迷宮都市の奴隷騎士   作:ワシイヌ

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~ダンジョンから帰還する際のアイズとゲール~



あの子(ベル)には会えなかったけど……ダンジョンに潜っていれば、いつかは会えるかも)フフ
「おい」
「あ、はい……どうしました?」
「この兎もモンスターか」クビワシヅカミ-
『キュ~!?』ジタバタ
「はい。アルミラージっていうモンスターです、けど……」
『キュキュ~っ!?』ジタバタ
(白くて、赤い目……あ)ジー



「……あの子に似てるか「ふん」ゴキッも」
『……』ブラーン
「……」ボーゼン
「……」マセキブチヌキー
「……」
「行くぞ」
「……」


「……兎さん」ションボリ


九話 モンスターフィリア騒動

「えー! アイズ、ロキとフィリア祭行っちゃうの!?」

 

 ゲールとの二人だけでのダンジョン探索を終えた翌日。

 

 【黄昏の館】の正面玄関前。

 

 普段の戦闘衣(バトルドレス)とは打って変わり、フリルの施された短衣とスカートという衣服を纏ったアイズは申し訳なさげに眉尻を下げた。

 

「ごめんね、ティオナ」

「ちぇーっ、こんなことなら、先に声かけておけば良かったなー」

 

 リヴェリアの言いつけ通り、遅くない時間に帰って来たアイズだったが、運悪くロキに見つかってしまい、ダンジョンに足を運んだ罰(を名目にした息抜き)としてモンスターフィリアに付き合うことになってしまったのだ。

 

 ……因みにその時のロキは内庭の一件もあり『神の宴』に参加出来ず、目の敵にしている女神をからかう機会を失した腹いせと、過酷な労働を終えた達成感で己を慰るためかなりの量の酒を飲んでいたらしく二日酔いならぬ三日酔いに苦しんでいたのは別の話である。

 

「そんな拗ねないの。なんなら、向こうで合流することだって出来るんだから」

「そうですよ。そんなことを言ったら、私だって出来ることならアイズさんと二人だけで回りたかったですし……」

 

 残念そうに両手を頭の後ろへ回した妹の肩をティオネはポンポンと叩き、レフィーヤもそれに同意するが、ロキが羨ましいのか何やらぼやいていた。

 

「んー、それもそうかー」

「でしょう? そもそもあんた、どうしてロキがアイズをフィリア祭に誘うことになったか分かってないでしょ?」

「どういう意味ですか?」

 

 怪訝そうに首を傾げるレフィーヤへティオネが訳知り顔を向け、得意そうに豊満な胸を張った。

 

「それは……ズバリ! アイズがゲールとお忍びでダンジョンに行ったことがバレたからなのよ!」

「え」

 

 その発言に不意を突かれたアイズは固まってしまった。

 

「んなっ!?」

「えっなに! アイズ、ゲールとダンジョン潜ったの!」

「朝早くに二人がバベルの方に向かうのを見たって噂になってたのよ……しかし意外よねぇ、ゲールとダンジョンに行ったなんて」

 

 寝耳に水なその一言にレフィーヤは目を真ん丸にして素っ頓狂な声を上げ、ティオナがキラキラと好奇に目を輝かせる。かくいう暴露した当のティオネも意外そうに頷いている。

 

(ど、どうしよう……)

 

 三者三様な面持ちで見つめられ、アイズは内心焦っていた。ゲールとダンジョン探索をしたことなど、誰も気付いていないと思っていたからだ。

 

「それは……」

「ア、アイズさん、ゲールさんと一緒にダンジョンへ向かったのは本当なんですか!」

「……うん、昨日、二人で行ってきたよ」

 

 鼻息を荒くするレフィーヤに問い詰められ、告白するべきか少し悩んだが、結局のところ観念して自白する。

 

「き、昨日!? それも二人で!?」

「私から、誘ったんだけど……」

「そ、それもアイズさんから……にゅ、入団したばかりの立場でっ、二人だけでダンジョンに行けたなんてゲールさんは羨ましい――じゃなくて、余りにも図々しいです! おこがましいですっ!! 」

「……レフィーヤ、本音が漏れてるわよ」

 

 正直に答えたところ、何故か荒ぶり始めたレフィーヤをティオネが宥めにかかったので、誘った理由を答えずに済んだアイズは安堵の息をつく。

 

 自分の不安を他所に、三人はゲールとダンジョンに向かったことそのものに興味があるらしかった。

 

「あはは……レフィーヤもアイズ誘えばいいじゃん、遠慮なんかしないでさ。けど、いーなー。あたしもゲールとダンジョン行きたかったなー」

「……ごめん」

「いいよ気にしなくって。今度はあたしから誘うからさ。それでどうだった? ダンジョンでも、ゲールは強かったの?」

「それは……」

 

 好奇心で尋ねてきたティオナに対し、アイズはダンジョンでの出来事を振り返った。

 

 ダンジョン初心者のゲールではあったが、レベル4という実力相応の力を発揮していた。浅い階域とはいえ中層での振る舞いから察するに下層でも遅れを取ることはないだろう。

 

「…………」

「アイズ?」

 

 が、白兎(アルミラージ)の件をつい思い出してしまう。

 

 血飛沫を上げて灰へと舞い崩れた白い矮躯、赤と灰の混じりあった染まる手甲、長髭にしたたる返り血を顧みない赤頭巾の老人。

 

「……」

「大丈夫? なんか遠い目になってるけど……」

「……兎さん」

「え、何? 兎?」

「真っ赤になって、灰色に……」

 

 あの時の、一切の慈悲も容赦もなく首をへし折って魔石を回収してみせたゲール。命へのぞんざいな扱いにかつて見た(ささ)やかな憧憬の名残をぶち壊されたことが、存外堪えていたようである。

 

 ティオナの呼び掛けも虚しく、脳裏に過る嫌な記憶(やみ)に飲まれかけていたアイズだったが、正面玄関から手を振って駆けてくるロキの呼び声でどうにか我に返ることが出来たのだった。

 

 

 

 

 

「良いものじゃのう。若者にはどんな些細なことでも世界がキラキラと輝いて見えとるんじゃからな」

 

 アマゾネスの双子とエルフの少女、そして主神と金髪のお姫様が街へ繰り出したところを窓辺から見下ろしていたガレスは顎髭を撫でながらのんびりと呟いた。

 

「なんだい、やけに年寄り臭いことを言うじゃないか」

「何を言いよる――と言いたいとこではあるが、実際そういう歳になっとる訳じゃしつい言葉に出てしまうものなんじゃ。のうリヴェリア」

「おい。何故そこで私を見る」

 

 【ロキ・ファミリア】の団長室。自身の机について茶化すように微笑を浮かべるフィンへガレスはいらだったように返答したが、次は壁に背を預ける翡翠色髪のハイエルフをからかうような目付きを送りながら軽口を返す。

 

「そもそも、そういう話は長命種(エルフ)である私はあまり好かないと言ってあるだろう」

「僕たちと君とじゃ元の寿命の長さもそれに対する感覚も違うからね。エルフの中でもリヴェリアはまだピチピチの可憐な――冗談、冗談だよ」

 

 ドワーフに便乗してふざけたことを抜かす小人族(パルゥム)視線で黙らせた後、呆れたように眉間をさすったリヴェリアは、上げた顔を部屋の扉の方へ向けた。

 

「全く――それで、初めてのダンジョンの方はどうだった」

 

 その言葉と共に三人は扉の脇。すぐ横の壁に佇む人物へと視線を集中させる。

 

「それは、探索についてか。それとも、()()()との関係についてか」

 

 その人物――相変わらずの低い嗄れた声で逆に問い質してくるゲールに、フィンは微笑を苦笑へと変えながら指を組んだ。

 

「勿論両方について――と言いたいところだけど、僕たちが気にしているのはアイズとの関係かな」

「だろうな」

「分かっているのなら、始めからそう答えればいいものを……」

「諦めろリヴェリア。こやつはそういう男じゃ」

 

 吐息と共にぼやいたハイエルフへ既に悟った様子のガレスが声を飛ばした。

 

 一昨日の夜、ゲールがアイズにダンジョン探索へと誘われた件については、その日の内に首脳陣で情報が共有され、主神(ロキ)の暗黙の了解の元、二人の――というよりアイズの行動を見逃していたのだった。

 

 ……ロキがそれを利用してアイズをモンスターフィリアに誘う名目を手に入れたと嬉々としていたのも別の話である。

 

「後でリヴェリアから聞いた時は、正直肝を冷やしたよ。内庭の件で触発されたアイズが、僕たちの目の届かないダンジョン(ばしょ)で君に挑みに掛かるんじゃないかと気が気でなかったからね」

「本音を言えば私もその可能性を考えたんだが……つい許可を出してしまった。ゲールを訪ねた際のあの子が、戦いを欲しているようには見えなかったのでな」

「大方、お主の()()()()()()()のことについて探ろうとしたんじゃろう……お主、探索中にそれらしいことは切り出されんかったのか?」

 

 小さな体を背凭(せもた)れに預けるフィンと、僅かに目を伏せて顎に手を添えるリヴェリア。二人が胸の中を吐露した後、首脳陣を代表してアイズの目論見を推察したガレスがゲールへと水を向けた。

 

「幾度か声をかけられたが、他愛のないものばかりじゃった」

「まあ……今朝のアイズの様子を見れば、一目瞭然じゃのう」

 

 自分よりも老年であろうゲールの素っ気ない返答に、顔をしかめながら髭を撫でて独り納得するガレス。

 

「けど、君もあの子の考えは読めていたんだから、自分から告白しても良かったと僕は思うんだけど、君自身そこのところはどう考えているんだい」

 

 だがフィンにはゲールの態度が――年長者として若者へ手を差し伸べなかったことを不可解に感じられ、その疑問を率直にぶつけたのだが。

 

「……」

 

 その問いに老人は俯くなり押し黙ってしまった。

 

「……」

「どうした?」

「……ようとはした」

「何?」

 

 その様を怪訝に思い、三人は顔を見合わせ、少しの間を挟んで問い掛けたリヴェリアだったが、老人が何を言ったのか一瞬理解できず、眉根を寄せた。

 

「儂からも何度も伝えようとしたが、儂には出来なかった――今後も、儂からは切り出せんだろうな」

「……その理由(わけ)を聞いても?」

 

 顔を上げず、赤頭巾の天辺を向けたまま意外な本心を吐露したゲールへ、フィンは座席の上で姿勢を正しながら静かな声で尋ねた。

 

「儂は――儂には分からんのだ。あの娘が、手を引くべき子供(おさなご)なのか、自らの脚で立つ一人の戦士なのか……」

 

 老人が知らず抱いていた葛藤の暴露に、さしもの【ロキ・ファミリア】の首脳陣も言葉に詰まる。

 

「――それはつまり、君にとってアイズが庇護すべき対象なのか、共に(くつわ)を並べるべき存在なのか迷っている、という意味であっているかな」

「……」

 

 無言を貫くゲール。その沈黙を肯定と解したが、言葉が続かない。

 

「それは一体何を意味――」

「すまんが、儂はもう行く」

 

 リヴェリアが真意を問い質そうと口を開くも、ゲールは噺を切り上げるかのように言葉を遮り、ドアノブへ手を伸ばすところであった。

 

「昨日、ロキにあの娘と黙ってダンジョンに向かったことを咎められてな。『罰』として、今日の祭を一人で回らなければいかんらしい――どの口が言うているのか」

 

 自分がアイズとダンジョンへ向かうことを知っていながら、『罰』を押し付けたことを言っているのだろう。そしてそれがロキなりの配慮だということも理解しているような口ぶりで、最後に主神への愚痴をぼやきながらゲールは退出していった。

 

「……彼からあんな言葉が出てくるなんて、意外だったよ」

 

 赤頭巾の老人が去り、静寂を向かえた後、フィンは疲れたような吐息と共に言葉を吐き出した。

 

「つまり、ゲールはアイズを子供扱いするべきかどうか迷っている――ということなのか?」

「ああ、そうなんだろう」

「だとしたら、私にはあいつの思考が理解出来ん。あの子との接し方と、自ら真実を語ることが出来ないことがどう繋がる?」

「恐らく、あやつの過去と関係があるのだろうが……検討もつけられん」

 

 老人の心理が窺えず、リヴェリアが眉間を揉んで(かぶり)を振るう傍らで太い腕を組んでガレスが唸る。

 

「……少なくとも、アイズとゲールがお互いに意思の疎通をする気持ちがあることが分かっただけ、良しとしよう」

 

 部屋を満たした長い沈黙を挟み、フィンは二人の顔を見やってからおもむろに口を開いた。

 

「ロキにすら、自分の過去については口を噤んでいるんだ。派閥の首脳(トップ)として彼の過去を知る義務があるとは思うけど、無理に口を割らせるような真似はしたくない――今、僕たちに出来ることは二人の関係が良い方へ向かってくれるよう、見守ることと、それを手助け(アシスト)することだけだ。何せ――」

 

 フィンは天井を仰ぎ、苦笑を浮かべた。

 

「今日まで誰も体験したことのない『未知』に、僕たちは直面しているんだからね」

 

 

 

 

 

 くぐもった大歓声が遠雷のように響いてくる。

 

 円形闘技場(アンフィテアトルム)――まさに怪物祭(モンスターフィリア)の目玉とも呼ぶべき見世物が披露されている巨大施設の地下。

 

 【ガネーシャ・ファミリア】の面々が調教(テイム)するために捕獲されたモンスターたちの待機場所となっており、檻の中に押し込められたモンスターたちは静かな怒りに身を任せ威嚇するように唸り、あるいは鉄格子に噛み付き、あるいは両腕でもってこじ開けようとていた。

 

 息の詰まる緊張感と殺気に包まれたこの地下空間に、その人物は足を踏み入れていた。

 

「ガネーシャには悪いけれど……気になる子にちょっかいを出したくなるのよ――許して頂戴ね」

 

 全身を覆うようなローブを纏った人物は聞いたものを虜にするような耽美な響きの声音で呟きながら、モンスターが捕らえられている檻へと歩を進める。

 

 本来、この人物はこの場所に足を踏み入れることは許されていない。しかしフィリア祭を滞りなく進めるため、地下に控えていた【ガネーシャ・ファミリア】の団員たちはこの人物に『()()』されてしまい、侵入を咎める所の騒ぎではなかった。

 

「さあ……あの子はどんな輝きを見せてくれるのかしら?」

 

 鍵束を手の中で弄び、睦言のような独り言を呟いて、フードから覗く桃色の唇を微かにめくり上げる人物――いや神物(じんぶつ)の仄かに熱を帯びた、蠱惑的な微笑には、僅かな嗜虐的な感情が潜んでいた。

 

 

 

 

 

「うわー、アイズすっごー」

「なーんかお預けを食らった気分になるわね」

「この様子なら、私たちの出番はなさそうです……」

 

 建家の屋根の上。そこに陣取ったレフィーヤたちは眼下で繰り広げられている光景に、思い思いの言葉を口にしていた。

 

 三人は先程まで、闘技場で【ガネーシャ・ファミリア】の戦士たちが魅せる熟練の調教(テイム)捌きを観戦していたのだが、そうも言っていられる事態ではなくなってしまったのだ。

 

 何でも、闘技場で調教(テイム)するはずであったモンスターたちが()()したらしく、観戦を中止してレフィーヤたちも怪物たちの“駆除”にあたっていた……と言いたいのだが。

 

 街に分散して逃げ出したモンスターたちは、先んじて異変を察知したアイズの手により、迅速にその数を減らしていた。

 

「本当、アイズの【(エアリアル)】は便利よね。あの魔法、探知にも応用できるんでしょう?」

「レフィーヤ、魔法ってそんなに応用出来るものなの?」

「いえ、風による探知についてもダンジョンでは使えないそうなので……」

 

 アイズの魔法(かぜ)についてティオナから問われたレフィーヤは、文字通り風を纏って街路から街路へと凄まじい速度で移って行く金閃の煌めきへ絶えず視線を送りながら否定する。

 

(あんな万能な魔法なんて聞いたことがありません……)

 

 世界最強の魔導師(リヴェリア)の後継として期待されているレフィーヤは、アイズの【(エアリアル)】の持つ一種の特異さに以前から疑問を抱いてはいた。

 

 武器への付与魔法(エンチャント)、身を守る鎧、敵を斬り伏せる刃、移動手段――走攻守全てに応用が効き、魔力の消費量も少なく長期戦にも耐えられる。

 

 アイズにのみ許された唯一無二の魔法――それが【(エアリアル)】だった。

 

「とにかく、私たちも動きましょう。アイズに任せっぱなしっていうのも――」

 

 それまで注意深く街並みを静観していたティオネが話題を切り上げ、行動に移ろうと促した、その時だった。

 

 短い地揺れが起きたかと思えば、通りの一角で大きな音と共に土煙が舞い上がった。

 

「何!? あのモンスター!」

「【ガネーシャ・ファミリア】はあんなのまで出す気だった訳!?」

 

 土煙の合間から長躯をうねらせる複数の蛇型モンスターを視認したティオナは目を丸くして驚嘆し、予想外の場所からの出現にティオネも顔に焦りの色を覗かせる。

 

「ティ、ティオナさん、ティオネさん! 他のモンスターはアイズさんに――!」

「言われなくたって!」

「行くわよ、レフィーヤ!」

 

 動揺から声を上擦らせながらも、レフィーヤは懸命に二人へ呼び掛け、それに応えるように二人は屋根を蹴りつけて跳躍した。

 

(あの蛇みたいなモンスター……)

 

 身を屈めて跳ぶ直前で一旦止まり、レフィーヤは未確認の新種モンスターの姿をざっと観察する。

 

 姿形は違えど、深層で遭遇した新種のモンスター――極彩色の芋虫をどこか彷彿とさせる黄緑色の体に、嫌なものを感じたが、頭を振ってその考えを追い出すと、レフィーヤもアマゾネスの姉妹に遅れまいと二人の後を追った。

 

 

 

 

 

 街にモンスターが出没した。

 

 その一報がもたらされたことでオラリオの東部街は混乱の渦中にあった。闘技場に近しい通りでは逃げ惑う住民や観光客、加えて商品が盗難されることを恐れて動きの鈍い出店の店主たちの叫びや怒号に満ちていた。

 

 とはいえ被害を最小限に留めるため駆り出されたギルド職員や、失態を挽回するために駆けずり回る【ガネーシャ・ファミリア】の団員の指示もあり、どうにか秩序を維持することには成功していた。

 

 そんな最中、闘技場からやや離れた区画のある通り。その場に足を止め、闘技場のある方角へと不安げな視線を送り、あるいは危険から離れようと西へと駆ける人々を、傍観する一人の老人がいた。

 

 建物と建物の合間。裏路地へと続く縁の陰に隠れて佇む老人は、その2M近い大柄な体を精緻な意匠の施された鎧によって全身を固めていた。

 

 重々しい威圧感を纏う老人の双眸――鎧に見合った兜ではなく何故かみすぼらしい赤い頭巾を被り、目元は窺えない――は目の前で起こっている騒動へじっと注がれている。

 

 不意に、地面が揺れた。

 

 足を伝って感じ取った、人々の行き交うことで生じるものとは異なる僅かな振動に、老人は赤い布と長い灰色の髭に覆われた顔を巡らせる。

 

 頭巾に隠れた視線の先にはうっすらと土埃が舞っている。

 

 老人はそれを認めるや否や、おもむろに踵を返して通りへと背を向けた。

 

 先程よりもはっきりと地面が揺れたことを一顧だにせず、その大きな背中に負った切っ先から刀身の半ばまでがごっそりと欠けた、禍々しい黒い大剣の柄へと手を掛けて、老人は裏路地へと姿を消した。

 

 騎士が死地へと赴くがごときその超然とした老人の姿は、往来の人々――街の住民であれギルド職員であれ冒険者であれ――の目にも止まらず、気付かれもせず、記憶にも残ることはなかった。

 

 

 

 

 

『アアアアアアアアアアアア!!』

 

 耳をつんざくような割鐘(われがね)の咆哮を放つモンスターの攻撃を、身に纏わせた風の鎧と体捌きでいなしながらアイズは視線を飛ばす。

 

 視線の先には、地中から放たれた植物型モンスターの触手による奇襲を受けてしまい、石畳の上に踞るレフィーヤの姿。

 

 一時戦線から引いてはいるものの、エルフの少女を喰らおうとした個体は斬り倒した。それにギルド職員の介抱を受けているようであり、また自身がモンスターを引き付けていることからひとまずは大丈夫そうであった。

 

「――――ッ」

 

 なら優先すべきはモンスターの対処である。だが()()の食人花による縦横からの触手攻撃や花弁内に存在する醜悪な口での噛み付きへ対処をするのみで、攻撃に転じることが出来ないでいた。

 

 その理由はアイズが握る細剣――鍛冶神(ゴブニュ)から借り受けていたレイピアが【(エアリアル)】の出力に耐えきれなかったことで剣身が砕け散り柄だけとなってしまったからだ。

 

 加えて食人花はどうやら魔力に反応しているらしく、魔法(かぜ)を纏う自分を執拗に狙い続けている。

 

『アアアアアアアアアアアアアアアッ!』

「駄目、全然引き付けられない!」

「くそっ、少しはこっちの相手もしなさいよ!」

 

 防戦一方のアイズから引き剥がそうと、ティオナとティオネもモンスターの丸太のような(からだ)へ殴撃や蹴撃を放っているものの、打撃への耐性が著しく高いらしい。レベル5の実力を持つ二人の膂力をもってしてもこれといったダメージを与えられていなかった。

 

「あー、こんなことなら『大双刀(ウルガ)』持ってくれば良かったのに!」

「うるさい! 泣き言言ってないでとにかく殴りまくれ!」

 

 このままではジリ貧である。攻撃手段が無いに等しく、五体ものモンスターをほぼ一人で相手取るのはあまりにも分が悪い。

 

 一旦魔法を解除して仕切り直すしかない、そう判断したアイズは食らい付こうとしてきた一匹の食人花の突撃を避けようとして――

 

(子供――――!?)

 

 不意に、視界へ入った小さな人影。

 

 逃げ送れたのだろうか、踞って動けなくなっている獣人の少女の姿を認めたアイズは一瞬動きを鈍らせる。

 

 このまま魔法を解除して、回避行動を取れば少女を巻き込んでしまう。

 

 刹那で判断したアイズは、【(エアリアル)】を維持したまま前方――つまり()()()()()()()()()()()()()()()覚悟を決め、足に力を込めたその時。

 

 

 

 横合いから飛び込んできた()()()が子供を(さら)っていった。

 

 

 

「え――――」

 

 どこか既視感を覚えた感覚に呆気に取られながらも、アイズはハッとしてその人影が飛び退いた方向の逆側へと退避。同時に【(エアリアル)】を解除する。

 

 直後、子供が踞っていた場所にモンスターが連続して頭から突っ込む。土煙と共に木屑や石片を撒き散らした。

 

(今のは……)

 

 モンスターの()に捕らえられずに済んだ。

 

 そう理解しつつもアイズは闖入者を認めようと視線を巡らせる。濛々と土埃の向こう側。目を凝らすと、うっすらと浮かぶ人影が自身よりも小柄な人影を裏路地へと押しやっていた。

 

 そうしている内に土煙の中から、一匹の食人花が鎌首をもたげるような動きで頭を上げ、首をその影へと巡らせる。

 

「! 危な――――」

『アアアアアアアアアアアアッ!』

 

 危険を知らせようと声も上げるも、新たな獲物の存在に気付き割鐘のような雄叫びを上げた食人花によって遮られてしまう。

 

 土煙を切り裂くように伸びる花弁のような頭部。そして人影に覆い被さり――バクン、と醜悪な口が閉じられた。

 

「ちょ――」

「嘘……っ」

 

 捕食の瞬間を目撃したのか、ティオネとティオナも顔に驚愕の表情を浮かべて攻撃の手を止める。

 

 アイズも驚きで動きを止めたが、二人のそれとは異なっていた。

 

 驚きの理由、それはモンスターが散らした土埃の合間から微かに覗いた人影。その後ろ姿が見慣れぬ、いや()()()()()()()()を被っていたからで――

 

 

 

 ドシュッ!!

 

 

 

 土煙が収まる中、アイズの思考を断つような肉を抉るような生々しい音が戦場に響いた。

 

『――ッ!』

 

 その正体は、その人物を飲み込んだ食人花の後頭部から飛び出した禍々しい黒い鉄塊の刺突音。

 

 続けて植物型のモンスターは断末魔も上げることも出来ず、みるみる内に体色を失い、同質量の灰と化す。

 

 ザザァッと音を立てて崩れる灰色の幕の向こう。舞っていた灰が収まり、そこにいたのは、逆手のまま突きを放っていた老人の姿。

 

 その姿を視認すると同時にドクン、とアイズの胸が大きく脈を打つ。

 

(私は――この感覚を知ってる)

 

 あの時と似ている。()()()()()()()()()()()だ。

 

 背筋がざわつく錯覚に襲われるアイズの視線の先。

 

 そこにいたのは植物型モンスターの灰を全身に浴びてなお、覆いきれぬおぞましいまでの殺意を纏った赤頭巾の老人ゲールだった。




3/19追記

今回、かなりの誤字脱字箇所があることを誤字報告で確認しましたので、ここでお詫びさせていただきます。また誤字報告をして下さった方々にお礼申し上げます。本当にありがとうございます。
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