一応、復讐でもしますかね。 作:エメレンシア / 観察端末
危機を告げる獅子
首都ファイスは割断された。
街を舐めるようにして放たれた"飛ぶ斬撃"は、多くの人々や建物を真っ二つにして通過した。幻の炎に焼かれて苦しんでいた者も、今まさに首都外へ逃げようとしていた者も、建物の中で縮こまっていた弱き者も──。
それでもまだ、英雄は残っている。避けたか、防いだか、他の理由か。いくつかの建物といくらかの範囲が無傷であるのは奴らのせいだろう。
「ここで待っててもいいんだがね」
「ウチも行くよ。だって、この人の命奪ったの、ウチやし」
「責任か? もうライオットは死んだぜ」
「別に、罪悪感なんて抱かんけど、ラナエについていくって決めたから、仕方ないんよ」
ふぅん、と相槌を打っておく。
上下に割断された街へ一歩足を踏み出せば、飛んでくるのは懐かしい矢。避けはしても、射手の姿はてんで見えず、二射目に至っては飛んできた方向も違うと来た。どういうことだよ。
仕方がないので、先ほど振りぬいた剣をもう一度回転させんとする。
しかしそれも敢え無く、飛んできた槍によって打ち砕かれた。まぁ生成できる剣の材質はかなり脆いのがこの能力の欠点なのはわかっているんだが、そんなゼリーにフォーク刺したみたいな……どんだけ脆いんだよ、とツッコミを入れたくなる抵抗の無さだった。
ついでにあんまりにも伸びすぎな柄の鎖にも呆れの目を向けつつ、小回りの利く普通の剣を一本生成、右手に持つ。
「ギルドってな、暇なのかね」
「……」
「いつまで俺に対する依頼を受けてんだ。期限とか指定されねぇのか。重複出来るってんなら知らねえけどよ、もっと他にやることあるだろ」
「我々は依頼でしか動かない。我らのすべき事など、遥か昔にやり終えたわ」
「機構も良い所だな、じゃあよ。まるで人間じゃあねえみたいだ。善悪の区別があるのに、それに従わねえ。損得が理解できるのに、関係ねぃ。対価は貰わねえ、義理も感じねえ。今だって他の人間たちに仕返しや復讐やらで出てきたんじゃなく、依頼を受けているから、ってぇ理由で出てきたんだろい?」
槍を持つ男。その言葉は、あまりにも飲み込みがたいくどさがある。
それが人間だっていうんなら、俺ぁとことん軽蔑するがね。
「別に、金銭に対して欲求がないわけではない。我らとて企業だ。給料は発生している。ただ、自分たちより弱き者達からせしめるものなど何もない、というだけの話」
「へぇ、なるほど。自分たちが英雄である自覚があるのか。いや、外れモノの自覚、と言うべきかね。他と違う、他より優れている。だから、無償で施しを与えるべきだ──って?」
「民より優れているから、民に出来ない事をする。今──何の罪も無い弱き人々が、多く死んだ。災害の化け物に抵抗する事が出来なかったからだ。ならば、我らが抵抗する他あるまい。依頼はあった。一年前に。だが、さらに。たった今。あった。助けてください、と。一言──それが何よりもの、依頼だ」
依頼主は、事切れてしまったが。
槍を持つソイツはそう続ける。対価がいらねぇから、依頼主が死んでも依頼は続けるってか。迷惑すぎるな、本当に。
それに、それじゃあ"助けてください"の依頼は失敗してるじゃあねえか。依頼内容が細かに指定されてなきゃ解釈次第ってことか? 随分と……アホらしい集団だな、ギルドってな。
「だがよ、ライオットも死んだぜ。弱い奴らに出来ない事をするのがお前らなんだろう。ライオットは弱い奴だったか」
「……死んだ者であれば、それはすべて弱者だ」
「そうけ。俺ぁ強いと思うがね、あいつぁ」
問答をしている間に、割断された街からぞろぞろと人影が現れた。半裸パンチ男を始めとした、あの日あの場にいたギルドの面々プラス知らん奴ら。
さらには。
「あ! ラナエだー!」
「……」
ぶんぶんと手を振るアルジナ。無言のルシア。
さっきライオットがギルドで保護したとか言ってたが、いや、はや。
「敵かいね、お前さんら」
「うん! 一年間、お世話になったし。ギルドに入社したんだー!」
「……」
共にいた頃より、多少肉付きが良くなったか。狼の亜人種……確かルプスだったか、それ"らしさ"も増している。今もルシアを食ってんのかね、あいつぁ。つか、俺の殺人容疑の半分くらいはアルジナの仕業なんだが、未だに隠してんのだろうか。そもそもアイツ指名手配されてなかったっけ? ギルドに入れば指名手配解除されんのかい?
強権が過ぎねえか、ギルド。そりゃテルミの青白たちも敵対視するわ。
「あとねー?」
前傾姿勢。右に逸れる──間に合わない。
一度の瞬き。その、目を開いた時にはもう、肩口に噛みつかれていた。
「さっきので、アルジナが死んだから──殺すよ、ラナエ」
ごり、という音が響く──。
さて、どうしたものか。
溜息を吐いて──私は、眼下を見下ろした。
なんだか変に暴れまわっているギルドの会社員数名。それに対峙するは二人──今一番気になるコ最上位のラナエちゃんと、なんだかよくわからない女の子。ラナエちゃん側にいるから何かしらの特異な部分がありそうだけど、ぱっと見、普通。ので保留。
先ほどの飛ぶ斬撃。記憶にある通りならライオット・ホルンというギルド所属の英雄の持つ能力だったはずなのだけど、街を斬っていて、且つラナエちゃんの傍に彼の死体がある辺り、"奪われた"と見るべきだろう。
「"転生"の性質持ち……。まぁ、おかしいとは思っていたのよねぇ。イオピクスで、能力二つ持ち。さらにはあの思考力。うーん、アテが外れた、というべきかしらぁ」
こと"転生"の性質に関して言えば、自分の方に一家言ある。だって、最も研究している分野だ。だから、"はじめからイオピクスで能力二つ持ちの少女"より"転生の性質持ちのイオピクス"の方が価値的に劣っているのがわかる。レア度でいえば格下。いや、勿論"転生"の性質持ち自体が酷く珍しいのだが、どうやっても前者には劣る。研究材料的に、あんまり、という感じ。
とはいえ今代の"転生"持ちだ。確保できるなら、したい。というか邪魔されたくない。
「問題は"意思持つ存在"のコンタクトを受けているか、だけど……受けてたら、あんな大量殺戮はしないわよねぇ。世界の寿命を早めるだけだし……」
破滅の時は近い。出来得ることなら、出来るだけ人間は残しておきたいと思うはずだ。一番良いのは融合した人間がもっと増える事だけど、ミグエルのせいで市場が今滞っている状態。平和国家だかなんだか知らないけれど、余計なことをしないで欲しいと思う。
英雄や一部の人間に貸し与えたマルゴーも、自らの移動ばかりで他人を運ぶ事に使わない者ばかり。それじゃあ意味が無いというのに、これだから人間は、とか思ってしまう。
「もう……今日の損失を考えるだけで頭が痛くなるわぁ。というか、もっと協力の姿勢を見せるべきよねぇ、他のコたち。なんで私だけがこんな忙しく……」
いっそのこと、諦めてしまおうか。
そう思う事は少なくない。自分如きに世界が救えるものか。そういう風に思う事だって、ある。してきたことの全てが報われなくなったとしても、投げ出して逃げてしまいたい。そう思うくらいには、仲間がいない。
「ふぅ……嫌になるわぁ、本当に。幸せ、って……どこにあるのかしらねぇ」
「お前にゃ訪れないよ、永遠に」
マルゴーを敷く。数瞬遅れて飛んできた斬撃が、確実に自身の首を刈り取る軌道で、けれど通り過ぎていく。前面に置かれたマルゴーから背面のマルゴーへ抜けていったのだ。
「……彼らは幻術と戦っているのかしらぁ?」
「うんにゃ、一応アレも俺だよ。昔は出来なかったんだけどな、形態変化で、分身を作れるようになった。頭脳はこっちにあるから、アレは大した動きぁ出来ないんだが。まぁそこは幻術との組み合わせだぁな」
「そう。それで……久しぶり、ねぇ。ラナエちゃん。貴女の兄妹はもう売ってしまったわぁ」
「聞いてないし、興味ないよ。まぁ飼育費だって馬鹿にならねぇだろうからな、いらねえもんは売るか捨てるかだ。断捨離ってぇやつさ」
「薄情ねぇ、お姉ちゃんなのに」
「おいおい、今更俺に"お姉ちゃん"を求めるかね?」
「まずは口調を直すべきねぇ」
「はっはっは、違いねえ」
鳥──だろうか。鳥の翼に人間の胴体の……見た事も無い生物。その形になったラナエちゃんが、私と同じ高さにまで昇ってきた。
目線は、対等。
「まぁよ、俺ぁお前と楽しくおしゃべりがしてぇわけじゃあねぇのさ。ちょいと死んでくれよ、エメレンシア」
「うーん、残念だけど、貴女のちっぽけな復讐なんかより、もっと大きなものを背負っているのよねぇ、私。これでも世界にとって最重要で、最優先に命を保護されるべき存在なのよぉ?」
「いいよ、世界が終わっても。それでいいから、お前を殺したい。ちっぽけな復讐なんだ、楽に叶えさせてくれよ」
「困るのは貴女だけじゃあないのよぉ。世界は貴女を中心に回っているわけではないの。山で育った無知なイオピクスにはわからないだろうけれど、この世界には沢山のヒトや獣がいるのよぉ?」
「誰かが困る程度の事は、俺が復讐を取りやめる理由にはならん」
ラナエちゃんの周囲の空間が揺らぐ。そこに、無数の剣が生成された。あらら。一体どれほどの"魂の摂取"を行ったのかしらね。すべてわかっていての大量殺戮だとしたら……その諦めは、到底許せるものではないのだけど。
私が必死で新しい世界を切り拓こうとしている横で、揺り籠に、なんて。
「一つだけ、聞かせて欲しいのだけれど」
「なんだいね」
「貴女は、"意思持つ存在"の事を知っている?
「知っているが、話したことは無いね。知ったのもついさっきさ。あそこにいる奴に教わった程度の知識だ。それが、どうしたね」
「そう。やっぱり、その程度の知識で、その程度の心構えで私の邪魔をしようとしているのねぇ。わかったわ……もう、いい。最初は確保するつもりだったけど、気が変わったわぁ」
マルゴーを展開する。それは、すべてを覆うほど。
見渡す限りの──見え得る空の、すべてを。
「……おいおい」
「言ったでしょう、ちっぽけだ、って。私はね、ラナエちゃん。貴女が思っている程弱くはないし──貴女が考えている何倍も、何十倍も大きな使命を背負っているの。今いる人間の誰よりも、今在る生命の何よりも大切な天命。世界を救う──差し迫る破滅に対し、破滅に耐え得る生命の創造を授かった救世主」
「はン。随分と自分に酔った語りだことで。世界を救うためなら、誰を殺しても、何を奪ってもいいってか」
「良い、と言っているのよ」
「ライオットと同じか。ダメだな、おい。その"意思持つ存在"とやらの能力を付与されると、みんな頭がいっちまうらしい。俺ぁ狐だがね、人間の倫理観も、知識としてぁ持ってんだ。どうかしてるよ、お前達」
「ファイスには生まれたばかりの赤子や病人もいたけれど?」
「俺ぁ狐でね、人間には同情しないんだ、余程の事がない限りは」
一貫性のない言葉。やはり、その程度という事だろう。
山育ちのイオピクス。世間を知らない狐の少女。世界を知らない、何も知らない無知な子供。"転生"の性質を有してしまったがために付け上がり、何でもできると思い込んだ。確かに自身より格下の存在であればどうにでも出来たのだろうが──結局は猿山の大将だ。あぁ、狐か。
「それじゃあ、ラナエちゃん。さようなら。次元の狭間で、一生を彷徨うといいわぁ」
「──ッ!」
閉じる。
上下左右前後。彼女の全方位から、マルゴーを開き、押し付ける。逃げ場はない。否、自らのいるところ以外の全てへ淵たるそれを叩き付ける。下で戦っている英雄達も、彼女のそばにいた少女らにも、辛うじて助かったファイスの人間たちにも。
何かを言おうとしたのだろう。
けれど音すらも飲み込んだマルゴーによって、彼女の断末魔が聞こえる事は無かった。
さようなら、ラナエちゃん。ちっぽけな復讐を胸に抱いたまま、永遠を過ごしなさい。
淵が閉じる──。
踵を返そうとした。
すべてが綺麗になった眼下にもう用は無いと。
けれど。
「あっ……ぐ、ぅ!?」
いつかの槍を思い出す、背面からの一突き。それは同じく心臓を貫き、胴を貫通する。
ただし此度のものは槍でなく。
「木……枝、かし、らぁ……?」
「月並みやけど」
こつ、こつ、と。自身の心臓を貫いた枝が振動する。激しい痛みと共に、それが歩みによるものだとわかるまで、そう時間はかからなかった。
そして、まだ遠いはずなのに──嫌に耳に響く、声。
「許さんで、自分。死にや」
耳じゃない。これは。
これは──魂が。
「ウチは昏き森の女王……二代目やけどな。ウチの想い人を奪ったその罪。魂の全てに刻んだるわ」
どうして、こう。
心の底から──どうでもいい理由で、私の邪魔をするのか。
私はこんなにも頑張っていて、こんなにも辛い思いをしているのに。
家族の死も、想い人の死も、私は乗り越えてきたのに!
「邪魔を……しないでよぉ!」
なんで──私ばかりが、報われないのか。
ねぇ、なんで?