MAGICA GEAR EDIT 作:ローランゲート・ぺろぺろ丸
ごめんなさい。(この一文以外は黒く塗りつぶされている)
5話
2011.10.01
違和感を感じたのは教室に入ってからだった。いつもより賑やかではない。教室内を見渡して、気づいた。まどかとさやか、後は暁美ほむらの姿が見えないのだ。
昨日の夜にハルの話していた内容が頭に浮かび、胸の奥が痒くなった。自分の呼吸が荒くなっていくのがわかる。
なんとか落ち着こうと深く息を吸って、吐いた。しかし、焦りのような感覚は抜けない。
そういえば…と、彼女たちと仲のいい少女を探して、見つける。志筑仁美は、何処か寂しそうな顔で椅子に座っていた。花火は迷わず彼女へ近づいて行く。
「おはよう、志筑。今日は1人か?」
「あ…おはようございます、祭さん。えぇ。今日は皆さん、誰も待ち合わせ場所に来ませんでしたの。」
落ち込んだ様子の仁美の言葉を聞いて、花火はすぐに携帯電話を取り出した。電話帳から鹿目まどかの名前を探し、通話ボタンを押す。
少しのコール音が花火の耳に入り、途切れる。小さく、途切れそうではあるが『もしもし』と声が聞こえた。
「おはよう、鹿目。今何してる?」
『ぁ…ごめんね。ちょっと…体調が良くなくて…。』
声の調子からして、健康ではないのがわかる。彼女の声が聞こえて安心したのか、先ほどの痒みが少し和らいだ。
「そうか。先生には俺から言っておく。後、志筑に後で連絡しとけ。」
『…うん。ごめんね……。』
まどかからの電話が切れたので、次はさやかに電話をかける。1…2…コール音が続き、まどかの声を聞いて落ち着いた心がざわつきだした。
結局、さやかは電話に出る事は無かった。通話終了時の音が携帯電話から流れる。
「あ、あの。祭さん…。どうかなさいましたの?」
花火は、不安そうな表情でこちらを見る仁美と目が合う。おそらく、自分も彼女と同じような顔をしているのだろう。
彼女に答える事なく、教室から出て行く。
震える手で携帯電話を操作して、ハルに電話をかけた。
起きていたのか、電話はすぐに繋がる。
『もしもし、どうしたんだいハナビ?』
「クラスメイトと連絡が取れない。学校も無断で休んでるようなんだ…っ。」
『…わかった。ハナビ、1度深呼吸するんだ。わかるかい?』
電話を持ち頷きながら、荒れる呼吸を抑えようと必死になる。幼馴染みの失踪は、花火から余裕を奪い去っていく。
『まず、その子の名前を教えてくれ。』
「あ、あぁ…。名前は、美樹さやか。俺と同じ見滝原中の、同級生だ。」
『…確認できたよ。行方不明者のリストには載ってないようだ。』
「なら、なんでいないんだ?アイツは、理由なく学校を休むような奴じゃない。何か事情があるはずなんだ。だ、だってアイツは…っ。そ、そうだっ。アイツは真っ直ぐな奴だから、それで、危ない事に首を突っ込んでたり…っ!」
『ハナビ!しっかりするんだっ。君が狼狽えても、状況は変わらない!』
壁に寄りかかり、手で胸を抑える。強く握られる事により出来た制服のシワが、花火の心の不安定さを表しているようだ。そんな花火に、ハルは声を張り落ち着かせる。その言葉に従い何とか落ち着こうと、花火は息を呑んだ。
「す、すまん。悪い…。」
『大丈夫だ、ハナビ。君の大事な友人は、僕たちが探し出す。』
絞り出すように了承の返事を返し、電話を切る。足の力が抜け、壁を滑るようにその場に座り込んだ。両手で携帯電話を握り、祈るように頭に近づける。どうか、どうか無事であってほしい。
「祭、さん。」
急に名を呼ばれて身体が震えた。目を開き首を上げれば、そこには仁美の姿があった。どうやら、自分を気にして様子を見に来てくれたのだろう。なんて考えていたが、次の彼女の言葉でそれが違うとわかった。
「先程の電話、危ない事とは一体どういうことですの?」
花火は自分の迂闊さを呪った。どうやら、先程の話を聞いていたらしい。
彼女は花火の前でしゃがみ込む。花火の焦燥とした目と、仁美の凛とした目が合わさった。
「祭さん。さやかさんに何があったのか、貴方は知っているんですか?」
「…いや、俺は……。」
「…祭さん。」
巻き込めない。その想いが花火の口を止める。
そもそも、中学生である花火達にどうこうできる問題ではない。日本の警察や自衛隊が動くような騒動のはずだ。花火は、たまたまその事を知った傍観者に過ぎず、さやかがそれに巻き込まれているかどうかもわからなかった。
自分では、何もできない。その事実は、花火の心を蝕む。今すぐ全てを投げ捨ててしまいたい。目の前の彼女に縋り、探すのを手伝ってもらいたい。それでも、さやかの友人である仁美を巻き込みたくないという気持ちが、
花火を必死に押さえ込んでいる。
そんな花火に、仁美はハッキリとした口調で答える。
「私、そこまで頼り無いように見えますか?」
「…志筑?」
その目に宿るのは、怒りなのだろうか。花火は、その目を何処かで見た事がある気がした。
「貴方がさやかさんが今日お休みしている事について、普通とは違う事情があると知っているんですよね?なら、私は何としてもそれを聞き出しますわ。」
「お、お前は…っ。」
「きっと、貴方は私がその事情に関わると危険だからと、話さないのでしょう?」
志筑仁美と祭花火の関係は、クラスメイトが妥当だろう。まどかやさやかの様に接していた時間が長い訳でもなく、マミの様に定期的な連絡を取っているわけでもない。
そんな浅い関係でしかなかった彼女に内心を言い当てられ、花火の心が揺らぐ。
「お、お前には…」
「関係ありますわ。だって、お友達ですもの。」
花火の言葉を遮り、仁美はそう言い切った。
「さやかさんは私の大切なお友達です。習い事等の事情で一緒に居れなくても、彼女は笑って許してくれます。それが、私にとってどれほどありがたい事か…。」
「貴方がさやかさんが大事であるように、貴方以外にもそうだと言う人はいるのです。」
「それをもし…危険だからと、巻き込まれるかも知れないと考えて遠ざけるおつもりなら」
「舐めないでください。私、そんなに弱い女ではありません。」
彼女から目を逸らす事が出来ない。それもそうだろう。花火は、今まで彼女を見誤っていたのだ。
彼女は、世間知らずのお嬢様ではない。多少天然なところはあれど、さやかや以前のまどかとは比べ物にならない程に、芯の通った強い少女だった。
花火は、目を閉じて俯くと息を吐いた。揺れた心を抑え付け、彼女の真剣に答えなければならない。
目を開き、彼女を強く睨む。彼女に覚悟を問いかけるため。そして、自分に言い聞かせるため。
「長くなるぞ。習い事は?」
「キャンセルします。」
「荒事になる可能性が高いぞ?」
「私、こう見えて鍛えてますの。」
「無駄足になるかもな。」
「それでも、ですわ。」
即答だった。なら、花火はそれに応えるべきだ。
差別がどうとか関係ない。女が二本の足でしっかり立っているのに、男が揺らいでいてどうするのか。
花火と仁美は、示し合わせたかのように笑う。
「昼に屋上で話す。突拍子もない内容だが、聞いてくれ。」
「えぇ、よろしくお願いしますね。」
☆☆☆☆
2011.10.04
夕方の繁華街を2人の少年少女が歩く。少女は長袖のフィッシュテールワンピースを着こなし、幼い見た目ながらも何処か大人っぽい印象を受ける。少年は黒のレザージャケットにジーンズとスタンダードな衣装だが、少し日本人離れした容姿がそれを引き立てていた。
一見何処にでもいるような恋人のデートだ。しかしその表情は、とてもデートを楽しむカップルには見えない。
あの後、2人は屋上に集まった。マミの教育の賜物か、彼女が座る場所にハンカチを置き、仁美は短く礼をするとそこに座る。花火も隣に座り、ビニール袋からパンを取り出した。
「驚きました。こういうのは慣れてるんですね。」
「良く一緒に飯を食う先輩がいてな。彼女に仕込まれたんだよ。」
昼までの時間の間に落ち着きを取り戻した花火が、仁美の質問に答える。どうやらいつもの調子に戻ったのがわかったのか、仁美は少し微笑んだ。
「祭さんは、色んな女性と一緒にいますよね。」
「イヤに含みのある言い方だな。」
「いえ、さやかさんもそうですが、まどかさんとの仲もお聞きしております。そこに女性の先輩が加わるとなると…。」
「言っておくが、さやかは幼なじみなだけで、鹿目は妹みたいなもんだ。巴先輩も、尊敬する先輩以外の感情はない。」
あ、この人は女の敵だ。
過激な言葉ではあるが、そんな言葉が仁美の脳裏をよぎる。
彼の小さな気遣いは女性としても嬉しいものだ。彼は他の男子と比べると身長も高めだし体格も大きい部類に入る。黙っていると冷たい印象を受けるので疎遠されがちではあるが、顔つきも整っている為それなりに人気がある。部活に入ってはいないが運動神経も良く、成績は常に上位。
間違いなく好感の持てる人物の欠点を、仁美は初めて目の当たりにした。
パンの袋を開けて食べようとしたところで、花火が仁美を見る。
「志筑、先に話をするか?」
「いえ、私も頂きます。」
仁美の言葉に頷くと、花火はパンに噛り付く。無言で黙々と口を動かす。
仁美も持参した弁当を開き、食べ始めた。
こうやって彼と食事を共にしたのは初めてだ。そもそも、男性とのこういう機会は少ない。まどかやさやかといる時は華やかなモノだったが、これ程に違いがあるとは思わなかった。もしかして、彼が特殊なのだろうか?
昼食の時間はあっという間に終わった。花火はペットボトルのコーヒーでパンを流し込み。静かに手を合わせた。ビニール袋に入っていたティッシュで口を拭い、弁当を片付けている仁美へ向き直る。
「悪いな、待たせた。」
「お気になさらないでください。それでは、聞かせていただけますか?」
仁美の言葉に花火は頷き、前日にハルと話していた行方不明者の件を話す。しかし、メタルギアの事は危険すぎるので伏せた。
最初は懐疑的だった仁美も、話を聞くにつれ表情が真剣になる。話し終えて喉が渇いたのか、花火はコーヒーを飲んだ。
「つまり、さやかさんの不在はどなたかの仕業である可能性が高い、と。そういう事ですか?」
「おそらくは、だがな。もしかしたら、ただの気紛れ一人旅かもしれないし、何処か友達の家に泊まっているだけかもしれない。」
「正直、話が大きすぎて信じられませんわ。」
「それはそうだろうな。俺も、その行方不明事件を追っている人から聞いてそう思った。」
仁美の発言に、花火は肯定する。
行方不明事件がこの街で多発しているから、今日学校にいないさやかが巻き込まれたかも知れない。
そんな根拠のない話、すぐに飲み込めるわけがない。
「だが、可能性が無いわけじゃないんだ。もし、アイツが巻き込まれているなら助けてやりたい。せめて、恭介が戻ってくる前にはケリを付けたいんだ。」
「…上条さん、ですか?」
「あぁ…ん?志筑はアイツを知ってたのか?」
「え、えぇ。その…大切な友人ですので…。」
少し頬を赤く染める仁美に花火は首を傾げるが、少しして「あ…。」と声を漏らした。何というか、見た事があるのだ。似たような反応をする少女を。しかも、その子が今の話題の中心だ。
「…なるほど、な。」
「な、何がですか?」
「すまん、デリカシーが無かった。忘れてくれ。」
「それはもう答えを言っているようなモノなのですが…。」
少し不機嫌そうな仁美が花火を睨んだ。美少女はこういう仕草をしても可愛い…が、それが似合う分恐ろしかったりする。花火は迷わず目を逸らした。
「文句ならあの唐変木に言え。お前の多すぎる習い事の詳細が少しわかったから敢えて言ってやるが、ストレートに言わんと絶対に伝わらんぞ。」
「…。」
「なんだ?」
「いえ、その…。てっきり、さやかさんの為に諦めろと言われるのかと…。」
そんな仁美の言葉に、花火は少し呆れたように返す。
「俺はさやかじゃないからな。この話もアイツには言わん。応援はするが、行動するのはさやかだ。」
「…ありがとうございます。」
「やめろ。背中が痒くなる。決着はお前たちがつけろ。だが、まぁ…なんだ…。もしダメだったら、ストレス発散にくらい付き合うさ。恭介は俺の友達だからな。」
そういってそっぽを向いた花火がおかしくて、仁美は口元を抑え笑う。どうにも、この殿方は不器用な人らしい。それに、彼の言葉には賛成だ。大切な友達と同じ人を好きになった。その大切な友達だからこそ、フェアに解決したいのだ。
「早速、今日の放課後から探しに行きますか?」
「あぁ。だが、制服だと狙われる可能性もあるから、私服に着替えてこい。待ち合わせ場所は後で連絡する。」
そろそろ昼休みも終わる。2人はいつも通りに教室へ戻った。
そして、放課後からの時間を使ってさやかをさがしたが、中々彼女は見つからない。今日で4日は音信不通の状態だ。
花火の話が真実味を帯び始める。さやかの写真を使って聞き込みに回り続けているが、進展は見られなかった。
駅近くの噴水広場にあるベンチに2人は座る。肉体的よりも精神的な疲労が大きいのだろう。互いに無言のまま時間だけが過ぎていく。
「…これで4日目、ですね。」
「色々探し回った。出来るだけまともそうな奴にだけ声をかけたから、次は不良連中を当たってみるか?」
「やはり、別々に行動した方が良いのではないでしょうか?」
「初日ならともかく、目の隈を隠し切れていないお前を1人に出来るか。重心ブレてるぞ?」
「…良く、見てますのね。」
顔を逸らす仁美に、花火はそれ以上は言わなかった。互いにさやかが心配で眠れない夜を過ごしているのだ。10月01日から始まったこの探索だが、その日にクラスメイトが2人を目撃。次の日に揶揄われるアクシデントがあった。その日こそ少し恥ずかしそうにしていた仁美も、今日ではロクに受け答えが出来ていなかったくらいだ。
「…そろそろ時間も遅い。送ってくぞ。」
「祭さんは、どうなさるのです?」
「もう少し探す。」
その言葉に仁美は不機嫌そうに花火を睨む。そんな仁美に、花火は真剣に続けた。
「別に危険だからとか、そういうのじゃない。効率ってヤツだ。後は、保険だ。」
「それで納得出来ると思いますか?」
「してもらうさ。今のお前は足手まといだ。」
花火の冷たい言葉に反論しようと仁美が口を開いた時、近くのビルに着いていたモニターからのニュースが耳に入る。思わず、2人はそれを見上げた。
女性のニュースキャスターが今日のニュースを読み上げている。ただそれだけのはずなのに、花火の背中を冷たい汗がつたう。
『一昨日正午に発見されました身元不明の遺体について、詳細が判明致しましたのでご報告いたします。亡くなっていたのは、群馬県見滝原市見滝原中学の学生、巴マミさん15歳。もう1人は、未だ詳細が掴めていないとーーー』
「………は?」
声が、漏れた。
モニターに映し出されているのは、花火が尊敬している先輩だった。心が否定の言葉を叫ぶが、それを脳が間違い無いと冷静に理解させる。一年の付き合いのある彼女の顔を、間違えるはずがない。
「ま、祭…さん。」
仁美が花火に声をかけるが、花火からの反応はない。ただモニターを眺めながら、「嘘だ…嘘、だ…」と呟いていた。
1度目はまどかが消えた。2度はさやかが目の前で瓦礫の下敷きになった。そして3度目の今回はさやかが居なくなり、マミが死んだ。
いつも自分の周りの人間が犠牲になる。大好きだった母も、妹の様な恩人も、気の許せる幼なじみも、優しく頼もしい先輩も。
咄嗟に口元を抑え、湧き上がる吐き気を堰き止める。椅子から崩れ落ちそうになる花火の身体を、仁美が支えた。
「祭さんっ。どうか、どうか落ち着いてください…っ。」
「ぅ…っ……ぐぅっ…!」
背中をさすられ、少し吐き気が和らいだのだろうか。花火は口を開いて必死に呼吸を繰り返した。
口から垂れる唾液を拭う余裕もなかった。それが、石造りの地面に染みを作る。
「祭さん。今日は帰りましょう。貴方も、もう動ける状態じゃありません。」
「ぁ…?だ、ダメ…だ…っ。さや、さやか…が、……さやか、が………っ!?」
花火の心は折れかけている。それは決してさやかの事だけではないのだ。
訳の分からないまま同じ1ヶ月が繰り返され、回数が増える度に自分の周りが犠牲になっていく。大事な人を失う恐怖は、着実に花火を蝕んでいる。
その事を仁美は知らない。しかし、花火の不安定さを彼女は理解していた。
ここ数日で、仁美は彼と共に過ごしてきた。その過程でわかった事がある。
彼は相手に対して、かなり無愛想な物言いをする事が多いように見える。しかし、それは一部の者のみだ。彼の中のラインの内側にいる者たちには、そういった対応をするが、外側にいる者には絶対にしない。
大体の人間はそうやって生きているが、彼の場合露骨なのだ。だから、外側にいる者には興味を感じられない。彼のクールな一面の答えは、究極の無関心だ。
その分、内側にいる者への愛情は深い。
口でこそ悪く言うが、その行動は献身的だ。まどかとの関係を聞いた時、彼女に鍵を渡したと聞いて驚いた。彼はそういった事をしないタイプの人間だと思っていたからだ。だからこそ、とある仮説が過ぎる。
鹿目まどかは、どちらかと言えば自分に自信の持てない少女だ。だからこそ、彼女の自尊心の為に明確な頼っている証拠が必要であるなら?
他人に鍵を渡すという行為は恋人同士なら納得出来るが、そうでない男女間で行うなら少し異常だ。
彼がもし、まどかの自尊心を守る為にそういった行為を行なったと仮定すれば、それは少々癖のある愛情と言えるだろう。
美樹さやかに対しても、それは強く見受けられた。以前、花火とさやかが2人で勉強している光景を目にした事がある。今回共に行動する事となり、その件について聞いてみたところ、こんな答えが返ってきた。
「元は恭介と一緒に勉強させる為の集まりだよ。今は、さやかが恭介に勉強を教えてやる為にやってる。」
つまり、彼にメリットは一切ないのだ。確かに、友達の為に行う事で見返りをというのはあまりいいものでもないが、彼はそれを当然だと考えている。
友達の為に行動するのは、その友達が大切だからだ。そんな小さな特別だからこそ、人は誰かの為に動くのだ。
しかし、彼は違う。友人への献身は当然の行いであると思っている。
そこに、仁美は花火の危うさをみた。このまま進めば、彼は必ず壊れるだろう。これから先、彼の輪の内側に入った者の誰かからの裏切りを受ければ、彼は自分を見失う。
そんな人物はいないだろうと思いたいが、彼の輪の内側にどれほどの人がいるのか、仁美は知らない。
元々花火に外側か内側かの境界が曖昧だった仁美だからこそ、それに気づく事ができた。恐らく、今の花火にとって仁美は既に内側の人間だ。
仁美は、花火と対等に向き合うべきだと考える。彼がいざという時助けを求められる友人は、彼の中にはいないのだから。
仁美は花火を立ち上がらせようと彼の腕を肩に回す。何とか立ち上がらせ、タクシーを探そうと辺りを見回す。
すっかり日も落ちたが、この辺りはまだ明るい。職種の関係上、この時間あたりから人が集まるのだろう。ベンチから離れ歩いていると、向かいから複数人の男たちが歩いてきた。
「こんばんはお嬢さん。お友達の介護?」
「すっげぇ可愛いじゃん。つーか若すぎね?」
明らかに素行のよろしくないタイプの典型のような男達が声をかける。数は5人。顔には嫌らしい笑みを貼り付け、その目的は明らかに仁美である事が容易に想像できた。
「…どいていただけますか?友人を送らなければなりませんので。」
「まーそんな事言うなって。何なら2人とも俺たちが介抱してやっから。」
「シン君やっさしー!とりあえずそっちの男はベンチにでも寝かせときゃいーからさー。君は俺たちがホテルまで連れてくよ。」
男の1人が仁美に手を伸ばす。いざその場に直面した時、人は中々思い通りには動けない。仁美もその例に漏れる事はなく、逃げないといけないのに足が動かなかった。そもそも鍛えているとはいえ、自分より大柄な男性を支えながら歩いていたのだ。軽やかな動きなど期待できるわけがない。
そんな仁美に近づいていく手を、誰かの手が掴んだ。
「あ?おい、離せよ。」
「……に……な。」
「はぁ?何ぶつぶつ言ってんだよコラ。」
「祭、さん?」
男の手を、俯いた花火が掴んで離さない。
男が離れようと手を動かすが、掴まれた手はビクともしない。男の顔を、青灰色の両眼が捉えた。
「俺の友人に手を出すな。」
掴んだ腕を引っ張り、その勢いのままに男を殴り飛ばした。明らかにバランスも悪く力も入らないはずなのに、面白い様に男は弧を描き地面に倒れる。流石に男たちもこの展開は想定していなかったのか動揺により動きが止まった。
花火はその隙をつき、仁美の肩にかけられた手をどけるとその手で仁美の手を掴む。そのまま走り出した。
「て、テメ待てコラァ!!」
我を取り戻した男たちは、当然の様に追いかけてくる。仁美は腕を引っ張られながら、困惑した表情で花火の背中を見ていた。
「すまんっ、迷惑かけたなっ!」
「え、あっ、だ、大丈夫ですがっ。祭さんはっ…!?」
「問題ない!おかしな話だが、妙に身体が動く!」
先程の狼狽えぶりが嘘の様に、花火はしっかりとした口調で答える。花火自身、先程まで揺らいでいた視界が急に鮮明に映るので戸惑ったくらいだ。
誰かに担がれ、歩いている。その誰かが何かを話していて、何となくだが、危害を加えられそうだった。そう思った途端、視界が晴れた。
咄嗟に目の前の男を殴ってしまったが、ロクでもない輩の様なので気にしないでおこう。とにかく、今は彼女を連れて逃げなければ。
気付けば、人通りの無いところまできていた。辺りは倉庫として使われている様な建物しか見当たらない。彼らはどうにも執着の強い連中らしい。かなり走ったつもりだが、まだ追いかけてくる。
悪い事は続くようで、一緒に走っている仁美の息が切れてきているようだ。ゴールの無いマラソンをやっている様なものだろう。
何とかしなければ…。花火が状況打破の為に頭を回している時、突然大きな破裂音が聞こえた。
瞬間、花火の太腿に味わった事のない痛みが走る。硬直した足では上手く走れず、バランスを崩す。咄嗟に手を離したことにより、仁美を巻き込むことはなかったが、花火はバランスを立て直す事も出来ずに倒れた。
「な、祭さん!?」
急に倒れた花火の上半身を起こす仁美。花火は激痛の原因を確認する為に足を見た。
ジーンズに穴が空いている。その穴を中心に、赤黒い色が広がっていく。その穴から滴り落ちた赤い何かが、地面を染めた。
血だ。
「は、はっ…冗談、だろ…っ!?」
血塗れになった花火の足を見た仁美も、その光景に声を失った。
何処かに足をぶつけたりはしていない。花火はもちろん、仁美もそれはわかっている。なら、何故この様な怪我をしているのか。
花火は、そんな映画みたいな展開に呆れた笑い声を出した。
「ハァ、ハァ…ッ!テメェら、やっと追いついたぜ…っ!」
「あー、こんな走ったの久しぶりだってー。貰ったコレ、早速使ってよかったわ。」
肩で呼吸を整えながら、この状況を作り出した男たちが歩いてきた。その手には、凡そ日本では見かける事のない、マガジンタイプのハンドガンが握られている。全体的に黒く、特別な装飾のない無骨なそれは、街頭に照らされて鈍く光を反射する。
「あー、コレ?スゲーだろ?マジモンの銃だぜぇ。」
「よくわかんねーけど、妙な奴らがコレと金くれてさー。もしこの辺の事件とか嗅ぎ回ってる奴いたら捕まえろってさ。まー、その前に楽しむけどねー。」
どうやら銃を持っているのは2人だけらしい。その2つの銃口が、花火の顔を狙っている。
「彼氏君殺されたくなかったらこっちに来いや。な?」
「志筑っ、早く逃げろ!」
「オメーは黙ってろよ!!」
銃を持っていない男の1人が、花火の顔を蹴り上げる。うつ伏せに倒れた花火は、何とか立ち上がろうと腕に力を入れるが、男は花火の太腿を思い切り踏み抜く。
「っ!?アグゥゥッ!!!」
「やめてくださいッ!イヤッ…!?」
「はーい、君は大人しくしてよーねー。」
残りの2人が仁美を背後から捕まえる。掴まれた腕を必死に振り解こうとするが、小柄な彼女が大の大人に叶うわけもない。涙声になりながら花火を呼ぶが、花火は腹部を蹴り上げられ動きが鈍くなっていく。
誰か、誰か助けて…ッ。
仁美は祈るように強く目を閉じた。すると、誰かが倒れる音が耳に入る。薄く目を開けた。
先程まで花火に暴行を働いていた男が倒れている。周りの男達も分からないのか、辺りを見回していた。
「は?オイ、タツ何ふざけてんだ?さっさと立てって。」
銃を持った男の1人が倒れた男に近づいてーーー倒れた。仁美の耳に、小さな音が2つ聞こえる。
先ほどシンと呼ばれていた銃を持った1人が騒ぐ。
「テメェら何しやがったっ!?ふざけた事しやがったら殺すぞっ!!」
頭に血が上っているのか、倒れた花火や動けない仁美が何かしたと本気で思っているのか。銃を向けながら騒ぎ立てる。
しかし、シンと呼ばれた男の困惑は更に続いた。
仁美を捕まえていた男2人が倒れる。
その光景に1番驚いたのは仁美だろう。それは、2人の男の事ではない。
シンの背後に、誰かが立っている。一体いつ現れたのかは分からない。シンの背丈よりも高く、なのにも関わらずその存在感は薄く感じられた。
仁美の視線が自分の背後に向いているのが分かったのだろう。シンは勢いよく振り返り、その両手で銃を握り、大きな誰かに向ける。
「て、テメェかオイッ!コッチには銃があるんだぞっ!?」
後ずさるシンに誰かが距離を詰める。そこには、目出し帽を被った男が立っていた。服装は、軍服なのだろうか?ウェットスーツのように身体に張り付いている服の上から、防弾チョッキのような物を装備している。知るものが見れば、これがスニーキングスーツであるとわかるだろう。しかし、軍人が着る迷彩服ですら見る機会のない仁美にはそれはわからなかった。
男は無言のままシンに近付く。既に触れられる距離まで近付かれて、シンは初めて接近されていることに気付いた。慌てて銃を撃とうとするが、男に腕を掴まれ銃を取り上げられる。そのまま足を引っ掛けられて投げ飛ばされたシンは、簡単に気を失った。
数分も立たずに、今まで脅威だった人物から解放された仁美は、力なく座り込んだ。少しして脳が状況を理解し、慌てて花火の元へ走る。
「祭さんっ、しっかりしてくださいっ!」
花火の上半身を抱き抱え呼びかけるが、どうやら声を上げる事も出来ないのか、口から意味のない音が漏れる。その間にも足元から流れる血が、地面の血溜まりを大きく広げていく。側に蹲み込んだ男に、仁美は懇願する。
「ど、どうか助けていただけませんかっ!?彼、銃で足を撃たれてしまったようなんですっ!」
「…見せてみろ。」
男が花火の太腿の傷を見る。少しして、触診が終わったのだろう。仁美に向かい説明を始める。
「弾は抜けてる。すぐに迎えが来るから、その時に治療は可能だ。安心しろ、コイツは死なない。」
男の言葉に、仁美の中に安堵の感情が広がる。同時に、涙が溢れてきた。花火を抱きしめ「よかった…」と呟いていた。
少しして、小さめのバンが彼らのもとへ走ってくる。花火と仁美。さやかを探す為に歩き回った4日目の夜は、こうして幕を閉じた。
仁美ちゃん回。
3周目は次で終わりです。そろそろ魔女が出てくる予定です。
感想お待ちしております。