MAGICA GEAR EDIT   作:ローランゲート・ぺろぺろ丸

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ネタバレ14


リトライは、その破綻した精神性さえ目を瞑れば便利な駒となる。凶暴ではあるが、ラインさえ理解していれば従順だ。その能力の特性なのか、他者を操る術もいい。人材は有限のため、即席で人形を作れるのは便利だ。

代わりとしては十分すぎるだろう。


少女が1人。

14話

 

 

 

1998.07.22

 

 

何もない。

 

そんな暗闇の中で、男は自分が存在していることを認識していた。

それが、本当に自分自身なのかはわからない。何せ、手足の感覚は無いのだから。

ただ、そこにいる。それだけが、男にとって認識できる全てだった。

 

まだ頭の中で物事を考えることが出来る。それは男にとって驚くべき事だった。その驚愕の感情もまた、自身から発せられる事が不思議だった。

 

大した理由ではない。男は、先ほど死んだのだ。

間違いなく、心臓は止まった。いや、自分の心臓が止まったかどうかなどわからないが、とにかく死んだ筈なのだ。

 

自殺した。

 

自ら命を絶とうとした。だからこそ、今のこの状況は死んだのだと考えている。

だが、死後の世界とはこの様に物思いに更ける事が出来るものなのだろうか。いや、実際に今こうやって行えているのだ。なら、それが事実なのだろう。

 

辛い日々だった。

期待され、制限され、救われ、脅され、奪われ、疑われ、捨てられ、裏切られた。

 

最期も惨めなモノだったが、もうどうでも良くなった。

いつまで意識があるのか分からないが、それまでこの浮遊感を堪能するのも良いのかもしれない。

 

…本当に?

 

男の耳に、声が聞こえた気がした。

耳があるかもわからない状況なのに、聞こえたと感じた事が可笑しかった。

男は答える。心の中で、その声に対し返事をする。

 

そんなわけがない。

全てを奪われたのだ。彼らは仲間だった。そう、思っていたんだ。だが、彼らは裏切った。自分から、僕から、全てを奪った。

 

許せるわけがない。

確かに、変わらない人間はいない。僕にだって、悪いところはあったかもしれない。だが、あの時まともだったのは僕だけだった。

その結果がこれなら、あまりにも酷い。

 

なら、見返そう。

 

声は続ける。しかし、無理だ。男はそれを伝える。

 

僕はもう死んだのだ。生きていない。それは、何も出来ないという事だ。

選んでしまった僕に、出来ることは…。

 

用意しよう。貴方に必要なモノを。

身体を与えよう。時間を与えよう。知識を与えよう。場所を、地位を、金を、希望を与えよう。

 

その声が女性のモノであることを理解できる程、男の耳はその機能を発揮していた。

今、男には身体の感覚がある。目蓋を閉じている事を理解できる。後は、呼吸だけだ。

男は、その声が誰なのか知りたくなった。

 

君は、一体…?

 

その質問に、声は少し笑った。そんな気がした。

 

まずは目覚めよう。博士。

そしてーーー

 

 

今度は貴方が【ボス】となるのだ。

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

2011.10.01

 

 

カチャリ。軽い金属のぶつかる音が聞こえた。銀色のトレイの上にハサミを置いて、ヘンリーは息を吐いた。

 

「終わったよ、ハナビ。」

「助かった。ありがとう。」

 

簡易ベッドに寝かされていた花火が、ヘンリーに礼を返す。額の傷口は思ったより大きいモノだったようで、ヘンリーの家に着いた途端ベッドに寝かされ、縫合する事となった。

部屋のドアの前には、杏子が陣取っている。ヘンリーが妙な動きをした途端、その手に持つ槍が振るわれる事がよくわかる。

 

「…さて、そろそろ質問してもいいか?」

「もちろん。私も、聞きたい事があったからネ。」

 

上半身を起こした花火に、裏表の無さそうな笑顔で答える。その裏に潜むモノが何なのか、花火の経験では読み取ることは出来なかった。

 

あの後ヘンリーの家に着いた2人は、それがどう見ても病院ではない事がわかった。

しかし、怪我の事もあった為一先ずは彼に着いていく事にした。

案内されたのは戸建ての小さな家。その奥にある部屋には、何故か簡易ベッドと医療器具が置かれている。しかし、この家が街の診療所にはとても見えない。

生活に必要最低限のモノしか置いていない室内は、確かに清潔にはされているだろう。しかし、来客用のスリッパが沢山あるわけでもなく、受付もない。待合室も、時間潰しのための本なんて物も、もちろんなかった。

 

「まず、アンタ何者なんだ?」

「さて…風見野で仕事をするサラリーマン、じゃダメかネ?」

「ダメだな。確かに、あの時間に東京方面にいることは普通だ。風見野で仕事をして、家に帰る。職種にもよるだろうが、辻褄は合ってる。」

「なら問題はないんじゃないかな?」

「アンタの家と風見野までのルート。それを踏まえて考えるなら、妙だ。なんたって、俺たちがいた場所は、そのルートには一切接しない。」

 

惚けるヘンリーに、順を追って説明をする。彼が本当にただのサラリーマンなら、暴走バスが止まった位置まで来る理由はない。

 

「野次馬根性かもよ?」

「お喋り好きのアンタだ。ネタにするには丁度いい騒動かもな。それにしては用意のいい事だ…消毒液だったか?」

「いつも持ち歩いている。紳士の嗜みさ。」

「怪しい紳士もいたもんだ。あの人混みの中で、良くピンポイントに俺たちを治療しに来たもんだ。他にも怪我している奴は沢山いた。」

「目がいいのさ。健康には気を使っていてネ。」

「オイ、いい加減にしろよ?」

 

花火とヘンリーの会話を、杏子が遮る。苛立ちを隠そうともせず、ヘンリーの首へと槍の先端を添えた。

ヘンリーは笑顔のまま、両手を上に上げている。

 

「アタシらはアンタとお喋りに来たんじゃねぇ。さっさと吐きなよ?」

「…ふぅ、もう少しクールにいこう。私にだって言い分があっても良いじゃないか?」

「確かに、佐倉の言う通りだ。ヘンリー、最後に1つ聞くぞ?

 

 

お前、佐倉の事を知ってたろ?」

 

ぴくり。ヘンリーの目蓋が揺れた気がした。

杏子から花火へと探る様な視線を向け、少しの沈黙の後、口を開く。

 

「どうして、そう思う?」

「初めて会った時、俺は佐倉の名字しか言わなかった。名前はもちろん。見た目の話もしていない。なのにも関わらず、アンタは決めつける様にこう言ったな?『ガールフレンド』って。」

「…それが、そこまで可笑しいかな?」

「アンタは以前に話した時の会話を良く引用する癖があるだろ?ランチとかディナーとか…。良くわかったよな…佐倉が、あの時俺が探していた奴だって。」

 

以前から、ヘンリーの登場はタイミングが良すぎた。まるで、こちらの動向を予見しているかの様に現れる。

最初の時も、今回も。明らかに困っていたところで助け舟を出す姿は、あまりにも出来すぎていた。

 

「もう一つあったな、携帯電話助かったよ。貸して欲しいと言った覚えは無いけどな。」

「…まいったネ。君の怪我に動揺して、バカなミスをしたようだ。」

 

ヘンリーの苦笑いと共に溢れた言葉に、花火は銃を構え突き付けた。

ヘンリーの背後には杏子がいる。この挟み撃ちの状態であれば、抵抗される事もないだろう。

 

「もう一度聞くぞ。アンタは何だ?」

「…OK。話すよ…。刃物を退けてもらえないかな?」

「そうもいかない。佐倉はともかく、俺は訓練を積んだ戦士じゃないんだ。」

 

銃を持つ手に力が加わる。変な動きをすれば、花火の意思とは関係なく弾は飛び出すだろう。2人の距離から考えて、弾が外れる可能性は低い。

 

ヘンリーは仕方ないとばかりに苦笑すると、すぐに真剣な表情になった。

 

「私はCIAのエージェントってヤツだよ。」

「…CIA…だと?」

「そう。私は、盗み出された最新核爆弾を追って日本に潜伏している。」

 

2010年5月。アメリカで極秘に開発された核爆弾が盗み出された。その存在は、現アメリカ大統領にすら情報が伝わっておらず、発覚したのは全てが終わった後だった。

 

「開発されたのは、以来の核兵器とは威力も目的も違う。」

「昔日本に落とされた原子爆弾から、核兵器が開発され続けてきたのは知ってる。」

「アメリカ、ロシア間での核兵器開発競争。リトル・ボーイの一件は、我々にとっても深く学ぶべき事があると教えてくれた。だが、争いを食い止める為には抑止力が必要だった。」

「責めちゃいない。俺たちは、それを後世に伝える世代だ。」

「そうか…、目的の話だったネ。今回の核爆弾…通称【ラビット】は、極限の小型化を成功させている。」

 

デイビー・クロケットという核兵器がある。

1961年にテイラーという人物が作り上げた世界最小の核兵器だ。核分裂の効率を態と落とす事で、小型化と威力の縮小に成功した。

それでも、撃たれてしまえば爆心から400m以内の人間は確実に死亡する。

何より、恐ろしいのはその重量だろう。リトル・ボーイの総重量が約5tに対し、デイビー・クロケットはW54と名付けられた弾頭のみで23kg。つまり、大人一人で持ち運べる程度の重さしかない。

 

「【ラビット】は、デイビー・クロケットの核分裂の効率を落とさないままに小型化出来ないかというバカげた夢物語から生まれた。しかし、デイビー・クロケットが作られた時代から既に50年…。技術の進歩は、それを完成させてしまう。」

「…規模は?」

「…大きさはスーツケース程。総重量15Kg。威力は…爆心から1.5km。」

 

杏子は花火の顔が青ざめるのを見て、それがどれ程無茶苦茶なモノなのかを理解した。

核兵器が恐ろしいのは、強い放射線による被曝や、火事などの二次災害だ。

リトル・ボーイの被害範囲が、約3Km。問題は、その威力よりも後の事。

500m内の人間はまず死ぬ。身体が残っていれば幸せだ。1km〜1.5km。この辺りにいる人間が、1番地獄だろう。放射線で身体は爛れ、家屋の下敷き、火災により火達磨…。

3Km範囲だと、倒壊を免れた建物もあるだろう。

それの約半分の威力の兵器が、誰でも持ち運べるよう小型化され、見滝原市の何処かにある。

 

「盗んだのはベルトラインか?」

「流石、良く知ってるネ。実行犯は3名。サクラ。そこのカバンの中に、ファイルがある。取ってくれないか?」

 

杏子はヘンリーから視線を外す事なく、ヘンリーのカバンを漁る。茶色のファイルを見つけると、それを取り出して中を開く。

中には複数枚の紙と、3枚の写真が入っている。

写真には、1枚につき1人の人間が写っている。周りの被害も顧みず追いかけ回してきたイカれた奴と、マミが足止めした褐色の女。もう1人はわからない。囚人が着る様な拘束服、と呼べば良いのか。そんな衣装に身を包んだ子供だった。

 

「3人の内、2人の詳細は確認できた。まず、リトライ。本名は【エルマ・フックス】、ドイツ人だネ。ベルトラインに所属したのは5年前だ。年齢は21。」

「病院で大暴れした奴だ。16から傭兵なのか?」

「いや…10歳の頃にはソマリアの内戦で少年兵だった事がわかっている。ドイツ人である彼が、どうやってそこに行き着いたのかは全くの不明だ。ただ、【リトライ】の名前は、そこでの活動で得たモノらしい。」

「…何をやった?」

「少年兵は、基本的に動く爆弾だ。要所で自爆する為の駒…そういった認識が強かった。周りの子供達が死んでいく中、任務を達成した上で帰ってくるのは彼だけだった。」

「死んだはずなのに、生きている…。」

「そう。だからもう一度といった意味合いを込めて【リトライ】と呼ばれていた。」

 

嫌な話を聞いた。つまり、杏子が見たリトライの最期は、最期でない可能性があるという事。普通は死ぬであろう現場から生きて戻ってくるのだ。もしかしたら、今回もあり得るかも知れない。

いや、まさか…。そんな楽観視が出来る程、花火に余裕はなかった。

 

「2人目は【ブラインド】と呼ばれている。歳は27。元は戦争孤児だ。」

「マミが足止めした奴か…。」

「どうやら、知っているみたいだネ。彼女は、ベルトラインの実質的リーダーの様な存在だ。」

「…そもそも、ベルトラインってどんな組織なんだ?」

 

花火の疑問は最もだろう。

今わかっているのは、ベルトラインというテロリストが核を持ち、メタルギアを所持し、自分達を敵視している事だけだ。

あまりにも情報が少なすぎる。

 

「なるほど。確かに、知らないと説明も難しいかな。だが…ハナビには辛い話になるかも知れない。」

「…まだ人生に絶望する程、長く生きちゃいない。教えてくれ。」

「…わかった。」

 

言い淀むヘンリーに、気遣いは無用だと伝える。今は、少しでも多くの情報が必要だ。

 

「【ベルトライン】は、元々湾岸戦争の時に奇襲を担当した部隊の名前だ。そこに所属していたヨゾラ・マツリが、民間軍事会社として立ち上げたのが始まりになる…。」

「…母さん、が?」

「そう。今から14年程前まで、彼女はCIAにいたんだ。何があったのか不明だが、彼女はCIAを去り、【ベルトライン】を作った。その時に彼女が拾ったのが、【ブラインド】になる。」

 

1997年。ヨゾラ・マツリ達【ベルトライン】は、数ある紛争に参加する。そこで成果を上げながら、根無草の傭兵達を勧誘し、その規模を大きくしていく。リトライもその1人なのだろう。

 

「今から6年前、ベルトラインからヨゾラ・マツリの名前が消えた。それ以来、会社の経営はブラインドが行なっていたようだ。」

「母さんが死んだのがその頃だ。」

「ブラインドに代わってから、ベルトラインの動きが静かになった。戦場に出る事も少なくなり、奴らの動きが掴めなくなった。」

「そして事件が起きた…と。」

 

ヨゾラ・マツリの情報は、その殆どがブラックボックス化されていた。ベルトライン発足の為に様々な伝手を利用したのだろうが、ヘンリーの権限ではそれを追う事が出来ない。

日本に潜伏しているという情報は、まさにクモの糸の様なモノだった。

 

「CIAに情報が入った。日本の見滝原市でベルトラインが潜んでいる…と。私は、その情報の有無を確かめる為に、提供者であるヤザキ氏の元へ向かったんだ。」

「矢崎…。そうか、だからあの人…。」

「彼の事も…?」

「アタシらはソイツの事を探る為に病院に行ったんだよ。そこで、リトライに襲われた。」

「…ヤザキ氏は死んだのか。」

「…頭を撃たれて即死だ。正直、思い出したくないな。」

 

花火は、ヘンリーに向けていた銃を下ろす。敵か味方かはわからないままだが、現状共通の相手がいる以上、争い合う意味はない。

杏子も向けていた槍を消し、壁にもたれかかる。それを確認してから、ヘンリーは両手を下ろした。

 

「どうやら、信用されたみたいだネ?」

「これ以上いがみあっても、ベルトラインが得をするだけだ。」

「アンタくらいならアタシがいつでもヤレる。」

「手厳しいネ。でも、その判断は悪くはないよ。」

 

同じ国にある組織でも、方針が違えばぶつかり合う事もある。なら、人種も立ち位置も違うなら争いが起きるのは当然といえるだろう。

例え共通の敵がいようとも、警戒して悪い事はない。

 

その後、花火達の元へハルが到着した。新たに分かった情報をハルへ伝えながら、ヘンリーを含めた4人は見滝原市へと向かう。

ハルが走らせる車の中で、ヘンリーはソワソワしながら車の中を見渡している。

車の外では、大きな水玉が地面にぶつかり跳ねている。どうやら、それなりの大雨のようだ。

 

「驚いた。まさか、あのエメリッヒ博士が味方にいるとは…なら、あの人もいるのかネ?」

「…スネークの事か?」

「そう!私は彼のファンでネ。あぁ、会えるなんて光栄だよ。」

 

CIAの捜査官である事でヘンリーの警戒度は上がったが、中身はお喋り好きの変人である事は変わらない様だ。良い大人が子供の様に興奮を隠せない姿は、花火をなんとも言えないゲンナリとした気持ちにさせた。

 

「ヘンリー…だったね?CIAからは他に人は派遣されていないのかい?」

「私だけです。今回の件、あまり公に出来る事ではないのでネ。」

「アメリカで盗まれた核が日本にあるなんて情報、誰もが飛びつくだろうね。」

「そんなもんか?ヤベェならもっと数を揃えた方が良いんじゃねぇか?」

 

杏子の疑問は間違いはないだろう。

一歩間違えればその被害は世界すら巻き込むだろう。少なくとも、第二次世界大戦終了からゆっくりと作り上げられた日本の平和は文字通り消し飛ぶ事となる。

しかし、それでも大っぴらに動く事ができない理由がある。

 

「佐倉、アメリカのイメージってどんなモノだ?」

「はぁ?あー…。デカい、強い…のか?国的には…。後は…威張っている?」

「ハハッ。まぁ、概ね間違いないネ。アメリカは歴史の浅い国だ。だから他国に攻め込まれない為の工夫が必要だったんだ。」

「常に喧嘩腰なのも、強気な発言も、全ては国を守る為の手段さ。若輩者だと侮られない為にもね。」

「なるほど…それで?」

「このイメージってのは重要なものだ。極端な話になるが、今のこの状況を最も悪いイメージで捉えるとどうなるか…。」

 

非核三原則。『持たず、作らず、持ちこまさず』といった内容だが、2009年に沖縄に核が持ち込まれた事がある。

当時大問題となった案件だが、今回よりかはマシだろう。何せ、軍が管理していたのだから。

 

「アメリカはテロリストに核を盗まれ、日本はまんまとその侵入を許した。国民からのバッシングは凄いだろうな。」

「国として、時には非情な選択をとる事もある。非難を承知でネ。だけど、今回は完全な失態だ。だからこそ、秘密裏に動かなきゃ行けないのさ。」

 

アメリカは世界の中心だ。だからこそ、崩れる様なことがあってはならない。

アメリカが崩れれば、アメリカが介入している戦争状況がひっくり返る。それは、戦火を更に広げる事となるだろう。

そうなれば、次に始まるのはトップ争いだ。誰が、世界情勢を握るか…。

今回ヘンリーに与えられた任務は、人知れず単独で核を盗んだテロリストを殲滅し、核を無傷で持ち帰る事。

それが、今の均衡を保つ唯一の手段なのだ。

 

「なんだそりゃ…。」

「あぁ、バカみたいな話だな。」

「それがこの世界さ。だからこそ、平和は愛しいんだ…。」

 

杏子の呟きに、説明をしていた花火も悪態をついた。それを、ヘンリーが拾い上げる。

人類は常に、平和という薄氷を踏みながら前へ進んでいる。一度割れてしまえば、その亀裂がどこまで広がるかはわからない。

 

その全てが、砕ける事もあり得るのだ。

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

上手いこと避けられたモノだ。暁美ほむらは、自分自身の危機対応能力を褒めた。

想定外の攻撃にも身体が反応してくれる程度には、戦闘という行為に馴染んでしまっているらしい。

それに、相手が美樹さやかなのが幸いした。魔法少女になってまだ間もない。戦闘経験の少ない彼女の攻撃は真っ直ぐで裏がない。目の前の脅威さえ対応してしまえば、それほど危険な相手ではない。

 

「ぐっ…!こ、んのぉ!!」

 

当たらない攻撃に苛立っているのか、それなりに小さく鋭かった攻撃が大振りになる。そこを狙い、ほむらはさやかの懐に潜り込む。胸の下辺り、鳩尾に肘を叩き込む。

動きを止めた隙に、身体を回しながら右側へ。その遠心力のまま身体を沈め足を回した。

バランスを崩したさやかは頭から地面に倒れる。ほむらは仰向けの彼女を跨ぎ、両腕を膝で押さえ込みながら銃を額へ向けた。

 

「っ…!」

「いい加減にして、私も暇じゃないの。」

 

ほむらの心境としては、怒りより呆れだ。いつもの事だが、美樹さやかは感情制御が下手だ。

例えるなら、ガラスで出来た刃物だろうか。些細な事で激昂する短気な性格は、鋭利なそのフォルムを見事に表している。そして、その心もまた、割れやすいガラスのようだ。

 

独りよがりで、思い込みが激しく、打たれ弱い。まさに、理想の魔法少女といったところだろう。

 

腕を動かそうと踠きながらも、ほむらを睨むさやか。そんな彼女に、諭すように伝える。

 

「もう一度言うわ。私には、時間がないの。余計な戦闘をして、無駄に弾を使うつもりもない…。」

「一体、何が言いたいってのよ…っ。」

「今ので、貴女達が協力的でない事もわかった。だから、邪魔しないで。祭花火に関しても、余計な事はせずにじっとしてもらいたいわね。」

「花火がどれだけ苦しんでるか…何にも知らないくせに…っ!」

 

頭が痛くなる。会話が通じないとはこの事だろう。

ほむらの目的は、鹿目まどかを魔法少女にさせない事。なら、そうなるような理由は極力排除しておきたい。

優しい彼女のことだ。花火に何かあれば、迷わず願いを叶えてしまうだろう。

それだけは、避けなければならないのに…。

 

「…はぁ。私が、彼に何かをしたのかしら?彼と関わった事なんて一度もないのだけれど…。」

 

事実だ。今回の時間軸で、彼と会話した記憶はない。まどかと仲が良かったから偶々記憶していたが、初めてほむらが転校してきた時から、彼は机に身体を預けて眠っている事が多かった。今回は、以前と違い学校を休みがちだが、その理由も魔法少女のいざこざに巻き込まれたからだろう。

普通の学生としてもほぼ関わっていない。魔法少女としては会った事もない。

少なくとも、恨まれる謂れはカケラもなかった。

 

「…ホントに、何も知らないっての…?」

「えぇ。迷惑をかけた記憶もないわ。」

「…そう。なら、教えてあげるわよ。」

 

さやかから力が抜ける。抵抗をやめた彼女は、それでもほむらを睨みつけていた。

今更仲良くする気もないが、睨まれる筋合いもないほむらからすれば、ただ不快であった。

 

「花火が言ってた。何度も時間をやり直してるって。」

 

そんな感情が驚愕に変わるには、それは十分な内容だった。

 

「…え?」

 

ほむらの口から漏れたのは、自分でも間抜けだと言えるほど抜けた声だった。

さやかの言葉の意味を理解するのに、余分だといえるほどには脳が回転した。

 

「詳しくは教えてくれないけど、回数が増える度に、何度も人が死んだって言ってた…っ。あいつは、それを阻止する為に必死になってる…。」

 

あり得ない。

それは、ほむらにとって当然の発想だった。

彼女の時間停止・逆行能力は、彼女しか使えない力だ。なのにも関わらず、祭花火は何度も時間逆行をしているとさやかは言う。

 

だとすれば、彼は経験したのだろうか。大切な人を何度も失う苦しみを…。救えない絶望を…。

 

「魔法少女の事を知って、時間を操れる奴がいる事がわかった…。ソイツを捕まえる為に、花火は今も戦っている。」

「…あり得ないわ。そんなの…っ。」

 

絞り出すような声だ。

それなら、花火をこの世界に巻き込んだ原因が、ほむらにあることになる。

まるで、まどかを巻き込んだキュウべぇのように。

 

終わりの見えない1ヶ月に、魔法少女の存在すら知らないまま繰り返す。

それは地獄だろう。気付けば、知り合いが死んでいる。原因もわからず、事故なのか、事件なのかもわからない。

そしてまた、1ヶ月が始まる。

 

あの時、ワルプルギスの元へ向かうまどかとほむらを止めに来た彼は、もしかすると何かを知っていたのだろうか?

使い魔達が見えていなかったようだから、戦うことを阻止しようとしていたわけではないだろう。しかし、まどかをあの場所から遠ざけようとはしていた。

街はとても、外を出歩けるような状況ではなかった。偶然、あの場所にたどり着いたとは考え難い。

 

もし、花火がほむらと同じように時間を繰り返していたとしたなら…。

まどかの最期は、必ずあの場所だった。死ぬ事を知らなかったとしても、それ以前にいなくなる事を知っていたなら…。

 

「…嘘よ、そんなこと。」

「ホントよ。花火は、あんたを探す為に魔法少女の手を借りたの。」

 

ほむらの目が泳ぐ。その動揺した姿に、さやかの怒りが少し和らいだ。そのおかげか、多少冷静になれた気がする。

どんな理由があるのかわからないが、ほむらは街を破壊しようとする魔女を倒す為に行動しているのはわかった。

花火を巻き込んだのも、決して意図的では無いことも…。

それでも、誰にも迷惑をかけていないと澄ました顔をされていたのは気に食わなかった。

 

「あんたの事情の全て。花火の前で話させてやる。せめて、謝罪の一つくらいしてもらわないと気が済まないわ。」

 

追い詰められているのは、間違いなく美樹さやかの方だろう。両腕を抑えられ、反撃は出来ず、銃口を突きつけられている。

しかし、その表情は正反対だった。

 

「それで、どうすんのよ?」

「…案内しなさい。祭花火の下へ。」

 

小さく、ほむらが呟く。

銃口が、さやかの額から外された。

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

ポツポツと降っていた雨が、土砂降り一歩手前になった。あの事故の影響でも、裏通りを人で満たす事はなかったようだ。

濡れた地面の水は、その量が増えていくにつれアスファルトを流れ溝へと行き着く。

その水の中に、薄く赤い液体が見えた。

 

それは、通りの中心から流れているようだ。赤い液体を追っていくにつれ、その色は濃くなる。

 

その液体が、血液である事がわかるほどに濃くなる場所には、1人の女が立っている。

女が見下ろす視線の先には、血溜まりに濡れた首の無い死体があった。

発育の良い身体をしているが、まだ学生ほどに若いのだろう。死体が着ている制服が、それが少女といえる年齢であると予想させる。

 

女の右手には、両刃の剣がある。血に濡れたそれは、降り注ぐ雨により徐々に綺麗になっていく。

左手には、頭を掴んでいた。恐らく、その身体から切り離されたモノだろう。その顔はまるで全てに絶望したかのように見える。力なく小さく開かれた口元からは、逆流した血が流れていた。

 

「…哀れだ。だからこそ

 

 

これは救いなのだ。」

 

女の独り言は、打ち付ける雨により遮られた。地面に首を置き、女はその場を去っていく。

 

残ったのは、凄惨な姿の少女が1人。

 

 

 




14万文字超えて魔女が殆どでないまどマギ小説があるらしい。(白目)

とりあえず、今回も週一更新できました。
一応原作リスペクトって事で、
『マミる』
置いときますね。

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