一応、復讐でもしますかね。   作:エメレンシア / 観察端末

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この世界において名前は強い意味を持つ。

魂の性質から名前は得られる。故に性質が変われば、名前は変わる。
あるいは、次とは。


24.あっさりした無効化

24 / ◇

 

 

 突然出現した巨蛇に混乱するアドリアンの民を余所に、ほっと一息を吐く。安堵の一息だ

 蛇の成長は止まった。つまり、中で話が着いたということ。本来起こるはずの分離も起こらず、頃合いを見計らってマルゴーに蛇を触れさせる。

 転移させるのではなくマルゴーを通すだけ。これで"思考存在"に、ひいては世界にラナエちゃんの情報が還元された。

 

 巨蛇は次第にしゅるしゅると縮小していき、森の木の背に負けて見えなくなる。

 姉のアプローチは、私のそれとは違う。長期的に見た生命強化による破滅の打倒と、今この瞬間にのみ出来る一個の能力による破滅の制御。この破滅で私が死ぬ。そうするとマルゴーの使用者はいなくなる。次にいつ現れるかはわからないし、テルミに置いたゲートの能力では融合は行えない。

 質量を完全に無視した形態変化を行い得るラナエちゃんと、性質ではなく能力としての転生を持つ姉。自らの消滅を以て為し得る破滅の制御とやらは、果たして上手く行くものなのか。

 

 "破滅"は……とても悪辣な性格だと、"思考存在"から聞いている。その甘言に、姉ならば気付くことが出来ていると信じたい。

 

「……どうせもう、足掻く時間はないのだし。じゃあねぇ、お姉ちゃん」

 

 姉の最期の頼みは聞いた。

 あとはもう、何も。

 

 

 

 

 融合。いや、生命の強化だったか。なるほど、という感想。

 今までの狐の身体はなんら変わっちゃいないが、わかる。力の張り方も腕力の一つも、比べ物にならない程に高い。強い。元々が強化された生命で、そこにさらに強化されたってぇんだ、そりゃあそうなんだろう。

 加えて不死身になった、と……。形態変化にゃ持って来いの能力だな。

 

 俺にこれを与えたルシアは天国へ行って破滅の制御権を奪ってほしいと言っていた。

 天国。空の向こうにある、だったか。物理的な距離ってことでいいのか? 宇宙のさらに先とかだったら何万時間かかることやらなんだが。

 ……それに、俺の優先事項ぁ復讐の方が高ぇんだ。

 先にそっちを終わらさせて貰うと──。

 

 

 

 

 それが起こるのを、果たしてどれほどの生物が感じ取れただろうか。

 亀裂だ。地面ではなく、空に。空の向こうに。空の果てに。空の彼方に。

 それは──黒だった。黒い液体のような、黒い亀裂。

 

 巨蛇の出現に混乱していたアドリアンから喧騒が消え去った。ほとんどナトゥムの優勢にあった戦場から怒号が消え去った。誰かの無事を祈る声も、誰かに言葉を残す声も、全部、全部消えてなくなっていく。

 消える──静かになっていくのだ。

 わかるだろうか。わかっただろうか。自身の声を、他人に届けられなくなる瞬間を。

 感じるだろうか。感じたのだろうか。自身の命が、潰えつつあるこの時間を。

 

 破滅だ。

 破滅が、やってきた。

 

 

 

 

 ドラゴンへと形態変化を行う。考え得る限りで最も速度が出るヤツを。

 変化したら、真っ先に空へ向かう。エメレンシアへの復讐が第一優先事項なのはそうだが、反故にしてしまった約束をもしかしたら守れるかもしれないのなら、そっちを優先したい。これを逃さば一生守れないのだとしたら、まず、そっちだ。

 助けると約束した。無理だと言った。突き放された。情なんか何にもない。義理だってほとんどない。

 

 でも約束した。それは十分な理由で、十分な事実だ。

 

 空を、その向こうを目指す。

 違和はすぐに覚えた。空があまりにも近い。鳥となっていた頃よりも高空を飛んでみれば、まるでドーム状のスクリーンに張られたかのような青空がそこにあった。

 それを突き破れば、今度は黒い海だ。星々の光る宇宙──だがそれも、ジオラマのようによくわからない綿と水のような素材を敷き詰めただけの、邪魔な層としか表現できない場所。

 まるで地球の、あっちの世界のデフォルメを作ったかのようなソレは、酷く簡単に抜け出る事が出来た。

 土の壁を、突き破る。

 

 赤だ。

 紅……朱、緋色。

 ふたつの太陽が回転する、赤い世界。

 

 空の先の宇宙の果てに、そんな荒野が存在していた。

 

「ぐっ……?」

 

 その世界に入った途端、肉体が綿になるような、疎になるような、溶けるような分解されるような感覚に襲われる。ふわふわと、すかすかに、何でもなくなってしまうかのような不快感。直後に行われる肉体の修正。しっかりとしたものに、固められたものになっていく。不死身、か。

 全身を襲う違和感を無視する事に勤めながら、周囲を確認する。

 

 天空の二つの恒星。樹木一つない世界。赤く、赤いそれだけの世界。

 静かで静寂で静謐で、冷たく冷酷で冷徹な世界。

 

「ここが、天国ってか。はは、嘘つけよ」

 

 地獄の方がまだ騒がしそうじゃねえか。

 

 ドラゴンの身では全身の違和感が鬱陶しすぎるので、狐の亜人種の身体へと戻る。

 

「で、ここから世界の外とやらを目指さなきゃならねえと」

 

 上を見上げる。眩しい炎球が回る天空。

 そこを超えていけ、ってか。

 

 今度はドラゴンの身体にならず、いつか見た天使のように背中から翼を生やす。あんなちっくせぇもんじゃあ飛べないんで、かなり大きいがな。

 そいで飛び立とうとする俺に、声がかかった。

 

「あら? 新しい悪魔、というワケではなさそうね。生体の匂いがぷんぷんする。気持ち悪い。でも無様で愚かな人間の匂いとは少し違う気がするわ」

「ん? ……なんだ、お前さん。サキュバスみてぇな格好だな、オイ」

「侵入者、かしら。ようこそ悪魔の世界へ。どうやって肉体を保っているのかわからないけど、歓迎するわ」

 

 露出度の高い衣服。ラバーっぽい材質の黒いソレは、もう、見るからにサキュバスだ。

 で、なんだって? 悪魔の世界つったか今。天国じゃなくて。

 

「ここは、悪魔の世界なのか」

「知らないで来たの? それは、なんというか、随分と命知らずね。運良く溶けない能力を有していたようだけど、そうじゃなかったら消えていたわ」

「いやまぁ仕組みは知ってたんだけどな。リリスから聞いた奴に聞いたんだ。ああ、リリスがどこにいるかってのは知ってるか?」

「へぇ! リリスの友人の友人、ということ? それは……凄いわ。あのちんちくりん、友人を作る器量があったなんて。あ、今のは聞かなかった事にしてね。私が言ったってリリスに聞かれたら……うん、考えるだけで怖いから」

「なんだ、じゃあお前さんもリリスの友人なのか」

「友人というか、上司というか、先輩というか……年功序列って面倒よね。あ、私はゼヌニムっていうの。貴女は?」

「ラナエ」

「ラナエ? ……そういえばこの前英雄たちを連れて帰ってきたクナンとラヘルが、そんな話をしていたような。もし急ぎの用事が無いのなら、二人にも会って行かない?」

「うんにゃ、遠慮するよ。ちょいと急ぎの用があるんだ。リリスがどこにいるかってのはわからない感じでいいか?」

「うーん、多分生体の世界ではあると思うんだけど、どこにいるかまでは。ごめんね、力になれなくて」

「いやいや、いいんだいいんだ。もし居れば、ってぇ魂胆だったからな。んじゃ、俺ぁ急ぐからよ。じゃあな、ゼヌニム」

「ええ、あまり長居しないでね。私達、生体の匂いは嫌いだから」

「あいよー」

 

 ……離脱。

 いや。

 いやいや。

 

 危ない。危なすぎる。いくら不死身になったからと言って、俺側からの攻撃力が上がったってぇわけじゃあない。もう一発目から「生体の匂いが嫌い」とかいう嫌悪感丸出しの言動をしておいて随分とフランクだったのは意外だぁが、俺の話をしていたとかいうクナンとラヘル。それ絶対サティとバラエルだろ。俺の名前知ってて、英雄たちを連れ帰ってきたってんなら絶対そうだ。

 絶対怒ってる。コールを盗んだわけだからな。この違和感ありまくりの世界で命の取り合いなんざしたくねぇし、天使……いや、悪魔なんてものを相手にしたくはない。

 

 悪魔。うん、やっぱりあの所業や性格は悪魔って言葉がしっくり来らぁよ。

 

 周遊する恒星の中心を抜けて、空を目指す。

 リリスの部下だとかいうあの女。人間じゃあねえ、悪魔のゼヌニムつったか。ゼヌニムってったら結構有名な女悪魔だ。で、サティ。クナンサティーか。こっちも悪魔。バラエルは……バラヘル……アブラヘル?

 おいおい、勢揃いも良い所だな。触らぬ悪魔に祟りなし。内二人は思いっきりちょっかいかけちまったわけだが。

 

 空へ行く。空へ、赤い空へ。

 飛んでいく──。

 

 

 抜けた。

 

 

 

 

 暗い──。

 

 黒い、のかもしれない。ただ、光はある。後ろ……俺が今、出てきた所。

 赤い光が、ああ、けれど、今閉じた。

 完全な黒に戻った。戻って、思い出す。マルゴーに閉じ込められた時、似たような所だった。

 

 ならば。

 

「おーい! いるかー、"思考存在"! "意思ある存在"! 聞こえてるなら返事しろー!」

「なんだー!」

 

 なんだー、じゃねえんだよな。フランク過ぎて怖いんだよお前。

 

「法則ってな、どうやったら奪えるんだ! 中空に浮いた破滅の制御権を寄越せ、"思考存在"!」

「ほう! 破滅の法則を奪うと言うのか! はは! それは驚いたな! 全く以て構わないが、代償は知っているのか!」

「いや、知らねえ。なんだ、代償があんのか」

「あるさ! 取引によってしか法則は得られない! たとえ誰の持ち物でなくとも、だ! 故に聞こう。世界と取引をするか、狐。あるいは我と契約をするか、狐。選べ、迅速にな」

 

 ……いやいや、聞いちゃいねぇんだわ、んなこと。制御権を奪えばいいって話でここに来たんだ。俺から差し出すモンなんか、一つもねぇんだわさ。世界と取引するか、"思考存在"と契約するゥ? ……えー、やだわー。どっちもやだわ。

 それでしか得られないってのはまぁそうなのだとしても、なんで俺がなんか差し出さなきゃならねえんだ。それこそエメレンシア辺りが差し出しゃいいじゃねえか、世界を救いたいんだろうし。

 

 制御権を得るのが俺だから、か。

 はぁ……ん。んー。

 

「対価は、俺が選んでもいいのか」

「釣り合うのならな! 取引であれば等価を、契約であれば理不尽を! そういうものだ!」

「契約ってな、なんだ。お前と契約して、破滅の制御権を得られるチカラみてーなんを俺に与えて、代わりに俺はお前に何かを差し出すってか」

「そう考えてくれていいぞ!」

「随分と悪魔染みてんな。結局お前も悪魔なのか」

「俺は悪魔じゃないな! 悪魔はリリスと、悪魔の世界に住まう者達を言うぞ! はは! 今の人間たち用に言うなら天国に住まう天使たちだな!」

「じゃあお前は神サマ的なモンってことで?」

「俺は神じゃないな! ただの舞台装置だ!」

 

 要領を得ねえなぁコイツ。まともな言語を喋れ。

 まぁ装置……システムに人格があるんだと考えれば、神みてぇなもんだと考えていいだろう。

 で、"破滅"のリリスは悪魔なのね。まぁリリスって名前的にそうだとは思っていたがよ。

 

「世界と取引ってなると、俺の何かしらを世界ってやつに還元しなきゃあなんねぇのか」

「破滅の制御権と等価となれば、お前の魂になるだろうな! 他の魂は流転するが、お前の魂は永遠に世界の手中になる! 地獄に行けないのだから当たり前だな! お前の魂は破滅の制御を行うためだけに存在する事になり、それ以外は何もできないまま永遠を過ごすだろう!」

「そりゃあお断りだがよ」

 

 おいおい、本当に悪魔染みてやがる。

 だって一択しかない。契約の理不尽を受け入れろ、って言ってきているようなものだ。あるいは、諦めろ、か。

 ……諦めるか。約束を反故にして、それを守れると知って、けれど今度は俺の命があぶねえと来た。んじゃあ約束も、復讐さえも泡に消える。俺の命が最優先だ。刺激は欲しいし退屈は嫌だが、俺の命が消えるのはもっと嫌だ。

 諦めて帰るのが、最良の選択肢と見た。

 

「はは! 帰るのは、無理だな! お前の帰り道は閉じたぞ!」

「……悪魔め」

「だから悪魔じゃないと言っているだろ!」

 

 そういえば閉じてたな、あの赤い光。クソが。

 ……いや、最悪ここを漂う、というテもある。死ぬほど退屈だろうが、命は助かる。……それが嫌であっちの大陸からこっちに戻ってきたのに、か? 馬鹿だろう、そりゃあよ。馬鹿のやる事だ。

 

「契約内容は、教えてもらえるのか」

「まずお前には破滅の制御権を得る能力を与えるぞ! お前から対価として貰うのは、"転生"の性質だ! "魂の摂取"一つでかなりの対価になる! 次の生に記憶が引き継がれない事も、その可能性を考えれば十分だ!」

「そうなった場合、溜め込んだ魂はどうなる」

「解放されるな! ただしお前に融合している魂だけは離れない! というか、たとえお前が流転したとしてもそれが引き剥がされることは無いぞ! お前の性質は"転生"から"破滅"となり、相応の名前が与えられる事だろう!」

「今生を生き抜くのに障害はないのか」

「もちろんだ! アフターケアとして、生体の空間にお前を転移させてやる! お前から"魂の摂取"が失われたら、形態変化や剣の生成、斬撃放出などの能力が一切使えなくなるからな! その状態で悪魔を相手取るのは酷だろう!」

「おいおい、あんまりメリットのある話をするんじゃねえよ。疑いたくなる」

「ただし、これだけは念頭に置いてほしい! お前が破滅の制御権を得たとて、お前が死ねばそれは世界に還元される! 勿論破滅を無効状態にしたまま死ねば破滅は起こり得ないがな! しかし、お前が"魂の摂取"持ちに殺され、摂取されてしまえばどうなるか! わかるか!」

「ソイツに破滅の制御権が渡る、と。面倒な話だな」

 

 別に俺の死後にゃあ興味ねぃが。

 ……せめてロスが老死するまでは、死守するべきかね。その後はまぁ、勝手にしてくれって感じで。

 

 じゃあ、しょうがない。本当に仕方ないが……契約。

 するかいね。

 

「腹は決まったな!」

「ああよ。"思考存在"。俺ぁ破滅の制御権を得たい。得るための能力が欲しい」

「ならば"魂の摂取"を我に寄越せ」

「ああ。それで、成立だ」

 

 あっさり、という言葉がもっともしっくりくるのだろう。

 その成立は小さな光が俺の中から出て行くと同時、大きな光が俺の身体を包み込んで──終わった。特別な音響が鳴るだとか、光が乱舞するとか、まぁそういうファンタジーな事は無く。

 たったそれだけで──使い方が、わかった。

 

 破滅を、無効にする。

 

「……これでいいのか」

「良いかどうかはお前が一番わかっているだろう!」

「ああ……ああ。怖いな、コレ。世界が手中にある」

「そうだな! お前がその気になれば、少しカッとなったくらいで世界を滅ぼせるわけだからな! はは! 過ぎたる力だが、契約は契約だ! さて、お前を元の世界に還すぞ!」

「おう、頼む」

 

 本当に、その気になれば……世界を破滅させることが出来るのがわかる。失われた形態変化や剣の生成、飛ぶ斬撃なんかと同じように、気軽に使用できる世界の破滅。いやいや、怖すぎるだろ。

 

 足元にマルゴーに似た光が開く。

 

 ……そうだ、一つ聞いていなかった。

 

「未来のための試験ってな、成功したのかね?」

「したさ! この閉じた世界が、ようやく歩き出せる……そのための地固めがな!」

「そうけ」

 

 ま、聞いてもわからねぇか。

 そうさな。なんだ……ああ、あとはエメレンシアへの復讐だけか。

 

 やる事は。

 

 光に包まれる──。

 

 

◇ / 24

 

 

 この世界の名前は、強い意味を持つ。

 ラナエ。その名の意味は、回帰。性質は"転生"。

 しかし今、性質が"破滅"へと転じた。二つの魂が融合した少女。

 

 なれば、次なる生の、その名は──。

 

 

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