

 

「それで、儂に何をしろというのか」

「ゲールが【ロキ・ファミリア(ウチ)】入ってから三日経つけど、皆と仲良くやっとる?」

「…………」

「まあ、そうだろうとは思っていた」

「んもう、この子ったら……まあまだ日が浅いからしょうがないやけど、そうも言ってられへんねん」

 

 図星を突かれ押し黙る老人の様子にため息をつくリヴェリア。ロキも顔をしかめ、続けてラウルたちをチラリと一瞥する。

 

「ゲール、ウチの子らとダンジョンに潜ったことないやん? だから皆ゲールがどんくらい“()れる”のか、気になってるんやて。だから――」

 

 一旦言葉を切り、団員たちとゲールを交互に見やった後、ロキはニッと口角を吊り上げて言い放った。

 

「親睦を深めるのも兼ねて、先輩たちとちょいと腕試しやってみーひん?」

 

 

 

 

 

 にわかに騒がしくなった内庭。その中央で距離を取って向かい合う二人のヒューマンの姿があった。

 

 片方は肩や胸などを部分装甲(アーマー)で守った若い男性冒険者。もう一方は全身を重厚な鎧で固め、頭だけが赤い布切れを被った老冒険者。

 

 その周囲には先程から集まっていた下位団員たちだけでなく、騒ぎを聞きつけてやって来た者たちの姿もあり、内庭をぐるりと囲む連絡通路に沿って、昔からの仲間と新しい仲間を見守っている。

 

「さて、ゲールの実力はどんなもんかなー」

 

 この騒ぎを起こした張本人であるロキは、尖塔同士を結ぶ連絡通路から内庭全体を見下ろしていた。

 

「細かいルールは設けないが、場所が場所なので大規模魔法の使用は禁止とする。勝敗についてはどちらか一方が降参するか、私の判断で下させてもらう――」

 

 距離を取る二人の中間あたりで挟まれたリヴェリアの説明を声に耳を傾けながら、ロキは思案していた。

 

(フィンたちの見立てじゃゲールの力量はレベル4程度――それも低く見積もって、言うとったしな。あの様子からしてレベル5は固いんやろな)

 

 ロキと最古参組はゲールの本当の実力を――正確には背中に刻まれた【恩恵(ファルナ)】の持つ能力を――知っている。

 

 だがゲールの力は()()()()()()()()()ものではないことをロキもフィンたちも理解していた。

 

(皆を騙してることには変わらんけど、 これはええ機会なんや)

 

 だからロキは今回の一件を利用した。首脳陣があの“異邦”から訪れた老人の力を見極め、把握するために。そしてゲールを【ロキ・ファミリア】の一員と皆に認めてもらうために。

 

 内庭で佇んでいるゲールから視線を外し、尖塔の一つへと向ける。

 

 視線の先――騒ぎに気が付いたのだろう。テラスから階下の事態の推移を見守っているフィンとガレスと目が合う。

 

(戦闘に関してウチは門外漢や。頼むで二人とも)

 

 リヴェリアも判定員として間近でゲールを『観察』してもらうが、魔導師でありもっぱら後衛を務めるリヴェリアよりも前衛を張っている男共の方が、より多くの点に気付いてくれるだろう。

 

 目論みを察してくれたようで、微笑みを浮かべて頷いたフィンと腕を組んだガレスから視線を外し、ゲールへと戻す。

 

「ウチはウチで、()()()()()()を探らんとな……」

「――ったく、うるせえと思って様子を見に来てみたら」

 

 不意に聞こえてきた不機嫌な声に振り返ると、人相の悪い顔にも不機嫌さを浮かべた狼人(ウェアウルフ)の青年の姿があった。

 

「ん? おーうベート」

「わらわらと集まって何やってやがんだ」

「いやな、ゲールがどんくらい強いのか皆気になってたみたいやから、実際に戦ってもらおうって思ったんよ」

「まーたあの野郎絡みかよ……」

 

 隣に来て内庭を覗き込むベートへロキが簡単に説明すると、獣人の青年は忌々しそうに顔をしかめた。

 

「俺はあの爺を仲間だなんてまだ認めてねぇからな」

「ベートもゲールのこと認めてくれてへんの? 食堂で紹介した時認めてくれたと思ったんに……」

「そりゃあ……お前が珍しく真剣な顔してやがったから――ってんなことはどうでもいいんだよ!」

 

 慌てて話を変えるベートの様子にロキは微笑ましいものを感じてしまい、つい頬が緩んでしまう。

 

「へぇー、ベーやんそんなこと考えてたんや。へぇー」

「ニヤついてんじゃねぇ! にしたって、お前もあいつらも群れてやることが腕試しだぁ?」

 

 はぐらかした後、ベートは口角を吊り上げると内庭で対峙するゲールたちへ顎をしゃくる。

 

「無駄なことしやがる」

「無駄――ってそんな言い方せんでもええやん」

 

 そう吐き捨てたベートを窘めようとするロキだったが。

 

「あいつらじゃ相手にもなんねぇって言ってんだよ」

 

 ベートの意外な発言にロキは目を見張ってしまった。

 

「……なんだよ?」

「いや、自分意外と買ってるんやなって。ゲールのこと」

「はあ?」

「双方準備はいいな。よし、では始めっ!」

 

 一柱と一人(ふたり)して顔を突き合わせたのとほぼ同時に、模擬戦の開始を告げるリヴェリアの声が内庭に響き渡った。

 

 

 

 

 

「よしっ。やってやるか……とは言っても、レベル4だしなぁ」

 

 副団長(リヴェリア)の合図と共に、ロイドは左腕の手甲に装着したショートソードを鞘から引き抜きながら小さくぼやいた。

 

「じゃ、じゃあ、よろしく頼むぞ」

「…………」

 

 礼儀として対峙するゲールへ一声かけるが、押し黙ったままで返事はない。

 

(……やり辛い)

 

 自分が一番手になるとは思っていなかったので、ロイドは内心ヒヤヒヤしていた。相手の戦闘形態(スタイル)が――それも格上の相手――が不明なまま手合わせをすること程困難なことはない。

 

 加えて相手が相手だ。髭モジャの顔を気味の悪い赤頭巾で覆った、無愛想で何を考えているかも分からないゲールなのだから。

 

(け、けど俺だって何度もダンジョンに潜っては生還してきたんだ。オラリオの外(よそ)からやって来たレベル4がなんだってんだっ!)

 

 主力でないとはいえ自分も【ロキ・ファミリア】の一員。過酷なダンジョンでの戦闘を生き抜いてきたのだと、ロイドは己を叱咤する。

 

「……名前」

「へっ?」

 

 色々考えていたところを突然声をかけられ、緊張していたロイドは間の抜けた声を漏らしてしまう。

 

「お前は、ロイドというのか」

「そ、そうだけど……なにか?」

「いや、覚えておこうと思っただけじゃ」

「お、おう……ありがとうな」

 

 ……やり辛い。

 

 何を言われるのかと身構えてみればいきなり名前を確認され、正直肩透かしを食らった気分になる。

 

(まあ、肩の力が抜けたから結果オーライ、か?)

 

 少し気負い過ぎていたのかもしれないと自省しつつ、ロイドは気持ちを切り替えて左腕に備えた小盾を構えた。

 

 対するゲールも背負っていたあの黒い大剣へ腕を伸ばす。そして――

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 

 リヴェリアの掛け声から三十秒程経過しただろうか。

 

「二人して固まってなにしてんだ?」

「どうしちゃったのよロイドー」

 

 睨み合いを続けたまま動きを見せない二人の様子に、外野から声が飛んでくる。

 

 だがロイドの耳には周囲の声が届いていなかった。

 

(こ、こいつ……っ)

 

 黒大剣の歪んだ切っ先を地面へ向けたまま、自然体のゲールを盾越しに見据えるロイドの心臓は早鐘を打ち、息遣いが荒くなる。

 

「おーい、なにやってんだよロイド!」

「もう始まってるんですよー!」

「なんかあったんっすかね、ロイドの奴――」

「ゲール! あなたもぼけっとしてないで、少しは戦う姿勢を見せなさいよ!」

「ちょっ、アキ!?」

 

 動かない二人の様子に見かねて、見守っている団員たちから野次が飛ぶ。

 

(んなこと言っても――!)

 

 だがロイドは飛んでくる声に返すことも出来ない。目の前の老戦士から全く隙を窺えず、完全に狼狽していた。

 

 ゲールから目を離さないことに必死で、そんな余裕など持っていなかったのだ。というよりも、仲間たちはゲールを見て何も感じないのだろうか。

 

 目の前で突っ立っている老人は、明らかに只者ではない。

 

 得体の知れない強大な『ナニカ』。

 

 そう錯覚するほどに、ロイドはゲールから漂う重圧(プレッシャー)に気圧されていた。

 

「くっ……!」

 

 じり、と圧に屈したようにロイドの足が僅かに後ろへと摺れる。

 

 

 

「――――ッ」

 

 

 

 直後、ほぼ同時にゲールが地を蹴った。

 

「は、速――」

 

 ――い、けど、見えるっ!

 

 虚を突かれてギョッとするが、老人の動きを完全に捉えられていることを把握して気を持ち直すロイド。

 

「う、うおおおおっ!!」

 

 ゲールへ応えるように気勢を上げ、一直線に駆け出す。

 

(真っ向から受け止めたら無事じゃすまない!)

 

 相手の体躯からして、大剣から繰り出される一撃はかなり重さがあるはず。

 

(だったら、受け流して――!)

 

 そう直感するも束の間。

 

「――ッ」

 

 ゲールの鋭い息遣いと共に、ロイド目掛けて大剣が振り下ろされる。

 

「くっ!?」

 

 真上から叩きつけられる禍々しい鉄の塊を盾で受け――止めず、盾を寝かせて剣筋を逸らす。

 

(お……重ッ)

 

 ズンッ、と地面に走る衝撃。左腕に走る痺れに堪えつつ、芝生にめり込んだ切っ先を踏みつけた。

 

「ぬ……」

(もらった――っ!)

 

 武器を抑え付けられたことに驚いたのか、髭に覆われた口から声が漏れる。ロイドは口元を笑みの形に歪め、ショートソードを首筋に突きつける――!

 

 

 

「――ハッ!」

 

 

 

 刹那。無重力がロイドを襲った。

 

「いっ!?」

 

 大剣を足蹴にされ抑えられていたゲールは力づくでかち上げ、投射器(カタパルト)のようにロイドを空中へ打ち上げたのだ。

 

 上下逆転した視界の中で舞う芝や土くれの薄い幕を裂くように、再び大剣が振り下ろされる。

 

「ガハッ!」

 

 咄嗟に盾を滑り込ませて一撃を防いだロイドだったが、空中で勢いを殺せるはずもなく、地面へと叩きつけられる。

 

「ゴホゴホッ……く、っそ!」

 

 一瞬意識が飛びかけるも気合いで起き上がり、追撃を貰わないようにとゲールへ視線を飛ばしたが。

 

(い、いないッ!)

 

 老戦士の姿が忽然と消え、芝生に抉られたような後があるだけだ。

 

「どこに……」

「馬鹿ッ、後ろだ!」

「ロイド避けて!」

 

 行った、と言い切る前に周囲の焦りの混じった声に心臓を握り締められた錯覚に陥りながら反射的に振り返り。

 

(しまっ)

 

 あらんかぎりに目を見開いたロイドの目に写ったのは、狙いを定めるように左腕を突き出し、引き絞るように歪な大剣を構えて跳躍した“赤頭巾(おに)”の姿だった。

 

 

 

 

 

「そこまでだ!」

 

 濛々(もうもう)と立ち込める土煙に目を細めながら、リヴェリアは咄嗟に声を張り上げた。

 

「ロイド! 無事か――」

「…………」

「ま、まいった……」

 

 身を案じて駆け寄ったリヴェリアは頭の真横に深々と突き立てられた刀身へ視線を送る、顔を真っ青にした男性団員の姿を確認し、安堵の息をつく。

 

「この……愚か者!」

 

 土煙が収まる中、半ば埋まった得物を引き抜いたゲールへリヴェリアは眦を吊り上げた。

 

「貴様、死人を出す気か! 最後の攻撃は仲間に向ける威力ではなかったぞ!」

 

 悪びれる様子のない老人へ責めながらも、リヴェリアは内心もっと早く介入するべきだったと後悔していた。

 

 お互いに武器を構えてからすぐにロイドの様子がおかしかったのには気付いてはいた。ゲールからただならぬものを感じ取っていたのだと思っていたが……まさかあんな()()()もない動きを取れるとは、リヴェリアも予想だにしていなかった。

 

「だ、大丈夫かロイド!?」

「し、死ぬかと思った……」

「私が左肩持つから、ニックは右肩を!」

「お、おう!」

「念のためリーネに診てもらえ!」

「は、はい!」

 

 駆け寄ってきた仲間たちへリヴェリアは指示を送る。一方のゲールは抱き起こされ、運ばれていくロイドへ視線を送りながら、淡々と口を開いた。

 

「……加減したに決まっているだろう」

「何?」

 

 一瞬何を言ったのか理解出来ず、リヴェリアは呆気に取られてしまう。

 

「あれで加減だと? 本気で言っているのか?」

「だが、当たれば死ぬ程度の力は込めた……何事も最初が肝心じゃからな」

「は?」

 

 リヴェリアはゲールが何を言わんとしているのか検討もつかない。当の本人はそれを尻目に、黒大剣に付着した土を払い、浮き足立っている団員の一団へと視線を送った。

 

 

 

 

 

「冒険者は、舐められたらいかんのだろう」

 

 

 

 

 

 無感動に、だがどこかしてやったりといった雰囲気を醸す――それも見た目に似つかわない子供っぽいことを口走った老人を前に、リヴェリアは開いた口が塞がらなかった。

 

 

 

 

 

「いやぁ、とんでもないな」

 

 内庭の中心で頭を抱えているハイエルフを見下ろしながら、テラスの欄干に寄り掛かるフィンは苦笑を浮かべていた。

 

「あんな動きも出来るんだね、彼」

 

 ロイドを地面へ寝かせ、その視界から自分が消えた瞬間。ゲールは地を這う程に低い姿勢で背後へ回り混み、飛び掛かったのだ。

 

 そのときの流れるような一連の動きには、レベル6のフィンでさえ目を見張ってしまった。

 

「レベル3のあやつらじゃ、ゲールの相手は荷が重そうじゃのう。にしてもあの動き……戦士というにはあまりに本能的過ぎる。まるで獣じゃ」

「そうだね。それに随分()()()()()

 

 隣で顎髭を撫でるガレスがゲールの戦い方へ抱いた感想にフィンは頷いて同意を示す。

 

(彼が今まで戦ってきた相手は、僕たちのようにモンスターではなかったという訳か)

 

 相手の視界の把握、意識外からの確実な攻撃――僅かな戦闘時間の中で見え隠れした、ゲールの持つ技と駆け引き。それは明らかに対人戦闘で発揮されるものであった。

 

「どうやら、儂らのゲールへの見立てが甘かったようじゃな」

「あの動きから見てレベル5の実力は確実にある……こんなことなら、最初からレベル5だって皆に伝えておけばよかったよ」

「とは言え、それはそれでギルドや他所の派閥の注意を引く。このくらいが妥当と思うがのう」

「はは、それもそうだね」

 

 笑っていいのかは微妙なところであったが、フィンは控えめに笑うと再び視線を内庭へと落とした。

 

「まあ、皆にはいい刺激になるんじゃないかな」

「儂も、立場を考えなくでよければ一戦交えてみたいもんじゃあの」

「……別にいいけど、本拠(ウチ)じゃなくてダンジョン(そと)でやってくれるかな。ここでやったら本拠(ホーム)がもちそうにないからね。リヴェリアの大目玉は食らいたくないんだ」

「よく言うわこのパルゥムが。お前こそ、自分が良い目をしとるのに気付いとらん訳じゃなかろうに」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべるガレスの言葉にフィンは答えず、おどけたように鼻の頭を掻く。もちろん、それが図星だったからだ。

 

 

 

 

 

「……くだらねぇ」

 

 ベートの溢したつまらなそうな呟きに、ゲールの戦いぶりを楽しんでいたロキは振り返った。

 

「なんや、もう行ってまうん?」

「実力を()るためだかなんだか知らねえが、雑魚共と手ぇ抜いて戯れてるような甘ちゃん野郎を眺めてる程、俺は暇じゃねえんだよ」

「えー、そんなつれないこと言わんでよー。せや、どうせならベートもゲールと戦ってくればええやん!」

 

 背を向けて立ち去ろうとするベートを引き留めようとロキは思い付きで提案するが、振り向いたその顔が無表情だったことに目を瞬かせる。

 

「あんなやる気のねえ奴と()り合うなんざ、こっちから願い下げだっつーの」

「はぁ? それってどういう意味――」

「確かに、あの野郎は雑魚じゃねえ。それは認めてやる」

 

 「けどよ」と言葉を続けるベートは、ゲールへ一瞥を向けて言い切った。

 

「アイズと対峙した時の気迫は、あんなもんじゃなかったぜ」

 

 それだけ言い残すと、ベートは目もくれずにどこぞへ行ってしまった。一人残されたロキは丁度七人目の団員を下したところのゲールへと視線を移す。

 

「……つまり、ゲールはあと二回変身を残してるっちゅうことか」

 

 ベートの言葉について思案していたロキはそう呟くと、ニヤリと口元に三日月を浮かべるのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。