MAGICA GEAR EDIT 作:ローランゲート・ぺろぺろ丸
考慮すべきは、博士の行動だ。自尊心をくすぐってやる事で行動はさせたが、彼女が居なくなった際にどのように道を逸れるのか検討がつかない。
それでも、最終地点は変わらないが。
23話
2011.08.27
場所は東京。人通りの多い中、2人の男女が仲良く歩いている。
女は30代程だろうか。綺麗に分類されるその顔を喜色に染めながら、自分の腕を男の腕に絡ませている。
男の方は学生だろう。鋭い目付きで当たりを見回しているが、これは決して周りを警戒しているからではない。先ほどから隣で抱きついてくる女性の柔らかさや匂いから意識を逸らす為に気を紛らわせているだけだ。
つまり、恥ずかしがっているのである。
「いやー、まさか花火がデートに誘ってくれるなんてねぇ。」
「いや、そう言ったわけでは…」
「バァカ、男のくせに何モジモジしてんの。アレ、もしかして恥ずかしがってたりする?」
「…勘弁してください、詢子さん。」
詢子の言葉に、花火はすぐに白旗を上げた。ただでさえ頭が上がらないというのに、これ以上揶揄われればそれだけで今日一日の体力を持っていかれそうだ。
それでも、滅多に見られない様な面白い反応をする花火を見る事が出来て満足なのか、詢子は笑顔で拘束をやめた。
始まりは1週間前。
それなりに高い役職に就いている為、どうしても休みの取れない彼女に花火からメールがあった。
月に何度か家に戻る事を条件に一人暮らしを認めた為か、戻る前日には必ず連絡を入れる花火だが、昨日既に顔を出しに来ている。少し冷めたコーヒーを口に運びながら、メールの内容を確認する。
『付き合って下さい。』
思わず醜態を晒すところだった。恐らく、花火なりに色々と考えて簡潔に物事を伝えようとしたのだろうが、あまりにも端折りすぎである。
幸い、それなりに長く彼を見守ってきた詢子は、花火の要件がこの言葉通りでない事は理解できている。だからといって、養母にこの言葉を送るのは如何なものか。彼の悪い癖とも言えるだろう。
とにかく彼に詳しい内容を確認してやれば、来週に買い物に付き合って欲しいとのことだ。
まどかの誕生日に、何かプレゼントしてやりたいらしい。去年はタイミングが悪いのか、親知らずを抜いたせいで高熱と頭痛で潰れてしまっていたからだろう。今年こそは祝ってやりたいという強い気持ちが伝わってくる。
女の子にあげる物な為、女性である詢子へ連絡したとの事だ。既に、彼女の夫である知久にも連絡済みらしい。
娘の為に動いてくれる事に喜びながらも、詢子はその頼みに快諾した。既に彼を引き取って6年ほどだろうか。互いの心の壁は薄くはなってきたが、どうしても後一歩近づく事が出来ないでいた。
誰かが悪いというわけではない。
夫婦で相談して、彼を引き取った。
探り探りながらも、息子として彼と接してきた。彼も、それにちゃんと応えようとしてくれている。
贅沢をいえば『父さん、母さん』と呼んでもらいたいものだが、その辺りはまだ先になるかも知れない。彼が実の母を亡くしてから、まだ6年しか経っていないのだ。割り切ったつもりでいても、誤魔化すには短かすぎる。
今回の話はそんな薄くなっても消えない壁を少しでも剥がす良い機会だ。詢子としても、頼ってもらえる事は嬉しくもある。
そんなわけで2人は態々東京まで足を運んで、まどかの誕生日プレゼントを買いにきたのだ。冒頭のやりとりは、人妻に告白してきたバカな男の子に対するお仕置きの様なものだ。
待ち合わせをする事にしてデートっぽくしてやれば、普段からどこか大人の様に落ち着いた花火の緊張した面持ちで詢子を待つ新鮮な姿を見る事もできた。必死に否定するので落ち込んだ素振りを見せてやれば、もうしどろもどろだ。実に揶揄いがいのある少年である。
「それで、何にするか決まってるの?」
「いや、それが全く…。美味しいケーキとかにでもしようと思ったのですが、そういったセンスは知久さんの方が上でしょうし…。」
「ほー、花火は私が料理が出来ないとでも?」
「い、いえっ、そんなことは。」
「ぷっ、ジョーダンだよ。他には?」
「はぁ…。他には…あまり残る物はどうかなと思いまして…。」
「なんで?」
「いや、鹿目ももう中学生ですし、そういった目立つ物は変に噂されるかもと思いまして。アイツも誰かと付き合ったりとかした時に、それが原因で拗れたりとか…」
「気にすんな、無いから。」
「え、いや…。」
「無いから、絶対。」
思わずため息が出そうになった。いや、思いっきりため息をついてやった。
どうやら、花火には女心を理解するのは難しいらしい。ここまで気を支えるのなら、まどかの事もなんとなく察していても良いだろうに。
我が娘ながら、どうにも厄介な男に惚れたものだ。詢子は、なんともいえない微笑みを花火に向けた。
「とにかく、その辺りの気遣いはいらないから、花火が贈りたい物を買いな。」
「贈りたいもの、ですか…。」
「そう。親しい人からの贈り物ってのは、何だって嬉しいもんだよ。」
詢子の言葉に、花火は悩む。まどかが喜ぶ物を考慮するのではなく、花火がまどかにあげたい物を選ぶ。
言葉にすれば簡単だが、実際に考えてみると難しいものだ。どうしても、彼女が迷惑しない様な物を選ぼうとしてしまう。
真剣に頭を悩ませる花火を見て、詢子の心に温かな気持ちが溢れる。この少年はなんだかんだと歪な部分が多い。困った人を見かけると、彼は必ずその人を助けようとする。自分に出来る事があるならと、進んで他者の為に動いている。
だが、それが彼の本心かと言われれば、詢子は違うと断言できた。
彼の行動は、基本的に誰かの真似なのだ。それも、その人に対する憧れからのもの。
もちろん、そんな人間はいくらでもいる。しかし、花火の場合は度が過ぎている。
憧れの人の良い部分を受け入れるのではなく、憧れの人そのものになろうとしている。
花火が同年代の子ども達とどこか一歩線を引いているように感じるのは、花火が真似ようとしている人物が大人だからだろう。
大人になるには、それなりの経験がいる。年齢を重ねてなれるようなモノでもない。人の汚さというのは、どうしても知らなければならない。
年齢が子どもである時点で厳しいのに、まだ純粋な彼にその人物の真似は無理だろう。
だからこそ詢子と知久は、花火に自分で考える事を覚えさせていた。他人が言っていたからでは無く、そうした方が誰かの為になるからでは無い。そんなモノ、これから先嫌でもやる事になる。
今は、自分がどうしたいのか…。それを教えていこうと決め、実践してきた。
まだまだ粗は見えるが、家族の一員となった頃よりかは自分で考える力は身に付いたのではと思う。そんな彼の真剣な表情は、詢子の中の親としての心を刺激した。
「…少し、考えます。そろそろお昼ですから、何か食べましょう。」
「構わないけど、目的以外目もくれない様なアンタが珍しいね。」
「まぁその…詢子さんには付き合っていただいてますので…。エスコートなんてした事ありませんが…。」
「…ぷっ、あっはははっ。」
本当に、揶揄いがいのある『息子』だ。頬を染めて目を逸らす辺り、恥ずかしい事を言っている自覚はあるらしい。にしても、こんなところでプレイボーイな片鱗を垣間見せているのはよろしくない。このままだと女泣かせな男になってしまう。しっかり教育して、教えてやらなければならない。
「そうだねぇ。ま、アレだ…。
今日はしっかり、私が採点してやるよ。」
☆☆☆☆
2011.10.05
「…どうしてだろう。」
ビジネスホテルの一室。そのベッドに座り、美樹さやかは言葉を漏らした。
視線の先には窓があり、夜の街が灯りで煌びやかに輝くのが見える。
その一つ一つは、今そこに生きている人たちの努力により光るモノだ。己の為、誰かの為に身を粉にして働いている人たちを照らすための光だ。
ある意味、現代で最も分かりやすい命の輝きともいえるだろう。抽象的なモノではない、本当に光っているモノなのだから。
その光を守る事が、魔法少女になったさやかの使命だと思っていた。憧れた巴マミがそうだったように、自分もまたそれを目指そうと思えた。
他人の為に願った力なのだから、他人の為に使いたい。それが彼女の行動方針だった。
『だった』という事はつまり、今彼女の中でその芯が揺らいでいるという事。空虚な瞳に写る光が意外と好きだった筈なのに、今では何も感じなくなっていた。
それは、10月2日の出来事。目の前で親友の両親がその命を奪われた。その犯人を、さやかは怒りのまま殺してしまった。
その瞬間までは、それほど動揺はなかった。とにかく、まどかとほむらに合流しなければと必死だったからだ。
明るい中、人目を気にもせず走る。魔法少女の衣装は可憐だが、人前に出るには少々目立つ。それを気にする余裕がないほどには、さやかの視野は狭まっていたといえるだろう。
しかしその狭まった視野は、偶然にもとある光景を捉える。
ジープに乗る兵士達と、拘束されて一緒に乗せられているスネークの姿。十字路を横切るその車にさやかの目が見開かれる。
助手席に座る少女を、さやかは覚えていた。4日ほど前に花火の家にいた。見た事のない服を着た緑の髪の少女。
まどかを狙った集団の1人がそこにいる事を確認した瞬間、さやかは反射的に方向を変えた。
既に信号が変わってしまっていた為、横断歩道を跳び上がり向こう側へと着地する。地面を踏み、走るジープに並走した。
少女と目が合う。心なしか、その顔が驚いている様にも見えた。
飛び上がり剣を2本両手に構える。後部座席でスネークを挟む2人の兵士の首に、深々と突き刺した。
右腕でスネークを抱え、ジープから飛び降りる。着地と同時に剣をもう一本手に取り、後輪のタイヤへと投げつけた。
投擲された剣は深々とタイヤへと刺さり、バランスを崩したジープは横転。道路を転がりひっくり返った状態手前停止した。
「スネークさん、スネークさん!」
さやかの呼びかけに、小さなうめき声が返ってくる。目を閉じではいるが、最悪の状態には至っていないらしい。ホッとしたのも束の間、ジープから人が這い出てくるのを確認した。
ヘルメットで顔を隠している兵士が、少女を抱えて出てくる。どうやら、少女も意識はないらしい。頭から血を流し、苦悶の表情を浮かべている。
その様に思わず笑いそうになり、口元を引き締めた。しかし、心の中ではその光景に歓喜していた。
ざまあみろ!お前達のやった事の報いだ!
人の命を簡単に奪う集団に、してやったと思った。そして、辺りに人が集まってきた事に気付き…困惑した。
皆、さやかをまるで恐ろしいものを見るかの様な怯えた目で見ている。それが、さやかには全く理解できなかった。
同い年、それより少し年下くらいの子どもと目があった。その母親が子どもの視界を遮り、抱きしめる。怯えながらもさやかを睨むその姿は、子どもを守ろうとする立派な親の姿だった。
ただ、その先にいるのは悪人では無いはずの自分であっただけの事。その事が、さやかの心に困惑を生む。
何故、彼らはそんな目で自分を見るのか。何故、怯えているのか。悪いのは自分では無く彼らだ。花火達を襲い、病院を襲い、鹿目家を襲い、ここ最近の事件の大半は彼らの仕業なのだ。
何故、それがわからないのか…っ。
美樹さやかの感情は、彼女の側から見るのならば理解は出来るだろう。しかし、第三者からすれば知ったことではない。
目の前で、刃物を持つ不良が暴れている。それも、化け物みたいな力で。
車は横転し、人が刺され、子どもが血を流して気絶している。
何も知らない者からすれば、美樹さやかが悪いとしか言いようがない。
そして、そんな犯罪者に優しさを見せる奇特な人間はいない。
「な、なん…っ!」
皆の視線がさやかを突き刺す。どこを向いても、敵意を向けられているのは彼女だった。いつの間にか、兵士と少女はいなくなっている。ここには、もう加害者しかいない。
歯を食いしばり、身体の内から溢れそうな何かを抑え込む。スネークの腕を自分の肩に回し、その場から逃げる様に離れた。
どこか人のいない場所を探す。人通りのない細道に入り、建物の側面に張り巡らされたパイプに足をかけながら飛び上がる。
屋上にたどり着き、姿勢を低くして身を顰めた。
そこで、スネークの足から血が流れている事に気づいた。慌てて、手のひらから魔法の光を当てた。多少の怪我であれば、さやかでも治せる。マミほど器用ではないが、傷を塞ぐくらいのことは出来たらしい。
それから、夜になるまでじっとしていた。スネークを置いたままビジネスホテルの一室を借り、部屋に入ってから変身する。窓から飛び出し、スネークを回収して部屋へと戻る。多少の手間はあるが、怪しまれない為にはこうするしか思いつかなかった。
眠るスネークの足を濡れたタオルで拭いた。スーツの脱がし方が分からない為スーツの上からになってしまったが、とりあえずベッドに寝かせても問題は無くなった。
それから3日。未だにスネークは目覚めない。しかし、それも仕方ないのかもしれない。顔の皺の目立つ彼を見ていれば、その年齢も何となくわかる。どう考えても、スネークは過度な運動ができるような歳では無いはずだ。しかし、それでも彼は命懸けで戦っていたのだろう。
さやかの心の中で、あの時の光景が蘇る。あの怯え切った目が、彼女の心を蝕んでいく。
スネークにもあったのだろうか。誰にも理解されず、突き放されたような経験が。正義を成した彼を蔑むような言葉を聞いたのだろうか。
どうして、誰も理解してくれないのか…。
手のひらで鈍く光る青のソウルジェムを見る。いつの間にか、その色は黒い濁りが目立ってきていた。
暁美ほむらの言葉を思い出す。ソウルジェムが完全に黒に染まった時、魔法少女は魔女になる。
何も知らなかった時と、その事を知った上で今の状態のソウルジェムを見るのとでは、湧き上がる感情に差異が生じる。
何も知らない時は、魔法が使えなくなる不安があった。これから先、魔女と戦う事が出来なくなる不安。それでも、グリーフシードさえあれば解決すると安易に考えられた。
今は違う。
ゆっくりと心の内側に纏わりつく恐怖が常にさやかを襲う。それが、更にソウルジェムを濁らせる。
思考が悪い方へと流れる。それに気付くことも出来ないまま、時間は残酷に過ぎていく。
いつまで、コレを続けるのだろう。
さやかの脳裏に過ぎる言葉だ。そして、その終着点すらもわかってしまう。
魔法少女の戦いは、魔女になるまで終わらない。魔法少女になった以上、それ以外の選択肢など存在しないのだ。
奇跡を謳い、希望を偽り、絶望に落とす。
インキュベーターの目的がなんであれ、あの存在は幾度も少女達を騙してきたのだろう。今では、その姿形ですらも魔法少女を作り出すために必要だからだと考えてしまう。
「…でも、私は……。」
さやかが何かを呟こうとした時、低いうめき声がそれを遮った。驚いて音のする方へと視線を向けると、スネークが顔を顰め目を開く。
天井を見上げ、虚な瞳にゆっくり光が宿る。辺りを見回し、状況の確認を行なっているようだ。
「…こ、こは……どこだ?」
「おじさん、起きたんですねっ…!」
「…君、は……っ、そうだ…ハナビは…!?」
スネークの背中を支えながら、その上半身をゆっくりと起こす。
背中に枕を重ねて簡易的な背もたれを作り、部屋に備えてあった冷蔵庫からゼリー飲料を取り出して渡した。
「とりあえず、これ飲んでください。あいつらに捕まっているのを助けてから、3日も眠っていたんですから。」
「何…?なら、ハナビ達は…。」
「会ってません。私が見つけたのは、捕まってるおじさんだけです。」
さやかは、スネークにこれまでの経緯を話す。まどかの家で起きた事、スネークを見つけた時の事。その後の周囲の反応に関しては、説明することが出来なかったが。
黙って話を聞いていたスネークは、頭の中でこれからの行動を整理していく。
「…ミキ、携帯電話は持っているか?」
「え?はい…ありますけど…。」
「ハナビ達は、オタコンの携帯電話を持っているはずだ。それがあれば、連絡が取れるかもしれない。」
さやかはその言葉を聞いて、すぐにスネークへと電話を渡す。携帯電話を受け取ったスネークは、ハルの電話番号を入力し通話ボタンを押した。
コール音は長くは鳴らなかった。すぐに電話は繋がり、少女の声が電話から聞こえる。
『…も、もしもし…。』
「…君は誰だ?ハナビは、何処にいる?」
『あの、えっと…私は…。』
電話の相手は、恐らくさやかと同年代の少女だろう。そして、こちら側に属さない一般人である可能性が高い。何らかの理由があってハルの携帯電話を所持するに至ったのだろうが、その理由がわからない。
スネークは、少し怯えたような印象を受ける相手を気遣うように、ゆっくりと話す。
「俺は、マツリ・ハナビの知り合いだ。君は彼を知っている人物か?」
『は、はい。祭さんは、私のクラスメイトです。あの、貴方は…?』
「スネークだ。君は、この電話をどうやって入手したんだ?」
『それは…。実は、まどかさんのご自宅にお伺いした際に、偶然彼と会いましたの。それから、変な女性に追われまして…。』
「…そうか。嫌な事を思い出させたな。すまない。」
『いえ。彼が守ってくれましたので…。それで、彼は今…警察に捕まっています。』
「警察に…?」
スネークの言葉を少女は肯定する。少女が無事であることを考えると、その追手からは逃げる事が出来た。または、撃退したかのどちらかだろう。しかしその為に銃を使ったのなら、警察に捕まるのも理解は出来る。
「わかった。君は、今何処にいる?」
『その…貴方は本当に祭さんのお知り合いなのですか?』
「あぁ。」
『…なら、何故祭さんがあんな物を持っているのかも知っているのですよね?』
「…余計な詮索はするべきじゃない。」
『っ…!ふざけないでください!彼は、私の友人です!もしかして、さやかさんの居場所もご存知なのではないですかっ!?』
「…おじさん、ちょっと電話代わって。」
激昂する少女の声が聞こえ、それが誰なのかがわかったのだろう。さやかが、スネークに携帯電話を渡すように促す。
スネークは少し躊躇したが、このままでは話が進まない可能性がある為、大人しくさやかへと携帯電話を渡した。
「…もしもし、仁美?」
『…え?さ、さやか…さん?』
「うん。ごめんね、今まで連絡出来なくて…。」
『…一体、何がどうなっているのですか?私も、恭介さんも貴女を心配してるんですよ?』
「ホントにごめん。詳しくは話せない、けど…ちゃんと話すから。今、仁美は家にいるの?」
『…はい。祭さんから、当分出ない方がいいと言われましたから…。』
「そっか。これから、そっちに行っても良いかな?」
沈黙が続く。仁美は、どうすればいいのか悩んでいるのだろう。少しして、仁美から了承の声が聞こえた。
ありがとうと言葉を返して、電話を切る。冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して、中身を飲んだ。緊張していたのか、喉がカラカラになっていたのだ。
「…いけたのか?」
「はい。仁美の家はわかりますから、今からでも行けます…どうしますか?」
「ならすぐに向かおう。君は、大丈夫か?」
「大丈夫です。私も、花火が心配ですから…。」
スネークから視線を逸らし、さやかは頷いた。今、彼女の心にあるのは、花火の事ではない。もちろん、彼が心配でないなんて事はないが、それよりも気になる事があった。
仁美の言葉。『恭介さん』という呼び方。彼女は確か、最後に会った時は『上条さん』と呼んでいたはずだ。それが、呼び方が変わったということ。つまり…。
「…まずは、おめでとうって言わないとね…。」
本心から出た言葉なのか、どうなのか。
そんな事、美樹さやかにわかるはずが無かった。
☆☆☆☆
2011.10.09
「君が今まで何をしていたのか、教えてくれないか?」
「…。」
「…はぁ。何度も言うが、黙っていられるとこちらも対応ができないんだ。」
「…。」
「君は、10月1日から行方が掴めなくなっていたんだ。最後に確認できたのは、あのバスの事故が起きた現場だ。アレ以降、何処で何をしていたんだい?」
「…。」
「…申し訳ないと思う。もう、君の後継人は遺体で見つかっている。ここだけの話だが、アレは殺人だ。事故じゃない。」
「っ……。」
「君は、もしかして犯人を知っているんじゃないのか?あの事件から、長女である鹿目まどかは行方不明になっている。1日の事件でも、君と同じ中学校の生徒が1人殺されている。病院での事件も、君は何かを知っているんだろう?」
「……。」
「…黙り、か。」
留置所で迎える4度目の朝。元々朝起きるのが早い花火は、今日も同じ時間に目を覚ました。
檻の中に入れられてから何度も行われた事情聴取に、彼は言葉を返す事は無かった。少々過激なこともあったが、それでも無言を貫いた。
そもそも、どう説明すればよかったのか。
警官の情を揺さぶる言葉に、何を返せば良いというのか。
戦争が起きそうです。核が発射されようとしています。テロリストが国内にいます。そいつらが家族を殺したんです。
バカバカしい。14のガキの妄想と捉えられて終わりだ。挙げ句の果て、魔法が存在するんです?薬をやってましたと言った方がまだ信用される。
銃の入手先も、既に死んでいる可能性があります。それは、核事件を阻止した英雄から渡された物です。
あり得ない。どれをとっても、信憑性のある話が存在しない。
「…食事だ。」
小窓から、食器の乗ったトレイが差し出される。コッペパンと、スープ。カップのジュース。質素ではあるが、それに意義を唱える気にもなれない。
トレイを受け取り、小さなテーブルに置く。スープが揺れ、トレイの上に少し溢れた。
花火は、自分の中で終わりが来ていることを察した。ここで、自分の戦いは終わってしまうことが理解できてしまった。
まどかは何処にいるのだろうか。さやかが、ちゃんと守ってくれているのだろうか。
スネークはどうなったのだろうか。やはり、殺されてしまったのか。
仁美は無事に家に帰れたのだろうか。怖い思いをさせてしまった。
マミは、死んでしまった。もう、会う事は出来ない。
杏子はどうしているのだろうか。何処かに逃げて、生き残ってくれると嬉しいのだが…。
温いスープを啜り、パンを胃に収める。ジュースの糖分が、頭の霧を消していく。
しかし、それでも何かを考える程の気力は残されていない。
檻の外が、やけに静かだ。いつもなら、食事を終えた辺りから看守がやってくるはずなのだが。それすらも、どうでも良くなりそうだった。
鉄格子をノックし、食べ終えた事を知らせる。トレイを小窓の台に置き、回収されるのを待つ。
来ない。誰も回収に、来ない。
どういう事なのかわからないが、いつもならここに見張りが居たはずなのだ。そいつが、いつまで経っても現れない。
周りを見ようとするが、鉄格子からではどうしても確認が難しい。
もし、ここから抜け出せるのであれば…やめておこう。国家権力に逆らって物事が上手くいく事例はあまりない。それこそ、映画の中のクリシェだ。
檻から離れ、壁にもたれて座り込む。
静かな時間が過ぎる。一度ネガティブな思考に傾くと、こう言った時間はひたすらに苦痛に感じてしまう。更に、悪い方へと考えが傾いていく。
本当は、何もしない方が良かったのではないのだろうか?4度も続いたループは、繰り返す度に酷い過程を進んでいる。
行方のわからなくなった鹿目まどかを救いたかった。目の前で死んだ美樹さやかを今度こそ助けたかった。それだけだったのだ。本当に、それだけ。
それを為そうとした結果、皆はバラバラになり、ハルやヘンリー、マミも死んだ。
今度は誰が死ぬのか。それを阻止するのは、もう不可能なのではないか。
力の無い己を恨む。しかし、そんな事をしても何も得る事なんて出来はしない。
「…わかってるさ、そんなこと…っ。」
自分の思考に、そう呟いた。
どこまでも勝手に落ちていく心に苛立ちが募る。そして、一度深呼吸を行った。
考え方を改める。こうなったら、信じて貰えなくても話すべきだ。このまま、2人が死んでしまうなら、出来る限りの事をしよう。
何もしないよりはマシな筈だ。
鉄格子の扉の鍵が開く音が聞こえる。立ち上がり、外に出る準備が出来た。
妙に力が漲るが、別に脱走するわけでもない。それでも、外に出たがる身体に思わず笑いそうになり…外に居た人物の顔を見て唖然とした。
「…遅かったじゃないか?」
見た事がある、なんてものじゃない。何故こんな所にいるのか、検討もつかない。
しかし、もしもの為の保険が招いた結果としては、上々の成果と言えるのではないだろうか。
どうにも似合わない制服姿の男性への言葉は、やけに弾んだ皮肉だった。それもそうだ。この男に警官姿はどうにも似合わない。
そんな言葉に、まるで言い慣れたセリフのように男性はこう返した。
「待たせたな。」
まだ赤バーが維持できている事が幸せです。
そんなわけで、23話となります。物語も終盤へと差し掛かってまいりました。まだですけど、もうすぐ終わりになるのではと思います(曖昧)
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