一応、復讐でもしますかね。 作:エメレンシア / 観察端末
戦争はシェルダンの劣勢に傾きつつある。コールを含め、複数の英雄や将、更には単なる司令官まで、様々な人間が、老若男女問わず忽然と行方不明になっているのが原因だとか。それはナトゥム側も同じなのだが、個に優れ、それらが一騎当千を為していたシェルダンに対して軍勢の、群れとしての動きが優秀なナトゥムでは、その欠けた部分の重さが違うのだと。
元よりファイスの壊滅によって爆発的な人口減少が起きていたシェルダンでは戦線が保てず、国を取り囲む円形の谷によってなんとかそれを繋ぎ止めている状態で、敗戦ムードも敗戦ムード。ナトゥムはかなり治安が悪いそうで、負けたらどうなるか、なんてのはわかりきっている、とか。
もうすぐ破滅するから負けようが勝とうが、関係ない、なんてことは、前線に出ている者の知らぬ所である。
そんな話を、ミグエルで聞いた。
「破滅、ね。俄かには信じ難いところだけれど」
「信じなくていいよ、どうせ同じだ。ただまぁ、メリンダ……猫の方のメリンダは死なねえらしいからさ。託したいものとか、言葉とか、あったら伝えておくと良い。破滅をどうにかできねぇかとかちぃと調べてみたが、どうも無理っぽいな。現状ぁ。あんたら王族は何か知らねえのか、って聞きに来たけど、その様子じゃ」
「ええ、私達は何も知らないわ。女王として、あるいはあの人も、国王として。両家共にそんな話は聞いたことが無い。でも……そう、メリーだけは、生きるのね。もしかして、他の奴隷のコたちも?」
「融合した人間ならそうだな。単純な奴隷なら無理だろうが。俺含め、こういう獣の混じった人間、みてぇな容姿の奴ぁ破滅の後も生きるんだそうだ。俺ぁ混じったわけじゃあないんだがね」
「それがいつ来るのか、というのは、わかる? 具体的な日時は」
「残念だが。半年前の時点で一年以内と言われていたから、まぁ、そういうことだろうさ」
「……貴重な情報を、ありがとう。最後に一つだけ聞かせて欲しいのだけど」
「ん」
「その、破滅というのは……あの奴隷商人の、エメレンシアの仕業? あの女が世界を壊そうと?」
……まぁ、俺にとっての復讐対象で、こいつらにとっても愛娘にひどい仕打ちをした奴だ。今聞かされた少ない情報で、そうではない、という事は──わかっているんだろう。分かっている上で聞いている。というか、これは、俺に問うているんだろうな。復讐を止める気のない俺に。
「違う。アイツは破滅をどうにかしようとしている側だ。ただもし、エメレンシアが破滅を解除する手法を見つけ、それによってお前達が死ななくなるのだとしても──俺ぁエメレンシアを殺す」
「そう。もしそうなったら、貴女は私達の敵になるわ。けれど、そうなるまでは貴女を全力で応援する。貴女がどんな思想の持ち主であっても、貴女がどれほど醜悪な悪事をシェルダンで行っていたとしても、貴女がやったことは変わらない。貴女がどんな心持ちでも、ね。私達の大事な娘を送り届けてくれた事は、貴女の最大の過失よ。嫌がっても背中を押してあげる」
「こえー女王サマだな。アンタの娘なんだ、メリンダなら破滅の先でもやっていけるさ」
「当たり前、よ」
それじゃあ。
家族との時間を、大事にしてくれ。俺ぁもう、ここには来ないからよ。
そう言って、大広間を出る。話を聞いていたのは女王だけではない。ちゃんと置くようになった近衛兵らしき人間もまた之を聞いていたのだが、顔色一つ変えないたぁプロフェッショナルだな。もちっと動揺しても良いんだぜ。
にしても、最大の過失、ね。
ははぁ、素晴らしいな。気に恐ろしきは真なる善人──意思の強き者、ってか。
ああ、期待をくれたんだ。結果で返すさ。それが義理ってぇもんだろい?
「……ああ、わかったよ。覚悟を決めよう」
「すまねぇな。一度約束したんだ、俺も守りてえが……手段がねぃ」
「ここは卒業と退学を決める場所。私だけがそれ以外を選ぶのは、うん、無理があるんだろうね」
「ロス。ここに在学中の奴らは、今どれくらいいるんだ?」
「少し前は急激な増加を見せていたけれど、最近は緩やかだね。エメレンシアはもうこの場所を覚えていないだろうから、多分、それが理由なんだろう」
「覚えてない?」
「そもそもエメレンシアがここに来たのは初めの一度だけ。彼女は新入生じゃないからね。あの子も姿は少女だけど、年齢はそろそろ大人だ。大人は基本、ここには来られないよ。ここは選択の此岸。自らの意思で決断できる者はまず来られない。誰かの庇護下にいなければならない者しか、ここに来る事は出来ない」
「俺もロスも、誰かの庇護下にいるべきとは思えねえが」
「私は庇護下にいるべき年齢からここにいたというだけ。ラナエ、君は庇護下にあるべきだよ。だってまだ、6歳だろう?」
「……まぁ、そうだがよ」
いや、そうなんだがよ。俺ぁ元日本人で、普通に大人だったんだわ。庇護下になくたって別に生きていける。それを受け入れるのは、ちと判定基準が甘すぎやしねぇか。
「今はもう、卒業者と退学者、双方が同じくらいになっているよ。ああ、そういえば。以前聞かれたアルジナは退学したね。今在学中の者は、もう32人程。この学校も……破滅によって、崩れ去るだろうから。早めに決めないと、みんな退学になってしまう」
「元になった人間の方のアルジナにゃ面識ねぇんだわ。だからあんまり興味はねぃよ。それより気になってたんだが、この学校はいつからここにあるんだ? つか、誰が建てたんだ。こういっちゃあなんだが、外の建築物とも様式がてんで違ぇだろ」
「さぁ。私はここに連れてこられただけで、その時のエメレンシアが使い方を教えてくれただけだからね。ラナエ。エメレンシアはもう、最初のエメレンシアではないよ。生命の強化……獣種化における分離の過程、つまり人格の重複と剥離は、本来は起こるべきではないものだった。マルゴーによる生命の強化としての成功例は唯一人、ルシアだけ。あの子だけが、あの子本来の能力によってなんとか人の形を保つことが出来ている」
「そう、そのルシアの不死性をロスに適合すりゃあ破滅の回避が出来るかと思ったんだが……ありゃ能力なのか」
「うん。ルシアの能力が無ければ、必ず剥離が起こる。だからエメレンシアは仕方なく、それで良しとした。それ以外方法が無く、それならば少なくとも片側は成功するのだから、それでいいと。諦めではあるのだろうけど、仕方のない事だった。最初のエメレンシアは自身に落胆していたよ」
「まるで見てきたように言うじゃあねぇか。なんだ、友達だったのか」
「そう言っているよ」
そうけ。
まぁ、知らんがよ。
「友人だと見ていたのは、私だけだったのだろうね。エメレンシアにとっては被験体に過ぎなかった。最初の被験体。ああ、二番目の、かもしれない。最初はルシアだから。それで、エメレンシアは自分に落胆して……自分にも妥協の方の強化を施す事にした。このままだと実験に支障が出ると判断したからね」
「でも、自分に施したって強化された生命にぁならねぇだろう。つか強化したところで何が変わるんだ」
「人格の重複と剥離の過程を最も理解しているのはエメレンシアだよ。エメレンシアは自身にそれを施すとき、重複しない部分と剥離する部分を分けた。結果出来上がったのは、凡そ人間として活きる事の出来ない……けれどエメレンシアの性質たるマルゴーを受け継いだ人形だ。彼女らはエメレンシアの記憶を持たない代わりに、ゲートと呼ばれるマルゴーの亜種と、"魂の摂取"という"転生"の性質持ちが持ち得る能力を持っている。その時に獲得したんだ。エメレンシアから別のエメレンシアに転生したことで、性質を獲得した。代償にエメレンシアは記憶の一部を失った。人格には記憶が付随するものだからね。少女らしさや実験の失敗に落ち込むといった弱さを剥離すれば、それが形作っていた記憶も剥離される」
話が難しいんだよなぁ。ロスもディム婆さんも。
要はマルゴーを使うエメレンシアは記憶や人格の欠けたエメレンシアで、その人格の一部だけを有しているのがテルミのエメレンシア。テルミのエメレンシアを作った理由は"転生"の性質と、それが持つ能力が欲しかったから。そんだけだろ?
少女らしさや実験の失敗に落ち込む弱さ、ねぇ。んじゃあテルミのエメレンシアとエメレンシアを統合した性格がアイツ本来の性格ってか。……どう合わさるんだ。全く想像がつかねぃよ。
「"魂の摂取"を持つエメレンシアがテルミという場所に一人いる。彼女らはシェルダンで死んだ命を全て取り込んで、その命が必ずシェルダン国内に生まれるように調整を行っているよ。彼女らが楔としてそこにある限り、世界の人口は少しずつここへ傾いていく。"魂の摂取"を持つエメレンシアは一応獣種化した生命だからね。外には出られないけど、破滅には耐え得る。彼女らが楔としてそこにあれば、他の獣種化した生命達の家族や友人達は、どれほど遠くなるかはわからないが、いつか必ずシェルダンに生まれる。記憶が続くかはわからないけれど、流転の法則がある限り同じ命が巡るはず。そう、エメレンシアは言っていたよ」
「破滅で死ぬと世界に還元されて散っちまうから、押さえつけて逃がさねえようにするってことか。そりゃまあ、余計な世話じゃねぇのか。誰も頼んじゃいねぇだろ、そんなことはよ」
「それはわからない。私は"思考存在"に会った事はないからね。依頼された事があると言っていたけれど、何を話したのかは知らない。エメレンシアがその分離を行った時から、私とエメレンシアは確実に友人ではなくなってしまったのだろう。会話をする事も無くエメレンシアは私に強化を施して、狐に……イオピクスになった私を手元に、何者にもなれなかった私をここへ連れてきたよ。それが私が知るエメレンシアの最後だ」
ふぅん、と。
まぁ、煙管を取り出して、吸う。学校の敷地内で吸うのはそれなりに遠慮していたがね。吸わずにやっていられるかって話だ。なんともまぁ、諦めまみれだな、アイツ。もう少し我欲に生きりゃあいいものを。"思考存在"とやらの思想に染まりすぎじゃあねえのか。まったく。
「土塊になるのは、怖いか」
「怖いよ。死ぬのも、死ねない時間が続くのも──怖い」
「アンタと、学校に残ってる奴ら。俺が殺してやろうかい。痛みもなく、なんなら気付くこともなく、楽に死ねるぜ。俺も"魂の摂取"を持ってるからな、俺が破滅の先に連れて行ってやるよ」
「それは、遠慮するよ。ラナエ。私達は君にあげるものを持っていないからね。ここにいるのは何も持たない人間だ。だからこそ選択の余地がある。故にこそ、君が手を出していい存在はここにいないんだ。ラナエ、君は外の生き物だろう。あちらとこちら、その此岸に立つ者は、踏み出すか退くかを自分で決めなくてはいけない。言葉を強くして言うなら──君程度に殺されていい命は、一人だっていないよ、ラナエ」
はン。それでいいよ、お前は。流石は、って感じだ。重いんだよ何もかも。言葉も責任感も、使命感も。託される側になってみろ。突き放される側になってみろ。重圧すげぇんだわ、わかるか?
それでいいよ。それでいいんだ。五年間。たった五年間、一緒にいただけだ。情も愛もなんも抱いちゃいない母上殿に、それでも感じていたのはそういうずっしりとした所だ。ずっと何かに悩んでいて、ずっと俺達を守ろうとしていて、ずっとずっと、何かに圧し潰されそうだった母上殿よ。
それがアンタだ。ロス。託されたモンくらいは、覚えている。
「散々苦しんで、散々悩んで、どっち道死んで……まぁ、新しい命になったら、また会おうや」
「うん。その時は、君の母親にも会えるといいね」
「どうだろうね、まだ俺の中にいるんだ、会えるかどうかはわからんが、まぁそうなったら、ってことで」
助ける、という約束は守れなかった。
心残りだ。未練だ。でも、それでいい。もう、良い。
俺はもうロスにも、この学校にも関わらない。精々苦しみ藻掻いて決意の果てに死ね。それが人間だってんならよ。
「じゃあな」
「ああ、元気で」
あいあい。
今度こそおさらばさん、ってことで。
「ふぃ~……」
もう抗わない事を決めて、もう奔走しない事にした。ロスとの約束が無けりゃあ、俺がやることはない。
だからまぁ、ちぃとアドリアンの温泉に寄ってみた。アドリアンは見事に再建されていて、ハゲの爺さんもまだ存命で。俺の姿を見るなり快く泊まって行ってください、だとよ。馬鹿が、ファイスの事件を知らねえわけじゃねえだろうに……ああいや、ナトゥムの仕業になってるんだっけ? 結局オーマの知っていた情報とコールの言っていた情報の齟齬がよくわかっていないんだが……まぁいいか。考えなくて。
それで、久しぶりにゆっくりと温泉である。今回は同行者もいねぇからな、ゆっくりだ。本当に。
狐身だと水深が深すぎるので狐の亜人種……まぁ人間たちの言う所のイオピクスの姿になって、湯に溶ける。いやぁ、狐としてはどっぷり濡れるのはまぁ大好きってこたぁないな、くらいのアレなんだが、この身体になりゃ話は別だ。元日本人として、あるいは地球人として、風呂が嫌いなはずもあるめぇよ。嫌いな奴はいるんだろうが。
空を見上げる。
そういえば空の向こうには天国があるんだったか。ファンタジーだねぇ、本当に。最近ぁ転生だの破滅だの、こっちからはアプローチの仕様がないことばかり。残るエメレンシアへの復讐という壁があるものの、奴の姿が見えないというか探せない以上はお手上げ状態。久しぶりに直近でやるべきことが無い状態だ。リラックスもしようさ。
普段は見えないようにしている尻尾をずるりと流して、ふぃー、とさらに呼気を吐く。
「あぁ、ようやく見つけたわぁ」
「ん?」
突然、声がした。脱衣所から温泉へ入る扉はガラッガラ音のなる奴だから、誰かが入ってきて気が付かない事は無い。
だから突然なのだ。突然、声がした。つまり、突然現れたって事。
頭を仰向けに逸らして、声のした方を見る。
そこに、いた。
エメレンシアが。
温泉入るなら服脱げよ馬鹿が。