一応、復讐でもしますかね。   作:エメレンシア / 観察端末

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コール

美しき者 / 清廉


19.あっさりした対面と、珍しいやる気

19 / ◇

 

 

 シェルダンとナトゥムの戦争が始まった。ルシア捜索を始めてから、二つほど月が過ぎた頃である。もっともこっちの暦なんてのは知らねえんで、記憶にある限りの日本で使われてる、というかあっちの世界で使われてる暦の上で数えてる。こっちじゃひと月にも満ちてねぇのかもしれねぇし、三つも四つも過ぎている可能性だってある。なんなら一ヶ月、みたいな単位じゃねえ可能性もまぁゼロじゃぁねぃ。

 なんて考えても仕方のない事をつらつら考えちまってるのは、ルシア捜索が難航も難航しているからだ。

 ルシアも、アルジナも、ギルドの連中も。アウラニの樹に潰されたって可能性も考えて小さくなったりなんだりして調査してみたんだが、何も無し。行ったことのある場所へ鳥となり狐となり行ってみても、やはり収穫は無し。

 

 隣国が戦争するっつんで、ミグエルもまたちっとはピリピリしてるんだが、シェルダンともナトゥムともさしたる契約やら取引やらをしていないとのことで、今回の戦争にはノータッチなんだと。

 

 そういう話を、人間の方のメリンダの膝の上で聞いている。撫でられながら。

 なお、猫の方のメリンダはここにはいない。アイツぁ真面目だから、出来ていなかった分の勉学を取り戻すためと現在猛勉強中だとか。もう一年と二か月を経ているのに結構なこって。

 

 で、現状報告やら近況報告やらの最中、こんな話を聞くことになる。

 

「イオピクスの踊り子?」

「はい。全国行脚の雑技団に一年と少し程前に入った二人でして……色とりどりの炎を操りながら華麗に踊る様が人気を博している、と」

「ふぅん。そりゃ、まぁ……ウチの妹だろうなぁ、多分」

「やはり、そうですのね? どうしましょう、お父様に頼めば、雑技団からの引き抜きくらいは」

「ああ、いいよいいよ、そういうの。王族に借りは作りたくねえし、別にあいつらも助けて欲しいなんざ思っちゃいねえだろ。俺がソウイウの、興味ないって知ってるしな」

「でも……家族でしょう?」

「家族だからな。信頼してるよ、信頼されてないって」

 

 複雑そうな顔をするメリンダ。まぁこいつらは善性の家族だからな、強固な繫がりで結ばれてる。信じられねえんだろう、こういう関係ってな。

 獣にゃよくある話なんだがね。

 

「いつでも頼ってくださいね。貴女は、妹の恩人なのですから」

「ん? 結局妹ってぇことになったのか、あっちのメリンダとは」

「あの子も姉を自称しますけど、私が先に生まれた事は変わりありませんもの」

「さよか」

 

 そのマウント合戦は知らんがよ。

 しかし、なんだ。恩人扱いはやっぱり面倒だぁな。人質にするなりなんなりを考えていたとはいえ、こうも善意を押し付けられると考える事ばっかり出てきやがる。

 ……雑技団で踊り子、ねぇ。まぁそれなりに良い所に就けたんじゃあねえのか、売られて慰み者にされるよかよ。

 

「ちなみに俺にぁ弟もいるんだが、雄のイオピクスについてぁ知らねえか?」

「……いえ、聞いたことはありませんの。ああでも、噂ですけれど、シェルダンの地下には沢山のそういう方々が集まる幻の集落があるとか……」

「おお。ああ、そんな場所、あったな。ほう」

 

 そいやぁあったな、そんなとこ。

 確かあそこって、シェルダンの街の地下に張り巡らされているんだっけ? 騒ぎ起こして逃げた身故なんとなく近づき難かったんだが……身を隠す場所としては持って来いじゃあねえか?

 ふむ。

 なら、思ったが吉日だ。

 

「ちょいと行ってみるわ。あっちのメリンダによろしく言っておいてくれ」

「え、本当にあるんですの?」

「あるよー、普通に。入り口は一つしか知らねえけど」

 

 忘れてたといえばもう一つ。その入り口たるガーリィの人間が軒並み倒れていたってのも、謎のまんまだな。こないだ見に行ってみた時は普通に人間が過ごしていたから街の人間全員死んだ、とかじゃあねえんだろうが、ありゃなんだったのか。

 目指すはガーリィ。調べ終わったらちぃとアドリアンにでも寄ってみるかいね。

 

 

 

 

 人混み。

 人間の視線の先にいるのは、煽情的な衣装を纏った二人の少女。色彩豊かな炎をジャグリングして、時には放ち、時には飲み、鮮やかなステージを形作っている。

 中心に立つ男が指揮棒のような……否、レイピアのような細剣を振り回せば、それ従うように二人や他のメンバーが踊る。なるほどなるほど、雑技というだけはある、というのが感想。

 

「ちぃとばかし幻術の構成に粗さが目立つが……なんて言うのは、あまりにもお節介って奴だぁね」

 

 どろん。

 煙と共に、不可視を纏う。

 

 人混みを抜け、テントの外に出てようやく一息を吐いた。

 

 いやはや。

 

「タイミングってな、怖いねぇ、色々と」

 

 まさかガーリィに着いた時、丁度件の雑技団が来ている、なんてさ。

 

 

 

 

 さて、ガーリィである。一応色々な子供の姿を取って一年前の事件についてそれとなく聞いてみたんだが、ノーリアクション。ただ、知らないというより覚えていないという様子で、記憶の酩酊とやらかな、と。順当に考えりゃあ街の人間全員を獣と融合させて、学校には入れなかった、とかいう所だと思うんだが……どうだかな。ちぃと都合の良い楽観な気がしないでもない。

 地下はまだだが、とりあえずついでに、ってことで雑技団……まぁサーカスだな、それを覗いてみりゃあ、確かに見覚えのある二人が踊っていたってワケ。色鮮やかな炎は幻術だが、踊り自体はあいつら自身の努力の結果と。踊りなんつーもんに詳しいわけじゃあねえから何とも言えねえが、芸にはなってんじゃねぇのか、一応な。

 

 そんな雑技団のテントに寄りかかって煙管を咥えていると、テントの裏側、つまりスタッフオンリーな方から一人、男が出てきた。男はふぅ、と溜息を吐いたあとに俺の姿を確認し、慌てて取り繕うような笑みを浮かべる。

 アレか、プロ意識か。夢の国の中身を見せるな、みたいな。

 

「別に気にしねえよ、安心しろ。俺ぁ雑技団に夢見るような性格はしてねぇんだ」

「あ、ははは……そうですか。いえ、その事には残念がるべきなんでしょうけど……今はありがたい」

「おうおう、子供に対して随分と堅苦しい口調だな」

「着物の袖に片手を入れて、もう片方の手で煙管を転がしている少女ですよ。ただの子供には見えませんよ」

「へぇ」

 

 そんだけ見れるのに、随分とずけずけと。へぇ、ふぅん?

 

「お前さん、名前はなんてんだ。ああ、芸名の方は興味ねぃよ、本名を言え」

「オーマです。オーマ・ウォロッソ。芸名も同じですよ」

「同じなら芸名たぁ言わねえだろうよ。しかし、苗字持ちか。実はいいとこの坊ちゃんか、手前」

「いえ、遠い所の生まれなだけです。そこでは苗字があるのは当たり前でしたから。お嬢さんの名前は?」

「ラナエだ」

「……本当に?」

 

 驚いた、という風に。

 店頭らのベンチへ腰を下ろしたオーマは、聞き返してくる。

 

「ああよ。なんだ、聞いてたか。ウチの妹たちから」

「ええ……それに、指名手配犯、ですからね」

「おいおい、まだ解除されてねぇのかよ。もう一年経ってるぜ」

「二か月ほど前にファイスを壊滅させた稀代の災害、と聞いていますよ」

 

 おうおう、狂ってんなぁコイツ。そんな奴とわかっててここまで落ち着いてんのか。いいね、ちぃと気に入った。それに妹達が俺の話を誰かにするなんて、思わなんだ。汚点だろう、アイツらにとっちゃ。

 

「お前さんが買ったのか、アイツらを」

「いえいえ、購入したのは団長です。ああ、ご安心ください。我らが団長は不埒な事はしませんから」

「そこは好きにしろ。俺ぁ知らんよ。それより、お前の話が聞きてえ。なんだ、悩みでもあるのか。溜息を吐いていたように見えたが」

「悩み、というか……いえね、これは団の皆には内密にしてほしいのですが」

 

 内密という単語が聞こえた時点でオーマを夢幻に招待する。これで盗み聞きの心配もねぇ。本体に不可視を、人形をオーマの前に立たせているから、奇襲の心配も無い。学ぶぜ、俺ぁ。

 

「これは、幻術ですか。なるほど、恐ろしい幻術を使う、というのは真実の様子」

「それはどっちの情報だね」

「指名手配の方ですよ。あの二人からは、凡そやる気と呼ばれるものを母親の胎内に置いてきた姉、と」

「違いねえな」

 

 義理や借りがなけりゃあ動かねえ。約束や契約でも動くがね。

 

「で、なんだ。お前さん、随分と……生気が薄いが」

「ええ、それが内密にしてほしい事なのです。余り気負わずに聞いてほしいのですが……私は、あとひと月と経たずに死にます」

「自殺か?」

「いえ、寿命、でしょうね。心臓が悪いのです。あるいは、私の死後、一年以内に何か大変なことが起こるか」

「"転生"の性質持ちか、お前さん」

 

 言えば、笑う。

 破滅を経験した人間はどこかが欠けている、だったか。コイツの狂い具合はそういうことか?

 

「貴女もそうですね。妹さん達から聞いた話を統合するに、生まれた直後から明確な意識を持ち、同じ狐とは思えなかったといわれていましたよ」

「俺ぁ一回目だがね、まだ。破滅とやらも経験してねえ。なぁよ、先人なら教えてくれや。破滅ってな、どんなんだ。どうなって、どうなる」

「残念ながら、私は破滅を経験していないのです。知識としてはありますがね。私はそういう、"大事が起きる前に必ず死ぬ"という性質を有しているようで、前も、その前も、その前の前も、もっと前も、破滅を経験したことはないのです」

「いくつだいね、お前さん。統合して。何回転生してんだ」

「合わせれば、億を超えましょう。ただし、すべての記憶が持ち越せるわけではありません。記憶は少しずつ欠け、自覚を持つ年齢もそこそこ大人になってから。転生の回数は、それも万単位でしょう。再生と破滅の間に横たわる何万年の、その中で幾度も幾度も転生を繰り返していますので」

 

 偶然、と。

 そう思うのは、中々に難しい話だ。

 ガーリィに行こうと思ったのがメリンダに話を聞いてから。雑技団の中を覗こうと思ったのがガーリィの調査を終えて、地下を後回しにしたから。雑技団のテントに寄りかかって煙管を吸おうと思ったのなんて、ちぃっとした気まぐれに過ぎん。

 その。

 その全ての"偶然"に噛み合って、"転生"の性質持ちであるオーマと出会い、知識を貰う。

 

 偶然、だって?

 

「お前さん、どっちかの手先だな」

「ええ、"思考存在"の。私は死ぬ前に、必ず誰かに知識を授けます。そしてその相手とは、その時点の世界にとってとても大事な鍵を握る相手になる。ただし再生と破滅、どちらに依る鍵なのかはわかりません。私の授けた知識が世界を破滅に追いやる可能性と、世界を救う可能性。どちらもあり得る。私には判別の出来ない事ですがね」

「"思考存在"」

 

 "意思持つ存在"だの"思考する存在"だの言われてきたが、明言して手先だと名乗る奴の呼称が一番正しかろうさ。

 "思考存在"。それが、あの次元の狭間で出会った相手。悪魔のような上っ面にフランクさを貼り付けただけの奴。

 

「"破滅"の名前は、知らねえか。お前さん」

「リリスと」

 

 あっさり。あるいは、拍子抜け。

 本当に知っているとは思わなんだ。だが、リリス。リリスだと。

 

「なんで知ってるのか、ってのは、聞いていいものか」

「はじまりの記憶ですよ。初め──世界には、何も無かったのです。私は流転を。授かりました。"思考存在"から」

「四人か」

「はい。ただ、その記憶もほとんどが薄れています。次の生では、覚えていないかもしれない。はっきりと思い出せるのは自らの名前と、"大事の前に必ず死ぬ"という事だけ。ただ、リリスと──私達を殺した敵の名前は、まだ覚えていました」

「他の奴らは、いねぇのか」

「わかりません。命を生む者。命を殺す者。命を育む者。命を廻す者。彼ら彼女らがどこにいるのか、そもそも転生できていないのか。流転を授かったのは私だけですので、その可能性も大いにあるかと」

 

 ごふっ、と。

 外の知覚が、それを感じ取った。俺も、オーマも。気付いた。けど、無視する。

 

「"魂の摂取"持ち同士では、能力の発動は出来ませんよ。治療もまた、同じように」

「そうけ」

「リリスの居場所はわかりません。あれは、どのような形にもなれる。気体や液体にだってなれるでしょう。故に探すのは得策ではない。貴女の考える通り、破滅を止めるのではなく、破滅に耐え得る、乗り越え得る技術の模索の方がまだ道がある」

「そんなことまでわかんのか。……いや、お前さんもそうしようとした、のか?」

「ええ、こうして全国を行脚しているのは、そのためです。団長という理解者を得られた今生は有意義でした。けれど、努力は実を結びませんね。結局、私は──大事な場面には、立ち会えない」

「エメレンシア、という名前は──育む者の名だ。あれは、初めの四人か?」

「いいえ。ただし、覚えておいてください。この世界では、名は強い意味を持ちます。あらゆる名前に意味があり、あらゆる名前が世界にその通りの影響を及ぼす。それは希望であると同時に呪いでもありましょう」

「お断りだぁよ、俺ぁ」

「ええ、打ち破ってください。破れるのなら、それが一番ですから。……そろそろ、お別れのようですね」

「今殺してやってもいいんだがね」

「妹を敵に回しますよ?」

「なんだ、懐かれてんのか、お前さん」

「……さぁ、わかりません。結局、奴隷と、奴隷を購入した一団という関係でしかありませんからね。嫌われていても別に、おかしくは無いでしょう」

「そうけ」

 

 白い世界が。

 夢幻が溶けるように解けていく。

 未だテントの中は歓声が響く。俺の目の前でベンチに腰かけていたオーマは。

 

 血を吐いて、倒れていた。

 

「ふふ……まだ、死にませんよ。死ねません。重症に見えるでしょうが……ああ、私には寿命が、ある程度わかる」

「ひと月と経たず、と言ったか。どうだいね、死期が見えるのは、怖いか」

「私の感覚は常人のそれとは違いますよ。私には必ず次がある。必ず先がある。終わりがないのなら、死は怖くありません。どれほど体を酷使しても、その時が来なければ死なないとわかるのなら──その先にも役割があるというのなら。死に際の苦しみは、恐怖にすら」

「最後に一つ、いいか」

「ええ、どうぞ」

 

 明らかに不味い量の血が口から零れていくが、コイツが大丈夫というのなら大丈夫なのだろう。しかし心臓が悪いからと言ってどうして吐血するのか……心臓以外も悪いんじゃねえかなぁ。体を酷使してるとか言ってるし。

 

「ルシア、という少女を探している。心当たりはあるか」

「申し訳ありません、ないですね。ルシア……光、ですか。なんとも……良い、名前だ」

「……死んだか?」

 

 少し、心臓に手を当てる。

 生きてはいるのか。意識が落ちただけ、と。だがよ、今公演中だろ? 演者が外で血ぃ吐いて寝てたら、大事じゃねえのかよ。

 ……色々情報貰ったしなぁ。ちったぁ返すのも悪くは無い。

 

 それじゃ、ま、ちぃとお邪魔しますかね。

 

 

 

 

 ──"ここで、急遽演目を変更しまして──"

 

 そのアナウンスを聞くと共に、ステージへと上がる。

 俺ぁオーマを介抱してくれる奴を呼びに行っただけだってのによ、あれよあれよだ。だから苦手なんだ、善性の奴ってな。なんだあの団長。ミグエルの王族並みに良い奴でやりづれぇ。

 

 先ほど一瞬すれ違った妹たちがオーマの介抱をするってんで、んじゃあ幻術使いが必要と。

 俺と。

 

 流石に指名手配で顔の割れてる童女姿や狐娘姿は使えねえんで、狐面を被って壇上に上がる。

 台本は貰いぁしたが、読んでねえ。面倒だし。

 人間を喜ばせる、ってな……んー、あんまりやってこなかったんで出来るかどうかはしらねぇが、驚かせるってなら一日の長があらぁよ。

 

 さぁさ五郎次郎もといご覧じろう。

 あの婆さんに文句言われたからな。造り込んだぜ大自然! 真白の夢幻はこれより深緑に包まれる。

 一夜限りだ、存分に楽しめよ。どうせ死ぬんだ、刹那的にな。

 

 今宵だけは、あっさり終わらせねえからなぁ。

 

 

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