「さて、では道具はどれを使いますか」
ヤムチャが先程とは違う形の剣を見つけて手に取る。勇者だか悪魔だかの悪ノリを続けているのか、それとも本気なのか、マントまで身に着けている。天津飯は先程と同じ木刀のようだ。まだ何かができる、と思っているのかもしれない。
「よーし、ヤムチャさん、天津飯さん、ベジータさん、いきますよ!」
「フン、付き合ってやろう」
ベジータは興味なさ気に天津飯の前に立ち、同じく木刀を手にした。ヤムチャ対悟飯、天津飯対ベジータの構図である。
「いけっ!」
まず仕掛けたのは悟飯。先程の悟空同様、髪をまるで針のように変化させて飛ばしてきた。
「親子で同じ世界を持っているようですよ、僕たちは」
「なるほど、牽制としては十分に面倒な技だな」
髪の針を躱しながら、ヤムチャが反撃を試みる。とは言え、手にしているのは剣である以上、先程と変わらない攻撃にしかならなかった。この程度では悟飯には通じないだろう。だが、ヤムチャには剣の効果が理解できていた。先程の氷のように、この剣にも力が込められている。問題はこれが悟飯に通じるかどうか、である。
「お父さんの真似をしてみるか……一……」
「ヤムチャさん、まずい! あの技は避けられない!」
悟飯が謎の数字を唱え始めるとともに、クリリンが叫んだ。何が爆発するのかわからないが、あの技を喰らった時は、何かが自分に向けて飛んできたのではなかった。そう、自身の周りの空間が爆発したとしか思えなかったのだ。防ぎようがない、敢えて言うなら高速移動で躱すしかないが、髪の攻撃で動きを制限されているヤムチャにはそれは無理そうに思えた。
「二……三!」
轟音と共にヤムチャの周囲の空間が爆発し、熱波がクリリンの元にまで届く。別世界の能力云々ではなく、純粋に攻撃として非常に厄介なものであった。
「あっさり終わってしまいましたね……」
念力とでもいうのだろうか、謎の気をいまだ発している悟飯が勝利を確信したときだった。
轟音が再度響き渡る。
今度は爆発ではなく、雷鳴であった。
爆発の残した煙の中から現れたヤムチャの振りかざす剣から雷が迸る。
「ひ、ひいいいい、雷ぃ」
何故か悟飯は雷に異常に怯え、その場に蹲った。
「ヤ、ヤムチャ……お前どうやって」
闘いながら観戦していた天津飯とベジータも驚いている。
「このマントさ。熱を防ぐ効果がある。雷はこの剣からだな。どうやら俺の中にはこういう道具を使いこなす世界があるようだぜ」
それにしても悟飯の怯えは計算外だったようで、攻撃したヤムチャ自身も首を傾げている。まるで小さな子に戻ったかのように雷を恐れ、震えているのだ。
「うーん、爆発の能力? その世界の弊害かな?」
「兄ちゃん、かっこ悪い……」
「げげ、あの技使ってるとあんな弱点できるのかぁ。オラも気をつけねえとな」
悟天にまで失望され、悟空にあやされながら、悟飯はあえなく退場となった。
「では、第二ラウンドだ。お前らはさっき言ったように二人がかりでいいぞ」
ベジータが天津飯とヤムチャに対峙する。
「さっきまではどうだったんだ?」
「全然だめだな。色々試してみてはいるが、どんな攻撃もベジータはあしらってしまう。やはり格が違うのかもしれん」
そうは言うものの、天津飯は木刀から手を離さない。攻撃力で言えば先程の刀の刺突の方が有効なはずだが、まだ何かを探し求めているようだった。
「まだその木刀で来るのか? もう五回は試しただろう? 無駄だ」
「どうかな……次が六回目だ。本命を叩きこんでやるっ!」
そう言うと天津飯は木刀を手に不規則に身体を回転させる。それに応じ、木刀も彼の身体の周囲を巡る。
「ほう、なかなかだ。剣の技としては隙がない」
舞うように回転しながら剣を振るう天津飯に対し、ベジータは近づけなかった。尤も剣で闘うからであり、実際にはエネルギー波一発で終わってしまうのはお互い承知の上。あくまでも自身の『内なる声』を高める訓練なのだ。とは言え、何の効果も上がらない攻撃では意味がなかった。
事実、間合いを詰めたところでベジータの手刀で簡単に天津飯の木刀はその手から床に転がった。
「フン、なかなかだが、俺様に通じるとでも思ったか。スイカでも割って食うための技だな」
怯む二人に満足したようにベジータは笑い出した。
「はーっはっは! それでいい、所詮貴様らの力などそんなものなのだ。さっさと終わらせて飯にするぞ」
そういうとベジータも木刀を捨てる。そして超サイヤ人になるまでもなく、目の前の天津飯を叩きのめそうとした時だった。
「なっ」
いくつもの拳がまるで流星のようにベジータに襲い掛かる。不意をつかれ、受け止めきれなかった数発を喰らい、ベジータは後ずさった。
「ヤムチャさん、すげえ!」
「ヤムチャだと?」
クリリンの声にその拳の主がヤムチャであることを知る。
確かにヤムチャは先程のマントや剣を捨て、徒手空拳でそこにいた。その身体からはまたこれも異質な気が立ち籠めている。
「貴様、その気は……」
「なんだろうな。気とは少し違う。まるで体内に宇宙を感じるようだ。だが、これなら貴様とも戦えそうだ」
言うや否や、またしても拳の雨がベジータを襲う。どういうわけか、距離があるはずのヤムチャの拳が目の前に実体として襲い掛かってくるのだ。そしてその速度はベジータですら躱しきれないものだ。
「く、しかし貴様の攻撃力では……」
「さあ、これならどうかな」
ベジータの発言を待っていたかのように、今度はその拳が集中して巨大な彗星の如く、変化した。
「な、ぐあああ」
まともに喰らったベジータは吹き飛び、ヤムチャがベジータをダウンさせるという、居合わせた皆が信じられない光景を眼前に映し出している。
「ひえー、すげえなヤムチャの奴」
「パパー、負けるなー」
外野の声にヤムチャが気をよくしていると、ベジータがのそりと起き上がる。その顔には怒りではなく、不気味な笑みが浮かんでいた。
「なるほど……界王神の言ってていたことの意味はこういうことか。おい、貴様ら、ここの道具を使ってみてもいいんだったな」
「あ、ああ……あくまで修行だからな」
呆気に取られている天津飯が答えると、ベジータは道具の山から使い道の無さそうな鎖を取り出した。
「鎖? 謎の目覚めた奴とやらを捕まえた時に縛るための物じゃないのか?」
「くくく、ヤムチャごときにでかい顔をさせるわけにはいかん」
ヤムチャを睨んだベジータの気が変化していく。その気から受ける感覚は、まるで彼の目の前のヤムチャそっくりだった。
「な、ベジータも、だと」
「貴様の攻撃で、俺の中のその声とやらが目覚めたようだ。世界の危機などに興味はないが、せっかくの新しい技だ。遊び程度に付き合ってやろう」
ベジータが手にした鎖を掲げ、気を入れると、鎖がまるで生き物のようにヤムチャに襲い掛かってきた。
舞空術で空に逃れるが、鎖はヤムチャを執拗に追う。躱しても逃げてもどこまでも追いかけてくるのだ。
「ハハハ、無駄だ! とっととこのネ――」
「ベジータさん! 言ってはいけません!」
「ちっ、界王神か。そういえばそうだったな。まあヤムチャが倒れるのも時間の問題だ」
界王神に注意を受け、それにこたえながらも、攻撃の手を休めるほど、ベジータは闘いに不慣れではない。何度か先程の拳の嵐で鎖を叩き落としては来るが、彼の優勢は目に見えてきた。
「二対一でいいんだったな」
不意に横から強力なアッパーカットが繰り出された。
「なっ」
虚をつかれ、まともにその衝撃を受けたベジータは浮き上がり、再度その背を地に着けた。
「天津飯、だと」
一撃を放ったのは天津飯だった。その身からはヤムチャ、ベジータと同じ不思議な気が発せられている。
「貴様も、か」
「助かったぜ、天津飯」
ヤムチャも戻り、不思議な気を纏った三人が睨み合う。
「あいつら、すげえ技持ってるんだなあ、オラも使えねえかな」
「無理でしょう。『内なる声』はあくまでその人だけのものです。何故かあなた方父子は同じでしたが……。悟空さんの爆発もなかなかの技だと思いますよ」
「でも、雷が恐くなるんじゃなあ」
そんな会話がなされる中、三人は子供たちの声援を受けてお互いの技を繰り出していた。どうやら、あの不思議な気は彼らの使う気と相性がいいのかもしれない。実戦で有効とも思えるレベルで使われていた。
「ハハハ、この気と俺様本来の気、両方使いこなせるようになれば!」
ベジータは鎖を操りながら、エネルギー波を挟んでくる。ヤムチャや天津飯にはそこまでの才覚はなかったのか、この攻撃には防戦一方になっていた。
天津飯は右から飛んでくるエネルギー波を、ヤムチャは左方の鎖をあしらうのに必死だった。
「ぐっ!」
エネルギー波を弾く天津飯に鎖の一撃が入る。ヤムチャが拳の嵐で落とし損ねたものだ。
「拳の幕が薄いぞ、なにやってんの!」
拳を弾幕のように張るヤムチャに対し叫んだものの、ヤムチャも必死に対応しているのだ。これ以上は望むのが酷である。
だが、天津飯は感じていることがあった。もしかしたら気のせいかもしれない。修行になるかどうかもわからない。が、試すのは今しかないような気もした。
「おい、ベジータ」
天津飯は意を決して、語りかける。
「なんだ、降参か?」
「お前は何のために戦っている?」
「ふざけたことを……。俺はサイヤ人だ。闘いこそが……」
そう言いながらもいつものベジータらしさは確かに薄まっているように思えた。
天津飯とヤムチャ。
二人ともこの同じ世界を共有したからなのだろうか、感じていることがある。
――あのベジータは闘いを望んでいないかもしれない
勿論、普段のベジータならあり得ない。それどころか一瞬で殺されてしまうような疑問と問いかけだ。しかし、同じ不思議な気を纏ってから、なぜかそう感じるようになった。ヤムチャはそれより早くそんな違和感を覚えていたようだが、いずれにせよ、闘うことを望むというよりも、闘う意義を無理に追い求めている感覚すら受けるのだ。
「俺には信念がある。自身の役目を全うすること、全力を尽くすことだ。いまは餃子の無念を胸に、世界の崩壊を止めることだな。先も言ったが、負けるわけにはいかないが、負け戦でも戦う信念がある。貴様にそれはあるのか」
「な、なにを馬鹿なことを……」
明らかに動揺するベジータ。彼もまた『内なる声』に影響を受けてしまっているのだ。まるで新米の軍人に薫陶を授ける上官の如く、天津飯の語りかけは続いた。
「そ、それでも俺はサイヤ人の王子だ!」
動揺の中、放ったベジータの鎖がヤムチャを襲った。
「見えるっ! そこっ!」
しかしヤムチャはその動きを予測していたかのように、鎖を次々と躱していく。同時に拳をベジータに向け飛ばすという普段の彼からはかけ離れた機動性と攻撃を見せた。
「がはっ!」
が、躱した鎖はヤムチャを追うかに見せかけ、無防備だった天津飯の背中を貫く。
「そこまで!」
深手を負った天津飯を見て、すさかず上げた界王神の声で戦闘は打ち切られた。
ベジータはさっさと食事に向かったが、やはりどこか悩んでいるようでもあった。
最強を目指し、その夢をことごとく強敵に打ち砕かれ、常に最強に一歩届かなかった孤独な戦士。
その境遇が彼の内なる世界とシンクロしたのかもしれない。
――なんのために戦うか
ベジータだけでなく、俺や他の皆も同じ問を受けたのかもしれない。界王神の回復を受ける天津飯を見守りながら、ヤムチャはそんな想いを抱いていた。