神話の時代。
人の国を滅亡させ、精霊の森を焼き払い、神々すら殺して、魔王と恐れられた男がいた。
──名をアノス・ヴォルディゴードという。
「……というわけだが、どうだ?」
魔王の玉座に座り、腕を組んだ魔王アノスは言葉を発する。並の人間ならば畏怖し、足を竦ませるほどの言霊だが、魔王アノスの眼下にいる人物たちにはその心配はいらない。
定められた宿命すら断ち切る、聖剣に選ばれし勇者カノン。
あらゆる精霊の母である、大精霊レノ。
この世界を生み出した、創造神ミリティア。
「どうだ、ではありませんよ、アノス様」
「む? なにがだ?」
「
もう少し言葉をお選びください、と魔王アノスの隣に立つ男が恭しく頭を下げた。
魔王の眼と呼ばれる、魔王アノスの参謀、従者カイル・アストライル。
「そうではないですか、勇者カノン?」
「あぁ。今更
従者カイルが問うと神妙な面持ちで頷く。
「おかしな条件でもなかった。だが、魔王アノス。貴様はこれまでいったい何人の人間を殺してきた?」
「逆に訊くが、勇者カノン。お前はこれまでいったい何人の魔族を殺してきた?」
冷めた瞳でアノスは、カノンのセリフをそのまま返した。
人と魔族、どちらが先に弓を引いたのか。それはもう今となっては知る術はない。
否、知っている者はいる。しかし、過去は消えるものではない。
きっかけは些細なことだったかもしれない。どちらかが殺した。殺されたから復讐し、復讐されたからし返す。憎しみは両種族の間で積み重なり、悲劇の連鎖は
「残虐の限りを尽くしたお前の言葉を信じろというのか?」
勇者カノンが疑いの目で魔王アノスを見る。
「残虐でなければどうした? 魔王アノスを恐れなければお前たち人間は平気に魔族を殺す。罪悪感すら抱かず、英雄とさえ称えている」
「魔族が残虐な行為を行うからだ」
「そうさせたのが人間だと我が主は仰っているのですよ、カノン」
言い合いに発展しそうだったのを従者カイルが間に入った。
「……魔族に一切の非はないと言うのか?」
「戦争に正義も悪もないということだ」
眼光を鋭くさせ、魔王アノスは勇者を睨めつける。
「カノン。貴様ら人間は、魔王アノスが死ねば世界が平和になると信じて疑わないが、本当にそうか?」
「決まっている」
「いいや、貴様は本当はわかっているはずだ。それがまやかしに過ぎぬと、な」
魔王アノスはこう語る。
魔族が滅びれば、次は自分たちとは違う精霊を、精霊を根絶やしにしたあとは自らを作った神々を、と。
魔王が語っている間、大精霊レノの顔が曇る。創造神ミリティアは無表情を貫く。
「そして、今度は人間同士で争い始める」
「確かに。人間には弱い部分もある。だが、俺は人を信じたい。人の優しさを信じたい」
くっくっくっ、とアノスは笑った。その隣のカイルもまた、顔に笑みを浮かべた。
「やはり貴方は、ずいぶん人が良い。人間の醜さを知らないわけでもないのに、それでも人の優しさを信じようとする勇気を持っている」
「……」
カイルの言葉に、勇者は複雑な表情をする。
「ならばカノン。ついでに魔王アノスの優しさを信じてみる、というのはどうだ?」
カノンはすぐに答えない。
この申し出が本当なのか疑っているのだろう。
「先程も言った通りだ。
千年もの間、関わり合いがなくなれば、互いの怨恨も消え失せはしないだろうが、薄れるだろう。
「アノス様の命のすべてを魔力に変換し、貴方たち三人の協力があれば、それだけの大魔法も発動できます。アノス様の魔力は強大に過ぎます。なので、制御の大部分は私が担います。余波で私もまた死にますが、お気になさらず」
「平和のために死ぬというのか。魔王とまで呼ばれたお前と、魔王の眼であるカイル・アストライルが」
「勝手に呼んだのは貴様らだ。眼については俺も同意だがな」
「別に滅びるわけではありませんよ。手頃な器を見つけ、転生します。もっとも、目覚めるのは二千年後でしょうかね、アノス様」
「うむ、そうだな」
魔王とその従者の会話を聞き、カノンは黙った。
しばらくして、彼は覚悟を決めたように、瞳に力を入れて口を開く。
「わかった……お前たちを、信じてみよう」
自分たちで提案しておきながら、魔王アノスと従者カイルは驚いた。お互い顔を見合わせ、カノンを見やる。
誠意を尽くして説明した。言葉が足りなければ従者が補足した。人間、精霊、神々にはデメリットのない証拠も見せた。
残す問題は、積み重ねられた憎悪と怨恨。
だからこそ、その言葉は勇気のいる言葉だった。彼が勇者である意味が、この瞬間、二人は理解した。
「ありがとう」
意外そうな表情を見せ、彼は僅かに笑う。
「魔王に礼を言われる日が来るとは思わなかった」
「こちらも、勇者に礼を言う日が来るとは思わなかったぞ」
二人はまっすぐ視線を交わした。立場は違えど、その力と心の強さはこれまで互いに認め合ってきた。
今、ようやく長い戦いが報われようとしている。
そのことに、カイルは感慨深くなり、魔王アノスと勇者カノンを見つめた。
「では、すぐに始めよう」
アノスは玉座から立ち上がり、目の前に手をかざした。その瞬間、城中に黒い光の粒子が立ち上り始めた。そして、壁や床、天井に魔法文字が所狭しと描かれていく。
魔王城デルゾゲード。この城は巨大な立体魔法陣なのだ。
「この体が魔力の入り口だ」
そう言って、魔王アノスは無防備に体を晒す。
レノとミリティアが彼に手のひらを向ける。そこから放たれたのは白銀の極光。魔力を注ぐためとはいえ、ここまでの膨大な量の魔力を浴びれば、魔王と呼ばれたアノスの体とて無事では済まない。
「二人とも、転生の準備は?」
「もう済んでいる。来るがいい」
「いつでもどうぞ」
頷き、カノンは床を蹴り、手にした聖剣を思い切りアノスの体に突き立てた。
まるで吸い込まれるように、魔王アノスの心臓を貫く。傷口から鮮血が溢れ出す。
「……勇者カノン。改めて礼を言う。もしも、貴様が二千年後に生まれ変わることがあるとすれば──」
「その時は友人として」
ふっ、とアノスは笑った。
そして、顔をいつも隣にいた従者に向ける。
「カイル、貴様もだ」
光とともに、彼の体は消え去った。
膨大な量の魔力が魔王城デルゾゲードを覆う。
その魔力を制御しているのは、従者カイル・アストライル。
「まったく、仕方のないお人だ」
彼は慈愛が籠った笑みを浮かべ、天を仰ぐ。
「──いいぜ。次会った時は、昔みたいにしてやるよ、アノス」
気分次第だがな、と心の中で呟いた。
カノンとレノ、ミリティアに見つめられながら、彼もまた大魔法を制御し終えた直後、消えていった──。
***
二千年後。
とある魔族の家に、一人の赤ん坊が生まれた。
「あなた、名前は考えてくれましたか?」
「う、うむ……しかし、本当にこの名前で良いのか……」
「あなたがしっかりしなくてどうするのです」
困った人、と赤ん坊を抱く女性リア。その傍らには彼女の夫であるブレイが渋い顔をして立っていた。
唸って名前を口にできないでいたその時だった。
「……悩んでいるようでよかった。名前が決まっていたら、言いづらかったので」
そんな声が聞こえた。
目を見開き、二人は冷や汗をかく。
「むむ、この姿では話がしにくいですね。少し成長しますか」
そう言って、赤ん坊の体が浮かび、周囲に魔法陣が描かれる。すると、すくすくと大きくなり、六歳ほどの体まで成長した。
「転生した子供は初めてでしたか? 驚かせたことは謝罪しましょう。申し訳ありません」
にこやかにその子供は話す。
「挨拶がまだでしたね。私の名はカイル・アストライル。彼の暴虐の魔王に仕えし従者であります。以後お見知り置きを、母上、父上」
恭しくお辞儀をしたあと、最後には子供らしく無邪気に笑った。
平和な時代となった二千年後、暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴードの従者である彼が誕生した日であった。
アニメ化がついに始まり、前々から書きたかったこの作品を書き上げました。
四月に放送予定だったのが今月に……すごい待った。延期になった時は膝をつきました。
魔王学院の不適合者、作品が増えればいいですね。みんな軽率に作品書いて。
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