一応、復讐でもしますかね。 作:エメレンシア / 観察端末
描写は重いかもしれない。
レンデス・ハスト。
軽い気持ちでやり返せ。
「まぁ、なんだ……一番、不真面目で、一番、生への渇望の強いお前に──すべてを託すよ、ラナエ」
そう言って。俺の胸に、その指を置いて。
目を瞑り、力尽きる──我が母。
……重いわぁ。
狐であった。その生、二度目。つまるところ
狐である。二度目の生は、その環境は、お世辞にも良いとは言えなかった。まずネット環境がない。というか日本じゃあない。そもそも地球ですらないっぽい。何が悲しくて現代っ子が山育ちからスタートしなければならないのか。おかげさまで毎日が充実しているし、精神衛生も十分に保たれている。脱ネット。悲しいかな、真実。
そして、狐である。新しい名前はラナエ。母がいて、父はいない。死んだそうだ。あっさりとしていた。山育ちは倫理観に恵まれていない事がわかる。妹が二人。弟が一人。どこかへ行った。俺よりも早い段階で親離れだ。野性味あふれるのは良い事だが、どうせ、その辺で野垂れ死んでいる事だろう。野生は厳しいのだ。
そう、狐なのである。
……狐なのだ。
正確に言えば、狐の亜人種、とでもいうべき種族。無論母も妹弟も亜人などという言葉は口にしなかったし、なんなら狐という言葉も使わなかったから、この世界にはこの世界なりの呼称があるのだと伺える。言語自体が違うのだ、同じである方が気持ち悪い。恐らくだけど、この言語とて田舎の……山の中と少し外にしか通じないソレなのだろう。都会に行けば自分が話していたのが方言だと知ってショックを受けるカッペみたいなものになる事安請け合い。
狐である。そもそも、人間らしい人間がいるのかさえ怪しい所だが、まぁ、いるだろ。あれらは、いることに関してはどの生物よりも優れている。
さて、狐といえばの話をしよう。
狐と言えば、狸と双璧を為して幻術に優れるのが通説だろう。化かして化かして化かして馬鹿にして。何を隠そう俺にもそれが使えるときた。ニホンギツネかぁ? あるいは中国か。まさかテウメーッソスじゃあるまいに。自分の血統書を確認する術がないのは不便なことだ。別に困りゃしないが。
元々ヒトガタをしているけれど、フィクションよろしく耳が生えている。流石に四つもありゃしない。それを幻術でちょちょいと被せれば、まぁ、見た目は人間だ。尻尾はデフォルトで幻術かかってる。種族的にそうらしい。
尻尾は太さや長さで実力が分かってしまうから、基本は隠すもの、だそうだ。分かってしまって悪い事? そりゃあ襲われるんだと、外敵に。
さてまぁ、之この様に、狐として生を受けて早五年。親元離れずうだうだしている俺の元に、騒動の種が歩み寄るのである。
山が、燃えていた。
んー乱世乱世。もとい炎上炎上。
山火事は瞬く間に俺達の生活スペースにまで入り込み、火に対抗する手段の無い俺達は、湧き水の出る洞窟に身を隠してぶるりぶるりと震えるしかなかった。これぁ妹も弟も死にましたね。野垂れ死んでなくとも、丸焦げだぁ。
「ラナエ。一つだけ、教えておく」
「んぁ?」
「この災害は自然のものではないよ。前に話したろう、我らの敵によるものだ」
「襲撃ってこと?」
「ああ。悲しいかな、私達は決して彼らに敵対行動を取った事は無いというのに、彼らにとって、私達は商品らしい。理解は出来るかな」
「敵は、どういう姿をしているの?」
なんともまぁ、予想の範囲内。であれば妹弟は死んでいないかもしれないな。奴隷だ。商品、などという言葉が母の口から出るとは思わなかった。狐の亜人種に金銭の概念があったのか。あるいは、母も昔。あぁ父親が死んだってそういう?
めらめらと赤く燃え盛る洞窟の外を見つめながら、母は言う。零す、と言った方が正しいか。
「耳が、ここにある。丸い耳だ。そして尻尾を持たない」
「ふぅん」
確定。人間様だ。まぁ、食と性に関しては我慢をしないのが人間である。獣欲ここに極まれり。獣に言われるとは終わってんなー。
けれど、終わってる彼らがここに辿り着くのも時間の問題だ。襲撃ということはここに俺達がいるとわかっての放火だろう。逃げ場を失くし、燻すための。つまるところ、なんだ。
「ここだ、この洞窟が最後だ!」
山の全体マップくらい、持っていてもおかしくはないって話。
さて、獣といえども母は母、我が子を守るためなら身も張るという所か。俺に不可視の幻術をかけて、自らは巨大な化け物に変化して。あぁ、けれど、人間の方が何十手も上手だ。武器には毒を、盾には棘を。見る間もなく、見るも無残に弱っていく母に、しかし俺は何もしなかった。残念ながらこの大事な命を張ってまで助ける程の情がない。妹にも弟にも、五年間を連れ添った母にさえも。
このまま不可視であれば人間たちは去るだろう。それで、まぁ、殺した母の亡き骸を素材にでもするか。生け捕った妹弟たちを
そして、その時は来る。
大きな音を立てて倒れる母の幻像。それはそのまま動かなくなった。
それだけ。
人間たちも疑問を持ったのだろう。死んだのに変化が解けない。それは彼らの常識においてあり得ない事だ。だから警戒して、だろう。死体撃ちはマナー違反だぞ、と言いたくなる程、ザクザクとその化け物を切り刻み始めた。洞窟が血に汚れ、湧いたそばの水に赤が混じる。黒が混じる。
10分くらいか、人間たちがそれを続けていたのは。
どれほど痛めつけても化け物が化け物のままだと悟った彼らは、今まさに幻術に掛けられているのだと判断した。クソ、などと悪態をついて洞窟を早足に抜け出していく。どこかに逃げたと踏んだのだろう。
まさか切り刻まれ続けた彼女が未だに生きている、などとは微塵も思わずに。
人間が完全に出て行った後、その化け物は、ようやく本来の姿を取り戻した。本来の姿などと。あぁ、そんなことはない。これほど血まみれで、傷だらけな母を本来の姿などと。
けれど、化け物ではない。
「……まぁ、なんだ」
母は口を動かす。笑っているのか泣いているのか。
なんだ。それほど情があったか、俺に。俺が愛を向けた事なぞ、ただの一度も無いだろうに。
「すべてを託すよ、ラナエ」
血だらけの指を、とん、と俺の胸において。
力尽きる。どさ、と。まぁ、有体に言えば──死んだ。死した。死亡した。
瞬間、彼女の身体から、燐光が溢れ出る。白とも金とも取れる色をしたその光は、ふらふらと宙を漂い──大きく、息を吸った俺の口の中に吸い込まれていった。
……重いわぁ。というか。
「知ってたのか。俺のコレ。……まぁ、仮にも母親か」
左手を見る。それは直後、母の身を何度も刺した槍へと変貌した。
実体を持つ変化。先ほどまでの俺には出来なかった事。そして、母がその命を散らすために使用した幻術。
左手の人差し指と中指の間を口に当てて、息を吸う。吐く。
何も持っちゃいないし、何があるわけでもない。ただの手癖だ。
「さてじゃあ、いっちょ」
復讐でもしますかね。
洞窟から出ると、見るも無残な禿山が目の前に広がった。黒く染まった枝。緑の無い地面。空は灰色で空気は焦げ臭い。
「んー。しかし手掛かりが/zero」
先ほどの人間たち、なんか目立つ紋章でも付けてりゃ良かったんだが、私服も私服。まぁんな身元特定してください! みたいな服装で密漁なんかやるわけもなし。鷹狩みたいな趣味のハンティングとして広まっていたんならお手上げだ。その時は悲しいけれど人類全滅だろう。連帯責任ってヤツ。
迷うのは性に合わん。とりあえず洞窟を出て直進。そこで人間か、あるいは別のか、ま、なんらかの文明にぶつかりゃあ、ある程度なんとかなるだろう。
というわけで歩き出した。太陽を見て直進、みたいな愚かなことはしない。動くものを目印にするなと何度言ったら。目印はあの洞窟と、俺の足跡。幸い禿山だからな。足跡は付きやすい。何が幸いだ。俺のマイペース生活を奪いやがって。養ってくれるんだろうな。
「そういえば腹が減ったのを忘れていた」
声に出す。流石の俺も死んだ母を食べる程サイコじゃあない。ちゃんと埋葬しましたよ、洞窟の最奥に。流石の俺ってどんな俺だよ。
いや、腹が減り申した。余計な自分ツッコミを入れているとエネルギーを消費する。これは早い所人里に降りて食べ物を乞おう。あるいは盗もう。
「あら?」
「んぁ」
まだ禿山の中──だというのに、俺は、俺とその子は、ばったりと出会った。後ろで彗星でも降っているかもしれない。この見渡しの良い禿山でどうやってばったり会うというんだ。俺だって一応さっきの密猟者がいないかとか周囲に気を配っていたというのに、この子は突然現れたぞ。虚空から。もしかして幽霊では? 写真撮るか……。
「貴女、一人?」
「二人に見えるのなら医者を紹介するよ」
「それじゃ、紹介してくれる?」
「残念だけど医者の知り合いはいないんだ」
話しかけてきた。こちらの身長に合わせるよう膝を折って、身を屈め。あ、言い忘れてたけど俺isTS狐。まぁ狐の性別なんかどっちでもいい。雄なら去勢しないといけなかったかもしれない。
「貴女、名前は?」
「教える義理がないかな」
「私はエメレンシア。貴女は?」
「名乗られたら名乗り返すのが礼儀。ラナエだよ」
「じゃあ、ラナエ」
エメレンシアは指パッチンを一つした。
空間に穴が開く。うわ、ファンタジー。それ指パッチン必要だった? 実は何もしなくても開けられる奴じゃない? 今カッコつけたでしょ絶対。
「お腹、空いてない? ご馳走するわよ」
「空いてるけどわざわざ檻の中に入る程馬鹿じゃない」
「……あらら」
こんな禿山で、迷子の心配をしてくる奴は怪しいに決まってる。一人かどうかを聞いたのは親がいないかどうか──もう一匹いないかどうかの確認。まぁ、こいつも密猟者ということで、FA。
そもそもこのタイミングで山に来る奴は密猟者が地元の住民くらいだろう。シタッパー'sが残りの二匹を見つけられなかったと聞いて、親玉が出てきた。そんなところか。遠距離での通信技術が発達しているのか、あるいは近場に待機していたか。煙玉でも上げたかな。なんにせよ、組織だってることで。
「悪い様にはならないわよ? 貴女ほど可愛ければ、お金持ちの家で永遠幸せに暮らせるでしょうし」
「魅力的な提案だけど、俺はお金持ち側になりたいね」
「お金持ちは大変よ。日々、刺客に狙われることになる」
「ヒュウ、密猟で稼いでるお金持ちは言う事が違うね」
「出来れば傷つけずに捕獲したいのよ。自分から入ってくれると嬉しいのだけど」
「そりゃあ残念」
右腕を剣にする。
前傾姿勢。
「アンタは既に復讐対象だ──出来れば傷つけて、殺したい所だね」
返事を待たずに突撃する。と見せかけて、横にジャンプ。瞬間後に俺の突っ込もうとした場所に空間の穴が開いた。やっぱり指パッチンやらずに使えるじゃねーか。カッコつけめ。
右手を引いて、引き絞って、思い切り拳を突き出す。同時に形態変化。母の身を突いた槍を模す。それは投擲もかくや、一直線にエメレンシアの元へ伸びる。伸びきる前に、変化を解く。エメレンシアの顔の前に現れた穴に触れないように腕を引き戻して、跳躍。バックステップ。
「だっるいなぁ、ソレ」
「便利と言ってほしいわね。けれど、よくわかったわね? 触れただけで引き込める、って」
「知らんかったけど、大体そうだろ、そういうのは」
エメレンシアは無駄に無意味に空間の穴を多数開け閉めしながら、改めてこちらに向き直った。全部開けきってくれりゃあ最大展開数とか測れたんだが、何分閉じているものがあるからわからんちゃん。
これは分が悪いオブザデッド。
さて、優先事項は俺の命だ。最優先事項。次点で復讐。託されたものをずっと持ってたら重いからな。早々に解消しちまいたい。抱えて生きていくなんてまっぴらごめんだ。
それじゃあ、触れなきゃいいんだろ戦法に切り替えで行こう。まだ命の危機には瀕しちゃいない。
右腕を変える。記憶の中にしかないもの──銃器に。それも架空の銃だ。中の構造は想像でしかない。何分、FPSが好きだったもので。
「……銃? 山に暮らすイオピクスの子供がなんでそんなものを知っているの?」
「さぁて、なんでだろうね」
銃、あるのか。怖い怖い。でもさっきの人間たちは持ってなかったな。普及してるもんじゃないのかね。
今はどうでも良い事か。さて、撃てるかどうかは一八だけど。
狙いを澄ませる。引き金を引く感覚はあるけど、引き金に指が伸びているわけじゃあない。右腕全体が銃になってるからな、そりゃ当たり前ってことで。
ばぁん。
瞬間、着弾地点に空間の穴が開く。知ってたさ。それで、俺に向かう空間の穴が開くんだろ? 使い古された反射だな。
あぁけどそれ、銃弾じゃないんだ。
閃光弾でさ。フラッシュバンってやつ。
「ウッ!?」
タァン! と。
脳天に直撃ヒット。銃弾はそのまま頭蓋を貫通し、近くの焦げ木へと突き刺さる。
倒れるのは、俺の身体。
「……貴女の敗因は、私の仲間の存在を忘れていたことね。大丈夫、安心なさい。死んでしまっても剥製にして売ってあげるから。無駄にはしないわ」
「そりゃあ、ありがたい話だ」
確実に心臓を貫く。背から胸にかけてを、毒の浸み込んだ槍で。
カ、と小さな呻きを上げるエメレンシア。何故、と口が動いた。
おいおい、何言ってんだ。
「狐だぜ? そりゃあ、化かすだろ」
槍を引き抜く。
引き抜いて、大きくバックステップをした。ギリギリ。目の前ギリッギリにまで大口を開けたのは、地に影を落とすように生成された空間の穴。
「……この借りは、必ず返すわ。ラナエ。覚えたから」
「おいおいなんでそれで死んでないんだ……人間じゃねえのか?」
エメレンシアは問いに対しては不敵に笑うだけ。
そのままずぶずぶと空間の穴に飲み込まれていくエメレンシアが、最後の最後、首だけになった状態で、ようやく。
「そうそう、貴女の家族は私達が預かっているから、返してほしかったら」
「いらないよ。好きに使いな。煮るなり焼くなり。覚悟の上だよあいつらも」
「……酷いお姉ちゃんなのね」
消えていった。
遠くの方に確認していたスナイパーの姿も無い。まだ隠れている可能性はあるが……まぁ。
「エメレンシアという奴隷商人、でいいのかね。その一派か」
簡単に死んでくれると助かるんだがなぁ。