一応、復讐でもしますかね。   作:エメレンシア / 観察端末

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メリンダ・アーテーデン

蜂蜜のような女性 / 白亜の大寺院


13.あっさりした心変わり

 

 

 まぁ、なんだ。

 元居た山でぬくぬくと、ってぇのは、無理だった。追手に次ぐ追手、密猟者が後を絶つこともなく、逃亡を余儀なくされる毎日。こりゃあ堪らんと、俺ぁこの大陸を出る事にした。シェルダンやミグエルのある大陸を出て、海の向こうへ行ってしまえば流石に追っても止むだろう、という判断。

 はたして、それは正解だった。鳥になり魚になり、海を渡る事数十日。ようやく辿り着いた異大陸は、たった一人の人間と多くの動物たちが住まう楽園のような場所。無論食物連鎖は起こるし、争いが無いわけではないのだが、少なくとも意味の分からん英雄集団の手の届かない場所であることは間違いなかった。

 

 苛烈っちゃぁ苛烈。だけど、死の危険はかなり薄いその大陸でぬくぬくと過ごす事、一年。

 同居している狸から、こんな話を聞くことになる。

 

 曰く、お隣の大陸、戦争が始まるってよ。だとか。

 

 へぇ、そうなのか。知らんがね。なんて返して、ふと思い出す事があった。

 

 そういや、善性の方のエメレンシア。あいつぁ、交代とやらをしちまったのかね、なんて。

 珍しく、家族や共に旅をした二人よりも先に、思い出を起こす。煙管を取り出して、この一年でなんかそれっぽい草をブレンドして作った刻み煙草へ火をつけて、ゆっくり吸う。

 んん……。

 

「ちょいと、ラナエ。やめてー、ウチの前でそれ吸うの。臭いったらありゃしない」

「一年経っただろ。慣れろ、少しぁよ」

「吸わんでとは言ってないでしょ。ウチの前では吸わんで、って言ってるの」

「知らんなぁ。害はねぇんだ、臭いだけなら我慢しろよ」

「我慢出来んから言ってるんよ?」

「じゃあ我慢できるようになれよ。日々精進だろ、生きモンならよ」

 

 この大陸にいる、唯一の人間。

 白いワンピースを着たその少女は、この大陸にある樹木の全てを司っているとかいうのだから、普通にバケモンだ。俺の幻術やエメレンシアのマルゴーのような能力であるのだが、規模が明らかに違う。曰く能力というのは鍛えれば鍛える程強くなっていくもの、らしいのだが、大陸全土を覆える程になるまで果たして俺の寿命が持つかどうか。

 なお、不老不死らしい。何万年も前から生きているとか。どこまで本当だかねぇ。

 

「アウラニ。隣の大陸のこたぁ、どんくらい知ってるね」

「外から来たラナエの方が知ってるでしょ。ウチは引きこもりなんよ、ほとんど知らない」

「お隣さんが戦争やるらしいんだよ。それで……あー、なんだろうな。ちぃとばかし、気になる事があったのさ。情でも未練でもないんだがね、ただ……そうだな、情報の対価を、払い忘れた、というのが正しいか」

「よぉわからんけど、戻りたいなら戻れば? あ、戦火をこっちまで持って来んでね」

「薄情だな。一年を共に過ごした可愛らしい狐さんに何か思う所はねぇのかい」

「それ言ったら、たとえば目の前でウチが惨殺されたとして、ラナエはなんか思う?」

「死なんのだろう、お前さん」

「されたとして」

「……まぁ、特には。なんだ、不老不死ってのは存在しねえんだな、とは思うやもしれんが」

「一年過ごした程度で、云万を生きるウチが狐の一匹に情を抱くと思う?」

「俺は思わねえけど、お前さん、人間だろ。人間ってな、義理や貸しに関係なく、自分がそうだと思ったから、なんて曖昧な理由で情を抱くもんだってとある猫が言ってたぜ」

「人それぞれって言葉知ってる?」

「そうけ」

 

 ふぅー、と肺に渦巻く煙を楽しみつつ、その大陸のある方を見る。

 

 行く気は起きない、が。

 なんだ。未払いってぇのが、いくつかあるのが……いつまでも抱えているのが、だるいな、とは。

 

「なぁアウラニよ。もし、この世界が破滅ってやつに向かっていたとして、お前さん、対抗手段はあるかいね」

「ウチは死ねるんならそれでいいかなぁ。死にたくはないけど、死ぬしかないのなら、抗うほどの熱量はないんよ」

「無気力極まりねぇな。しかし、この話何回目かね」

「もう三十回はしたかな」

「暇だな、オイ」

 

 灰を落として。

 肩を落とす。

 

「行ってくるわ。なんか、このまま死ぬのは……あぁ、ダメな気がする。俺ぁ俺の命が最も大事だったはずなんだがね」

「一年間、平和だったから。面白くなかったんでしょ? 命が脅かされない環境が」

「……そんな危機の中毒者みてぇに言うんじゃあないよ」

「一定以上の知性を持つ生命体は、刺激のない生には耐えられないんよ。ううん、正確には、鮮やかな色彩を知ってしまった知的生命体は、かな。何も知らなければ、暇にも退屈にも耐えられるんけど」

 

 なら、俺ぁ楽しんでいたのか。

 極々短い間だったが──あの復讐劇を。あの旅を。情の欠片も無い者達との、思い出とやらを。

 

 そりゃあ良い事だな。

 

「アウラニの樹の枝、一本貰っていっていいかね?」

「残念ながら、霊命樹はこの大陸外に出ると持っている効力を失うんよ。それでもいいんなら」

「いいさ。ありがとさん。それで……ああ」

 

 向き直る。白いワンピースの少女は、ほわほわとした表情で俺を見つめている。

 緊張感ねぃなぁ、コイツ。別にいいんだけどよ。

 

「世話になった。戻れたら、戻ってくる。俺ぁ死ぬのが怖いんだ。命を失うのが怖い。復讐と清算を終えたら、必ずここに戻ってくる。なぁ、女王よ。霊命の森の女王よ。それまで──死なないで欲しい」

「何言うてん。ウチは不老不死よ。死にたくても、死にゃあせんて」

「俺が帰ってきたとき、アウラニが生きていたら、またここに住まわせてくれよ。ここは暇で、退屈だが……ああ、それなりに楽しかった」

「死にに行くような言葉やね。ウチも楽しかったよ、ラナエ。いい? 死んだら、泣くからね」

「情は沸いてないんじゃなかったのかい」

「情が無くても知り合いが死んだら泣くよ、ウチは」

「そうけ。んじゃ、勝手に泣いてくれりゃあいいよ。俺ぁ泣かないからさ」

 

 形態変化をする。

 能力は鍛えりゃ強くなると、そう言った。

 だから俺も──いつぞやの母上殿のように、巨大に。

 

 いつか見たドラゴンへと変貌する。

 

「一つだけ」

「ん?」

「世界の破滅は、近い。これは古来より決まっていた。それをどうにかしようと尽力する者達がいることはわかっている。彼ら彼女らは英雄と呼ばれ、あるいは災害と呼ばれ──何かしらの、特殊な能力を付与されている」

「……」

「付与するのは天国と地獄。生と死。それはそれぞれに意思を持ち、しかし自らは手を出せない。ウチのコレは、天国によって付与されたもの。どう使うかは本人次第だし、必ずしも結果に繋がるとは言わないけど」

 

 大きく翼を広げる。

 話が大きくなってきた。知らん知らん。俺ぁ、復讐と清算さえすりゃあ、どうでもいいんだ。この一年で俺のこたぁ理解したと思ったんだがね、アウラニも余計なことを言う。

 

「ラナエのそれは──破滅側。貴女は、世界を破滅させる側の、」

「行ってくるよ。土産話でも、楽しみにしていてくれ」

「……行ってらっしゃい」

 

 大きな咆哮を上げて飛び立つ。この身は狐。しかし、ドラゴン。体の小さな魚や鳥で数十日かかった渡海も──この身であれば。

 

 さぁ。

 とりあえず、襲撃でもしますかね。

 

 

 

 

 暴風を立てて飛び去って行った龍を見送って、一つ。大きな大きな溜め息を吐く。

 

「アウラニさん、良かったの? 多分死んじゃうよ、ラナエ」

「しょうがないでしょ、本人が行きたいって言うんだから」

「だから、一緒に行かなくて良かったの、って」

 

 う、と。

 言葉に詰まる。

 

 ラナエと仲の良かったこの狸の言う通り、一緒に行く、という選択肢は大いにあった。どうせ自分は死なないし、この森から出たところで何かあるわけでもない。獣しか存在しないこの大陸では、生態系に関わらないアウラニに関わって()()()生物というのは、限りなく少ない。皆生きるのに必死で、生きるのに忙しいのだ。

 この狸とて、今まではラナエの庇護があったから余裕はあったのだろうが、これからは自分で餌を探さなければならない。自分の元に訪ねてくる時間は減るだろう。

 

「ボクの事は気にしなくていいよ。一年前は、普通にやってたことだし。それよりもアウラニさん、ラナエが来てからずっと楽しそうだったから、これから辛くなるんじゃないかなって」

「……そんなにわかりやすい?」

「うん」

 

 即答である。

 

 正直に言えば、あのラナエという狐。先ほどは情が湧いてないだのなんだのと嘯いたけれど、真っ赤なウソだ。凄く、情がある。愛情が湧いている。

 好きだった。この何万年、色々な恋をしたし、離別もしたけれど、少なくとも獣に恋をしたのは初めてだ。この大陸から人間が滅び去ってからというもの、もう良い人に巡り合うことはないのだろうな、なんて諦めていた分……あのぶっきらぼうで、飄々とした態度の狐は酷く魅力的だった。

 

 もとより生殖の出来ないこの身体。相手の性別にこだわりは無く、ただ最期まで……彼女が死ぬその時まで、隣にいたいと。その体を抱いて、看取りたいと。

 

 自覚すると、欲求とは強くなるものである。

 

「自分がそいういう事言うから……行きたくなってきたやん」

「だから、行って来たらいいって。ディム婆様が怒ってたよ。"あのバカ娘、儂の世話なんぞ考えとらんで自分の恋路を優先すればいいものを"って」

「う……」

 

 段々と天秤が傾き始める。

 元々自分の意思というのが弱い自覚はあって、だからこそラナエの前では冷静ぶっていたけれど。……ああ、どうにも駄目らしい。考えれば考える程、いないという喪失感に苛まれる。

 

「いいんかなぁ、あんなにカッコよく別れといて、追いかけて……」

「ボク、常々思うんだ。歯切れ悪い奴ってすごく嫌い」

「グッサグサ刺すなぁ自分!」

 

 でも、毒舌狸の言う通り……なのかもしれない。

 シャキッとしろ。パッと決めろ。

 

 うん。うんうん。うんうんうん。

 うーん。

 

「後一秒で決めて」

「行く! 行ってくるわぁ、ウチ!」

「そう言うと思って、ホラ」

 

 突然、視界が靄に包まれる。

 感じるのは──風。風切り音と、突風。

 

「しっかり掴まって」

「な、え、ここどこ──」

「ラナエによろしく言っておいて。化かし勝負、ボクの勝ち越しね、って。それじゃあ頑張って、二代目サマ」

 

 狸の声が遠のいていく。言われるまま足元をぎゅっと掴めば、ざらりとした表皮があった。

 そうして、靄が全て晴れた時。

 

「ん? なんだお前さん、付いてきたかったのか」

 

 高空──雲のすぐ下。

 巨大な龍の背に、自分はいた。

 

 

◇ / 12

13 / ◇

 

 

 飛んでいる。

 空を──海を、飛んでいる。

 

「なぁ、ラナエ。今から自分は……人間を、殺しに行くんやったよな」

「殺しに行くわけじゃあないさ。ただ目的の過程で妨害されたり、俺の命を狙ったりしたら──連帯責任で死んでもらうってだけで」

「ウチも人間や」

「おいおい、復讐なんて止めよう、とか言わねえよな。俺ぁされたもんはやり返すよ。それが好意であれ悪意であれ、全部。アウラニ、お前さんには義理があるから、お前さんにはいつか何かを返すさ。けど、俺の邪魔ぁせんで欲しいね。義理のある奴が敵になると、ややこしくてかなわねえ」

「……わかった」

 

 多少。

 淡い期待はしていた。ああは口で言っているけれど、少しくらいは親愛なりなんなりがあるんじゃないかと。

 無いな、これは。

 ラナエの口から、その声色から。義理さえなければ巻き込むことも敵に回す事も、なんとも思わないと……本心から思っている。"脈なし"という言葉が脳裏を過ぎった。

 

「それで? さっきの話、暇だから聞くよ。考慮するかは別だがね」

「さっきの話?」

「天国だの地獄だの、破滅だの生と死だの。どうでもいい話だが、暇つぶしにはなろうさ」

「……ウチも、あくまで経験した事があるわけではないって事は承知しといてな」

「ん」

「この世界は、ものっそい昔からある。けど、何度か破滅と再生を繰り返していて、大陸全土が失われる事があったり、生死の概念自体がひっくり返ったり、とにかく天変地異を繰り返しながら続いてきた」

「恐ろしい話だな、オイ」

「それは周期的で──次の破滅周期が、もうすぐなんやと。だから、ラナエがウチのとこに来てすぐに話してくれた、英雄集団やっけ。そういうのが纏まって生まれてるのは、破滅が近いから。それを止めるために、英雄と呼ばれる恐ろしく強い人間の個体を生んで、もしくは特殊な能力を付与したりして……している、何かが、おるん」

「何かってのは?」

「破滅側は、破滅側の意思。それを回避するのは、何か。明確な意思があるから名前もあるんやろけど、知らんのよ。ウチの能力は天国側で、その何か側であるんやけど」

「ふぅん」

 

 あんまり興味無さそうなラナエに、がっくりと肩を落とす。聞いといて興味ないの、やめてーな。

 

「で、俺のは破滅側と」

「うん。幻術……惑わすのは、人間を堕落させて、破滅させる。基本能力が付与されるのは人間で、元から素の身体能力に秀でる獣が能力を持っている事は滅多にないんのよね。ウチの知っている限りでは二つ目」

「物を遠くへ運ぶとか、触れたものを違う場所に飛ばす、みたいな能力は、どっちに分類されるね」

「うーん、見た事ないからわからんけど、多分何か側やと思う」

「そうけ」

 

 ラナエは。

 少しだけ、ぐるると唸った。自分、狐やのに随分と龍に馴染んどるなぁ。

 

「じゃあ、俺が今、あっちの大陸に向かいたいと思ったのは、その破滅の意思とやらに突き動かされてる可能性もあるってわけか」

「ある、と思うよ。ラナエ、死にたくないんだったら……」

「再三言うがね、アウラニ。復讐なんてやめたほうがいい、とか……そういうのは、止めてくれ。俺ぁ元から復讐に熱は持ってないのさ。簡単に諦めて逃げてくる程度にはな。ただ、筋がある。やられたらやり返さないとダメだ。復讐も、清算も。ギルドのやつらにだって、命を脅かされたんだ。相応の仕打ちをしねぇといけない」

 

 淡々と話す。ラナエのその言葉からは、性格とでも呼ぶべきものが伝わってこない。こうだから、そうする。そうだから、こうする。そこに意思は介在せず、当たり前のことだからやる、とでもいうような……人間社会に紛れ込んでいた頃にあった、挨拶をしましょう、とか、嬉しかったらお礼を言いましょう、とか、そういう倫理観にも似た言葉。

 少しだけ、ディム婆を思い出す。あの老樹も中々に話が通じない。

 

「そんで、まぁ。助けて欲しいとは言わなかったがね。多少の、役に立つ情報をくれた奴がいたのさ。そん時は急いでいたし、俺が何か礼をすることが助ける事に繋がっちまいそうだったから何もしなかったが……ダメだよな、やっぱ。貰うだけ貰ったまま、ってのは……ダメだ。他にも約束とか、契約とか、色々あるんだが……ああ、やっぱりやりっぱなしってのはダメだ。それは、気持ちが悪い」

「結果、死ぬことになってもか?」

「嫌だよ、死ぬのは。でも平和も退屈だったらしい。馬鹿らしい、とんだ道化だがね。死なない程度に清算がしたい。死なない程度に復讐しなけりゃならん。どうだ、呆れているかね?」

「ウチは不老不死やもん。そっちが何をしても、どうなっても……ウチは変わらないよ。ラナエに対する想いは、」

「そろそろ着くぞ。速度上げるから、掴まっておきないよ。シェルダンを目視したら、燃やし尽くすが、英雄が出てきたら狐に戻ろうさ。お前さん、着地手段はあるかね」

「無いけど、怪我もせんよ、ウチは」

「そうけ」

 

 復讐、かぁ。

 ……わからんなぁ、ウチには。でも、理解できないと、ラナエには……振り向いては貰えんのかなぁ。

 

 

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