※申し訳ありません。致命的なミスがあったので上げ直しです。
授業はつつがなく終わった。
思い切りというわけではないが、久しぶりに体を動かし、《不滅の魔眼》も出したことで調子がいい。
デルゾゲード魔王学院に通い始めて早一週間。
人間の襲撃も、精霊の小細工も、神々の陰謀も全くない。至って平和な一週間だった。本当に世界は平和になったのだとアノス様と頷き合った。
苦労して大魔法の術式を組み、それに必要な魔力、魔力制御を研究し、そして死んだ。こうも平和だと死んだ甲斐もあったものだ。
「──アノスの家に?」
「ええ。アノス様の勝利を祝してご馳走が用意されているのですよ」
放課後、私はサーシャ・ネクロン──サーシャ嬢に話しかけアノス様の家に一緒に来ないかと尋ねた。
「どうしてわたしが一緒に行かなきゃいけないのよ。それに、わたしは負けたんだけど?」
「あはは……アノス様がサーシャ嬢も、と仰いましてね。ミーシャ嬢も一緒に行きたがってましたよ」
「……」
ミーシャ嬢の名前を出すと、彼女は押し黙った。
なんだかんだ言って、サーシャ嬢はミーシャ嬢のことを気にかけているようだ。
彼女はごほん、と咳払いをしてそれより、と口を開く。
「なんで貴方、そんな口調なわけ? 班別対抗試験の時は普通だったじゃない」
「あぁ、これですか。アノス様の従者としての私はこの口調なのでお気になさらず。たまにポロッと素の口調に戻るかもしれませんが」
主にアノス様が私に対する軽はずみな言動に関してだが。その時はもっとねちっこく拗ねてやる。まだ私を賭けたことは忘れていないぞ。
「ふぅん。じゃああの時は従者として、じゃなかったのね……」
そう思っているとサーシャ嬢が小さく呟いた。
「それで、一緒に来てくださいますか?」
「……ひとつ条件があるわ」
「条件?」
「貴方とアノスが移動で使ってた魔法のことを教えてもらうわ」
移動で使ってた魔法……あぁ、《
どうやらサーシャ嬢は《
私は頷き、《
「いいですよ。《
「別にいいわよ。あいつなら《
我が主はだいぶ信用されていないな。その点、私は《
「……サーシャ……」
「っ……ミーシャ」
すると、私の後ろからミーシャ嬢とアノス様が現れた。サーシャ嬢は視線を逸らす。
「ふむ……。カイル、サーシャの返事は?」
「一緒に来てくれるそうです。サーシャ嬢、アノス様のお手をとってください」
「は? なんで手を繋がなきゃいけないのよ」
「それでは魔法が見せられませんよ」
「……」
アノス様がミーシャ嬢の手をとり、サーシャ嬢に向けて手を差し出すが、彼女は訝しむように我が主を見て、次に私を見た。
「貴方の手じゃダメなの?」
「いえ、私のは……」
背丈の都合上、サーシャ嬢が上目遣いで私を見つめる。
すると、ふっ、とアノス様が笑った。嫌な予感がしてアノス様の方に振り返ると目が合った。
「サーシャは俺と行くのが嫌みたいだな。カイル、頼むぞ」
「ちょっ……! あ、アノス様、私の《
「なに、同じ《
面白そうなものを見るような表情でアノス様はではな、とミーシャ嬢を連れて《
え、どうしたら……。
「なにか不都合でもあるのかしら?」
「あ、いえ……」
歯切れの悪い私に、サーシャ嬢は眉をひそめる。
「はっきり言いなさい」
「えー、私の《
「《
私の言葉に彼女が首を傾げた。
「目的地に到着したあと、人それぞれなのですが目眩を起こすのです」
「へぇ、そんなのがあるのね」
「私の魔法だけなので、サーシャ嬢にはアノス様の《
今からアノス様に《
「別にいいわよ。《
なんとたくましいのやら。そこまで言うのなら《
サーシャ嬢に手を差し伸べると、彼女はちょこんと手を置く。
「サーシャ嬢、それでは振り落とされます。しっかりと」
「……こう?」
「はい、よろしいですよ」
ギュッ、と手を握り、私はサーシャ嬢の足元まで魔法陣を広げる。一瞬視界が真っ白になったと思いきや風景が切り替わった。
目の前には『太陽の風』の看板が掲げられている二階建ての一軒家がある。
手を握っているサーシャ嬢の様子を伺うと、案の定彼女は頭を軽く押さえていた。
「大丈夫ですか?」
「えぇ、平気よ。……これが《
そう言うサーシャ嬢の顔色はひどい。気にしないと言われたが、やはり申し訳ないな。
私の術式に間違いはない。それは二千年も前からアノス様に間違いはないと断言されている。よほど、私の処理が悪いのだろう。
「サーシャ嬢、失礼します」
私はサーシャ嬢の頭に軽く手を置き、魔法をかける。
平衡感覚を補う効果のある小さくて弱い魔法だ。手を離せば、彼女の顔色は先程より良くなっている。
「ありがと」
「いえ、私の不手際ですので」
そう言って、私たちはアノス様の家に向き直る。
「ここがアノスの家?」
「はい。中でご両親のイザベラ様、グスタ様がお待ちです」
彼女をエスコートし、私たちは鍛冶・鑑定屋『太陽の風』の扉をノックする。はーい、という声が聞こえると扉が開かれた。
「まあ、カイルくんいらっしゃい!」
「イザベラ様、こんばんは」
「待ってたのよ。って、あら? そちらは……」
イザベラ様は私の少し後ろにいるサーシャ嬢に目を向けて首を傾げた。サーシャ嬢は私の隣に立ち、スカートの裾をつまんで優雅にお辞儀をする。
「はじめまして。わたしはサーシャ・ネクロン。以後お見知りおきを」
「ネクロンってことはミーシャちゃんのお姉さんね! さっきアノスちゃんが貴女が来るって言ってたの!」
イザベラ様がサーシャ嬢の手を取って笑顔で出迎える。
それにしても、とイザベラ様が私を見た。
「カイルくんも隅に置けないんだからっ! こんなに可愛い子を捕まえるなんて!」
肘でがしがしとつつかれ、私は戸惑う。こうなれば人の話を聞かないとアノス様に言われているのだ。
話が進まない、と思いつつ隣のサーシャ嬢に目を移すが、彼女もなにが起きているのかわかっておらず手を握られたまま固まっている。
「母さん、二人を中に入れてやったらどうだ?」
奥からアノス様が苦笑しながらやってきた。イザベラ様を諌めに来てくれたのだろう。
「あ、そうだったわ。さっ、中に入ってちょうだい! ご馳走を用意するから待っててね!」
笑顔でそう言って、イザベラ様はキッチンへ向かっていった。
「……母さんがすまぬな」
「元気なお母様ね……」
まぁな、とアノス様が頷く。
その後、料理ができるまで私たちはアノス様の部屋にお邪魔して、サーシャ嬢が《
***
班別対抗試験に勝ったことを祝して、イザベラ様が腕によりをかけてご馳走を用意してくれた。
大人数で食べる食事は賑やかで、元々美味しい料理がもっと美味しく感じられる。それに、イザベラ様、グスタ様が騒ぐとアノス様が楽しそうな反応をするのがとても嬉しかった。
最初、負けたのにと呟いていたサーシャ嬢だったが、手料理を一口食べた途端黙り込んだのは面白かった。イザベラ様の手料理は大変美味だ。神話の時代でもここまで美味しい料理はない。
楽しい時間はあっという間に過ぎていくもので、帰る支度をすることになった。
アノス様は工房に戻っていったグスタ様と話すため工房に行き、私はイザベラ様からキノコグラタンのレシピを聞くため、二人には待ってもらうことにした。
「おや、どうかなさいましたかアノス様」
「ん? あぁ、少しな」
店の外で二人並んで待つ彼女たちを物陰から見ているアノス様を見つけ、私は話しかけた。
すると、サーシャ嬢がねぇ、とミーシャ嬢に声をかける。
「……今日は珍しく話したわね」
「ん」
「ミーシャは、あれが好きなの?」
「……あれ……?」
「だから、アノスよ」
サーシャ嬢の質問に、ミーシャ嬢はしばらく考え込む。
「……好き」
「ふーん。どこがいいのよ?」
「……優しい……」
「優しい……? どこが」
アノス様は優しい、そのことを知るものは少ない。ミーシャ嬢は本当によく深淵を覗いている。アノス様の根幹を知ってくれるなんて従者として嬉しいものだ。
「カイル、泣くな」
「だって嬉しいじゃないですか……こんなにもアノス様のことを知ってくれるなんて……!」
「うるさいぞ。少し静かにしろ」
我が主に口を塞がれ、私は黙る。
しばらく彼女たちの間に無言が続くが、ミーシャ嬢がそれを破った。
「……サーシャは……?」
「なにがよ?」
「カイルが好き?」
「はぁっ!? そ、そんなわけないでしょ」
顔を真っ赤にして、サーシャ嬢は全力で否定した。少し興奮したからか、《破滅の魔眼》が瞳に現れている。
まぁ、好かれるようなことしてないからな。心の表層を壊したり、《
それと、とサーシャ嬢が言葉を続けた。
「同じ
少し、彼女は微笑む。
確かに、私も《破滅の魔眼》を持つ者が自分一人だけだという孤独感はあった。制御ができず、破壊をもたらすこの魔眼が憎い時もあった。そして、同じ
彼女もまた同じなのだろう。同じ存在に出会い、安心したのだ。
その後も物陰でアノス様と一緒に聞けば、サーシャ嬢は《破滅の魔眼》の制御が今よりもできなかった頃、魔法の牢獄に閉じ込められていたそうだ。誰も視界に入ろうとしなかったが、ミーシャ嬢だけがそばに居続け、練習を一緒にしたようだ。
それだけ仲の良かった姉妹がなぜガラクタ人形などと言うほど喧嘩をするのか。
「ねぇ、昔みたいに」
「……手……?」
「そ」
サーシャ嬢がぶっきらぼうな言い方をする。
「……ん……」
ミーシャ嬢はそんな彼女の手をとり、繋いだ。
「昔はいつもこうしていたわ。わたしが牢獄にいて泣いている時、ミーシャが手を繋いで笑いかけてくれた」
「ん」
「ほんと、どっちがお姉さんだかわからないわ」
「サーシャがお姉ちゃん」
即答するミーシャ嬢に、サーシャ嬢が苦笑する。
「ミーシャ、一度しか言わないわ」
こくりとミーシャ嬢が頷いた。
「ごめんね……許してくれる……?」
「……怒ってない……」
ふるふると首を横に振ってきゅっ、と強く手を握る。サーシャ嬢は目を丸くして驚いていた。
「そう」
「ん」
良かった。無事に仲直りができたみたいだ。理由はなんであれ、仲が元に戻ったのなら安心だ。
アノス様と顔を見合わせ、彼女たちの前に出る。
「すみません、遅れました」
「悪かったな。送るぞ」
「いいわ、歩いて帰る」
そう言って二人は並んで帰ろうと歩き出した。
再びアノス様と顔を見合わせて肩をすくめ、彼女たちを送るためついて行く。その時になぜついてくるのかと聞かれたが、送るためだとアノス様が言うと微妙な顔をしていた。
帰っている間、サーシャ嬢とミーシャ嬢は互いに無言で、仲良く手を繋いで歩いている。
私はそれを見つめながら、あることを考えていた。
明日は大魔法教練という授業があるようだ。担当する講師はエミリア女史ではなく、七魔皇老のアイヴィス・ネクロンという魔族らしい。
七魔皇老のことはすでに父上から聞いている。
アノス様が自らの血で作った七人の配下たちのことをそう呼ぶようだ。そのことはアノス様に伝えており、なぜ名前が正確に伝わっていないのか、ほかにもまだあるが、魔王学院の
──どう思います、アノス様。
《
──別に急ぐ必要もない。ゆるりと待つとしよう。明日、直接訊いてみるとするか。
確かに急ぐ必要はないか。アノス様の言う通り、明日直接アイヴィス・ネクロンの頭を割ってでも聞き出すとしよう。
「カイル……カイル!」
「……アノス……?」
やがて、《
「どうした?」
「どうしたじゃないわよ。着いたのよ、わたしたちの家」
そう言われ、サーシャ嬢か指さす方に顔を向けると、大きな門とその奥に建つ立派な豪邸が目の前にあった。
「じゃ、わざわざありがとね。ごきげんよう」
サーシャ嬢はくるりと踵を返して去っていく。ミーシャ嬢はアノス様を見て少し微笑んだ。
「仲直りができて良かったな」
「……アノスとカイルのおかげ」
私は何もしていないのだが、言われて悪い気はしない。
それではな、とアノス様が言って彼女もまたサーシャ嬢を追って去っていった。
「俺も帰るぞ」
「はい。おやすみなさいませ、アノス様」
軽く手を挙げて我が主は《
さて、私も帰るとしよう。
「あの、カイル」
「おや、サーシャ嬢。帰ったのでは?」
「まぁ……そうなんだけど」
伝え忘れたことでもあったのだろうか。
「……ありがとう。貴方たちのおかげでミーシャと仲直りができたわ」
「私は別になにもしていませんよ。全てアノス様のおかげです」
「そうかもしれないけど……貴方にも言っておこうかなって」
「では、素直に受け取っておきましょう」
サーシャ嬢は素直ではない。明日、アノス様に代わりに伝えておこう。
ねぇ、と彼女は私に声をかけ、目を見つめようとする。《破滅の魔眼》の制御ができていない影響で、人と目を合わせるのが苦手なのか、目が泳いでいるが、それでも頑張って私の目を見た。
「今だけでいいから、素の方に戻して」
真剣な表情で訴えかけてくる彼女に、私は拒否できなかった。
咳払いをして、息をつく。
「わかったよ。これでいいんだろ?」
ええ、とサーシャは頷く。
「変なこと聞いてもいいかしら」
「なんだよ」
「もしも、運命が決まっていたら、貴方はどうする?」
運命が決まっていたら、か。……なら、答えは決まっている。
「運命なんて、蹴り上げてやればいいんだよ」
その俺の解答に、サーシャはきょとんとした顔をした。
「そんなこと、できるの?」
「おう、楽勝だ」
ニィ、と俺は口の端を吊り上げる。
「気に入らねぇやつを滅ぼせばそれで終わる」
それを聞いた彼女は目を丸くし、次にはふふっ、と軽く腹を抱えた。面白かったのか、少し涙が浮かんでいる。
「それ、アノスみたいね」
「ハッ、じゃねぇと従者は務まらないんだよ」
つられて俺もサーシャと一緒に笑う。
しばらく笑いあったあと、彼女がねぇ、と俺を呼ぶ。
「ちょっと、こっちへ来なさい」
「あ? んだよ」
命令は主以外受けないが、今は従者としてではなく、ひとりの魔族だ。これくらいなら受けてやる。
「もっとよ」
「わがままだな。これでいいか、サーシ──」
もう一歩踏み出した瞬間、サーシャが俺にキスをした。
ふわりと風が吹き、道の脇の花壇に咲いた花の花弁が舞う。
俺は反射的に《
──しかし、少し彼女には悪いことをしたか。
「……と、友達のキス、だから……か、勘違いしないで」
でも、と言葉を続ける。
「……貴方以外にはしたことないわ」
「じゃあ、貴重な友達の印だな。ありがとな、サーシャ」
頬を赤くしているサーシャの頭に手を置く。びっくりしたのか、ビクリと震えた。
「それじゃ、俺は帰る。また明日な、サーシャ」
「ええ、また明日」
サーシャに手を振って《
足元に魔法陣が浮かび上がり、視界が真っ白に染る直前、
「……ねぇ、カイル。貴方に会えて……よかったわ」
そんな声が聴こえた。
***
「貴方に会えて、よかった……か」
自分の家の前に着いた俺はポケットに手を突っ込みながら先程聴こえたことを反芻した。
そして、サーシャにキスされた時に《
「……これが、最初で最後のキス……」
敵意はなかった。むしろ好意に近いものだったような気がする。それに加えて哀しさも滲んでいたようだった。
もしかしたらサーシャには、なにかあるかもしれない。
「気に食わねぇ」
──それよりも。
「最後なんて、んなもんわからねぇだろ」
絶対、俺が最後になんてさせない。
魔王学院最新話良かったですね。
原作で読んだとはいえ、アノス様の両親の想いが伝わってきて私は過呼吸になりました。
感想、評価お待ちしております。
ミスしてごめんなさい……許して……。