一応、復讐でもしますかね。 作:エメレンシア / 観察端末
帰ってきた世界は、酷く静かだった。
"思考存在"に送り出された場所は俺が飛び立ったアドリアンの周辺の森。けれどアドリアンからは、いつか連れ帰った子供たちの声も、今からすべてを立て直さんとする大人たちの声も響いては来ない。
一応、一応と、アドリアンに入る。
「……恐ろしいな、これは」
そこには、いつも通りの日常があった。
──全員が土塊となり、元の姿のままに固まっている、という事さえ目を瞑れば。
「爺さんも、子供もか。まぁ、そうなんだろう。そういうもんだと聞いたし、そういうもんだと……わかってる。悪いな、もう少し早ければ、なんて思うほどお前らに情が湧いてない。仕方ない、という感情しかねぇわ」
話しかけるように呟くのは──まだ、生きているから。
今すぐに崩してやるべきだろうか。それがせめてもの弔いだろうか。
破滅は止まった。無効化された。けれど、止まっただけだ。破滅が起きた事は変わらない。即ち生命が全て土塊となる現象は。本来であればそこから死ねない期間が続いて、長い期間を経た後に、自壊する……んだったか。それを止めたら、もしやこいつらずっとこのままか?
……わからんな。酷かどうかすら、俺にぁ判断できん。もう少しでも命を惜しむ心があればよかったんだが。
生物を殺すのに躊躇は無いし、善性だろうと悪性だろうと、俺の命を脅かさば殺す。当たり前だ。
だがよ、俺に関わらずにただ苦しんでいるだけの、苦しみ続けるだけの命に対して、何をすればいいのか。だって、死なんて解放を与えたら、俺が与え損だ。今は"魂の摂取"も存在しないから、貰う事が出来ない。
「まぁ、散々恨むといい。何故あの時に殺してくれなかったのかと。その怨みが溜まったころに、また来るよ」
形態変化も無いから、徒歩で去る。
ううむ、不便。だがまぁ、これが俺だぁね。
母上殿から受け継いだ質量を無視した形態変化と違って、狐身と狐の亜人種の身体に変化するのだけは俺達がデフォルトで持っている能力だ。生まれた時から、妹弟たちも出来る。
どこかへ向かうなら歩幅の広い亜人種の身体が良いのだろう。けど、別に急ぎの用事もないからな。狐身でちょろちょろ歩いていたら──その光景に出くわした。
羊の亜人種、だろうか。名称がわからねえからそう呼称するが、恐らく雌だろうソイツが……随分とまぁ恨みの籠った眼で、市街にあった土塊となった人間たちを破壊して回っている。時折狂気的な笑みさえ浮かべて、時折嗤って。
元奴隷か、あるいは元より恨みでもあったか。
なんにせよ、なんだかなぁ、という感じ。俺自身が復讐者で、他人の恨みにどうこう言うつもりはない。というか人間が悪いだろ、と思う。売られたにせよカタチが違うにせよ、話し合いの時間はあっただろうからな。獣種奴隷を受け入れた末路ってことで。
けれど、獣種化した奴らに関しては……うん。
他の街へ行ってみても、やはり各地で、他方で同じような事が起こっている。動くことのままならない人間を楽しそうに壊し、勝利を分かち合い、崩れた土片を踏みにじっては嗤う。
人間もまぁそうされることで長い苦しみから解放されるんだ。見ように寄っちゃ助けられているとも思える。
だがなぁ。
こんな奴らがこの世界へ残るのを、新しい世界を紡いでいくのを、エメレンシアは望んだのかねぇ、なんて。
ガラにもない事を思ったりしなくもないわけである。
「……そうだ、エメレンシア。アイツも同じ状況だろ。復讐、しに行きますかねぇ」
どこにいるかはわからないが。
もう逃げる事は出来ないのだから。
例の学校。
そこにロスは──いなかった。子供たちも、誰もいない。もぬけの殻。
死んだのか。いや、卒業した、のかね。
卒業を選べたのか。アイツ。
一応、俺が急いだのはロスのためだったんだがね。どの道破滅は中断、無効化出来ただけで、土塊化は始まっていただろうから……先に死ねたんなら、そりゃあ。
良い事なのか悪い事なのかの判断は出来ねぃが……またな、とだけ。
言っておこうかね。
テルミへやってきた。
ガーリィやリヴィナスは他と同じく獣種化した奴らが自由を謳歌している状況で、もう人間なんてほとんど残っていない。一部下卑た男たちによって保存された女もいるようだったが……俺の知るところじゃあないね、うん。
そいで、テルミ。
ここは宙にあるというのが大きいのか、まだ獣たちの手は届いていないようだった。
正確に言えば俺が来るまで、ゲート自体が開いていなかったようにも思う。これに関しちゃゲートの仕様を知らねえから憶測なんだがな。
そうやって入ったテルミは、けれど破滅からは逃れられなかったようで。いつぞやの青白帽子含め、日常を過ごす人間が全員土塊となって停止していた。
人間だけじゃあねえか。路地裏で伸びをしてる猫も、飼い主の隣にいた犬も、カラスも、ネズミも。
すべての生命が土塊だ。
「恐ろしい話、なのかねぇ。皆が皆同じなら、平等だ。……今まで不平等だった奴らに虐げられる事以外は」
言いながら、登る。あの高いビルを。一番高い塔を。形態変化の無いこの身だが、初めてここに来た時も、同じような事をした。質量変化を感じ取る監視塔がどーのこーのって。
けど、あの時よりは楽だ。さらに身体が強化された事で身体能力が跳ねあがってるってのと、
そうして、辿り着いた。
ガラスと檻の向こう。塞ぎ込む少女。同じ光景だ、本当に。
少女がこちらに気付く前に夢幻へ招待する。
「よぉ」
「……? ……狐?」
「おお、狐だ。いくつか前のエメレンシアやもっともっと前のエメレンシアは"さん"付けだったが、そういうところも違うのな」
「ごめんなさい、気分を害したなら謝るわ。今……ちょっと、私の気分が荒んでいて」
「別に気にしぁしねぃよ。それで、何をイライラしてんだ。話聞くぜ」
「……姉が、言っていたのよ。破滅による死はゆっくり訪れるって。けど、今、こんなにも膨大な命が乱雑に入ってきて……ああ、頭がどうにかなってしまいそう」
「ああ、"魂の摂取"か。そうか……各地で殺されてる人間たちの魂は、お前さんらに集まるんだったか」
「頭が割れそう。聞きたくもない、誰かに対する恨みつらみ。世話をしてやったのに、とか。奴隷が歯向かうな、とか。謝る声も、助けを呼ぶ声も。うう……」
そりゃまぁ、奴隷という形態をとったエメレンシアの奴が悪い、としか。まぁ奴隷じゃなかったら、もっとひどい迫害を受けてそうだがなぁ。奇形も奇形、見た目が完全に人間じゃあねぃのに、まるで知人のように、あるいは自身のように歩み寄ってくるんだろ?
俺ぁ狐だから人間かどうかは気にしねぃが、日本人の知識が眉をひそめるくらいには異常な状況には見えようさ。どっちみち、という言葉がしっくりくるわな。
それで、まぁ。どっちみち、こいつらは割を食っていたんだろう。元々がエメレンシアから割を食わされるために別たれた存在、だったか。実験に必要ない感情とか、言ってたな。つまりそれは、優しさとか悔悟とか、同情とか。
……善性か。苦しむ理由が善き事たぁ……いやさ、どうなんだろうね。
「なぁよ、お前の姉がどこにいるのかってな、知らねえか?」
「……多分、家よ。私……姉達の家。ああ……私は、他の子より理解している方だから、言わせてもらうけど……貴女はもう、ラナエではないから、帰巣本能にでも従えば辿り着くわ。ラナエよね、貴女。ずっとずっと、楽しかった思い出として語られてきた。まさか狐だとは思わなかったけど、ええ、とっても凄い。この夢みたいな空間。今じゃなければ、もっと楽しんでみたかった」
「また来るよ。それでいいだろ」
「残念、もう寿命よ。明日にでも私は次の私になるわ。最後に話せて良かった、というべきなのかも。貴女が来ることを期待して、けれど会う事が出来ずに死んでいったエメレンシアは、沢山いるから」
「おいおい、俺が悪いってか」
「そうは言わないし、言う権利もないわ。貴女に覚えておいて欲しいのは、貴女が来てくれたらほとんどのエメレンシアは喜ぶ、ということだけ。こうしてイライラしている間でない限りね」
「そうけ。じゃあまあ、また適当に来るよ」
「ええ……それじゃあ」
「ああ」
イライラしてんのに、随分と良くしてくれたようで。
この程度はまぁ何とも思わないんだが、一応借りにしておくかね。また来る口実にするよ。
「……ゲートは、貴女にしか開かないから。ここだけは、ずっと、変わらないから」
「おう」
またな。
帰巣本能に従う。
生まれ育った山ではなく、ふらふらと、身体が帰りたくなる方へ。
俺はもうラナエじゃない、といったか。まぁ俺の自意識ある内はラナエってことで。他の奴が見たら違っても、俺は俺だからな。
ふらふら、ふらふらと歩く。
止まったのはシェルダンを取り囲む円形の谷のすぐ近く。どこに近いとかはわからない。ふらっふら来たからな。
そこに、家があった。
「ん……ここだけ土の色が違うな。つか匂いが違う。なんだ、ここ」
表札は無い。ただ、家のドアの鍵の開け方は、知っていた。ドアノブを回す……決められたパターンで、何度か。
何故んなもんを知ってるのかって、まぁ、ルシアだろうなぁ。乗っ取るつもりはないとか言っていたが、しっかり知識に巣食ってやがるのか、アイツ。
「ただいま……とは言いたくないがね」
入ってすぐの、左手の扉。
リビングだ。正面には父の書斎へ繋がる廊下があって、その奥には倉庫。右手の廊下は様々な部屋に繋がっていて、一番奥まで行くと
ええい、死んだんじゃなかったのかお前さん。
「二重人格になってる、ってわけじゃねぃのか。本当に知識が追加されただけってか。狂ってんなぁ」
自分を大事にしろよ、生命ならよ。
まぁ、その知識通りに歩く。
目指す場所は、エメレンシアの自室。隣り合った二つの部屋。"Emerentia"と"Lucia"のドアプレート。Luciaの方へ伸びそうになる手を、Emerentiaの方へ修正する。
そこに、いた。
「……無様だな、って言ってやろうか」
「酷いのねえ。功労者に対して、そんな言葉」
頭だけ。
首から下を土塊にして、未だ生体を保つエメレンシアが、そこにいた。
「なんだ、お前さん。潔く死ねばよかろうよ」
「勿論そのつもりだったわよぉ? というか、今すぐにでもそうしたいわぁ。こんなカッコ、なぁんにも出来ないし、喉は渇いてお腹は空くし。次第に崩れていく体は痛いしで……。コレ、私の意思じゃあないのよねぇ」
「ふん、なんだ、生かされてるとかでも? 誰に? お前さんを生かしたいって思う奴、いねぃだろ」
「酷いわぁ、泣いてしまいそう」
確かにエメレンシアの首には、何やら黒い光のようなものが揺らめいている。マルゴーのそれではなく、何かしらの他の能力が作用して、エメレンシアが未だ生きているというのは間違いないのだろう。問題は誰が、何の目的で、ってとこだが……。
「ま、俺には関係ねぃな。復讐だ。死んでくれ」
「……ねぇ、一つだけ。聞かせて欲しいわぁ」
「ん?」
「他の……奴隷たちとは、違う。貴女は……貴女は、この世界に生を受けて、楽しかったかしらぁ?」
「なんだ、そりゃ。馬鹿が、楽しく無けりゃあ最初におっちんでるよ。今更親し気な雰囲気出しやがって。他の奴らだって、自殺しねぇんだ。絶望しきっちゃいねぇんだろうよ。生にしがみついてる時点でな」
「そう。それなら、いいわぁ。じゃあね、ラナエちゃん。私を生かしている存在に殺されないよう、気を付けて」
「ああ。大体目星は付いてるよ」
形態変化も剣の生成も飛ぶ斬撃も失った今、狐である俺が出来る殺し、なんてのは一つだ。
──その首。白いな。未だ少女の身であろうが、もうその下は土塊だ。
そこに――噛みついた。
「ぐ、ぁ……ぅう……!」
苦悶の声。痛覚は残ってるのな。まぁそうか。ずっと苦しいって言ってたなぁ、確か。
歯を入れる。一応、肉食獣なものでね。勿論強化された生命だ、その首を叩き切る事もねじり取る事も出来るんだろうが、現状、何よりも強い力を持つのは顎だ。
だから……一息に、砕く。
噛み砕く。
「か──ァ──」
ぐりんと目を剥いて、ごとんと落ちた首。
言葉は、発されない。音だけが響く。響いて、吐き出される血さえもなく──絶命した。
これで、終わり。
母上殿に託されたものは、終わり。まるで俺に復讐されるためだけに生かされていたかのように、エメレンシアはその生を潰えた。
破滅は止まっている。だから。この頭が土塊になることはない。
ふむ。
「燃やすか」
エメレンシアは復讐対象だが、死んだ今、それを弔う事に躊躇いは無い。ついでにルシアも弔ってやるか。アドリアンの連中とか、ミグエルの王族とかも。まぁミグエルはミグエルで盛大な挙式でも行われていそうなもんだが。
原始的な火をつける装置を作ろうと思ったら、びっくらぎょうてん。森の木まで土塊じゃあねぃか。いやさすべての命とは言ってたし、なんか森の匂いがちげぇなぁと思っていたんだが……まじかぁ。
これ、獣種化した奴らは生きていけんのか? 食料ねぃだろ。まぁ数日くらいなら飲まず食わずでもいられるんだけどよ。
いやはや、幻術ってな本当にこういう事に不便だ。燃やすのも壊すのも、幻術じゃあできねぇ。死者にゃ効かねえやな、幻ぁよ。
まぁいいや、壊すか。
強化された生命の、更に強化された腕力で。
殴る。家を。ああ、それだけで、大穴が開いた。蹴って殴って、体当たりでも。
崩壊していく。簡単に、容易に。それだけだ。それだけで、それだけでいい。乱雑に、暴力で、何の感慨も無く。壊していく。壊していく。壊していく。
エメレンシアとルシアの家を、壊す。
三分と経たずに完全に倒壊した家の上に、土塊となった樹木を被せていく。土葬、になるのかねぇ、果たして。
適当な石をその上に立てて、墓碑として。
煙管を取り出し、幻の炎を付ける。
「まぁよ、エメレンシア。母上殿に死んで詫びてくれや。俺はもう忘れるからよ」
だから、これで。
復讐は完了である。
さて、土塊となった霊命樹を狐身で歩いていく。霊命樹の様相からして結果はわかりきっているが、まぁ一応な。
体重の軽い狐身は土塊を崩すことなく、しかし小さいので結構な日数がかかる。とはいえ二度強化された生命、走っていけばそれの短縮も可能と。
そうして、辿り着いた。
未だヘラジカの角みてぇに天を覆う霊命樹の枝。しかしところどころ綻びがあり、中にたまっているらしいよくわからねえ液体が漏れ出ている事がわかった。危険地帯だなぁ、こりゃ。
酸の雨やら毒の雨を抜けて、最後にアウラニを見た所へ。
大きな一本の樹。その足元に眠る少女と、取り囲む獣たち。
それらはすべて土塊となっていて。
「よぉ、アウラニ。来たぜ」
返事はない。当たり前だ。
だが、意識はあるらしいからな。
土塊の横に座る。
まぁ、今まで不老不死だったんだ。死までの時間は、楽しめるんじゃあねぇのかね。
あっちの大陸は喧騒が絶えない。恐らく獣種化した奴らは土塊の人間を全部壊して、あるいは欲しい奴だけ保存して、良い様に過ごすのだろう。今まで受けてきた抑制を、支配をかなぐり捨てて、自由を謳歌する。
こちらに渡ってくる事はなかろうさ。奴ら、体重あるからな。土塊じゃあ霊命樹も崩れ落ちる。
だからこっちは、平和だ。
「俺ぁ、結局何にもできなかったよ。約束も守れねえし、返せなった義理も多い。貸しもな。んでもまぁ、お前さんと約束したろ。お前さんが生きてたら、ここに住むって。あっちで新しくした約束もあるからずっとじゃねぃけどよ。お前さんが生きている内は、ここにいるよ。ディム婆さんもそれでいいだろ」
返事は。
「……ちぃと疲れたな。どうせもう凶暴な肉食動物もいねぇんだ、俺も寝かせてもらうかね」
「うん、おやすみ」
その、声と共に。
俺の意識は──そこで途切れた。