一応、復讐でもしますかね。 作:エメレンシア / 観察端末
犬も歩けば転びもするさ。
言うほどの距離は無かったな、というのが感想である。何って、人里まで。
なんならこの五年間、ちょっと遠出したい欲が出ていれば辿り着けただろう場所。まぁ遠出したい欲が湧かなかったからさっきのさっきまで親元にいたわけなんだが。
で、人里。まぁ"里"なんて表現をしちゃあいるが、そこそこの規模の……少なくとも村ではない、町くらいの規模はあるだろうそこは、これまたそこそこの人間で溢れかえっていた。
既に俺は人間モード。狐であるとバレる由も無いが、如何せん子供だ。残念ながら年齢までは弄れなかった。五歳の狐ってそこそこじゃね? とか思わないでもないんだが、事実は事実に現実童女。悲しいね、時の流れには逆らえないんだ。スピードアップも出来ないと来た。
町の入り口らしき場所には門番衛兵なんてものは居らず、ただ看板に「ようこそガーリィへ」の文字。驚いた、文字が読めるぞ。狐の田舎文字とほとんど同じらしい。そんなバナナ。あるいは母親が、やはり奴隷の出か。なんにせよありがたいこって。
「やぁ、お嬢さん。一人かな。親御さんは、いるかい?」
「もうすぐ、戻ってくる」
「そうかい? それじゃあそれまでおじさんとちょっと話さないかい?」
「人攫いと話す事は何も無いかな」
指を鳴らす。無意味な行為。エメレンシアがやってたやつのパクり。
でも、それだけで"おじさん"はギャッ! と悲鳴を上げて、顔を掻き毟り始めた。大きく仰け反って、仰向けに倒れる。安心してほしい、ただの幻術だよ。山には沢山いたんだなぁ多足類。とりわけ大きなムカデさん。眼球に貼っつけてやったわ。
しっかし、おいおい、俺が出会った人間今の所密猟者と人攫いだけなんだけど。なにこれ悪性の人間しかいないオチ? 善性の人間はいないのか世界よ。それとも亜人種を探した方が早いのか? どうせ同じく被害者だろうし。
流石に人一人が倒れて眼球を擦りまくってるとなれば騒ぎにもなる。早々に姿を消していた俺を通り過ぎて、町の人間が集まってきた。人間ばっかだな。なんかギルドとかないもんかね。情報収集といえばギルドだろ。そしてトラブルの種。
ああ、でも、なんだろう。この町、そういう系じゃないというか、街中を歩いている人間に筋骨隆々な奴とか変な髪型をしてる奴とか、こう、"特異なオーラ"みたいなの纏ってる奴がいねーや。真面目に市民の町かね。真面目な市民の町に人攫いがいる時点で治安はお察しなんだけど。
「時に」
「んぇ?」
「そこな狐。こっちへ来い」
ぶっきらぼうに言う。ダンディな声。持ち主は。
ヒトガタでもなんでもない、四つ足歩行のガチ犬さんだった。
……うわ、声帯どうなってんの?
路地裏に入って、マンホール的なノリのある通路を通って、ダンディ犬が一息を吐いた。ふぅ、と。人間らしく。
「あまり騒ぎを起こしてくれるな。我らが住み辛くなる」
「知らんが」
「余所者め。平和を乱すなと言っているのだ」
「いやわかってるよそれは。その上で知らんがっつってんの。というかお前さん、何? 犬?」
「見てわからんかね?」
ダンディ犬は、スク、っと立ち上がる。二足。そして前足で顎をさすり始めた。ヒゲ生えてんのは鼻の下だぞ。
「人間だが」
「ヒトか?」
「そう言っている」
エメレンシアが俺の事をイオピクスと呼んでいたから、人間にも相応の呼称があるのやもしれんと思っていたが、そんなことは無いらしい。分かりやすくていいな。
それで、なんだって?
人間?
「犬だろ」
「心が人間なら体がなんであれ人間だろう。お前は狐か?」
「狐だが?」
「……そうか」
なんで傷付いた顔してんだよ。
ダンディ犬は通路の奥、T字になったそこで立ち止まると、その壁に手を当てた。予想の範囲内。ずずずっと動く壁の向こうに、それはあった。
「……町。いや、集落かね」
「見えている範囲でいえばそうだろう。だが、この地下街は各地で繋がっている。自由に行き来できるわけではないがな。全面積を数えれば、一つの国にも匹敵するだろう」
「そりゃ、地盤が心配なこって」
「しっかり計算してある。補強も十二分にな」
「ふぅん」
先の銃の件もそうだが、上の町並みと言いここといい、そこそこの技術力はあると見るべきか。無論俺の幻術のように何らかの不可思議な力も用いているのだろうけど、それを抜きにしてもちゃんとしているというべきか、ファンタジー知識の中世観は捨てたほうが良いな。邪魔になる。
ダンディ犬が歩く後ろをついていく。見れば、そこかしこにいるのは亜人種亜人種ガチケモ亜人種。人間もいるっちゃいるが、圧倒的に数が少ない。
「お前は、元人間ってこと?」
「ほぅ、わかるか。やはり滲み出る人間オーラが」
「エメレンシアって密猟者、知ってるか?」
瞬間、空気が凍った。と、思う。空気読み苦手マン。
ダンディ犬だけでなく、周囲にいた幾人かの亜人種もその動きを止めた。なんだなんだ、NGワードか。
「お前も被害者だったか。先に言え、もう少し態度も改めようものを」
「どこにいるか知ってるか?」
「まぁ落ち着け。ここにいる者は皆、奴らの手によって自らの生活を失った者ばかりだ。必ず力になる。今は温存しろ」
「結構なことで。勝手に一念発起はやっててくれ。俺は一人で行くからさ」
そこまで重たい感情を持っていない。仲間意識もないし、同類だとも思ってない。
つーか地下に住むという選択肢があり得ん。攻め入れられたら終わるだろ。地下とか。せめて天空にしろ。ラピュれ。
「ふむ、ならば口を開かないようにしよう。こちらとしても、計画の前に騒ぎを起こされるのは困る」
「そうかい。それじゃ、ここに用はねぇや」
踵を返す。
ずらりと並ぶは亜人種ケモケモ亜人種ケモケモ。
「残念だが、危険因子を野放しにしておくわけにはいかなくてね」
「ふぅん? 実はお前、人間側のスパイだったりしねぇ?」
「残念ながら」
「そうかい。いやまぁ、どっちでもいいんだけどさ。ぱっと見だけど、ここにいるのって実はほとんどが元人間だろ? 所作が人間っぽすぎるんだよ。なんだ、エメレンシアはそういう事業を手掛けてんのかい」
「あぁ、そうさ。攫った人間を動物と融合させ、知性ある動物を作る悪魔の所業。そういうという事は、お前は違うのか」
「俺は狐だって。元から狐だよ、人間犬」
いやはや。
腹が減った。腹が減っているのだ。
「腹が減った、っていうのは言ってもいい事か? 別に料理じゃなくていいんだぜ、とも言っておくか」
「彼らが元人間と知っていて尚、そう言うのかね」
「なんだ、中身も動物なら食ってもいいってか」
「人は人を食わん。獣ではないのだ」
「狐は狐を食うんだなぁ、これが。死なば全部肉だよ。人も狐も他も」
「──取り押さえろ!」
地面に手をつく。
これはポーズだ。ただ、俺の手のひらから地面を這う炎が燃え広がる──それだけのための演出。けれど、威迫にはなる。中身が人間なのか獣なのかは知らんが、火は怖いだろうよ。人間でも。
案の定一瞬でも、半歩でも後退った者に対して幻術を仕向ける。内容は単純。
隣にいるヤツがエメレンシアに見える、幻覚。
「トラウマ抱えてんだろ? さっき聞いたよ」
「惑わされるな! すべて幻術だ! 本物ではない! 目標はここにいる!」
「ああ、けど、お前が見てる俺も幻術なんだわ。本物じゃねーのよ」
揺らめいて、消える。
別に分身の術が使えるわけじゃあない。周囲が幻術にどよめきだした一瞬で自分の幻覚を出して、形態変化で周囲に紛れただけだ。このまま逃げれば、あの幻覚は簡単に消えてしまう。
そのためのフラッシュバンである。
動物の目は暗所に慣れるのが速い個体があっても突然の光量に耐えられるようには出来ていない。人間含め、目つぶしは有効だ。
まぁ、情は無くても情けくらいはある。平和を脅かして、そいつらを食い散らかしてまで腹を満たしたいとは思わない。上に食事処があるのは見えていたしな。これ以上邪魔をするのなら考えもあるが、まぁ、そうではない事を祈る。腹が減っているのは事実なんだ、我慢も効かなくなるさ。
ダンディ犬に案内された道をそのまま遡っていく。道順を覚えるのは得意だ。別になんか理由があるわけじゃなくて、普通に得意なだけ。
そうして、地上に戻る。
あの仕掛け扉、別にダンディ犬がやらなくても開くんだな。セキュリティよ。侵入し放題じゃねえか。まぁ知らなきゃ出来ないってのは確かにそうなんだがよ。
出て──驚いた。
「なんだこれ。……死んでる?」
路地裏に一人、二人。
町中に大勢。人間が倒れている。
脈を取ってみれば、生きてはいる様子。ただ意識がない。ふむ、しかし好都合。
先に見つけておいた食事処に入り、厨房へ。おお、やっぱりキッチンもそれなりにしっかりしてんな。技術水準はそこそこあると見た。冷蔵庫もあるし。
すべて頂こう。勿体ないからな。この町に来ることはもうないだろうから、出来る限りのことはやって行かないと。心残りの無いようにな。
ついでに保存食があると嬉しいんだけど。ジャーキー的な。
……カップ麺とかは、流石にそこまでは発達してないか……。
さて、一つの町の食料を食い散らかし、雑貨屋で地図をパクって、その地図に描かれたファイスという首都に向かって歩いている俺である。これまた雑貨屋で拝借した煙管を口にぷかぷかしながら道中を行く。煙草が良かったんだが無かった。なんで銃があって煙草が無いんだよ。まぁ因果関係はほとんどないんだけどさ。
先ほどの町ガーリィと首都ファイスを繋ぐこの道は、そこそこ整備されている。轍がある事から普通は馬車で行くのが察せられるが、足跡もそれなりにあるので旅人も多いのだろう。つーか馬車て。なんで車が無いんだよ。移動手段こそ力を入れろよ技術力の。
それともなんだ、車よりも速い手段でも──。
「……影?」
地面。今、高速で何か──何か大きなものの影が過ぎ去った。
顔を上げれば、遠くの空。
「……ワオ、ドラゴン? いや、羽根つき蜥蜴か?」
竜ではなく龍の姿をした巨大なソレが、俺の向かうファイスの方へ小さくなっていくのが見えた。なるほど、あれがあれば車は要らない……いやいや、じゃあ馬車はなんだよ。徒歩<馬車<ドラゴンはおかしいだろうがよ。
羽のついた蜥蜴。火でも吹けるのか、あるいは毒でも吐くか? 毒舌ドラゴン。舌はペンより強し。剣では入る余地も無いと来た。
「美味いのかどうか。だな」
「美味しいよ、龍は」
「へえ」
バス停が如く道のわきに立てられた小屋。その前を通り過ぎる時に呟いた俺も1割くらいは悪いのだろうけど、突然顔を出して俺の独り言に口を挟んだこの少女が9割悪い。別に善悪は問うてないだが。
少女。少女だ。
窓から顔を出す少女。
「何してるんだ、そこで」
「閉じ込められてるの。出して欲しいな」
「そりゃ可哀想に。けど、お前さん誰かの所有物だろ? 首輪がある」
「持ち主は死んだよ。美味しかった」
「そりゃ怖いな。俺も食われないよう関わらんとくか」
「出してくれなきゃ食い殺すぞー」
仕方がないので出してあげた。
形態変化でバール作ってこう、グイっと。
出てきてすぐに食い殺されることはなかった。
「名前は?」
「アルジナ!」
「ラナエだ。お礼は?」
「体で!」
「いらんなぁ」
どちらも童女故。
「じゃあ、私という奴隷をあげます」
「要らんなぁ」
「は?」
「俺いま復讐がマイブームなんだよ。奴隷とか、要らん要らん」
「復讐がマイブーム……?」
首輪を付けたアルジナ。鎖は引き千切られており、相当強い力が働いたのが見て取れる。ヒェッ。
「復讐って、誰に? 誰の仇?」
「エメレンシアってヤツ。一応、親の仇だな」
「エメレンシア!」
「知ってるのか」
「私を奴隷に貶めた張本人だね」
「手広いな、アイツ」
ただ、当の本人は奴隷になったことをそこまで気にしていないらしい。先に奴隷をあげる、などと言ってきた辺りで見て取れるか。自身の境遇を嘆いている、という様子はない。楽しんでいるという風でもないが、まぁ、どうでもいいのだろう。
「それじゃ、勝手についていってもいい?」
「そりゃ構わない。食うなよ」
「善処するよ!」
厳守してほしい。
俺が狐である事を話すと、アルジナは狼である事を話してきた。
こいつもまた元人間の現狼人間で、好事家に買われて良い様にされていた所、隙を見て食い殺したのだとか。隙を見てというか、お腹が空いたから、というか。満足に餌をくれない飼い主が悪いとは、まぁそういうことだ。猛獣系のペットを飼う時の鉄則だろ。空腹にしちゃいけないってのはよ。
「お腹が空いたよご主人様」
「飼い主じゃないのでセーフ」
「そのもちもちの腕、食べて良い?」
「噛みついたが最後、顎から下を切り飛ばしてやる」
「むー。ねー、狩りをしてきたいんだけど、ここで待っててくれる?」
「進むに決まってるだろ」
「だよねー」
「自由の身になったんだ、そのままどこかへ行けばいいだろう」
「個人的には恩返しをしたいっていうかー」
「恩返ししたい奴が食って良いか聞くわけないだろ」
「食欲は抑えられないじゃん?」
「恩返し要らねえからどっかに行って欲しい」
正味、ウザい。
「あ! じゃあじゃあ、お願いがあります!」
「聞いてやる義理がない」
「アレ! アレ落としてほしい!」
アレ。
そう指をさす方向。
そこに、ドラゴンがいた。先ほどの高速なソレとは違って、ゆったりと飛んでいる奴。
「ヤだよ。可哀相だろ」
「えぇーッ!」
「その辺の草でも食ってろよ。……あぁいや、近くに町が一個あるな」
「行こう!」
「一人で行けばいいよ。俺はファイスへ行くからさ」
「行こう!」
「一人で行けばいいよ。俺はファイスへ行くからさ」
「行こう!」
「一人で行けばいいよ。俺はファイスへ行くからさ」
「行こうよぉ!」
「一人で行けばいいよ。俺はファイスへ行くからさ」
「食い殺すよ?」
「やってみやがれ……と言いたい所だけど、まぁ俺も腹が減ったわ。行くかぁ、町」
「やったぁ!」
流されてんなぁ。
いい感じの所で離別したい。こういうノリ、苦手だわ。