一応、復讐でもしますかね。   作:エメレンシア / 観察端末

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アウラニ

天国の聖域


18.あっさりした否定と解決策

 

 

「ない」

 

 即答で、言い切られた。考える素振りさえも見せず、淡々と。

 ディム婆は。ディムの樹サマは。

 

「じゃが、希望はある」

 

 深く、溜息を吐いて。

 

 

18 / ◇

 

 

 出る時はあっさり出られるようで、特に迷いもせずに学校のあった洞窟から抜け出る事に成功。そのままアドリアンの温泉に入る……ということもなく、鳥となってファイスへと向かう。

 テルミを通り過ぎて少し経ったくらいで、それが目に入った。

 

 巨木。巨樹。大きな木。

 およそ真っ当に成長したとは言えない形の、天に手を伸ばすかのようなその大木は、ファイスの街を踏み潰すかのようにして立っていた。砕かれた巨岩を根へと巻き込んで、荘厳。

 10割アウラニの樹。だが、彼女の姿は見えない。

 その樹木から、隣の大陸側。そちらへ向かって伸びる枝の橋に沿って飛んでいけば、それはそのまま海へと続いている。テルミの環状線を丁度抜ける形になっているらしく、下の方では頭部の潰れたドラゴンが一匹死んでいた。恐らくぶつかったのだろう。

 そこからは鳥の身体からドラゴンの身体へ形態変化して、海を進む。まっすぐに伸びる枝は途切れることなく、そこへ止まり休む鳥たちを驚かせながら飛んでいけば、またもやそれが見えた。

 

 これまた、巨木。巨樹。でっかい木。ツリー。

 霊命樹の森からヘラジカの角みたいな枝が天を衝いている。枝は完全に空を覆い、陽の光の一切が森へ届いていない。能力の暴走でもしたのだろうか、明らかな異常事態である。

 

 とりあえず、俺の巣穴へ。鳥となって、狐となって着地。

 中には何もいない。あの狸公、死んじゃあいねぇだろうな。

 

 刻み煙草の替えを取り出してから、また空へ。今度はこの大陸の中心、ディムの樹を目指す。

 

 果たしてそこには──アウラニがいた。

 目を閉じて、静かに倒れ伏せて。

 

 

 

 

「寝るから、起こすなって。久しぶりに疲れたみたい」

「おうおう、タヌ公。これぁ何があったんだね」

「なんか、燃える水とか、溶ける水とか、毒の水とかがいっぱい降ってきて、アウラニさんが受け止めてくれた。ボクらは逃げ回る事しか出来なかったよ。幻術、意味ないから」

「だろぅなぁ、それぁ。しかしなんだぃね、その天変地異」

「わかんない。まだ空からは降ってるところもあるみたいだけど、アウラニさんの樹が陸の全体を覆ってるから、森には降らないみたい。全部海に流れてるよ」

「天災も良い所だぁな、そりゃ」

「おい、お主ら! うるさいぞ! バカ娘が起きてしまうじゃろうが!!」

「手前が一番うるせぃよ」

 

 なんだか死んだみてぇに花に囲まれて眠ってるアウラニの周囲には、沢山の獣たちがいた。というか獣たちが花やら果実やらを集めてアウラニの周囲に置いているらしい。眠ってちゃあ見えねえし食えねえだろうよ。

 しかし不老不死のコイツが疲れる、なんてことがあるのかね。疲れるんなら、死ぬことも出来そうなもんだが。

 

「狐、お主話があるんじゃろう。とっとと儂に幻術をかけろ。そちらで話さばバカ娘にも聞こえまい」

「こんな開けた場所で視覚を失えってか。その辺、狼も熊もいるじゃねぇか、死んじまうよ狐ぁ」

「この場で血を流す事は儂が禁じておる。ここで少しでも血気を現わそうものなら瞬時にくし刺しじゃ。早くせい」

「へいへい」

 

 正直樹木の何を惑わしゃあいいのかわからないのだが、何故かコイツにぁ人間にかけるような幻術が掛けられる。どこに知覚器官があんだよお前。

 

 そうして来るは、夢幻の空間。白くだだっ広い場所で、俺と、目の前に樹木。

 いや樹木よ。

 

「ふん、粗い造りじゃの。もっとこう、大自然の中とかに出来んのか」

「注文が多いなぁ婆さん。自然物が大自然を欲しがるなよ、飽き飽きしてるだろ」

「馬鹿め、これだから"転生"の性質持ちは。そこで生まれたものは、そここそを揺り籠として認識するものじゃ。お主はさぞかし無機質な空間にいたのじゃろうなぁ、前は」

「婆さんだって"転生"の性質持ちなんじゃねぇのかよ」

「儂とお前じゃ年季が違う。馴染み深いのはもう今世じゃ、馬鹿者」

 

 自分に都合の良い話だなオイ。

 

「それで、聞きたい事はなんじゃ。破滅についてか」

「おうおう、わかってんなら話ぁ速ぇわ。破滅ってな、止められねえのか。回避よりも先に、破滅を破壊する事は出来ねぇのか。なんか適当な手段とか、無いのか」

「ない」

 

 即答。言い切り。

 もうちっと気を遣え。ああいや別に、いいや。遠回しだと面倒だからな。

 

「じゃが、希望はある。そもそも破滅とは何なのか、どうして起こるのか。わかるか、狐」

「法則だって聞いたぜ。絶対に曲げられねえ法則。止める事は出来ない」

「その言は間違ってはおらんが、()()()()()()が正しい。物が重力に引かれる。光は影を作る。生物は死ぬ。それらは法則じゃ。古来よりある法則。じゃが、()()()()()()()()()()()()()

「ほん?」

「この世界が出来た時、はじめは何もなかった。これについては儂も聞いた話じゃから体験をしたわけではない事を念頭に置け。世界には初め、何もなく、ただ二つが居た。それが"意思持つ存在"と"破滅"じゃ。双方にそれぞれ名前があるはずじゃが、儂は知らん」

 

 聞いた話ってこた、この婆さんが前の世界で転生の性質持ちに聞いた話ってことかね。ああ、そうして口伝されていくのか、真実──あるいは虚実が。

 ……テルミのエメレンシアのように。

 

「二つはまず、それぞれに二つの人形を作った。それぞれに自らの持ち得る能力を付与し、世界に放った。まだ陸地も空気も海も空もない時じゃ。故に人形は付与された力を用いて世界を作り上げた。作り上げた世界に"意思持つ存在"は入らず、"破滅"は残ることにした。そして"破滅"は、世界を作り上げた四つを殺した」

「いきなり物騒になったな。破滅ってな、相当に気が狂ってそうだ」

「じゃが、それは世界に必要な事じゃった。四つが死んだことで、四つが有していた能力はすべて世界に還元された。命が生まれる法則。命が死ぬ法則。命が成長する法則。命が流転する法則。すべてが世界の法則に成ったのじゃ」

「なるほど。ならよ、破滅ってな、最初にいた"破滅"が死んだから法則になった、ってことか?」

「話を急くな、馬鹿者。四つが死んだ時、世界は破滅した。そして法則が増え、世界が再生する。再生は"意思持つ存在"の力じゃ。それを繰り返し、世界は出来ていった。生まれた命に能力を付与する二つ。それらが破滅によって死ぬことで、世界自体が成長する。回りくどいように思うじゃろうが、二つはあくまで世界そのものには干渉できないそうじゃ。故に命のみを対象とする。世界の中から命が消え去れば、世界は自ずと閉じる。一旦、じゃがな。それを周期的に繰り返しているのが現在じゃ」

 

 話が長ぇ。まとめて話してくれ。

 

「いつしか"意思持つ存在"と"破滅"は自らの能力を切り離した。常時発動するようにした、という方が正しいか。再生と破滅は、その二存在によって起こされている能力の結果に過ぎんという事じゃ。じゃが、それによって止める手立てが無くなった。たとえその二存在を殺したとしても、再生と破滅は止まらない。還元された能力と同じく、永遠と発動し続ける法則に成ってしまったが故に」

「で、希望ってのは?」

「……お主、絶望的に話し合いに向かん性格じゃな。まぁ、良いわ。して希望じゃが、能力である、という点じゃ。能力には強度がある。似たような能力のぶつかり合いでは、強度の高い方が勝る」

「破滅に勝る能力がありゃいいってことか」

「ただし、同系統の、な。炎を出してくる相手に幻術で対抗しても打ち破れんじゃろう」

「そりゃそうだ」

 

 しかし、その上でない、と即答したのは。

 ……無理、ってことか。

 

「気付いたか。破滅は古来から存在する能力。破滅によって生物が周期的に死ぬ以上、破滅を超える強度の能力は産まれ難い。能力の鍛錬とは即ち"自らの魂が世界に影響を及ぼす可能性"を広げる事にある。膨大な年数と経験を積む事でその可能性は広がるが、何万を生きるバカ娘でさえ破滅の足元にも届かぬ規模じゃ。勿論、バカ娘に作られた儂も同じじゃ」

「聞くまでもねぃが、俺ぁどうだね。系統は考えねえとして」

「聞くまでも無いじゃろう」

「そうけ」

 

 なるほどなぁ。

 方法がないわけじゃないが、あまりにも難しい。だから回避する以外ない。エメレンシアの辿り着いた答えってな、そういうことか。

 んー。まいったね、どうも。

 

「故に、生命を強化する、という手段は長期的に見れば最適解じゃ」

「ん、聞いたのか、エメレンシアの話」

「バカ娘が眠る前にな。生命を強化し、破滅によって死ななくする。そうする事でいつか破滅に対抗しうる能力が育つのを待つ。先に言うたように、"破滅"は自らの能力である破滅を切り離しておる。つまり鍛錬のしようがない、これ以上は成長しないという事じゃ。古来より存在するがゆえにあまりにも強大且つ巨大な能力は、しかし追い抜かす事の出来る能力である」

「アウラニや婆さんと違って、普通の生命はそんなに生きねぃよ」

「じゃが、"魂の摂取"を持つ者が居ろう、お主のように」

「……ありゃ、寿命が延びるもんじゃねぃよ」

「延びるものなのじゃよ、お主が使い方を知らぬだけでな。バカ娘が不老不死であるのは、バカ娘の能力の産物たる儂が"魂の摂取"を有しているからじゃ。初めは小さな芽しか生やせんかったバカ娘が樹木を生やせるようになった時、その命へ"転生"の性質を持った儂が転生した。そこから、バカ娘の成長は止まったのじゃ。何万年も前の話じゃが、これでわかろう」

「エメレンシアの生命強化を受けた新人類で、破滅に対抗しうる能力を持つ者に"転生"の性質持ちが宿れば、いつか"破滅"に打ち勝つ日が来るだろう──ってか? 気の遠くなる話だな」

「しかし、それ以外に方法がない。"転生"の法則についても分かっておらんからな、能力に宿る等と言った稀有な例をどうしたら引き起こせるのか、まずはそこからじゃろう」

 

 じゃあ"転生"についての研究もしなきゃあならん。そもそもの知名度が低く、誰に、どこに起こるかわからんもんをどう研究するんだ。

 この最適解とやら、希望的観測が多すぎて話にならんな。

 

「その二存在の方の"破滅"に話をつけて、能力を停止させるってのは出来ねぃのか」

「知らぬ。能力を切り離す、という事自体、儂らには理解の及ばぬ技術じゃ。それに対して操作が効くのかどうかなぞ、わからぬ。加え"破滅"がどこで何をしているのかも知らぬ。この世界にいる事は確かなはずじゃ。しかしどんな姿をしているのか、そもそも姿があるのかどうかも怪しい」

「わからねぇことだらけだな、おい。まぁ、良い。それで、破滅ってないつ来るんだ。決まってんだろ、来る日ってのは」

「あと一年もない、と言っておく。正確な日付は知らぬ。儂もバカ娘も、日付というものを認識しておらん」

「大事な事なら書留でもしておけよ」

「何分、樹木故な」

「都合が良いなぁお前」

 

 いやまぁ俺も狐を理由に都合をつけるが。

 種族を言い訳にするんじゃあねぇよ。

 

「ダメか。無理なのか。今を──今いる命を、破滅から救うのは」

「何度も言うが、儂は知らぬ。儂もバカ娘も諦めた者じゃ。解決法など探しとらんわ」

「そうけ。じゃあ、聞いても無駄か」

「無駄じゃ。ただ、一つ言っておくぞ。()()()()()()()()()()()()

「……まぁ、そうだろうなとは思ってたよ」

 

 んな事はどうでもいいんだ。

 ロスを……約束を破らねえ方法が見つからねえ。なんだ、どうしたらいい。エメレンシアへの復讐は遂げる。助けるなんて約束しちまったロス以外ぁ死んだって別に良い。ロスのことが無ければ破滅に対してどうこうするつもりは無かったんだ。こうして俺が死なねえってのも分かった以上、そこさえ解決すりゃあ適当な場所で隠居してりゃあいい。

 だが、約束は大事だ。いやまぁルシアとの契約もあるっちゃあるんだが……ん。ん?

 

「待て、アウラニの不老不死ってな婆さんの"魂の摂取"によって成ってるもんだったな。ただアウラニ自体が生命の強化をされてないってんで、破滅にゃ耐えられねえと」

「そうじゃな」

「じゃあよ、そもそも死なねえ……たとえバラバラになっても、全身吹き飛んでも再生する生命だったら、破滅にぁ耐えられるのか?」

「耐え得る可能性はあるが……それを命と呼ぶかどうかは怪しいのぅ」

 

 ルシアはあの学校にいた。

 あの学校ってな、強化された生命の元になった人間がいる場所だったはずだ。つまり、元のなんでもない人間であるはずのルシアが、死なねえ体を手に入れていた。ゾンビゾンビと言っちゃいたが、アルジナ曰く死肉じゃねえらしいじゃねえか。

 

 これか?

 ルシアの秘密を知る事が、ロスを救う唯一の方法か?

 

「……見つけなきゃいけねぇ奴が出来た。ちょいと、行ってくるわ。アウラニは頼むわ、婆さん」

「お主に言われる筋合いは無い」

「そりゃそうだ。頼む義理もねぇやな」

 

 夢幻を解く。

 

 顔面に張り付いてくるムカデをスルーして、幻の炎でタヌ公を焼き焦がす。噛みついてくる狼を気にせず、タヌ公の尻尾を切り落とす幻覚を見せる。舐め回してくる大蛇を無視して、タヌ公の身体を氷柱でくし刺しにする幻を見せる。

 

 ふぅ。引き分けな。

 

「もう行くの、ラナエ。バタバタと忙しいね」

「おうクソ狸、長生きしろよ。出来ねえとは思うが」

「じゃあね。もう会う事は無いよね、多分」

「……そういや、二つほど聞きてえんだけどよ」

 

 タヌ公を見て。

 どっからどう見ても狸なソイツを見て。

 

「お前さん、結局なんで喋れるんだ? あとあっちの大陸で戦争やるっての、どこで知った?」

「え、気付いてなかったの? ボク、元人間だよ。あっちの大陸生まれ」

「……そうけ」

 

 あー。

 気付かん俺が馬鹿だな、これは。いや、いや。普通の獣は喋らねえんだよな。うん。母上殿も妹弟たちも喋るから何も思わなかったけど、そうだ、そうだ。俺の家族はつまり強化生命で、普通の獣じゃあねえんだわ。喋る獣は普通じゃねえんだわ。

 ……んー、まぁコイツには世話に……なってないが、世話をする側だったが、まぁまぁ一緒にいたし。

 一応聞いておくか。

 

「お前さん、名前なんてんだ。タヌ公じゃあねえだろう」

「うわ、今更だね。いつ聞いてくるのかと思ってたけど。まぁ良いけど。ボクの名前はね、リラだよ。リラ・クスクィル」

「可愛らしい名前過ぎて笑ってちまったよ。あン? ってこた、お前さん雌か?」

「それも今更だね。ちょっと呆れが入ってるよボク」

「しかも苗字持ちな辺り、どこぞの王族か?」

「うん。ナトゥムの皇族」

「……で、戦争の事を知った理由は?」

「文通してるんだ。あっちのリラと」

 

 さいでっか。

 文通……出来るんだな。狸の手で。

 

「あんまり興味無さそうだね。これでも皇族なんだけど」

「でも狸だろう、お前さん」

「そうだね。人間より快適だから、ボクはこれで良かったかな」

「そうけ」

 

 まぁ、無駄話はここまでにしよう。

 あと一年もねぇらしいからな。時間が惜しい。ルシアを探さにゃならん。

 

 ドラゴンへと転じる……のはアウラニを起こしちまうだろうから、鳥になる。

 

「じゃあね! ラナエ! 応援してる!」

「狸、うるさいぞ! バカ娘が起きるじゃろうが!!!」

「うるさいのは手前だっつの」

 

 さぁて、どこにいるんだろうなぁ。

 

 

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