MAGICA GEAR EDIT   作:ローランゲート・ぺろぺろ丸

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ネタバレ24


志筑仁美・上条恭介は所詮フレーバーでしかない。
マイナスになるなら、処分するべきだ。


開く事は無かった。

24話

 

 

 

2011.10.06

 

 

「…おはよう。」

「はい、おはようございます。」

 

志筑仁美の部屋で、さやかは彼女へ声をかけた。流石お嬢様といったところか。まだ眠たそうなさやかと比べ、彼女はしっかりと目を覚ましている。事情はどうであれ、彼女は人前に出る事の多い立場の人間だ。見た目を良く見せる術を、しっかりと心得ている。

 

5日の夜。急な訪問に対しても、仁美は迅速に対応してくれた。幸い、仁美の両親が居なかったのが幸いしたのか、使用人への説明のみで片がついたのは訪問者である2人には有り難かった。

 

スネークは今、来客用の寝室にいるのだろう。腰に下げていた銃の手入れをする為か、何か別の目的でもあるのか。彼の部屋には誰も入らないように言及されている。

昨日の段階で、使用人に色々と話し込んでいたので、その際に伝えたのだろう。

 

さやかと仁美。2人の間に沈黙が続く。仁美は、さやかの言葉を待っているようだ。さやかも何度か口を開いては、閉じたりを繰り返している。忙しなく辺りを見回し、何とか会話の糸口を作ろうとしている。

しかし、さやかにだってわかっている。仁美が望んでいるのが、くだらない世間話などでは無い事を。

 

「…あの、さ。」

「はい。」

「…その、おめでとう…って言うべきなのか、な?」

「…皮肉を込めても、それにありがとうとは返せません。」

「だよ、ね。ごめん…。」

 

互いに目を合わせる事ができない。

2人は互いに親友であり、恋敵だ。同じ人を好きになってしまった以上、その件に関してわかりあうのは難しい。

どっちも好きでいいなんて、都合の良い事は起きたりしない。

どちらかが勝つか、どちらも負けるか。この二つだけ。

 

さやかにとっての不運は、大好きな人と大切な親友を天秤にかける時間や余裕が無かった事。もう1人の親友の事や、幼馴染みの事もあった。魔法少女なんて非常識も、彼女を縛った原因だ。

仁美にとっての不運は、終わってから知ってしまった事。恋は実り、幸せになれる筈だった。しかし親友は行方を眩まし、自身は命を狙われ、その一連の事件に繋がりがある事がわかってしまった。これでは、喜ぶこともできない。

 

ここにはもしもは無い。結論として、さやかは負け、仁美が勝った。それだけの事。

それが、2人の間に溝を作ってしまっている。

 

それでも、仁美にとってさやかは大切な親友だ。一般家庭からどうしてもズレてしまっている自分と友達になってくれた彼女は、仁美にとっても代え難い存在だ。だからこそ、彼女の置かれている状況を何とかしてやりたい。今の仁美は、それで頭がいっぱいになっている。

しかし、当の本人はその事を教えてはくれない。今もこうして待っているというのに、チラチラとこちらを見ながら言い淀んでしまっている。

 

そんなもどかしい彼女の姿に苛立ちが募るのは、自分が未熟だからだろうか。仁美の頭に、そんな考えがよぎる。

 

「…それで?」

「っ…。私は…。」

 

仁美の口から、想像していたより冷たい言葉が出た。そんな仁美の言葉に肩を震わせるさやか。

少しして、さやかが意を決したような表現で仁美を見た。

 

「…今から話す事は、全部ホントの事。から、信じて欲しいの。」

「…わかりました。」

「ありがと…。あのね」

 

それから、さやかはこれまでの経緯を話す。自分の身に起きた事、最近の事件について。

『上条恭介の腕を願いで治した』事以外は全て話した。

仁美は、それを静かに聞いていた。

 

話終わり、沈黙が続く。

仁美の次の言葉を待つこの時間を、さやかはまるで刑を申告される罪人のような気持ちで待ち続けた。

暁美ほむらが鹿目まどかに真実を伝えたあの時、もしかしたら彼女もこのような気持ちだったのかと身体が震える。

 

「…そんなの……っ。」

 

仁美が俯き、口を開いた。

 

「…そんなの、狡いではないですか…っ。」

「…仁美?」

 

その声は震えていた。どうしようもないところまで来てから聞いた話に、仁美は心のモヤを吐き出す。

 

「貴女が、そんな事に巻き込まれて…優しい貴女の事だから、どうにかしたいとずっと戦っていたでしょうに…っ。そんな時に私は、貴女に選択を迫るような事を言って、追い詰めて…!私は、そんな…っ、狡いではないですか…っ!」

 

泣いていた。

涙を流し、綺麗な顔を歪ませ、仁美は泣いていた。

彼女の行動は、さやかを追い詰めただろう。大好きな人の心を奪われるか、大切な友達の命が奪われるか。もしあの時、さやかが恭介の元へ向かったのなら、まどかは助からなかったかも知れない。

 

仁美にとって、それはとても酷い行いだった。知らなかったとはいえ、彼女を苦しめてしまった。これが恋の話だけなら、反省はあれど後悔は無かっただろう。だがこれではまるで、勝負の土台から突き落としたようなものだ。親友だと言ったその口で、どれほどひどい事を言ったのだろうか。

 

後悔の涙は止まらない。

両手で顔を覆い、仁美はその場に座り込んでしまう。罪を懺悔する子羊のように、蹲ってしまう。

 

「…ごめんね。」

「っ…さやか、さん?」

 

そんな彼女を、さやかは優しく抱きしめた。

震える彼女に、ゆっくりと語りかける。

 

「私さ、本当は凄く嫌だった。恭介を取られちゃうって。仁美は私よりもずっと可愛いし、気配りもできるから…私なんかじゃ敵わないって…。」

 

それは、どうしようもないほどの本音だ。

美樹さやかにとって、上条恭介への想いは全てだ。彼を想うからこそ彼女は奇跡を望み、剣を手に取った。

 

「諦めたくなかった。せめて、この想いを伝えるくらいはしたかった。でも、出来なかった。それは、まどかや花火達が大変だったからじゃない。私が弱かったから…。」

 

抱きしめる力が強くなる。仁美の頬に、彼女のものでない雫が落ちる。顔を上げてみれば、微笑みながらも涙を流すさやかがいた。

 

「ごめんね…仁美に、辛い思いをさせて。私が臆病だったせいで、仁美を悲しませてごめんね。」

 

そして、志筑仁美に対する友情も美樹さやかにとって大切なものだ。

ベクトルの違う好意ではあるだろう。だからこそ、優劣なんて付けることは出来なかった。

同じ人を好きになって、それでも変えたく無いモノがある。それが、美樹さやかにとっての幸せだ。それが難しい事なのはわかっている。それでも、求めてしまうのが人間なのだ。

 

しかし、人生はそれを良しとはしない。得るモノがあれば、捨てなければならないモノがある。

一つ奇跡を願った以上、二つ目以降は【自分で】叶えなければならない。

この数日間で、さやかはそれを痛感した。

なら、どうすればいいか。

 

「私はバカだからさ…。仁美が、私の事で苦しんで、泣いてくれるなんて思っても無かったんだよ。だから、ごめんね…。」

「…私達は…友達、ですよね?」

「当たり前じゃん…!仁美は、私の親友だよ?」

「…っ!」

 

互いに抱きしめ合い、泣いた。

涙の理由なんて、彼女達にしかわかりはしないだろう。だが、これはもう後悔の涙なんかじゃない。

すれ違いこそあった。お互いに譲れぬモノがあった。

だがらこそ、彼女達は改めてお互いを想いあう事ができたのだ。友情はその輝きを取り戻し、より強固な絆が結ばれた。

 

美樹さやかのソウルジェムが、少し輝きを取り戻した。

 

 

☆☆☆☆

 

 

2011.10.09

 

 

自分のベッドで眠る鹿目まどかの髪に、暁美ほむらは優しく触れた。

ベッドの横に置かれている棚の上には、お粥の残った小さなお椀がトレイに乗せられている。

昨日よりかは食べてくれていることに安堵しながらも、まどかの頬に残る涙の後がほむらの心を締め付けた。

 

アレから、一週間が過ぎた。

暴れる彼女を抱えながら人目につかないように移動するのは骨が折れたが、気絶させてしまおうとはどうしても思えなかった。

目の前で肉親が殺されたのだ。駆け寄りたいと考えるのは当然の事だろう。特に、彼女は心優しい少女だ。彼女自身の気性もあるだろうが、両親から与えられた愛があるからこそ、真っ直ぐに育ったのだろうとも思う。

 

ほむらの家について、ほむらはまどかを解放した。しかし、すぐにまどかに服を掴まれた。

そんな攻撃的な一面を、魔法少女となっていないまどかが見せるのははじめての事だ。少々驚きはしたが、彼女の慟哭に思考が止まる。

 

「ねぇ…っ、どうして!?どうしてママ達がこんな目に遭わなきゃならないのっ!?私が魔法少女にならないからっ?こんなの、酷すぎるよぉ…っ!」

 

縋りつく彼女に、頼られているなんて薄ら暗い感情なんて湧くわけがなかった。

自分の事で他者に怒りを向ける彼女を見た事等なかった。

鹿目まどかが涙を流すのは、いつだって誰かの為だった。まるで自分の事のように悲しんでくれる彼女だからこそ、暁美ほむらは救う事を望んだのだ。

 

9度目の繰り返しで初めて、ほむらはまどかの知らない一面を知った。

それでも、自分のする事には変わらない。鹿目まどかを救う。それが、暁美ほむらの存在意義だ。

 

彼女の事を一度思考の隅に置き、奴等の事を考える。暁美ほむらが今まで繰り返してきた中で、初めて対峙した敵。

魔法少女と対立する事はあった。今までも、巴マミや美樹さやかとは何度も対立している。

そもそも魔女を狩らなければ生きていけない魔法少女にとって、狩場を巡っての争いは日常だ。彼女達以外の魔法少女でも、それは変わらない。

 

しかし、奴等のような魔法少女は類を見ない。狩場が目的ではなく、戦いが目的でもない。無関係な筈の少女を執拗に狙うようなタイプは珍しい。

偶に、快楽殺人者のような輩もいる。しかし、そういった人物は基本的に好みのジャンルを狙うタイプが多い。ただ1人だけを対象として動くのは、何らかの理由がある筈だ。

 

鹿目まどかは、確かに魔法少女としてとてつもない素質を持っている。しかし、今はただの人間だ。向こうにインキュベーターが付いている可能性があるなら、魔法少女にしたいと考えるべきだろう。なら、今もあの白い動物擬きが姿を見せないのは不自然だ。

 

奇跡を願えば、まどかの両親は復活するだろう。今のまどかなら、その選択を取る可能性が高い。ほむらという邪魔者がいたとしても、まどかを焚き付けてしまえば比較的楽に魔法少女に出来る筈だ。しかし、奴は姿を表さない。

 

もし魔法少女にする事が目的では無いなら、余計にその行動の意味がわからない。そのつもりがないなら、家族を奪うような行為は悪手だ。

それに、メタルギアなんて大層な兵器を持った組織が魔法少女を求める理由もわからない。確かに魔法少女は戦力として魅力的ではあるだろうが、数も少なく年齢的にも子どもが多い。もし子どもを拘束して数を確保したとしても、その子に適性が無ければ魔法少女になる事は難しい。それに、願いを叶えるなんて行程を挟まなければならないのはリスクが多すぎる。もし、【自分達を拘束している大人達の死】なんて奇跡を願われれば、それだけで計画は意味のないモノとなるだろう。

 

ほむらはこれ以上の考察をやめた。わからない事だらけで頭が痛いが、まどかを狙っている事は事実だ。なら、自分は彼女を守ればいいだけの事。

 

「誰にも、まどかは傷つけさせはしない。」

 

言葉にする事で、己の意思を奮い立たせる。

窓の外から見える景色にまだ見ぬ敵を幻視しながら、ほむらは拳を握った。

 

 

☆☆☆☆

 

 

2011.10.07

 

 

「それにしても、まさか仁美にこんな特技があったなんてね。」

「あくまで趣味の範囲ですわ。それに設備面でも恵まれておりますので、これくらい訳ありません。」

 

さやかの言葉に、仁美は微笑む。志筑家の一室。明らかに質の良い機材の揃った部屋で目の前のモニターから目を離さず、仁美はタイピングを続ける。

モニターに表示される映像に、さやかは何がどうなっているのか全く理解できていないが、とにかくすごい事だけは何となく感じていた。

 

ハルの携帯電話に収められたベルトラインへのデータを確認する為、スネークとさやかはパソコンへとそれを繋いだ。しかし、ここで問題が発生する。

ハルの防衛意識がそうさせたのだろう。保存されていたデータにはプロテクトがかかっていた。

さやかはもちろん、スネークにだってどう対応すればいいのかなんて分からない。下手に触ってデータが消去されてしまえば、手がかりを失う事になる。

 

そこに家主としてその光景を見ていた仁美がパソコンを触り始めた。

思わずスネークが止めようとしたが、目の前で変化していくモニターに動きを止めた。

どうにも、志筑仁美はプログラミング能力があったらしい。本人は趣味だと言っていたが、そのレベルはかなりのものだろう。少なくとも、スネークが知る限りハル・エメリッヒは最高の科学者だ。機械工学の分野だけでもトップクラスの能力を持っている。若いながらにもメタルギアの開発チーフに抜擢される程度には優秀の筈だ。

そんな彼の手掛けた防壁が、表の世界で生きてきた少女に突破されようとしている。本人がいれば、さぞ驚いた事だろう。

 

「それで、どうするんですかおじさん。花火は今警察にいるんですよね?」

「あぁ。現状、正規の方法でハナビを連れ出すのは難しいだろう。俺は日本でのビザを所有していないし、お前達は子どもだ。それに、ハナビは一連の事件の参考人でもある。」

「祭さんを連れ出すには、合法的手段は取れないという事ですね。」

 

祭花火を連れ出す。言葉にすれば簡単ではあるが、実行するのは難しい。

日本警察は、確かに海外と比べると貧弱なイメージが浮かび上がる。しかしそんな甘い組織なら、この国が法治国家として機能する事はない。

法を遵守する者として、しっかりと訓練されている彼らを掻い潜るのは、簡単な事ではないのだ。更に今は状況も悪い。

ここ数日の事件のせいか、彼らには発砲許可が降りている。それは、何かがあった時に警察が武器を使うという事だ。

 

基本的に、彼らが銃を使う事はほぼ無い。銃社会ではない日本では、銃より刃物を使った犯罪の方が多い。そんな背景のためか、彼らが主に装備しているのは防刃チョッキだ。

しかし、今回の事件で状況は一変した。制服警察の装備は防弾仕様へと変更され、常時緊急態勢で複数人でのパトロールが行われている。更に、【Special Assault Team】通称SATが警視庁、神奈川と千葉にある各県警より配備が決まった。あくまで特殊急襲部隊、立て篭もり事件等で活躍する彼らにまで声がかかるのは異常だ。本来なら、自衛隊の役目を彼らが担わなければならなかった理由がある。

 

第12旅団とも呼ばれる相馬原駐屯地での武器及び弾薬紛失事件。大量の銃火器とそれに使われる弾薬が誰の目に触れる事なく消えてしまった事で、彼らはその対応に終われ身動きが一切取れなくなっていた。

ヘリやトラックの様な乗り物までもが消えてしまい、その痕跡は一切残っていない。

誰が、どんな目的でその様なことを行なったのか全くわからないまま、既に3週間が経過している。

 

その結果、非常時に派遣される筈の自衛官はおらず、警察はSATの招集をするしかなかった。

頼れる戦力が不足している上、敵は何処の軍隊か知らないが完全装備でしっかりと訓練されている。妙な能力を使う子どもも確認された。何より、敵の規模が全く読めない。

幾ら日和っているとはいえ、日本でここまで大規模な事件が起きる事はそうそう無い。それでも、過去に一度もなかったなんて事は無い為、それなりのマニュアルは立てられてきた。

だというのに事件が起きてから閉鎖されていた筈の東京から抜け出し、今度は見滝原市での発砲事件だ。

 

警察の尊厳はここ数日で叩き潰されている。もちろん、彼らがそれを黙ったままなんてあり得ない。

 

「警備は今までより遥かに強化されている。マップも無い今、ハナビを連れて逃げるのは難しいだろう。」

「…いっその事、花火を連れ出さずに私達だけで行くのはどうかな?」

「ダメだ。ミキやシズキ…君達の話が本当なら、マドカ・カナメの友人関係者は命を狙われている筈だ。最低限の自衛手段のある俺達や、もうすぐこの街から避難できるシズキとは違う。今のハナビはすぐに殺せる的でしかない。」

 

スネーク達を阻むのは、警察だけではない。鹿目まどかと彼女の親族、友人の命を狙っているベルトラインこそが本当の敵だ。

奴らの戦力だけを考えれば、間違いなく警察では対応できはしない。無限に増える兵士達が相手では警察署はあっという間に陥落し、花火はすぐに殺される事だろう。

 

「…それじゃあ、私達がしないといけない事は…。」

「ベルトラインの所在を突き止め、ハナビを脱獄させる。準備ができるまでは、此処で待機になる。すまないな…。」

 

スネークの言葉に、仁美の指が止まる。

2人から背を向けた状態の仁美の顔は見えない。思わずさやかが仁美の名前を呼ぶが、それにも彼女は反応しなかった。

 

少しして、仁美が口を開く。

 

「…明日までにはプロテクトを解いておきます。今は、ゆっくりお休みください。」

「…あぁ。」

「私は、さやかさんみたいな力も、貴方のような経験もありません。でも…」

 

仁美が振り返り、2人を見る。その表情にスネークは見覚えがあった。彼の周りの人間がよく浮かべていた、強い意志の篭った目。

誰もが、スネークに影響されたと言う。しかし、スネークだけは知っていた。それは、彼らが元々持っていた光だ。眩しく強い意志の光。

 

「祭さんは私の大切な友人です。なら、彼のために何かをする事を苦だとは思えません。私、そこまで弱い女じゃありませんの。」

 

モニターに身体を戻し、彼女は再びプロテクトの解除を続けた。そんな彼女の背中に、スネークは言葉を返す。

 

「…頼む。」

 

 

☆☆☆☆

 

 

2011.10.09

 

 

一般車道を走る一台の車。白のマークXを運転しているのは、ラフなシャツを着た初老の男だ。

男片手でハンドルを持ち、ポケットから取り出したタバコを一本咥える。火をつけようとジッポライターを取り出して、一緒に出てきた紙に目を向けた。

 

【禁煙】

 

力強く書かれた文字にため息が漏れる。紙と一緒にジッポライターをポケットに仕舞い込み、後部座席に座る少年に声をかける。

 

「留置所からは大分離れた。もう顔を上げていいぞ。」

 

そんな言葉に、少年は顔を上げた。4日間、慣れない環境で生活したせいか、目元がやけにやつれて見える。高めの身長も相まって、中学生とは思われないくらいには大人びていた。

 

「…まさか、父親の手引きで脱獄する事になるとはな…。」

「大した問題じゃない。お前達は俺を本で知った口だろうが、俺は世間ではテロリストだ。」

「…全部終わっても、社会復帰に協力してもらえそうにないな。」

「俺に頼るのはやめておけ。こんな事でも無ければ、お前をこっちで振り回すつもりはない。」

 

親子の会話、にしては殺伐としていた。

8日にハルの遺した情報データの解析と、花火の所在と拘束先の詳細な情報を調べ上げた仁美は、スネークにそれを託した。

想定以上の成果を見せた彼女に応える為、スネークは入念に潜入を計画。見事に花火を見つけ出し、脱獄に成功させた。

恐らく発覚するまでまだ時間はあるだろう。その間に逃げてしまえばどうとでもなる。尾行の可能性も見当たらない。ここ数年でも中々ない見事な成功だった。

 

「…鹿目は?」

「ホムラ・アケミ…だったか?ミキの話では、彼女と共にいるようだ。」

「暁美が…そういえば、アイツも魔法少女だったか…。さやかや志筑が無事で良かったよ。」

「酷く心配していた。早く会って安心させてやれ。」

 

窓の外を眺める。確かに、2人が無事であるのは素晴らしい事だ。しかし、花火の心から不安が拭われる事はない。

 

鹿目まどか。今では唯一の家族と呼べる少女だ。あの場所から逃げ出せたとは言うが、今何処で何をしているのかまではわからない。

 

彼女の精神は大丈夫だろうか。いや、大丈夫なわけがない。命を狙われ、家族を殺され…逃げる事しかできない現状に心を苛まれている事だろう。

まどかに会いたい。その顔を見て安堵したい。その身に触れて、生きている事を知りたい。

そんな欲求に、花火は蓋をした。今はそれを考える時ではない。まず、危険を排除しなければならない。

 

「…場所、わかったのか?」

「あぁ。説明はシズキの家でしてやる。」

「…わかった。」

 

その後、志筑家に着くまで2人が口を開く事は無かった。

 

スネークがドアをノックし、誰かがドアを開く。子綺麗な服を着た人物は、2人を屋敷の中へと案内した。

使用人なんてものを見たのは初めての花火は、どうにも落ち着きなくソワソワとしてしまう。何とか落ち着こうとしてはいるが、珍しく失敗していた。

 

長い廊下を歩き、やがて一つの部屋の前で止まる。使用人は一例すると、来た道を戻っていった。

スネークがドアを開き、花火を中に入る様に促す。部屋を覗き込むと、さやかと仁美がそこにいた。

 

「…花火。」

 

さやかの呟く声に、花火は返事を返せなかった。正直、何を話していいかもわからない。

マミを救えなかった事を謝るべきだろうか?

まどかを助けてくれた事にありがとうと伝えればいいのだろうか?

 

目を逸らしていた花火の胸に何かがぶつかる。視線を下げてみれば、さやかがいた。

花火の胸に顔を埋め、服を掴んでいる。その手が、震えているのが見えた。

 

「…生きてて、よかった…っ。」

「…すまん。心配をかけた。」

 

壊れ物を扱うかの様に、ゆっくりとさやかの頭に触れる。しおらしい態度のさやかは珍しい。いつもなら揶揄う言葉をかけるところだが、生憎そこまで空気がよめない訳でもない。

寧ろここまで心配してくれる人がいる事に、花火は大きな安心を感じていた。

 

少しして、さやかが離れる。顔が赤いが、それに態々触れたりしない。花火は視線を仁美に向け、口を開いた。

 

「志筑も、ありがとう。」

「いえ、お役に立てて良かったです。」

「しかし、まさか脱獄の手伝いをさせる事になるとは思わなかった。」

「不謹慎ですが、あまり出来ない経験ですので少し張り切りましたわ。」

 

微笑む彼女に、花火も笑みを返した。このループでどうしようもなく追い詰められた時、祭花火を救ってくれたのは志筑仁美だった。

いざという時の彼女の強さは、本当に頼りになる。魔法少女ではなく、兵士でもない一般人。それでも、仁美は強かった。

 

「…それじゃ、オタコンが見つけたベルトラインの本拠地ってのを教えてくれよ。」

「そうですわね。時間も、限られていますので…スネークさん、よろしいですか?」

「あぁ、頼む。」

 

スネークの合図で仁美がキーボードを叩く。モニターに表示されていたのは、花火達もよく知っていて、関わる事がほぼ無い建物だった。

 

「ここって…。」

「群馬県庁…だよな。まさか、ホントにここなのか?」

「オタコンが遺した情報が間違いないなら、ここだ。」

 

群馬県庁。群馬県の行政機関、早い話が役所である。展望台のある33階建てのビル、県議会施設、昭和庁舎、群馬会館、そして警察本部。以上が、群馬県庁の敷地内に含まれている施設となる。

 

それは、この場所が如何に潜入困難なのかを、ここにいる全員に理解させた。

 

「施設に入るのは簡単だろうけど、その後どうするかだな。そもそも、何処に奴らが居るかもわからない。」

「しらみ潰しで探すのは無理だろう。恐らく、居るとしたならばここだ。」

 

スネークが示したのは、展望台のあるビル。確かに、身を隠すならこういった施設の方がいい。目立ちはするが、誰も此処に隠れているとは思わない。

 

「でも、此処って一般の人も使ってなかった?」

「あぁ。フロア内のレストランは一般開放されている。そんなところにどうやって…。」

「シズキ。」

「はい。祭さん、こちらを…。」

 

モニターに表示されたのは、県庁ビルの見取り図だ。各階ごとに利用できる施設の案内、利用時間が記載されている。

仁美がカーソルで示しているのは、地下。此処は駐車場となっている筈だが、どうやら3階より下にも施設があるようだ。

しかしHPに記載されている内容には、その様な項目は存在しない。施設関係者の為の物であるとしても、秘匿する理由はない筈だ。

 

「…つまり、表は警察のお膝元…そこを上手く利用して隠れていたって事か…。」

「もし可能ならばとクラッキングを試みましたが、余りにも強固で侵入ができませんでした。これ以上は逆に特定される恐れがありましたので…。」

「仁美が無理なら私達でも無理だって。とにかく、目標は見えたわけね…。」

 

さやかが呟く。これまで、好き放題暴れてくれた奴らのアジト。それが判明したのだ。

これが最後の戦いとなる。それを、此処にいる全員が理解した。

 

花火は、モニターの向こうにいるであろう敵を見据える。まだ、全てが解決した訳じゃない。わかっていない謎もある。

それでもベルトラインを倒せば、まどかの命を狙う者はいなくなる筈なのだ。なら、花火のすることは変わらない。

 

「いつ、出発するんだ?」

「夜だ。民間人の被害は極力避けたい。それに、今から向かうべきところもある。」

「…戻ってこいよ。」

 

部屋を出るスネークの背中に、花火はそう呟く。伝わらずとも、本人だってわかっているだろう。

花火だけではない。スネークも、大切な友人を奪われている。冷静に見えて、心の中では怒りが渦巻いているのかもしれない。

今は、1人にしておくべきなのだろう。

 

最後の時間は、刻一刻と迫ってきている。




更新完了です。
恐らく、今年最後になると思います。
来年もMAGICA GEAR EDITをよろしくお願いします。

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