ミッテルトと買い物に出掛けて数日が経過したある夜のこと。リアス先輩が、僕とミッテルトのもとへやって来た。
「海樹。すこし、ミッテルト借りるわね」
「はーい」
僕はテレビ画面に写るキャラクターを操作しながら、リアス先輩に返事をする。
うーん、ゲームをするのは何年ぶりだろうか? 僕の記憶が正しかったら、小学生の頃以来……あれ? そのあと、どんな感じだったっけ?
僕の操作するキャラクターが、画面の端で追い詰められ、防戦一方になっていると、僕の手元に影が落ちる。
「姫島先輩ですか?」
「あらあら、部長かもしれないですよ?」
「その反応の時点で姫島先輩ですよね?」
「はい。小猫ちゃんにした方が少しは迷いましたか?」
「声色から雰囲気、そもそも、塔城さんだと影ができるほどの身長がないなど、どちらにせよ姫島先輩以外いないと思ってました」
「意外と頭が回るのですね」
「そういった環境で育ったので」
「それにしては、部長には心を許しているのですね。ちょっと寂しいです」
「なにがですか?」
姫島先輩の言っている意図がわからず、聞き返してしまう。
「あの堕天使や小猫ちゃん。部長や兵藤くんとの対応の差を感じているんです」
「あー、それは……まあ、僕の問題です」
「『土蜘蛛』に関係することですか?」
「『姫島』ですもんね……どこまで知ってるんですか?」
「『姫島』……というより、五大宗家があなたの親族含めて殺害した……という予想は当たってますか?」
「予想なんですね……てっきり確信をついてくるものだとばかり」
「そうですね。私も『姫路』から離されて育ちましたから。ただ、かあさまの教えのひとつに、『土蜘蛛』は何があっても、事情を無視して滅しなさいというものがありましたので」
僕はコントローラーを咄嗟に放り投げ、鉄の糸で短剣を作り、姫島先輩の喉元に突きつける。
「安心してください。部長から、あなたに危害を加えることは、禁止されてますので」
「禁止されてなかったら、僕のこと殺す気でした?」
「はい。理不尽と思われるかもしれませんけど、『土蜘蛛は危険』という教えには逆らえませんので」
「なんで、五大宗家は『土蜘蛛』を敵視してるんですか?」
「私にはなんとも。ですが、姫島にせよ、百鬼にせよ、真羅にせよ勘当されたとしても、絶対に教わる『日本の癌』のような存在。それが、私が教わった『土蜘蛛』というものですわ」
「『日本の癌』……か」
僕らが話している後ろで、『YOU LOOSE』とデカデカと画面に表示される格闘ゲーム。空気を読んでか、リアス先輩と話していたミッテルトは、部屋の戸を開いて、じっと覗き込んでいた。
僕はそれを確認すると、鉄の糸で作った短剣を消す。
「そんなところで、盗み聞きをする必要はないですよ。堕天使」
「入れってことっすか? うちとしては、露骨に敵意むき出しの人たちの領域に、足を踏み入れたくないんすけど」
「ミッテルトの安全は僕が確保するから、気にしなくてもいいよ」
「あら、あなたが私に勝てるとお思いで?」
「同格より、格上相手にする方がなれてますし、僕、こういった屋内の方が向いてるんですよ。僕の神器のこと知ってるなら、理解できますよね?」
「被害がでないように、結界を張れば関係ないんですよ。あなたにはわからないかもしれませんが」
僕と姫島先輩が睨みあっていると、『パンッ』と乾いた音が部屋に響く。
「朱乃。その子への攻撃は禁止したはずよ。海樹も、露骨に敵意を向けないの。あなたのことは詳しく知らないけれど、今は二人とも私の眷属、仲間よ。仲良くしろとまでは言わないけれど、眷属内で争わないで」
リアス先輩が僕らの間に割ってはいると、敵意とは違う怒りを宿した瞳で睨んでくると、同じ雰囲気のまま、姫島先輩の方を向く。
「朱乃。私いったわよね? あなたがお母様の教えを大切にしたいのはわかる。けど、仲間になった以上は、多少我慢て交流しなさいって」
「ですが」
「それに、海樹に手を出したら、私はあなたをはぐれ悪魔として認定する、とも言ったわよね? そのこと、忘れてない?」
「…………」
姫島先輩が黙ると、リアス先輩は僕の方を向く。
「海樹も。交流がないからって、最初から敵意をむき出しにするのは、やめてちょうだい。朱乃としても、最初から敵対しようと思って、関わりにいったわけではなかったでしょう?」
「それは……」
「あなたの経験からのものかもしれないけど、あなたは私の眷属であり、朱乃もあなたの仲間なの。仲間内で争いが起きるようなことは、やめてくれないかしら?」
「でも、僕は!」
「でもも、なにもないわ。私としては、眷属同士が仲良くしてくれるのが一番。けれど、それ以上にあなたと五大宗家は確執があって、朱乃みたいに追放された身でも、根深いものがあるって理解しているわ。だから、もし眷属間で争うなら、命を奪い合うような危険なもの以外にしてちょうだい」
「…………」
リアス先輩の剣幕に、僕はなにも言えなくなった。それだけ、姫島先輩のことが大切だと理解したから。
僕自身、悪魔になった自覚は薄いし、リアス先輩の眷属になったという自覚も少ない……というか、全くない。
おそらく、姫島先輩にはだして、僕には出さなかった『追放』するという選択肢がないのは、この忠誠心のなさから、無意味と判断しているからだろう。
「海樹、うちの視点で見るとどっちが悪いとかは言えないっすけど、基本おちゃらけてる方が海樹らしくっていいっすよ?」
「それは……」
「うちからしてみたら、どうでもいい問題なんすよ。ってか、そもそも、姫島と土蜘蛛の確執なんて知ったこっちゃないっす。海樹の飯が不味くなるなら、今のうちに解消しとけっす」
「それに、同じクラスの百鬼くんとは仲良いじゃない。なんで、朱乃にはそんな冷たいのかしら?」
怒っている雰囲気を消し、リアス先輩が尋ねてくる。姫島先輩としても、気になるのか、まだ少し怖い雰囲気があるが、じっと黙って聞こうとしていた。
「僕の両親を殺したのが、姫島の離反者だったんです。姫島先輩に当たるのは違いますけど、どうしても意識として根強く残ってるんです」
「あー、小学生の頃から五大宗家に狙われてるんすよね? まー、海樹を殺しに来たうちがいうのはなんっすけど」
「命令なんだっけ? 今だと堕天使側の討伐指令は撤回されて、ミッテルトが僕の監視役になってるんだよね?」
僕のおかれた現状をミッテルトと話していると、リアス先輩と姫島先輩は、苦笑いをこぼしていた。
「まあ、僕の話はどうでもいいんです。それより、姫島先輩」
「は、はい」
僕はソファーから立ち上がり、姫島先輩のもとへ歩み寄って、真正面から姫島先輩を見据える。
「ごめんなさい。いくら、僕が五大宗家が嫌いとはいえ、敵意とかなかったのに、態度悪くして、姫島先輩に危害を加えようとしたこと、反省してます」
「い、いえ。そんな、私こそ……」
「いや、朱乃は謝らなくてもいいんじゃないっすか? 海樹が悪いんすし」
「堕天使には、名前呼ばれたくないのだけど」
「こっちは、こっちで確執があるんすか……めんどくさいっす。(まあ、バラキエルさま関係だと思うっすけど)」
あー、うん。たぶん、拗れた原因の一パーセントくらいはミッテルトが持ってるな。
そして、僕と姫島先輩は大いに相性が悪いこともわかった。五大宗家そのものと確執があり、堕天使と仲のいい僕、堕天使そのものと確執があり、五大宗家に関連する姫島先輩。仕方ないね。うん。
ということで……
「ミッテルトとの話は終わったんですか?」
僕はリアス先輩がどんな用事できたのかわからなかったけど、ミッテルトと話が終わったから僕らの間に入ってきたのだろうリアス先輩に一応、尋ねてみる。
「えぇ。堕天使がまだ、この町にいる理由を尋ねたかったのだけど、明確な返答がもらえて助かったわ」
「うちはなにもいってないっすよ? そっちが勝手に判断しただけっす」
「そう。けど、その時が来ないことを祈っているわ」
「誰に祈るんだか」
「そうね。魔王さまにでも祈っておこうかしら」
ふふふ、と女同士のにらみ合いに、ブルッと肩を震わせる僕に、クスッと笑みをこぼす姫島先輩。何事もない、平凡な幕切れに、僕はどことない安心感を覚えていた。