一応、復讐でもしますかね。   作:エメレンシア / 観察端末

20 / 27
※多少のR15描写有

コードゥラックバウド

あなたに出来る事は、私が考え付く事だけ。



二十.昔の話と、少し前の話。

20 / ◇

 

 

 増えてもらう必要があった。新しき命として、強化された生命として世界に送り出した彼らに、死なれては困る。増えてもらわなければ困る。故に契約として、転売を可能とした。つまり殺さなければ売ることが出来ると、要らなくなったら誰かに回せると……死に難く、且つ増やす手段として、奴隷を取った。

 初めの一人以外は、成功だった。いきなり対等な人間として世に出る事は奇形が過ぎるから、奴隷として……下の存在であると認識させることで、世間に受け入れやすくする。売り出して半月と経たぬ内に手を出す者が現れ始めた。ただ、子を宿すには至らなかった。

 何が悪いのか。何がダメなのか。その研究と実験を続ける。

 時間制限の最中、奴隷商人としての資金繰りが功を奏し、順調も順調な速度で"転生"と"融合"、そして"破滅"の研究が進んでいく中で、一つの事件が起こる。

 

 売られた奴隷が、飼い主を殺して脱走する、という事件。

 起こるべくして起きた事件ではあったのだろう。もっと言えば、野生化してくれるのならそれも良しと思っていた。それで生き残る事が出来るのなら、問題ないと。出来ない者が多いだろうから奴隷として売っていただけ。出来るのなら、勝手にどうぞ。

 

 数年が経って、脱走する奴隷の数が目に余る程になる。そも、強化された生命だ。体力や腕力といった全てが今いる人間の上位互換で、勝っている部分は全体の数くらい。どの道破滅によって死ぬ彼らに生きている間くらいは優位を、なんて考えていた時期もあったが、()()()()()()()()()()()()()()と思うようになった。

 だからシェルダンの地下にある強化生命たちの巣穴も放置していたし、首輪にも特には機構を設けなかった。逃げるなら逃げて欲しい。逃げて生き延びて、増えて繋いで。

 

 ただ、誤算があった。野生化したのは極少数だけで、強化生命はほとんどが地下の巣穴へと逃げ込んだ。その中で増える事はあったけれど、奴隷としての想定よりは増加率が低い。狭い土地面積と仲間意識という名の監視社会では、愛恋の関係にはなり難い。さらに言えば同種族でなければ子は成せず、その確率はかなり低い。

 あるいは奴隷の購入者であれば、一切を気にせずに手を出した事だろうに。

 

 そうして奴隷商人を続けていく中で、野生化した強化生命の一人がとある山にいるという情報を掴んだ。初めに飼い主を殺して逃げた強化生命。私が奴隷事業を始めて五年が経った頃だ。五年も経てば行方などわかるはずもないと考えていたけれど、存外、近くにいた。まさか国内にいる、なんて思わないだろう。

 初めての例だ。獣種と人間が交わって子を成した、他にはない例。当然、何故彼女にだけ出来たのか、を研究したくなる。それがわかれば、もっと効率的に強化生命を増やすことが出来る。

 

 強化生命──獣種化は成功した。これでたとえ、全人類が死に絶え、世界が閉じた時でも彼らは残る。残って増えて、必ず未来を掴み取る。だから最後の一押しに、もっと、もっと増やしておきたい。

 

 そう考えて、彼女の山を捕らえに行った。彼女を、あるいは彼女の子を。

 

 結果。手痛い反撃を受けた、というべきなのだろう。何も知らない人間の社員を用いたのもダメだった。捕えてこいと、出来るだけ無傷で捕まえてこいと言った彼女を殺してしまうなど、誰が考えようか。正当防衛だから仕方ないなどと喚く社員に呆れつつ自らが出向けば、そこにいたのは天然のイオピクスの少女。

 今思えば"転生"の性質持ち故に特に驚きは無いのだが、当時は余りに珍しいものを見つけた喜びで浮かれていた部分があるのだろう。麻酔毒と槍を目の前で見せていたから、それも敗因の一つ。幻術と形態変化。ただの子供として侮っていた部分も大きい。

 敗走だ。心臓を貫かれ、止まりかける全身の機能に鞭を打ちながらの敗走。一応の成果として、彼女の子である二人を捕まえることが出来たのは僥倖であったけれど、一番珍しいものを逃したのは余りに手痛い。

 

 彼女を殺してしまった社員には減給処分を降し、その日から頭の痛い報告を聞く日々が始まった。

 各地で暴れまわるイオピクスの少女。人間を殺して回り、その余波を受け、奴隷として飼われているイオピクスを虐待する人間まで出てくる始末。仕方がないので購入者を獣種化して売りに出したり、記憶を弄って愛玩させたり、多少の無茶をしていたせいであの少女に追いつけなかった。

 その頃からミグエルの王族が強化生命の身元に関する調査を始め、奴隷市場自体が縮小を見せ始める。平和国家が平和で居続けられるのは、情報戦において他国の追随を許さない点にあるだろう。

 

 いつしか社員の数は減り、ギルドなんて厄介集団に声を掛けなければいけない程になった。時代の英雄。稀代の英傑。凡そ人間とは思えない力を有す、依頼のみで動かせる天災。本来、私に協力してくれるはずの人達。あるいは私よりも先に破滅に立ち向かっていなければならない人達。

 正直に言えば大嫌いだし、心の底から軽蔑している。どうして何もしないのか。どうして、どうして。

 そんな企業に依頼を出さなければいけない程、ミグエルの影響力は強かったのである。

 

 ギルドのおかげで、イオピクスの少女──ラナエの撃退には成功した。各地で人間を殺しまわり、強化元の人間がいなくなってしまう可能性も考えていただけに、研究欲より排除本能が勝った結果と言えるだろう。

 彼女の撃退後、私は久方ぶりの邂逅を果たすことになる。

 ラナエと共に旅をしていた二人の少女。片方はアルジナというルプスで──もう片方は。

 

「……久しぶり、ねぇ。お姉ちゃん」

「……ん」

 

 獣種化──最初の一人。唯一の失敗例。

 自らの姉、ルシアがそこにいた。

 

 

 

 

 四人家族だった。父と母と姉と私。内、父が"転生"の性質持ちで、母は理解者として共に在り、もうすぐ何が起こるのか、という事を私達に教えてくれた。幼少の頃にはマルゴーに目覚めていたし、自らがマルゴーに入った時に"思考存在"に触れ、やるべき事についても分かった。

 それは姉も同じ。生命の強化。ただしこの時は、分離ではなくそのまま強化する事を目的として。

 私達が生まれたナトゥムは他国より少々殺伐としていて、治安があまりよろしくない場所だった。けれど父と私が能力持ちであったが故に家に手を出す者は居らず、誰かを殺す、誰かを傷つける、誰かに何かをする、という発想が無かった。

 無かったから──試すのは、自分たちに、という発想に至る。

 

 試す。それはつまり、生命の強化を。

 私のマルゴーとは、入り口と出口が必ず存在するものだ。こちらに入り口を開けば必ず出口側のマルゴーが開くし、そちらを開かなければ入り口も開けない。そして基本的に、私が意識をしない限りは入った後すぐに出る。入ったことさえわからない。入り口に触れたら、気が付けば出口にいる、というのが普通だ。

 ならば出口を重ねたらどうなるのか、というのが着想だった。初めは果実や植物で試した。二つのマルゴーを開き、出口を重ねる。両方から同時に別の物を投げ入れたら、どうなるのか。

 

 結果、融合した。どちらかが潰し合うということもどちらかが弾かれるという事も無く、完全に混ざり合った、というべきだろう。混ざり合って、全く別の物になった、ともいえる。境目どころか形さえも既存のそれとは違い、けれど元の性質を引き継いでいる。

 初めは植物。物。

 次は──動物。ナトゥムにはあまり動物がいなかったけど、カラスやネズミを用いて融合を行った。

 それらはやはり死ぬことは無く、混ざり合う。飼ってみて、寿命も問題ないとわかった。むしろ長い方に調整されるようで、更には筋力や持久力などと言った諸々が普通のカラスよりもネズミよりも高い。猛獣用のゲージでないと飼えない程、強化された。

 "思考存在"において、それは破滅を超え得ると保証された。

 

 ならば次、試すのは人間だ。

 先も言ったように、誰かに、ではなく自分たちに、という思想があった。特に姉は自己献身が強く、自身を被験者にしろと言って聞かなかった。マルゴーを扱えるのが私で、自身は考える事しか出来ないから、と。当時も、今も……随分と狂気的な事だと思う。それでも私達姉妹は、実行した。

 

 失敗だった。

 烏に始まり他の鳥、鼠、猫、様々な動物との融合を行ったけれど、成功する事は無かった。

 出口のマルゴーには姉だけが残り、動物たちはどこかへ消え失せてしまったのである。

 

 何故出来ないのか。

 どうして上手く行かないのか。動物と人間に、そこまでの違いがあるのか。

 この件により、研究は続けていくものの、まだ人間では試さないという約束が生まれる。もう少し生物について研究して、マルゴーについて研究と実験を繰り返して、"思考存在"の言う成功を模索すると。

 そう、日常へ帰還した。姉も私も勉学に熱を入れ、ナトゥムの学園で学び続けた。

 

 はたして、誰の気まぐれか──突然の悲劇が私達を襲う。

 一日だ。いや、一日と経たぬ、が正しいか。

 

 学園内の全生徒。そして私達の住まう区画の全住民。

 その全てが謎の昏倒を起こす。私と姉が見た光景は、地べたに倒れ伏せる数多の人間。生きてはいる。けれど、意識が戻らない。揺すっても、叩いても、気付け薬を作って嗅がせても。

 私と姉は他の区画へと助けを呼びに走り──その全てで、それが起こっている事を知った。

 

 ただ、一人。

 ナトゥムの城の前の階段で座っていた少女を除いて。

 

 彼女は私達を見ると、ふっと笑って、こう言った。

 

「"破滅"はもうすぐ。そんなにもたもたしていていいのかな。そんなことをしていると──こうなっちゃうよ?」

 

 指差す先。

 振り返れば、そこにいたのは──人の群れ。群れだ。集団、ではなく、群れだ。

 

 皆、意識がないままに体に罅を作り、ボロボロと崩れる体を気にも留めず、こちらへ向かってゆっくり歩いてくる。人間。人間?

 痛い。喉が渇いた。お腹が空いた。言葉はそればかりで、老若男女──父と母や学友たちまでもが、縋るようににじり寄る。マルゴーを用いて姉と共に屋根の上に飛べば、それが城前だけでない、国全体に起こっている事だとわかった。

 黒い波だ。黒い川だ。崩れる体の人間が、城へ……私達の方へ、集まってくる。

 

「"破滅"が起これば、みんなこれになる。どう? 危機感、持ってくれた? 毎回毎回、結構楽しみにしているんだけどね。君のソレは、火とか水とかと違って──可能性がある」

 

 少女が手を広げる。それだけで、寄せてきていた黒い川は動きを止めた。

 そこからゆっくりと指を一本ずつ居って、手を閉じる。

 

 それによって起こるは、逆再生だ。放送機器でよく見るそれが、国全体に起こり始めた。崩れていた体が、走っていた罅が治っていく。川は元居た場所へと戻り、散乱していた土塊も綺麗になくなった。

 

「あはは。幻術だよ、幻術。今のはデモンストレーション……うーん、予行練習ってヤツかな。危機感を持ってもらわないと、間に合わなそうだったから。ああ、嘘じゃあないよ? 証拠に、ホラ」

 

 城の前。

 彼女の手の先。

 いなくなったはずの土塊の群れから取り残された、唯一、四人。

 

 父と母と、私の想い人と、姉の親友。

 

「急がないとね?」

 

 それが──ぼとぼとと身の土塊を落とし、崩れ落ちた。壊れた。

 倒れそうになる姉の肩を抱きながら、問うたのを覚えている。名前。貴女は、誰なのか。何者なのか。

 

「リリスだよ。頑張ってね、エメレンシアちゃん。もう一度言うけれど、君には可能性がる」

 

 煙となって消える彼女──リリス。

 すぐにマルゴーで家に帰ったけれど、誰も居らず。学園を探したけれど、あの二人も居らず。

 そして城前へ戻ってくれば、まだ。土塊の山があった。風で飛んでいくそれ。なんとか掻き集めて家の実験室で様々な研究をしたけれど、結果はダメだった。ただの土塊と。生物ではないと、それだけがわかる。

 次第にざわめきを取り戻していくナトゥムに、もうここにはいられないと判断する。元々父親の能力あっての安全だ。私のマルゴーも勿論牽制にはなっていたけれど、父親の戦力こそが私達を守っていたもの。

 それが無くなったとわかれば、ナトゥムの人間は簡単に私達を嬲るだろう。

 

 逃亡の決断は一瞬だった。隣国シェルダンへと転移し、安全を確保してから実験道具を──否、家を丸ごと転移させた。

 未だ動揺が抑えきれない姉を宥めつつ、研究の再開を決心する。

 即ち生命の強化。新しい手法で、新しい成果を得るために。

 

 数年をかけて、研究と実験の試行錯誤は行われた。姉は変わらず被験者として身を提供してくれて、けれど姉では何故か上手く行かない。次第に私は、他の人間に手を出し始める。初めは転移した家を襲撃してきた盗賊を、その大本を。シェルダンもナトゥムも比較的戦争の多い国だったから、盗賊に身を窶した者は多かった。

 それに加えて、孤児も。

 そういうのから、手に付けた。形振り構ってはいられなかったけど、大事にすれば困るのは自分たちだ。研究が出来なくなっては元も子もない。あのリリスのいるナトゥムには近づきたくないから出来るだけシェルダンの中で、自ら達の命を狙ってきた者を対象に実験をする。

 

 その末に、分離、という形で生命の強化に成功する。元の人間を残したまま、動物側を基礎にすることで上位互換した種……獣種化の成功である。

 その成功に私よりも喜んだのは姉だった。けれど同時に、"これでもう、私は要らないね"なんて事を言い出したものだから、焦りもする。況してや姉は、そのまま首を斬ろうとしたのだ。初めに被験者として身を差し出してきた時も多少感じていた事だけど、姉の世界観は、どこか人と違うのだとここで悟る。

 必死になって止めて、言って聞かないので縛り付けて。

 本当は麻酔を使うなりして眠らせてから私も眠るべきだった。けれど姉は、獣種化が成功したその日の夜に、私が疲労に眠る隙を突いて拘束を抜け出した。文字通り骨を折って、肉を削いで。

 

 翌日私が目にしたのは、首を落とした姉の姿。

 膝を落として崩れる私に、落ちた首が話しかけてきた時は心底驚いた。

 

 "死ねないみたい、私"。そんなことを宣って。

 恐る恐るその首を姉の身体へ持っていけば、何もせずとも接合した。

 その後も何故か姉は何度も死のうとして、けれど死ぬことが出来ない事を嘆いていた。何故そんなに死にたがるのかを問うても、"もう要らなくなったから"といって聞かない。まだ姉が必要だと訴えても無駄だった。父や母、親友の死がそんなにも堪えたのか、それで狂気に陥ってしまったのか。

 

 何故姉が死なないのかも、研究した。けれどわからない。存在が二重になっているとか、マルゴーの融合元である烏や鼠にそういった力があったのかとも考えたけど、そんなことは無い。盗賊に同じものを施してもこの結果は現れず、姉だけが死ねない。

 成長もしない、という事に気付いたのは、その状態から一年が経たない頃。不老不死。まさか"転生"の性質持ちなのかとも疑ったものの、その兆候は一切ない。そもそも"転生"の性質持ちが不老不死になれるのは、"魂の摂取"の使い方を知っている場合のみだ。姉にその傾向は無く、だから本当に、何故かがわからない。

 

 しばらく研究を続けていくうちに、疑似的に似たような事を引き起こせるようにはなった。

 姉のように首が飛んで、頭の無い体でそれを拾ってくっつける、なんてことが出来るわけではないが、身体に空いた穴が塞がるくらいの事は出来る。鍵は"転生"にあるのだということも。

 ああ、けれど、時間が足りなかった。姉の不老不死を解く研究と破滅の回避の研究。そのどちらもを行うには体が足りない。

 

 "思考存在"は答えをくれず、ただ破滅への時間が無い事を云うばかり。破滅が起これば、姉も死ぬことが出来るだろう、と放置を選択したのは苦肉の策だった。今は人類の強化を急いで、姉には他の人間たちと同じ時まで待ってもらおうと。

 

 姉の行方が分からなくなったのは、そう決断したその日の夜だった。

 

 

 

 

「今までどこにいたの、とか……聞いてもいいかしらぁ?」

「地下」

「地下……? 獣種化した彼らの集落のこと?」

「ううん。貴女は、絶対に来ることが出来ない場所」

 

 私が絶対に行けない場所。

 マルゴーは世界のどこにでも開く。どこにでも開けられる。

 その上で、行けない場所がある?

 

「ロスを、憶えている?」

「ええ、憶えているわぁ。むしろ獣種化した彼女の子供が、貴女と共に旅をしていたラナエよぉ?」

「知ってる。元の人間の方を憶えているか、聞いている」

「憶えているけれど、それがなぁに?」

「私はロスに匿ってもらっていた。狂気を鎮めてくれたのも、ロス」

「もう、死にたくはならないのかしら?」

「うん。死ねないし、死なないよ」

 

 久しぶりだ。本当に。

 姉の笑顔を見た。それは狂った笑みでなく、優しい笑み。

 

「良かったわぁ。それなら。ああ、けれど破滅は……」

「私は多分、死なない。ずっと考えてた。なんで死ねないのか」

「"転生"ねぇ?」

「うん」

 

 マルゴーという能力は私しか持ち得ないものであるけど、頭脳は私なんかより姉の方が上回る。私の辿り着いた答えなど、彼女の中ではごく当たり前に導き出せるものだろう事くらいわかる。

 もしあの時狂ってさえいなければ、私の研究ももう少し早く……なんて、そんなことを考えてしまうくらいには。

 

「そうよねぇ、普段死ぬ機会なんて訪れないから……普通は、わからないわよねぇ」

「うん。けど成長は、少しはしてるみたい。だから寿命では死ぬと思う」

「良かった、と言えるかしらぁ?」

「うん。良かったよ」

 

 だから、つまり。

 性質ではなく、能力だった、という事。

 姉以外にいるのかどうかはわからないが、独りの中でのみ起こる転生が行われている。死ぬ度に生き返って、死に続けて生き返り続けて。それが能力なのだ。普通に日常を送っていたのならば、気付くはずのない能力。だから家族内でも能力を有しているとは思われなかった。

 

「それで、今になって出てきた理由は何かしらぁ? 困っている妹を見かねて、お手伝いをしに来てくれたの?」

「ううん。逆」

「──……あらら」

「だってもう、私には頑張る理由がない」

 

 そんな。

 そんな、悲しい事を言う。そんな人だったか。こんな人だったか。

 狂気に侵される前の姉は……私と共に世界を救わんと研究に熱を入れるような人だったのに。こんなにも冷めた理由を突きつけてくる人だったか。

 

「ラナエ」

「……ラナエちゃんが、何よぅ」

「もし、次。ラナエと相対する事があったら──私を、ラナエに融合してほしい」

 

 ぞっとする言葉を吐く。

 ああ、そうだ。こういう人だった。なんだ、何も変わっていない……何が狂気を鎮めてもらった、だ。冷静に話せるようになっただけで、根本は同じだ。体の成長は多少したのかもしれないけど、心は全く成長出来ていない。

 獣種化の手法を姉は知っている。融合元と強化に使用する動物についての手順や、使用した動物がどうなるかについても姉は知っている。

 その上で、姉をラナエに融合しろ、と。それは。

 

「自分が自分でなくなるわよぉ? それは──死ぬよりも、恐ろしい事よ」

「エメレンシアも、やってる。違う?」

「……」

 

 嫌になる。

 死にたいと言われた時も嫌だったのに、自らの手で姉を殺せと、姉を消せと言われる妹の気持ちを考えた事があるのか。無いのだろう。だって姉の中では、その行為は見えている結果を得るための手段に過ぎない。

 結局は似た者同士だ。家族なのだから。

 けれど、自分よりも、自分なんかよりも天才的で、達観している。人間である事を止めるのが恐ろしい自分と違って、姉はもう、人間じゃなくなっている。

 

「わかったわぁ。ラナエちゃん、何故かマルゴーの中にいないようだし。次に会ったら……お姉ちゃんを、あの子に融合させる」

「うん。貴女は貴女の研究を頑張って。応援してる」

「ええ──勿論」

 

 それが彼女の最後の実験だというのなら。

 ……私は。

 

 

◇ / 20

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。