一応、復讐でもしますかね。   作:エメレンシア / 観察端末

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アンガーダ ランダータ

潰れた刃も鉄は鉄(背に腹は代えられぬと類義)


16.あっさりした衝突と脱出

 

 

 真っ暗だ。

 暗い──どこまでも暗い。黒い、と表現してもいいかもしれない。

 エメレンシアのマルゴーに飲まれて、体感時間は二日程。ずっと中空に浮いたまま、漂っている。

 

 時折、光の塊のようなものが通り過ぎるが、何があるというわけでもない。どうする事も出来ない無為の空間。

 

 永遠を彷徨え、と言っていたか。

 ……死ぬまで、か?

 

 

16 / ◇

 

 

「……自分、人間じゃないんな? 心の臓貫かれて死なん人間はおらんやろ」

「そういう、貴女は……"意思持つ存在"側の人間、かしらぁ? 樹木を操る能力……それも、魂に影響する類、ねぇ」

 

 自身に触れるよう展開したマルゴーによる転移で、木の枝から抜け出す。胸に空いた穴は酷く痛むけれど、既に血は止まっている。後は、治すだけ。

 

「ま、どうでもええわ。もうウチん中では自分が死ぬんは決定事項やし」

「そんなことをすれば破滅が避けられなくなるわよぉ? 破滅によって何が起こるのか、どれほどの命が失われるのか、知らないんじゃなぁい?」

「知っとるよ。聞いたことがあるだけやけど。まず、食べるという機能が消える。けど腹は減る。喉は水さえも通さなくなり、けれど喉は渇く。体は徐々に硬質化し、動くことさえままならなくなり、最後には罅割れて土塊となって命が終わる──やったか。死ぬほど苦しくて、けれど死ねなくて、これが一生続くんか、って思った後で、全身が崩れていく恐怖に脅かされ、死んでいく」

「身近に"転生"の性質持ちがいたのかしらぁ?」

「うん。聞いた時はぞっとしたし、それを回避できるのなら──回避するために尽力するのなら、手伝わんけど、応援くらいはしてもええかな、と思っとった。けど、もうダメや。ラナエに手ぇ出した時点で、自分はウチの敵やから」

 

 破滅は、単純に世界が消えてなくなる、というものではない。

 相応の苦痛があり、相応の恐怖がある。これを乗り越える事が出来た事例は一つとして非ず、ただ"転生"の性質持ちだけが、記憶を持ちこして新しい生を受ける。

 ただ、覚えていたとして──それを明確に思い出せる存在となると、どこか心の欠けた部分があるのだろう。それほどに恐ろしいものだと、私は知っている。

 

「どうして、手伝ってくれないのかしらぁ。貴女や、他の能力持ちが協力してくれたのなら、もっと早く、もっと簡単に物事を進められたのに」

「それについてはまぁ、申し訳ない気持ちはあるんよ。ウチは諦めたから。破滅は回避できない……回避したいと思うほどの気持ちが無い。聞けば、他の奴らもそうなんね。自分一人にだけ押し付けて、その上でウチは自分を殺したい、いうんやから、酷い話やとは思う。人間に罪悪感なんて抱かんけど、自分が背負ってるものの大きさくらいはわかるつもりや。自分に対してだけは、多少の後ろめたさはある」

「それでも、邪魔をするのねぇ」

「ウチは死ぬ気満々やからな。もう飽いたよ、今生には。なら、最期くらいは好きな人といたい」

 

 そんな。

 そんな、独り善がりな気持ちで邪魔をされるのは──あまりにも。

 

「ラナエちゃんもだけど……許し難いわぁ、本当に。貴女達のせいで、数多の命が失われるのよぉ? "意思持つ存在"も嘆いているわぁ」

「知らんわ。ウチは話した事ないしな。いる事は知っとるが、知っとるだけや。そいつの感情なんて知ったこっちゃないんよ」

「そう。それじゃあ、一応名前を聞いておくわぁ。あぁ、私はエメレンシアというのよぉ?」

「アウラニ。あっちの方の大陸でな、昏き森の女王、なんて呼ばれとる。ちなみに不老不死や」

 

 アウラニ、ねぇ。天国側らしい名前だわぁ。

 本当に──反吐が出る。もう少し、自分の役割を理解した方が良い。

 

「死にや」

「死になさい」

 

 戦端は突然開かれた。尖り伸びる枝──そして、上空に出現した巨岩。当然、速度の面では枝が勝る。マルゴーを展開するも、ガラスでも割るようにして砕かれ、それは肩口に深く突き刺さった。

 その全てを圧し潰すように巨岩が降る。転移して範囲外へ逃げれば、眼下ではファイスの街が見るも無残に圧し潰された。あぁ、オフィスに置いていた小物類が、潰れてしまったわねぇ。

 

 きしみ音。そして罅と共に、巨岩が内側から砕ける。中より這い出すは木の枝。それはそれぞれに上を向き──私へと伸び縋る。

 

「あらら……能力の強度でいえば、あちらの方が格上ねぇ」

「100年も生きていない小娘に負ける程、ウチは弱くないんよ」

 

 転移を繰り返して枝の猛追を凌ぐも、転移先に既に枝が張り巡らされている。周囲一帯、巨大な樹木が突然生えたかのような光景になっていて、先ほど潰されたファイスなんかはもう見る影もない。枝は絡み合い、太くなり、さらにさらにと伸びていく。制限という言葉を知らないのか、成長速度も狙いの精度も凄まじいの一言だ。

 こんな強力な存在が今までどこにいたというのか。別大陸といったか、少し前に人間が全て死滅したからと興味を持たなかったのは悪手だったなと恥じる。

 

「どうも、殺しても再生するみたいやからな。脳を潰して樹の中に閉じ込めてやるわ。そのまま、破滅の時まで過ごすとええ」

「別大陸に──貴女の故郷があるのねぇ」

「っ!」

 

 猛攻が激しくなる。動揺、したわねぇ。

 だから──飛ぶ。別大陸。人間のいなくなった、森しか存在しない大陸へ転移する。

 

 瞬時に切り替わった景色は、なるほど大森林。どこまでも広がる森のその全てが、先ほど自身を貫いていた木々であるとわかる。アウラニ。天国の聖域、ねぇ。

 

 じゃあ、ここに。

 火山の溶岩でも落としてみれば、多少の力は削げるかしらぁ?

 

 上空にマルゴーを展開。繋げる先は、とある火山の火口。黒き淵から煌々と輝く炎液が滴り落ちる。

 異変を感じ取ったのか、森の獣たちが騒いでいるのがわかる。ざわめきは次第に大きくなり、鳥類が一斉に飛び立っていく。

 

「さぁて──あら、早い」

 

 瞬く間に、視界が枝で覆われた。背後……つまり向こうの大陸から伸びてきた枝だ。この大陸でなく、龍を用いても数日以上かかる海を越えてきたというのか。

 枝は受け皿を作り、溶岩を受け止める。……樹なのに燃えないのねぇ。能力故、かしらぁ? それに……マルゴーの方にまで伸びて、ああ、砕かれてしまった。受け止められた溶岩は厳重に包まれて、海へと運ばれる。速度も操作性も脅威的ねぇ。

 

「──自分、とことんウチの逆鱗に触れていくなぁ」

「お早いご到着ねぇ。そんなに大事だったのかしらぁ、ここが」

「当たり前やん、そんなの。故郷大事にしない人間がどこにおんねん」

「……そうよねぇ、故郷は大事だわぁ」

 

 私も相当である自覚はあるけれど、このコに人間を名乗られるのはちょっと釈然としないわねぇ。樹木を操るのもそうだけど、不老不死、と言ったかしらぁ。化けものじゃない、そんなの。

 

「じゃあ、頑張って守ると良いわぁ」

 

 展開する。

 ラナエちゃんを飲み込んだ時と同じく──見え得る限りの空という空、その全てに。大きいマルゴーではなく、無数のマルゴーを展開する。そこから──溶岩を、あるいは酸を、とにかく有害なものを滴らせる。

 枝がそれを受け止めんと伸びるけれど、果たして追いつくのかどうか。その程度の数じゃあ、止められないわよぉ?

 

「くっ──外道が!」

「人道を外れている相手に言われたくは無いわぁ。それじゃ、ね?」

 

 また、転移で戻る。

 元ファイスのある位置に聳え立つ巨樹をしばらく観察して、動かない事を確認。やっぱり他の能力と同じく、本人の意識が届いていないと知覚を含む正確な操作は出来ないのねぇ。まぁギルドに自律する人形を作り得る英雄がいたけれど。

 

「ふぅ。もう、人の身体を良い様に貫いてくれちゃって。痛いのよぉ、これ」

 

 あんまり相手にしたくないわねぇ、ああいうのは。

 

 

 

 

 真っ暗だー。暇だー。

 

 いや、腹も減るし喉も渇くし、そろそろ出たい。どっちも形態変化でどうにかなったりしないでもないんだが、自分を食うってのは色々思わないことが無いでもないというか。

 

 光が踊る。捕まえられるんじゃないかと思って形態変化で網を作ってみたんだが、見事にすり抜けた。なーんのアクションも起こせねえってのはもう暇オブ暇。

 とりあえず煙管を吸って、ぷかぷかとやるだけの日々。そう、日々だ。もう一日二日じゃない。一週間以上経っている。

 

「そもそもここどこなんだ。次元の狭間っつったか。次元……アレか、一次元二次元の。三次元四次元十一次元……いや知らんが。ぬあー、どうしたらいいんだ。誰かいねぇのか、おーい!」

 

 壁も天井もないから、反響もしない。

 ひえー。

 

「何か用かー!」

 

 ヒエッ。

 

 え、何? 声したけど。え。誰かいるのか?

 今まで居なかった分、ちょっと怖いんだぁが。

 

「あー、誰かぁいるのかいね?」

「おう! いるぜ、ここに!」

「どこだよ……」

 

 やたら元気な声。半裸パンチ男を思い出さない事も無いが、それよりも……声色は荘厳というべきか。威厳があるけどフランクというか。

 

「どこと言われてもな! はは! ここの全てに、俺はいるぜ!」

「……えーと」

 

 上下左右、前後。目を向ける。

 でも真っ暗だ。まーっくら。枕かもしれない。

 

 声も、全体から聞こえてきていて方向は定かではない。

 

「名前を聞いてもいいかいね? 俺ぁラナエってんだ」

「名前か……うーん、色々あるんだがな! "何か"、"意思持つ存在"、"思考する存在"とかが一般的だな!」

「本気で言ってるのかお前さん」

 

 黒幕じゃねぇか。いや元凶か。

 エメレンシアの言が正しけりゃ、エメレンシアが密漁だの奴隷商人だのを始めた原因。あと俺に能力を授けた奴?

 

「本気も本気さ! それで、なんでこんなところにいるんだ! ここは何もないぜ!」

「そりゃこの一週間でわかったよ。んで、居たくて居るわけじゃあない。出れるのなら今すぐにでも出たいんだがね」

「そうか! それじゃあ、出してやるよ!」

 

 目の前に、穴が開く。

 マルゴーの白い版。どちらかというとゲートに似たそれ。

 ……そんな簡単に出られんのかい。

 

「どうした! 出たいんじゃないのか!」

「いや、あまりにもあっさりでな……。あー、えーと。破滅、っていうのは、必ず訪れるのか? 避けようがない?」

「今の生命じゃ無理だな! 耐え得る体、耐え得る魂を手に入れない限りは無理だ! まぁ安心しろ! 破滅しても、その時に生まれた恐怖や生への渇望の"感情"を用いて、新たなる生命が生まれる! 定期的に断裂して、それでもこの世界は続いていくぞ! 今の世界は潰えるけどな!」

「止められねえのかい、そりゃあ」

「無理だな! 法則としてそれは存在する! だけどまぁ、止められなくても、破滅が無意味になるように他の生命の強化を人間に依頼したりしているぜ! いつまでも破滅に怯えるのは可哀想だからな!」

「……そうけ」

 

 まぁ、いいや。

 俺の復讐にゃあ関係ねぃし。それで終わるんなら、それだけだろう。

 

 踏み出す。白いマルゴー、ゲートの方に。

 

「なんだ、お前さん。意思持つ存在だったか、思考する存在だったか」

「ああ!」

「俺をこの世界に呼び寄せた理由は、なんだいね」

「試験だな! 未来のための!」

「はン? まぁ、よくわからないが……お前さんのソレのせいで、エメレンシアの目論見も、生命の強化とやらも失敗するのさぁ。よく考えてから動くべきだったな」

 

 白いゲートを通る。

 光。ああ、自然の光だ。目が眩む。

 背後、閉じていくゲートから声が聞こえた。

 

「応援してるぜ! どっちに転んでも、俺は見ているだけだからな! はは!」

 

 ……ありゃ悪魔かなんかだろ、絶対。

 神様だのなんだのじゃねぇよあんなの。怖い怖い、関わらんとこ。

 

 

 

 

 こんにちは、狐さんと。

 その口が動くのを見た。でも聞こえないから幻術へと招待する。夢幻へと。

 

 少女は、見た目は。

 エメレンシアだ。けれど、アイツじゃなくて、いつか出会った少女の方の。

 

「わ……これは、なぁに? ああ、待って、待って。聞いたことがあるわ。そう……確か、夢のような幻。だったかしら。前の前の、前の前のもっと前の私が、とっても楽しかったと……そう、言っていたはず」

「……お前さんも、エメレンシアのなんだぁな」

「あら、喋れるのね、狐さん。ねぇ、膝の上に来てはくれないかしら。私、動物って、触ったことが無いの」

「あいよ」

 

 前の前の前の前の、もっと前、と来たか。まぁ一年以上経ってる。もうすぐ交代と言っていた時からそれだけだから、そういうことなんだろう。

 こいつらは……それほど短い命を、ずっと続けているのか。

 

「わぁ、ふさふさしていて、ふわふわしていて……」

「もふもふ、って言うんだぁわ」

「もふもふ!」

 

 このエメレンシアは、あまりものを知らないのかもしれない。口調も少しだけ幼く感じる。同じエメレンシアでも、それぞれに違いがあるのか。

 撫でり、撫でり。んー、落ち着く。優しい手つきだな。本当に。善性が伝わってくるようだ。

 

「……でも、ずっとは居られないの。狐さん。私は……私達は、楔だから」

「ん、なんか前も聞いたな、それ。どういう意味だ」

「私達はね、短い期間で、ずっと転生を繰り返しているの。人工的な転生よ。そうして、無理矢理転生の性質を獲得しているわ。それが環状に、テルミの最上階に楔として刻まれている」

「小難しい話をするなぁ、お前さん」

「ふふ、狐さんには難しかったわね。ええ、でも……大切なことだから。私達はね、次のエメレンシアに託すの。見えた景色とか、考えた事とか。外の世界では生きられないわ。すぐに死んでしまう。だからこの部屋で、自分の番が終わるまで、ずっと。次の自分にすべてを託すのよ」

「……自分が長生きをしたい、とは……思わねえのか」

「長生きをして失うものがあるくらいなら、託した先に得られるものを選ぶわ」

 

 善性、なのだろう。

 アッチのエメレンシアと思想は恐らく同じで、ああ、多分、違いはないのだろう。

 

 ──"まぁ、なんだ……一番、不真面目で、一番、生への渇望の強いお前に──すべてを託すよ、ラナエ"

 

 母上殿の言葉が想起される。保身で失うものと、繋ぐことで得られるものの天秤、ねぇ。

 あまりにも、高尚だ。眩しいが過ぎる。そんなものにゃあ、俺ぁなれんね。

 

「そろそろ。自警団が狐さんに気付く頃だわ。知ってるの。あなたはまた、撃たれてしまう。そうなる前に、お行なさいな」

「……ああ、そうするよ。けど、あー、エメレンシア」

「なぁに?」

 

 前のエメレンシアは、ソレは伝えなかったのかね。

 あるいは、わざと伏せたのか。

 

「俺ぁ、ラナエってんだ。少しの間でも、話せて良かった。……いつか、溜まった義理を返しにいくかもしれないから、その時のエメレンシアによろしくな」

「……いつかが、あればね」

 

 そう、寂しそうに笑って。

 俺もエメレンシアも、夢幻の中から抜け出すのだった。

 

 

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