一応、復讐でもしますかね。 作:エメレンシア / 観察端末
鮮やかな / 強い
さて、次元の狭間とやらから脱出できたは良いが、今の所これといった"勝ち目"が見つからない。無論今までにあったかどうかと問われると微妙な所なのだが、なるほど、能力の強度差というのはこれほどか、といった所感。あんな広く触れちゃぁいけねぇもんを展開されて、俺ぁどこに逃げりゃあ良かったのか。
それに、あの場にいた俺以外の奴ら。アウラニを始めとして、もう敵になりはしたがアルジナやルシア、名前も知らないギルドの面々。同じくマルゴーに飲まれたのか、あるいはどこかへ運ばれたのか。俺が気にする事じゃあないんで探しゃあしないんだが、なんとも、なんとも。
次元の狭間から排出されたのがちょうどエメレンシアのいるビルのベランダだったからああして会話をしはしたが、本来ならもう辿り着けぁしないのだろう。なんせ、テルミの街は今物々しい。
そういや戦争やるとか言ってたな、と一服。
「"意思持つ存在"……"思考する存在"、ねぇ。なんつーか、カミサマってなもっとどっかしら親しみを持てるような奴の方が良いと思うんだぁが。あんな、上っ面だけにフランクさを縫い付けたような奴、とっとと解雇するべきだと思うわ。上司がいんのかしらねぇけどよ」
呟く。
戦争、戦争ね。それも"思考する存在"の思し召しってか? けどファイスがなくなっちまって、戦争なんかできるのかいね。そもそもどことやるんだ、ミグエルか?
つか、俺ぁこの大陸の事なんも知らんなぁ。興味があるかって聞かれたらいや全く、ってぇ答えるんだが、往々にして無知は不利と相場が決まってる。ふむ、じゃあ童女は童女らしく、ここはいっちょ大人に聞いてぁ見るかね。
さて、どろん。テルミ内部故、質量変化だのなんだので監視塔とやらに察知されるんだろうが、まぁ一瞬聞いて逃げりゃあいい話。適当なデコイでも出せばそっちに気を惹かれるだろうよ。
「ねぇ」
「ん? わっ、驚いた。いつからそこにいたんだい、お嬢さん。ダメだよ、ここは立ち入り禁止だ」
「お父さんが、戦争だから、って。出て行ったきり、帰ってこないの。戦争ってなぁに?」
「……そうか。あー……いいかい、お嬢さん。我が国は、ナトゥムという所と戦争を行う。戦争というのは……沢山の人が一か所に集まる必要がある。君のお父さんは今、そこに行っているんだ。大丈夫、必ず帰ってくるよ」
「……わかった」
知らん名だぁ。知らん名だと、聞いたところでどうしようもないんだよなぁ。まぁミグエルじゃなくて良かったというべきか。加勢に行ったりなんだりをするつもりはないが、善性が失われるのは惜しまれるべき事だと日本人の倫理観が告げているからな。
ここは立ち入り禁止だから、あっちへ行こうか。そう手を引かれて大通りの方へ出る。多少、コイツが何も知らないふりをしていて、青白の軍勢の前に引き出されるんじゃねえか、とか思っちゃいたんだが、そんなことはなかった。
ただ駐屯所らしきところに連れていかれそうになったので、一人で帰れるよ、と言って離脱。
何のアクションも起こしてきそうにないので、そのままゲートへ。
「ナトゥム、ねぇ」
アドリアンにでも行って、情報収集をすべきか?
……なんなら、あの学校。あそこに行ってみるのもありかもしれない。結局あそこ、謎なんだよな。まだ。
決まりだ。あの学校へ行ってみよう。
さて、アドリアンを通り過ぎて例の盗賊団の塒へとやってきた。特に見張りだのなんだのはいない。あの盗賊団でなくとも隠れ家としちゃ優秀なんだ、そういう奴らに再使用されないよう塞いでおくべきじゃあないのかね、とか思わないでもない。
洞窟に入って、道順なんざ覚えちゃいないのでとにかく下る場所を下る場所を、下り坂を下り坂を選んで進む。途中何度か行き止まりがあった。簡単にぁ辿り着けないような構造になっているらしい。どういう理由なのかね、まったく。
前回は一時間ほどで行けたのだが、今回はかなり苦戦している。あの曲がり角の灯りさえ見えりゃあいいんだが、一時間を超え、二時間、三時間くらいを過ぎてもまだ迷う。左手の法則右手の法則どっちも試したんだが効果なし。前の俺ぁどうやって行ったんだ。
「おーい、ロスー! 迎えに来てくれー!」
流石に我慢ならず、叫ぶ。しょうがねぃよ、あそこの関係者で名前を知ってるの、ロスしかいねぇんだから。いやまぁ恐らくエメレンシアも関係者なんだろうけど。
静寂。
……声が届かない程俺と学校の距離が離れているか、そもそも聞く気が無いかのどちらか。
どうすっかなぁ、これ。洞窟壊したり掘削したりってのは流石に……流石の俺でも分別というものが。いや地上の方の空洞で爆薬ドッカンしたりしたけども。
「ふむ。じゃあ、運だな、あとは」
取り出したるは、アウラニから貰った霊命樹の枝。一応この枝……というか霊命樹自体がアウラニの能力の一部で、ぶっ刺した相手の命を吸うとかいうとんでもない代物である。霊命樹の本体たるディムという樹がこちらの大陸にないため、その効果は無いとのこと。ちなみにディムの樹は喋る。性別は女らしく、ディム婆と森の動物たちから親しまれている……だったか。
海渡ってなんも知らねえでいた俺に、あることない事吹き込んだあの狸、まだ生きてるといいがねぇ。
それを、洞窟の床に立てる。
そして手を離せば、バランスを失い、前方右方向に倒れた。
「犬だって歩きゃあ災難にも幸運にも当たるんだ。狐にゃ遭えないってぇこたないだろう」
生きるとは棒を倒すによく似たり。
……んなこたねぇわな。
いや。いやいや。
運も馬鹿にならない、という事で。
「変わっちゃぁ、いねぇな。見た目ぁ」
辿り着いた。地下の大空洞の中に建てられた、学校。
地上の建造物とは明らかに違う、俺の記憶にあるような造りのそこ。見れば見る程、異質。なんだってこんなところにあるんだ、って疑問と、誰が作ったんだって疑問。造ったやつが生きてんなら話してみたいねぇ、同郷やもしれん。
長い石段を下りていく。校庭や中庭に生徒の姿は無く、ロスの姿も見えない。ロス以外の教員はいんのかね、ここ。
石段を降り切って、狐の亜人種の姿へとどろんと変化。
入口……あー、昇降口って言うのかね。それを探す。
おお、あったあった。
「勝手に入っていいもんなのか? いやまぁダメっつわれても入るんだぁがよ」
一応、足の汚れを形態変化で綺麗にして、中へ。
うわー、のすたるじぃ。
学生時代の記憶なんざ遠い彼方の向こうだけど、なんか「あぁこんなんだったこんなんだった」って思う自分がいる。構造や内容は全く違うんだろうけど、雰囲気が凄くそれっぽい。ここを作ったやつは拘りがすごいな。
誰もいない廊下を行く。空き教室が沢山あって、けれど教室の中、背面の壁には習字やら絵やら、子供たちの作品らしきものが飾られている。……つか、俺が懐かしいと思うってことは、ここは日本の学校って事だよな。
こんだけ日本文化の無い世界で、どうしてここだけ……。ラテン系の学校じゃあねぃのか。
ちょっと思う所があって、空き教室の一つにあった机と椅子。その一つに座ってみる。
頬杖を着いて……ああ。
なんだ、これ。平和だな、何してんだ俺ぁ。復讐をしたくて、別にしたくなくて、どうしたもんかと考えてて……そもそも死にたくはないはずで、けれど退屈が嫌で。
何がしたいんだ、俺ぁ。刺激を求めて復讐をやりにきた、ってか。いや、復讐は母上殿から託されたもんだ。それを遂げるのは……優先事項の問題で。
「なぁよ、この場所は、悔恨を促す効果でも蔓延しているのか?」
「しているよ。ここは、自らを見つめなおす場所だから。ラナエ。死後の世界ではない、と言ったけれど、審判の場ではあるんだ。ここは、選択の此岸。卒業か退学か、どちらかを選ぶ場所」
「卒業ってな、なんだ。死か」
「合っているよ」
教壇に、いた。
ロスだ。柔らかい笑みと共に俺を見ている。
「破滅のことはもう、知っているかな」
「おう」
「破滅が訪れると、生命は多大なる苦しみと共に死に絶える。食べる事も飲む事も出来ずに、空腹と口喝に喘ぎながら、土塊となって崩れて死ぬ。生命がいなくなると世界は萎み、潰れ、一点にまで収縮する。その後前の生命が残した感情を、魂が新たな生命を生む。伴って世界は広がり、再生とする」
黒板に図解を描きながら、ロスが話す。
思ったより破滅だな。想像以上に破滅してる。
「魂は有限で、流転する。だから、前の魂と新しい魂の総量は同じだよ。何になるかはわからない。ただ、同じであるというだけ。そうして、周期的な収縮と拡張を繰り返して、この世界は続いてきた」
「魂の総量が同じってな、おかしな話じゃあねぇか。人間と動物が融合して、さらにぁ分離した奴らがいるんだ、総量が同じなら、そいつらのせいで死ぬ命があることになる」
「今までは、そうだった。けれど今回に限って言えば、少し前に隣の大陸で多くの人間が死んだことで、余剰の魂があった。だから、今回ばかりは、元の人間と、融合した人間の二つが同時に存在できる状況」
チョークや黒板消し。懐かしい道具だぁね、そりゃ。
それらを使って、図説がされていく。
「"前"までは、融合先より元の人間の方が構成が強いから、生命の強化自体が上手く行かなかった。すぐに死んでしまう、というべきだろうね。くっつけても分離してしまっていた。けれど今回は、元の人間を死なせることも、融合が解ける事も無く、強化状態を保つことが出来ている」
「随分と……いや、なんでもない」
「だからここは、選択の此岸なんだ。元の人間が一度預けられる場所。破滅の恐怖を前に死を選んで卒業するか、死の恐怖に怯えて破滅の時を待たんと退学するか。私は後者を選んだよ。けれど、卒業者の卒業までに少しだけの猶予があるから、その間だけ、彼らのお世話をするために残っている」
「前に俺は、助けに来ると言った。ロス、アンタは待っているといったよな。あんたの思う助けってな、なんだ」
彼女は、目を伏せる。
「──破滅の回避」
……。
だよなぁ、と。
つまりまぁ、母上殿は、強化された方の生命か。あの密猟者も、そもそも殺す気はなかったようだしなぁ。逃げ出した母上殿が連れ戻されんとしていた可能性も無きにしも非ず、かぁねぇ。はぁ。
約束事のブッキングだぁな。母上殿に託されたモンで、エメレンシアへの復讐。よってエメレンシアを殺す。だが、奴を殺せば破滅とやらは回避できず、ロスと交わした約束が破綻する。
……ん、いや、待て待て。
「生命の強化をしたところで、破滅が回避できるわけじゃあねぃだろう。確か、生命の強化は破滅を意味なくするってぇだけで、つまり強化されてねぇ奴は破滅に飲まれるんじゃあねぇのか」
「そう。だから、私が望むのは破滅の回避だよ」
「ってなってくると、全く違う話だ。どうすれば破滅とやらは回避できる? 生命の強化が必要で、だが元の人間は生きるにせよ死ぬにせよ、強化されるわけじゃあない」
「もし、私に会えたら、色々なものを託すつもりだった。それは君に託すよ、ラナエ」
「おいおい諦めんなって。復讐は成し遂げる。その上で破滅を回避すりゃあいいんだな? それを考えて、実行すりゃあいい」
テルミのエメレンシアが言っていたが、ゲートもマルゴーも、通ったモノの情報を抜き取るんだったか。それプラス本人を攫って何かしらをすることによって、獣との融合をさせる。これ、獣側はどうなってるんだ? 死んでるのか? ……いや、今は余計な事は考えなくていい。
つまりエメレンシアの選んだ手段とは、今回のチャンスを用いて強化生命を作り、破滅を無意味にさせるというもの。"思考する存在"が依頼したと言っていた辺り、エメレンシアが考えたかどうかは怪しいが、その辺は追々で良い。
この手段では元の人間は死ぬ。どうやっても死ぬ。強化生命のみが破滅をスルーして、元の人間は空腹と口喝の渦中で土塊になって死ぬのだろう。それが嫌なら、ここで卒業しろ、と。全くふざけているな。メリンダとアルジナはじゃあ、ここを退学したのか。
エメレンシアの達した答えは、今の生命ではどうしようもないから、同じ記憶や性格を持った強化生命にすべてを託して、諦めて欲しいと……そういう事だろう。それしか方法がないならそれもアリだ。なんでその強化生命を奴隷にしてるのかとか、聞きたい事は山ほどあるんだが。
少なくとも対破滅という点で見れば、何もできなかったという過去に比べりゃマシな手段なのかもしれない。破滅周りの事だけ見れば、だが。
だがよ、そもそも破滅をどうにかする事は、本当に、絶対に出来ない事なのか。
"思考する存在"同様、破滅も意思を持っているそうじゃあねえか。俺の幻術然り、破滅側の能力があって、時たま災害と呼ばれる破滅側の意思を受けた存在が生まれる。つまり破滅は、破滅させたい、という"何か"の意思の下動いているってぇわけだ。
そいつをどうにかすれば、破滅はそもそも起こらないんじゃないか? エメレンシアも"思考する存在"も破滅はどうにかできない前提で話を進めていたが……。
「どうやって破滅の周期がわかるんだ? 誰が教えた。民間にゃ広まってない事なんだろう、だが知ってる奴は知ってる」
「転生の性質を持っている者で、破滅前の記憶を有しているものが教えてくれる事が多いね」
「ロス、アンタの場合は、誰から聞いたんだ」
「エメレンシア」
「……そうけ」
それは、そうか。だってここは、エメレンシアの生命強化のための人間が集う場所だ。コンタクトがあってもおかしくは無い。
あー、じゃあ、そう。
アウラニ。アウラニだ。
アイツは誰から聞いたんだ。破滅について……ディム婆か?
「ロス、俺ぁちょっくら行く場所が出来たわ。もう一度言うぜ。必ず助けるから、待ってろよ」
「うん。気長に待っているよ」
出戻りだ。
だが、意義は有る。
隣の大陸へ帰ろう。