MAGICA GEAR EDIT 作:ローランゲート・ぺろぺろ丸
魔法少女の可能性という意味では、彼女の発想は役に立つ。それを応用した彼の技術は、まさに不死身の兵器として世に放たれるだろう。
さぁ、芽を摘もう。
12話
2011.10.01
最初に動き出したのは佐倉杏子だった。窓のカーテンを閉め、視界を遮る。
ソファーに座っている花火も状況を理解し、杏子の動きを確認して扉の方へ向かう。
巴マミは、未だに放心状態から抜け出せてはいなかった。
「先輩っ!」
花火が慌ててマミに駆け寄る。目は開いているし意識もあるようだ。しかし、事態に追いつけていない。
マミは魔法少女だ。魔女を追う過程で、魔女に命を奪われた人たちを見てきている。
それなりに悲惨な死に方をしている人もいた。
しかし、本当の意味での人殺しの現場に立ち会った事がない。
「ぁ…。」
「先輩っ、しっかり!逃げます、いいですね!?」
両手でマミの顔を抑え自分の顔へと向かせる。マミの瞳に花火が映り数秒。瞬きをしたマミの意識が戻る。
「っ…!ご、ごめんなさいっ。」
「動揺もわかりますっ。とにかくいまは逃げましょう。」
「オイッ!さっさと行こうぜっ。」
扉から外を見ていた杏子の声に、マミも立ち上がる。急いで廊下に飛び出し、出入り口へと走り出した。
病院の患者や看護師達が何人もいる。当然だ。まだ昼間と言える時間。夕方にもなっていない休日の病院は、それなりの人が歩いている。
廊下を曲がった時、悲鳴が聞こえた。恐らく、矢崎の遺体を見た者がいるのだろう。
「マズいなっ。あの感じだと待ち伏せされてたっ!」
「チクショウ!アタシ達の動きが読まれてたってのか!?」
「矢崎先生を呼び出したのは恐らくベルトラインだっ。何の意味があったのかは知らんが、今回の目的はあの人を消す事!」
「私達がここに来るなら、一緒に始末しようって事ねっ!」
3人の中で、これから対峙する組織への危険性が上がる。当然だ。
こんな昼間から、人の多い病院なんて施設に、何の躊躇もなく攻撃を仕掛けるなんてあり得ない。
頭のネジが2、3個無くなったかのような行動に、容赦が無いことへの焦りが生まれる。
背後から、悲鳴が上がった。
杏子は、今度は何だと走りながら後ろを振り返りーーー魔法少女へと変身した。
遅れて花火が振り返った時に見えたのは、オレンジの紐のようなモノと、それを切り落とす赤の槍だった。
「あー、残念だなぁ。もう少しで手に入ったのに…。」
花火が見た紐の続く場所には、1人の【女性】が立っている。妙に機械チックな甲手の様なモノから伸びた紐は、意思を持つかの様に廊下内でユラユラと揺らめいている。
よく見れば、槍が切断したであろう紐の先には15センチほどの細長い針が付いていた。
廊下には、人が複数倒れている。そのどれもが、首に空いた穴から血を流していた。
つまり、その針に刺されたのだろう。
「どーも。ハナビ・マツリくん。二度目ましてだねっ♡」
女性が近づいてくる。その見た目には覚えがあった。
オレンジのオールバックボブ。美しい顔。モデルの様な体型。
以前、さやかとマミに絡んでいた女性だった。
今回はスーツではなく、身体の線がよくわかる黒のスニーキングスーツを着ている。
窓からの光で、髪色より少し濃い色のしたキャロットオレンジのイヤリングが輝いた。
嫌でも理解できる。あれは、敵の魔法少女だ。
しかし、その女性に覚えがあるはずのマミは、何処か混乱した様に叫んだ。
「あ、貴方は男性の筈よ!どうして魔法少女になれるのっ!?」
「男の魔法少女なんざ今まで見たことないぜっ。一体どうなってやがる!?」
それに同意するかの様に吐き捨てた杏子の言葉に、花火は困惑する。
花火の前には、【女性】しかいない。間違いなく、【男性】ではないはずなのだ。
だが、2人には目の前の人物が【女性】に見えている。
「どう、いうことだよ…っ!?」
「あー。ボクは間違いなく男さ。間違ってるのは君なんだよ。ハナビくん。」
【女性】が指を鳴らす。すると、倒れていた人がまるで糸に釣り上げられた人形の様に起き上がった。
その目には生気は宿っていない。口を半開きにしている姿は、まるでゾンビの様だ。
「ボクは君と同じ、女を喰う事を目的とする男だよ。」
「やめろ…っ。周りの人間は関係ないはずだろっ!」
「いーんだよ。ボクはそれが許される。だって男なんだから。」
廊下に整列した人たちは、次の指令を待つかの様に動かない。肉の盾を前に、花火は後ずさる。
「ボクは【リトライ】。よろしくね♡」
「ベルトラインのメンバーか…っ。矢崎先生を殺したのは何故だっ。」
「ボクらのボスの命令だよ。それよりも、ずっと言いたかったんだよ。ボクを女と言った君に。」
瞬間、蠢く泥が身体に纏わり付くような怖気が花火を襲う。杏子やマミには変化がないところを見ると、花火だけがそれを感じているようだ。
思わず、両腕で身体を抱きしめた。
「花火っ!?」
そのまま崩れそうになる花火の身体を杏子が支えた。突然の花火の変化に、京子とマミはリトライを睨む。
「テメェ!花火に何しやがったっ!?」
「何もしてないよぅ。するのはこれから♡。ボクを女だなんて言った彼には、いっぱいお仕置きしてあげないといけないんだ。だから…。」
どけ、メスガキ。
もう一度指がスナップする。その瞬間、操られた人たちが花火達に向かって走り出した。
「くそっ…!走るぞマミ!」
杏子は花火を担ぎ、襲いかかる人とは反対方向へ走り出す。マミもその後に続いた。
廊下を走り抜け、出入り口の受付までたどり着いた。そこには、まだ正気のままの人たちがいる。
急に現れた杏子達を見て周りがざわめき経つが、それを気にしている余裕はない。
「邪魔だぁ!」
走りながら叫ぶ杏子。彼女が持つ槍を見て、危険だと判断した周囲の人間は、悲鳴を上げながらも道をあける。
何とか外に飛び出し、病院の敷地外へと向かう。
「オイッ、花火!いい加減起きろっ!」
「…ぁ?……っ!すまん…っ」
意識を失っていた事に気付いた花火が、何とか自分の足で走る。
ポケットから携帯電話を取り出し、ハルへと電話をかけ始めた。
「早く、早く早く早く…っ!」
『ーーーもしもし、ハナビかい?』
繋がった。
ハルの声が聞こえた瞬間、花火は電話口に叫ぶ。
「オタコン、やられた!待ち伏せだっ。矢崎茂雄は殺されたし、病院は敵の魔法少女が襲撃してきて被害もでてるっ!」
『な、なんだって…っ!?君達は無事なのかい!?』
「俺達は問題ないっ。だが、この付近に敵がどれくらいいるのかもわからんっ。」
単純な準備不足、といえるだろう。
矢崎は狙撃されている。それは、この辺りの地理を把握しているからこそ出来る事でもある。
気付かれない位置、適した角度、距離、非常時の逃走経路。
素人が思い付くだけでもこれくらいの準備がいる筈だ。プロなら、もっと細かい所も把握しているはず。
なら、この病院の周辺は既に囲まれていると考えるべきだ。
更に、事態は悪化する。
花火の前を走っていた杏子とマミが急に止まった。ぶつからないように花火も慌てて走るのをやめる。
足を止めている場合ではないと声を上げようとしてーーー前方の光景に絶句した。
「ァ…ァア…!」
それは、絞り出したような低い掠れた声だった。発生源は花火達の眼前にいる人達だ。
先ほど廊下で見た操られた人と同じ様な動きをする人間が、病院のゲートに溢れている。
見ただけでも20人以上。奥にいる人数も含めれば50は超えるだろう…。誰も通さないとばかりに蠢くそれに、3人は明確な絶望感を味わっていた。
「…そ、んな…っ。」
「…俺達が病院に来てから、まだ1時間も経ってない。何処かから情報が漏れてたってのか…っ!」
この中を突っ切ってゲートを抜けるには、操られた人達を倒すか殺すしかない。彼らを無傷のままどうにか出来るとは、思えなかった。
マミも花火も、その選択肢を取れない。
失う事を恐れ続けている2人には、これを打開する策がなかった。
「…やるぞ。」
「っ!?だ、ダメよ佐倉さんっ。彼らは何の関係もない一般人よ!」
「だからってこのままじゃアタシ達が殺されるっ!それぐらいわかんだろうが!」
杏子だけは、動く事を決意した。今は見えないが、後ろからこの惨状の下手人が近づいてくるだろう。ロビーにいた人間も、今頃はこの奴隷達の仲間入りを果たしているはずだ。
逃げる場所は何処にもない。リトライを倒すにしろ、逃げるにしろ、どう足掻いたところで彼らに武器を向ける事になるのだ。
「マミッ!あの野郎をどうにかするにしても、コイツらは襲ってくるっ。どっちも同じなんだよっ!」
「それはっ…でも…っ!」
「先輩、やりましょう…。」
杏子の言葉が理解できるからこそ、その選択をとる事に未だ揺らぐマミ。そんな彼女に、花火は賛成を促した。
マミは、信じられないといった顔で花火を見た。
「祭、君…っ。」
「このままじゃここの人達に殺される。そうなったら、誰にも止められないまま、核が撃たれます。数字で命の優劣をつけるのは嫌ですが、規模はこの人数じゃ収まりません。」
逃げる事が出来なければ、被害は確実に増える。核による死者だけではない。それを期に、各所で争いが起こる。戦争は、人の命を奪い続けるだろう。
だからこそ、この場は何としても乗り切らなければならない。
「先輩を巻き込んだのは、俺です。後でどんな事でもします。だから…お願いします。
死なせない方法で突破しましょう。」
頭を下げる後輩の頼みに、先輩は言葉を失う。
この状態で、生か死か、どちらかを選ばなければならない状況で…。
杏子は割り切った。
マミは選べなかった。
しかし、花火は無謀を選択した。
「なっ!?バカ言ってんじゃねぇよ花火!加減してどうにかなる数じゃねぇのは」
「わかる。だから手加減はしない。」
「はぁ!?どうしたいんだよお前はっ!」
内容がわからない杏子からすれば、花火の言っている事は妄想でしかない。
全力でやるなら彼らは死ぬ。
手加減すれば押し切られる。
だからこそ、花火は2人を頼る。
「先輩…貴方のリボンで、彼らを拘束できますか?」
「え、えぇ…」
「なら、5人ほどを纏めて拘束してください。頭から足先まで。空気を吸う為に口元は残して、ミイラみたいに。佐倉。」
「一体何するつもりなんだよ?」
杏子の疑問に、花火は口端を上げる。
「槍投げだ。」
☆☆☆☆
病院内は、数分前とは違い静寂に包まれている。
始まりは唐突なものだ。
少年少女が部屋から飛び出してきた。逃げ去る彼らが開けっ放しにしていた扉の奥には、初老の男性の遺体が転がっている。
テーブルは血と肉が撒き散らされ、頭部は吹き飛んでいる。
辛うじて残った下顎には、砕けて細かくなったシワの多いゼリーがバランス良く乗っていた。
それを見た男性は、健康診断で使う検尿カップを落とす。中身は無かったが、それが幸いだと考える余裕もなかった。
悲鳴と共に、日常が非日常に変わる。
その場で腰が抜けてしまった彼を心配した善意ある人達は、必然的にドアに集う。
その光景を見た彼らは、それぞれが同じ様に声を上げるーーーことはなかった。
花火達が逃げていった反対側の廊下から、先端に長く細い針の付いたコードが、まるで生き物の様な動きをしながら彼らの首を刺し貫く。
突然の痛みに声が出ない。何が起きたのかもわからないまま、彼らは肉の人形と化していった。
「…コイツで最後、と。」
受付部屋の奥で、リトライは足元の女性から針を抜いた。逃げ出した奴隷候補達を操るために、予め奴隷にしておいた者達を使って拘束していたが、中々に時間がかかった。
どいつもこいつも無様に逃げる様子には笑えたが、此処までしつこいと流石に飽きが来る。
「さて…ハナビくんとその他2匹も、そろそろ観念した頃かな?」
出入り口へと目を向け、外のゲートで足止めされているであろう3人に意識を向ける。
2人はどうでもいい。彼女にとって重要なのは、自分を【女性】だと言った少年のことだけだ。
「インキュベーターの仕事は甘いなぁ。まぁ、男になりたいって願った訳じゃないからね。でも…
殺さなきゃ。」
魔法少女になる為の願いの力で、彼女は自分を【男性】に見せる事ができる。
大体の人間は、その力で彼女を【男性】として認識するが、ごく稀にいるのだ。その枠からはみ出た人間が…。
リトライはそれを許さない。それがどんな人間であれ関係ない。そんな存在は、どんな理由があろうとも殺してしまわなければ落ち着かない。
リトライは出入り口に向かい歩を進める。
その背後には、その腕の装備で作り出した奴隷達を引き連れて。
所詮は子供。殺す事に躊躇して身動きはとれないだろう。
この数で囲めば、拘束も容易い。
そんな考えは、外に出た途端に消え去った。
「…へぇ。」
出入り口付近には、黄色のリボンで拘束された奴隷が吊り下がっている。彼らを宙吊りにしているのは、リボンに結ばれた赤い槍だ。
赤い槍が消え、拘束された奴隷が地面に落ちる。呻き声が聞こえるが、傷を負った様子はない。
どうやら、このリボンが衝撃の吸収と怪我の治療を行なっているのだろう。
ゲート付近に配置していた奴隷の全てが、今はこの出入り口にいる。
つまり、逃げられたのだ。小賢しいガキ共に…。
オレンジのイヤリングに触れる。イヤリングは怪しく輝き、なにかを伝えるかの様に点滅を繰り返す。
「…うん、頼むよ。」
イヤリングから指を離せば、点滅も消える。魔法少女の能力の一つ。特定の誰かとの念話を終え、リトライは指を鳴らした。
途端、奴隷達は解放される。
糸が切れた様に倒れる人々は、崩れ落ちたまま動く気配はない。
役目を終えた人形を放置したまま、リトライはゲートへと進む。
その顔は、まるで能面を被った様に色はない。何も映さない深淵の様な瞳の奥には、ただ1人の少年の背を記憶し続けているのだろうか。
逃がさない。
狂うオレンジの『女』は、獲物を狩る為動き出す。
☆☆☆☆
人通りの無い路地裏を、3人は走り続ける。杏子とマミは、魔法少女の身体能力を発揮しており、そのスピードは常人を軽く超えている。花火も、先程2人が魔法を使った際に溜まった穢れを吸収して、それをエネルギーになんとか追従していた。
「ホント、上手くいくもんだなっ。」
「えぇっ。アレなら、十分時間も稼げるわっ…!」
「所詮時間稼ぎだ…っ。それに、さっきのでアイツらが形振り構わないって事も、わかったしなっ!」
それなりに大きな病院だ。人の行き交いも多い。なのにも関わらず、リトライは躊躇なく暴れ回っていた。
つまり、此方を消す為ならあの程度の犠牲は厭わないという事だ。
病院内にいた人間と外に居た人間。合わせれば100人程はいるだろう。それを当然のように傷つけられるというならば、花火達に使える手段は少なくなる。
「オタコンッ!俺達はどうすればいい!?」
『まずはとにかく病院から離れるんだっ。僕も今そっちに向かっている!』
指示通りに動く為、強くアスファルトを蹴る。しかし、焦りは少しも引く事はない。
花火の家から此処まで、電車でも1時間半はかかる。車でなら、道路の混み具合では2時間程は見積もるべきだろう。
つまり、このまま2時間は此処で追手を躱さなければならない。
「っ…どうする…どうすれば…!」
「…っ!?花火ぃ!」
突然、前を走っていた杏子が花火を押し飛ばした。彼女を抱きしめる様な形で、花火は後方に飛び仰向けに倒れる。
持っていた携帯電話は、花火の手から離れ転がっていく。
瞬間、轟音。
慌てて正面を見た。そこには、赤紫のスニーキングスーツの要所に防具の付いた、バトルスーツに近い装備の女性がいた。
手に持った分厚い両刃の剣は、アスファルトに刺さり地面に亀裂を作っている。
褐色の肌にドレッドヘアー。鋭い青の瞳が、花火の青灰色の瞳と交差する。
奥にいるマミも、杏子の行動から察して距離を置き、今はマスケット銃を構えている。
杏子と共に花火も立ち上がり、杏子は槍を、花火はスネークから渡された銃を構えた。
杏子が褐色の女性を睨みながら吐き捨てる。
「くっそ…!テメェもさっきの奴の仲間かよっ!?」
「…仲間を増やしたか、ハナビ・マツリ。」
「っ!お前は…っ!やっぱり俺の事を知っているのか!?」
花火の言葉の意味は、決して自分の過去が知られている、という事ではない。
花火がループをしている事を知っている可能性がある、という事。
初めて会った時、褐色の女性は花火にこう言った。
『私を知らないか…なら、精々3度目か4度目と言ったところか?』
あの時、明確な答えはくれなかったが、今回はどうも違うらしい。
心底幻滅した様なあの時の表情とは違い、今度はほんの少し驚いた様な表情を見せた。
「ほう…。どうやら、少しは知識をつけたか。喜ばしい事だ…。」
だが、足りんな。
立ち上がり、剣が地面から抜かれる。
真正面から対峙している杏子はこの時点で理解していた。
勝てない。
それは、単純な実力差だけではない。
マミと挟み撃ちの形になっているのに、ぶつかればそれが仇となる事がわかってしまう。
獲物の長さは杏子の方が長いのに、その有利をモノに出来ないのがわかってしまう。
生きる為に凡ゆる手段を使ってきた経験があるが、それを総動員しても足りない事がわかってしまう。
命を捨てても、届かない事がわかってしまう。
佐倉杏子は巴マミとは違い、魔法少女との戦いに慣れている。
巴マミは有名だ。魔法少女としての実力も、考え方も。
だからこそ、見滝原に魔法少女が攻め込む事はあまりない。実力差がある相手に、早々手は出せないから。
その為、巴マミはあまり魔法少女との戦闘経験がない。
といっても、それは決して弱いからではないのだ。
その点、佐倉杏子は戦闘経験が多い。
巴マミより実力は下だと考えた魔法少女が、彼女の縄張りである風見野を狙いに来るために。
そんな魔法少女を、杏子は何度も追い払ってきた。
時には複数で囲まれた事もあるが、それでも勝者は杏子だった。
その経験が、目の前の女性に対し警告する。
逃げろ、と。
思わず笑ってしまう。何を馬鹿な…。
退路を塞がれ、マミと分断され、後ろには花火がいる。
花火は確かに強くなった。魔女はともかく、人間大の使い魔程度なら問題なく善戦出来るだろう。
だが、今回は相手が悪すぎる。
全てにおいて、杏子より上の相手に、足手纏いがいるこの状況では勝負にすらならない。
冷静に、冷静に。
杏子はエラーを唱える脳をフル稼働させ、勝つための手段を構築する。
「…警告だ。」
それは、マミと杏子にかけられた言葉である事を、2人は理解した。
マミは普段とは違い、マスケット銃を両手で構える。杏子も、槍を強く握る。
そして、続く言葉に顔を強張らせる。
「ハナビ・マツリを置いていけ。1人の命で、2人を逃そう。」
淡々と告げられた言葉に、杏子は舌打ちをした。
ホッとしたのだ。これで驚異は免れると。
自分より弱い人間を切り捨てるだけで、命は助かるのだと。
今まで、そうしてきた。
使い魔に人を襲わせて、魔女になってから狩っていた。
そうだ、いつもの事さ。
それが、今はあまりにも腹立たしく思った。
マミの心には恐怖が襲った。
冷静に努めようと頑張るが、女性の言葉が頭を巡る。
祭花火は、巴マミの初めての後輩で、友達だ。
魔女という非日常の中を生きてきた彼女にとって、平和で穏やかな生活の一部だ。
彼と共に過ごす屋上でのひと時は、間違いなくマミの宝物だろう。
それが今、目の前で奪われようとしている。
勇気を振り絞って声をかけた。彼にとって頼れる先輩となれた。楽しく談笑できるお友達になれた。
マミは、自分の日常にヒビが入る音を聞いた。
ダメ。それは、それだけはダメ…!
花火を見捨てる事など、マミにはできない。
選択肢として上がることすらないのに。
そんな2人の葛藤に気付かぬまま、花火は女性に声をかける。
「…俺が、お前達と行けば…2人は助かるのか?」
「「っ!?」」
花火もまた、この選択肢に悩んでいた。
2人が動かないところを見るに、女性の実力は高い。
下手に動けば、マミと杏子の隙になる事は想像できた。
花火と2人の間の実力差を、花火は嫌でも理解している。
なら、この場で生かすべきは2人だろう。その答えを、花火は導き出してしまう。
繰り返すループの中で、花火は少しずつ変わっていった。
無知な皮肉屋の彼は、美樹さやかの死により失われる命に恐怖した。
恐怖を理解した彼は、鹿目まどかに届かないその手に後悔した。
後悔ない様協力を望んだ彼は、佐倉杏子の共闘に安堵した。
しかし、志筑仁美が危惧したそれ…。自分の命への執着の無さは、まだ変わってはいなかった。
「…約束しよう。」
「…佐倉、先輩を頼む。」
杏子の横を通り過ぎる際、聞こえた言葉。
それに、返事を返す事すら出来なかった。
ゆっくりと縮まる花火と女性の距離を、杏子はただ見ている事しかできない。
わかっている、コレしかない。
次善だろう。1人を犠牲にするのだ。
だが、最善は無理だ。
花火と女性の距離が、剣が当たる所まで近づいた。
杏子は、振り上げられるであろう腕を想像し、その瞬間に駆け出そうと身構える。
そのタイミングなら、多少の怪我をしても抜け出せると信じて。
「…及第点はやれんが、補修は免れたな。」
女性の腕がゆっくり持ち上がる。半分まで差し掛かった所でーーー銃声。女性は背後に剣を振り抜いた。
「…せ、先輩?」
銃口から煙が上がる。使い終わったマスケット銃を捨て、新たに2つのマスケット銃を両手で構える巴マミがいた。
俯いた彼女の表情は、前髪で影ができて伺う事が出来ない。
「…何故だ?このまま戦えば負けるのは其方だぞ?」
「何故?決まってるでしょ…ダメだからよ。」
女性の言葉に、マミは答える。
「ダメなの。彼だけはダメ。彼は私の大事なお友達なの。すごく、すごく大事なのよ。それを、奪う?ダメに決まってるじゃない。」
繰り返す言葉に、花火は違和感を感じた。
彼の知る巴マミは、理性的な女性だ。それに話し方も気を使っているのか、丁寧な言い回しを心掛けている。
しかし、今の彼女にはそれがない。
まるで、子供の癇癪のようなイメージだ。
「…っ!?おい、佐倉っ!?」
杏子は、この瞬間を見逃さない。
花火に近づき、腰に腕をまわす。服を掴み、そのまま飛び上がろうと膝を曲げる。
突然の事に花火は戸惑い、声を上げる。
その声に反応した女性が動こうとすれば、銃声が聞こえ弾が迫る。
額と心臓。的確に急所を狙うソレを切り払っているうちに、杏子は飛び上がった。
ビルの壁を蹴り屋上にあがる。そのまま、全力でその場から走り去っていく。
ビルの屋上へと目を向けていた女性は、ゆっくり標的をマミに変えた。
彼らを追うには、目の前の魔法少女をどうにかする必要がある。
「…後悔は、ないな?」
「そっちこそ。私から彼を奪おうとしたんだもの、容赦しないわ。」
マミが顔を上げる。その色は濁っている、といえばいいのだろうか。
凛とした中にある可愛らしさは消え、冷たさと妖しさの入り混じった美しさを印象させるような、そんな微笑みを携えていた。
もし、この邪魔者を殺してしまえば、彼は喜んでくれるかしら?いえ…きっと最初に私の身を案じてくれるのでしょうね。
その想像が、マミを昂らせる。
タガの外れた今の彼女に、持ち合わせていた正義感は消え去った。
今ここにいるのは、殻を破った魔性だ。
「結構。切り捨てよう。」
「終わった後、いっぱい褒めてもらわなくちゃ…っ!」
☆☆☆☆
美樹さやかは困惑していた。
あの日花火達と離れてから、まどかと共に行動する事が多くなった。
少し寂しげだったまどかに謝罪して、魔法少女の事を知る前のように、放課後の街を歩く。
時折、花火の事をまどかに聞かれる。「どうしても教えてくれないの?」なんて悲しそうな目で此方を見るまどかに、心が締め付けられる。しかし、流石にコレは言えない。
魔法少女の事に関しては、まどかも多少は知っている。しかし、メタルギアの騒動には巻き込む訳にはいかない。単純に危険なのだ。
単体である魔女を倒すのとは違う。敵がいたとして、ソイツを倒したとしよう。なら、ソイツがいた組織は此方を敵視するだろう。
彼らを倒し切るまでにどれだけ時間が必要なのか。そもそも、倒し切る事が出来るのか。
そんな厄介事に、まどかは巻き込めない。
内心で花火に恨み言を呟きつつ、さやかはごまかす事にした。
そして、次の日。
いつも通りの日常に、一つの亀裂が走る。
その日の放課後、さやかは親友である志筑仁美に呼び出された。
人のいない学校の屋上。そこで、さやかは告げられる。
「私、上条さんをお慕いしていますの…。」
亀裂が入っても、歯車は止められない。
壊れながらも、ゆっくりと回り続ける。
その時は、もうすぐそこだ。
私の力不足の為、ほむほむの出番はまだまだ先です。