一応、復讐でもしますかね。 作:エメレンシア / 観察端末
行動は速かった。服を着ていなけりゃ使えねえ能力でもねぇんだ、剣の生成とそれの回転、そこから斬撃を飛ばすのに1秒もない。
だが、んなこた相手も同じ。展開したマルゴーが斬撃を飲み込み、天空へと吐き出す。考えねえで放ったがよけられてたらアドリアンが不味かったな。ライオットの飛ぶ斬撃は切れ味が良過ぎるのが難点だ。選択肢から斬撃を外し、形態変化をした腕で斬りかかる──も。
「はぁい、暴れないでねぇ」
背後から声。
首に何かが嵌められるのを感じる。金属音からして、首輪か。ぐい、と引っ張られる。鎖付きたぁいいご趣味で。首の周辺を少しずつ形態変化して、塩酸当たりの液体を染み入れさせる。……なんだ、鉄じゃあねえのか、これ。んじゃあ方針変更、首を切り離す。
「うわ」
「お前さん、ライオットと俺の戦いを見ていただろうよ、今更引くな」
「引くわぁ、それは。いくら天然の強化生命だといっても、生物はやめないで欲しかったものねぇ」
「んじゃあ引いたついでに死ね」
取れた首が、全方位に棘を放つように変化する。しかし既にエメレンシアの奴はおらず、棘を引っ込めて首を拾い、くっつけて、よし。
少し離れた上空を見れば、思いっきりドン引きした表情の奴が。自分の所業を思い出せよ。どっちもどっちだろうよ。
「大人しくしてくれると助かるのだけどね」
「俺の利用価値より排除を取ったんじゃあなかったのか? やっぱり欲しかったってか、逃がした狐は大きいねぇ」
「必要としているのは私じゃあないのよ。今貴女に求めるのは、無抵抗でいてくれることだけ」
「おいおい、裸の童女を捕まえて抵抗するなってか。狐だが、倫理観を疑うぜ、人間」
「女同士で少女相手でなんなら狐相手に研究対象以外の感情は持たないわぁ」
「獣種化した生命を奴隷として買い叩いてる奴らは性に走ってたみてぇだが」
「それらはすべて異常者よぉ。どうせ死ぬのだから、最後くらい良い思いをさせてあげたいでしょう。破滅を乗り越えた先には、そういう異常者は全滅して、獣種化した生命だけが健気に生きていくわぁ。まぁ、私みたいに普通の感覚の人間も死んじゃうけどねぇ。それは必要な犠牲だわぁ」
「そうけ。まぁそれはそれとして、死んでくれ」
矛先が上空に逸れたのは嬉しい話。右腕を変化させるは機関銃。ライフルだの拳銃だのテーザーガンだのはテルミで散々目にしたんだが、こういうゴッツいもんは見なかった。開発されてねえって事は無いと思うんだが、まぁ、インパクトはあるだろう。
「厄介ねぇ、"転生"の性質持ちは。前の時はどれほど技術が進化していたのかしらぁ。それも破滅の前には消え去るしかなかったというのだから、私の正義も理解してほしいものだわぁ」
「正義ぃ? 慈善事業の間違いだろ。正義を名乗るなら、もっと盛大にやれ。敵に配慮するんじゃあねぇよ。障害だと思ったら、情け容赦なく叩き潰せ。お前さんのやってることは未来が閉じないようにするための慈善事業だ。なんせ、お前に何の還元もない。正義ってな、守るもんがあるから成り立つんだよ。思想だけの正義は思想の域を出られやしねぇ」
「慈善事業なら妨害してもいいというのかしらぁ」
「馬鹿が。復讐なんざすべて悪事に決まってるだろう。どこぞの誰かは自分の鬱屈とした感情を解消したいと思うのは悪ではない、なんて善人染みた事を言っていたがな、俺ぁ悪だよ、エメレンシア。お前の世界でも、ファイスに家族がいた奴らの世界でも、なんならこの世界にとってさえ悪だ。悪役じゃあねえ、害悪だ。なんせ、世界を救わんとしてる奴を殺そうとしてるんだ、悪いに決まってる。その理由が復讐だってんなら、尚更に悪い。最悪で害悪で邪悪で、この世界のためを想うなら消えたほうが良い命だろうさ。お前の慈善事業の方が、よっぽど大切だ」
温泉でハダカじゃあ格好がつかねぇがな、ここにおいては脱がねえ奴の方が悪い。
「再三言うぜ、馬鹿が。俺ぁ狐だ。知るかよ、世界の命運なんて。お前の正義も大義も慈善も努力も、そんなこと考える脳があるわけねぇだろう。獣ってな、やられたらやり返すんだ。我慢だの飲み込むだの馬鹿をやるのは人間だけだぜ。我慢が美徳だと思ってるから、飲み込むのが上手だと思ってるから。そうやって細けぇこと考えて、やられたらやり返すってぇ大事な事を忘れちまってる人間の多いこと多いこと」
「狐が人間を語るのは、とっても滑稽ねぇ」
「当たり前だろう、語るのは。だって時間稼ぎだからな」
「!」
体が掻き消える。不可視を纏ったのではなく、立ち昇る湯気の中に雲散霧消した。形態変化……あらかじめ切り離していた分身を分解しただけ。
正面切って勝てねえってのはわかってるんだ、誰がずっと目の前に突っ立ってるかよ。
貫く。
前と同じく背後から──今度は心臓でなく、脳を。槍で。能力ってな意識と思考が大事だからな、ここ潰されりゃあ大分きついはずだ。
「か、ぁ──」
「まさか俺の組織が自分の身体にはっついてるなんざ思わなかったろう。無駄に接近したのが悪いんだ、またもお前に過失だぜ」
別に俺ぁ瞬間移動が出来るわけじゃないからな。先ほど背後から首輪を付けられた時に、エメレンシアの身体に指を一本飛ばしておいた。衣服に引っ掛けておけば、そこから形態変化で体を形作ることが出来る。まぁどこかに頭が残って無きゃいけねぇのは俺も同じで、あの分身体の脳を潰されでもしていたら実際危なかったんだが、上手く行ったってことで。
後頭部から額までを槍で貫かれたエメレンシアの身体はぶらんとなって……いやいや。
どっちが生物やめてんだよ。
「ぁ、あ、……ぁあ……」
「心臓はまだ理解の範疇だが、脳貫かれて生きてて、しかも意識があるってのか。やべーな、お前。同じ生き物とは思いたくねぇ」
「か──く、ぐ……い、痛い……わ、ねぇ……」
ゆっくりと……エメレンシアの腕が上がって、脳を貫いているそれを、掴む。
よく俺に対してドン引きとか言えたな。俺ぁ今ドン引きしてるよ。
槍は、少しずつ、少しずつ、引き抜かれていく。
その様子を見て──剣を生成、首を断つ。そのまま心臓を刺して、胴体も切断する。他もだ。生命維持に必要な部分を全て切り刻んでいく。温泉が赤色で染まっていくが、それは申し訳ねぇな、あとで謝ろう。
ああ、けれど。
「痛い、のよぉ……? 痛みが、無いわけじゃ、なくて……すっごく、すっごく、痛いって……わかってる、かしらぁ?」
「こえーよ、顎だけで喋るな。喉もねぇのにどっから発声してやがる」
「ああ……あぁ、あぁ……」
バラバラだ。猟奇殺人事件も真っ青なほどに。
それが──段々、バラバラにされたパーツが集まっていく。温泉を赤で汚したと言ったが、まき散らされた血液さえもが戻っていく。潮が引くようにして、再生していく。
その様子は生物のそれではなく、化け物だ。本当に。俺なんかが比べられるのさえおこがましいほど悍ましい化け物。
そして──エメレンシアは、人型を取り戻した。
「まぁ……これで、わかったでしょう? 貴女じゃ私は殺せないのよぉ。復讐、だったかしらぁ。何の意味もないのよぉ、貴女のそれは。それで。私に痛みを与えて満足かしら。復讐は、これで終わりぃ?」
再生。というより、時間が戻った、みたいに見えた。マルゴーが空間的な能力だから、もう一つ持っている能力が時間系、みたいなパターンか? ありそうだが、それなら俺を邪魔に思った理由がいまいちわからん。あの時に逃げた理由も。これが出来るなら、ゴリ押しで捕まえりゃよかったじゃねえか。
新しく手に入れたもの、ってことか? 俺の"魂の摂取"のような能力で、何かを獲得した、か?
「ふふ、不思議、かしらぁ」
「きめぇな、とは」
「お互い様よぉ。それで、ねぇ」
ドン引きしてたから──反応が、遅れた。
エメレンシアの手先がマルゴーに飲み込まれると同時、俺の首を後ろから掴むものがあった。そこにマルゴーが開いているのは自明の理で、抜け出さんと形態変化を行う──前に。
「……私と一つになろう、ラナエ」
──ずっと探していた声が、聞こえた。
この世界にはそこそこの能力持ちが存在していて、その能力の強度は使用者の練度による。しかし能力の種類は意外と被りがちで、特に幻術なんかはその強度で出来る事がかなり違ってくるにしても、使用者はそれなりの量が存在している。
五感の全てを支配するとか、一切の違和感を持たせない不可視の幻術、みたいなことは出来ずとも、見た目を違うものに見せる、くらいはその辺の能力持ちでも出来る、という事だ。
だから、今回。
私の姿を纏った姉が、ラナエちゃんに対峙した。視認できる範囲であればマルゴーの展開は容易だ。だから遠くから二人の様子を見て、適宜使用して。
そして絶好のタイミングで、姉を──ラナエちゃんに、融合させた。
普通の獣種化であればすぐに分離が起こる。この世界を座標で見た時、同一座標に二存在があることに世界が許容できなくなって、生物としての強度が弱い方が弾き飛ばされる。そして強度の高い方……強化された生命が元の座標に残るのだ。
入口を別々としたマルゴーの出口を重ねる事で起こしているこの現象は、しかし出口の大きさに違いがある。強化素材となる方……獣種化であれば獣の方の出口用マルゴーだけ、少し小さいのだ。それはつまり、人間を排出するマルゴーに取り込まれる形で獣が同一座標に現出する。
情報はそこで加算され、さらにそれをマルゴーに通す事で、"初めからそういう生物であった"と世界に認識させる。マルゴーは通り抜けた存在の生体情報を抜き取る事が出来るのだけど、私にわかる事自体は副作用のようなもので、実際は"思考存在"に伝わっているものと思われる。あるいは世界に、命の情報として。
重要なのは、取り込まれた側の意識は消える、という事。取り込む側があくまでベースになるため、取り込んだ種族の種族的な渇望が身に着くことはあっても、思考が完全に失われる、知識の一切が獣に置き換わる、ということはない。消えるのだ。
姉はそれを、望んだ。
今、出口のマルゴーでそれが起こっている。
ラナエという既に獣種化している生命への融合は初の試みで、さらには姉を、なんて。
本当に気が狂っているとしか思えないけれど。
……どうか、姉がしたいことを、できるように。
夢──あるいは、次元の狭間、のような場所だろう。
そこにいた。俺は。俺と。
「……俺に何をしたね、お前さん」
「エメレンシアに頼んで、私をラナエに融合してもらった」
ルシアだ。
不死身の少女。なるほど、先ほどまで相対していたエメレンシアはこいつか。その不死性にも納得がいく。喋ってたのはエメレンシア本人なんだろうが。
それで、なんだって。
「融合」
「うん。アルジナやメリンダと一緒。人間のアルジナに狼が、人間のメリンダに猫が融合されたように。狐のラナエに、私を」
「んじゃあ俺ぁ排出されんのか。ロスみたいよ」
「ううん。私が掴んで、離さない」
全身に違和を覚える。ここにある精神みてぃな体じゃなく、外の身体。侵蝕──内側から食われているような感覚。それが全身を覆いきる前に、形態変化での膨張を選ぶ。
「乗っ取るつもりか、お前」
「そんなことはしない。身を委ねて。私の能力の全てを、ラナエに」
「いらねぇよ、んなもん。一人で勝手に生きろ、俺を巻き込むんじゃあねぇ」
「ラナエの事情なんかどうでもいい。こうする事が、私の研究において最良の結果を生み出すと判断したまでのこと」
「ああ、そうかい。だがよ、侵蝕されてる部分は切り離させてもらうよ。勝手に命になれ」
「離さないと言った」
拡大の速度が跳ねあがる。自身を塗り替えていく感覚に身を捩って、さらに膨張する。まずいな、アドリアンを潰すのはいただけねえ。膨張に割くリソースはとっておいて、近くの森へ移動するか。
「外に意識があるのが、理解できない」
「似たような事はやってんだよ、自力で。それよか、なんだ。お前の研究ってな。血筋違わず狂った研究者か、お前ら」
「破滅の回避なんてやっていたら、日が暮れる。破滅を世界の法則でなくする。それが私の研究」
「日が暮れるも何もだぁが、そいつが出来るんなら俺も知りてえ。俺を乗っ取る以外で方法はねぃのか」
「乗っ取るつもりはないと言った。貴女は置き換わるのではなく進化する。新しい能力を獲得する、と言った方がいいかもしれない。原理としては"魂の摂取"と似ている。違いは、肉体か
「先に内容を聞かせろ。どういう手法で破滅を撃退するのか」
ハダカで出てきちまったが、今となってはもう関係がない。膨張した体は巨大な蛇のようにうねり、壮大なドラゴンのように翼を広げていく。巨体はさらにさらにと大きさを増し、森の悉くを踏み潰していく。あの学校の入り口も潰しちまうかもしれねえが、それはすまんとしか言えねえやな。
「破滅は元々"破滅"という存在の能力だった。それが世界に作用し続けている。いつしか世界の機構になった破滅は、だからこそ今、持ち主がいない、という状況。"破滅"という存在を殺しても止める事が出来ないこの機構の制御権を得る事が出来れば、止められる」
「理には適ってる。だがどうやってやるんだ」
「私の能力を獲得すれば、ラナエは天国でも溶けずに存在できる。ううん、世界の外にだって行ける。世界の外において、法則とは作用するものではなく取引されるもの。古来より"思考存在"と"破滅"の間で行われてきた法則の取引に介入して、破滅の制御権を奪う」
「お前の知識の出所はどこだ。高々研究者にンな事わかるかよ」
「"破滅"」
……。
オーマは、自身を"思考存在"の手先だと言っていた。エメレンシアも"思考存在"に依頼を受けただのと。そういやアウラニも自分を天国側だと称していたし、天使に何か関りがあるのやもしれん。
それで──"破滅"に、知識を授かったと。そう、言うのか。
「"破滅"は名をリリスという。リリスは私に言った。破滅の制御権は現在宙に浮いている状態で、二存在が両者共に手を出しあぐねている。手つかずのまま残ってしまった破滅という機構は、しかし既に世界にとって必要の無いもの。何故なら世界は既に完成していて、わざわざ今ある文化を消してまで還元したいものなど存在しない。だから、止められるのなら、止めてくれていいと。"思考存在"の目があるからリリスは手を出せない。だから、この世界の生命がやるしかない」
「俺である必要が感じられねえな。んなことはお前がやれ。お前も強化生命だろう」
「ラナエの形態変化が必要。ラナエの幻術が必要。何より、その精神性が必要」
「精神性ってな、なんだ。お前に俺の何が分かるね」
「異世界の知識」
今度こそ、ちゃんと息を呑んだ。
なんで、知ってる。俺ぁ元日本人だとその記憶を呼び起こす事はあっても言葉に出したことぁねぇ。あるいはあの学校の様式。それに妙に頻出するラテン語から、まさか。
「この世界はそもそも──異世界を模倣して作られた、模造品。リリスはそう言っていた。"思考存在"によって生み出された酷く狭い世界は、幾つかの異なる世界を模倣して作られている。あの学校。能力の名も二存在から授かるものだけど、その言語は私達に馴染みのないもの。重力鉱石。"転生"の性質持ちであった父が、あんなものは前の時には無かったと言っていた。破滅を繰り返すたびに異世界の要素を取り入れて、この世界は異世界に置き換わろうとしている。模造品の精度が上がっている。それが"思考存在"の目的だと、リリスは言っていた」
「世界の成り立ちなんか興味ないがね、俺ぁどうもそのリリスってのが信用できねぃ。いやさ"思考存在"とて悪魔みてぇな奴だったが」
「リリスは嘘を言えない。それはわかっている。ねぇ、私が離さない以上、この融合におけるラナエの損失は存在しない。だから、抵抗をやめて」
さて。
どうするかね。このまま切り離す、というのは……実は非現実的だ。侵蝕のスピードが凄まじいの一言で、一旦気体にでもならねぇ限り分離は難しい。気体になって再構成をしている間に元の身体の脳が侵蝕されてそっちが本体になるのがオチだろう。
……まぁ、融合して、破滅の制御権を奪う、とやらをやるかどうかは俺の自由か。
「これだけは、聞いておく」
「何?」
「お前さんはどうなるね。ずっと俺の心の中に閉じこもるのか」
「死ぬ」
「そうけ」
そんな当たり前のことを聞くな、みてぇな顔しやがって。お前は人間どころか生物じゃあねえよ、誰が認めても俺が認めねえ。単なる気の狂ったヒトガタだ。
姉妹揃って慈善事業に他人を巻き込みやがって。来世では、俺に関わってくんじゃねえよ。
膨張を、止める。
俺の身体はソレに侵蝕を受け。
「成功を祈っている」
「はいはい、さいならさん」
ルシアは、俺の中から消えていった──。