一応、復讐でもしますかね。   作:エメレンシア / 観察端末

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彼女の名前は


26.あっさりした焼き増し

26 / ◇

 

 

 まるで焼き増しだな、と思った。

 俺の後頭部から額までを鋭利な何かで突き刺す者。俺がエメレンシアにしたことで、俺がいつか、エメレンシアの仲間にされかけた殺害(コト)

 

「わかっただろう。幻術勝負、お前じゃあ一生かかっても俺にぁ勝てねぃよ」

「少し、用心深いにも程があるように思うよ。今って最も安心している場面じゃなかったかな」

「馬鹿が。あっちの大陸で散々天使だの悪魔だの、悪魔の世界だのと聞いてきたんだ。警戒しないわけねぃだろうがよ」

「なんだ、察しの悪い奴だとばかり思ってたけど、気付いてたんだ」

「ふん、俺がただの狐だったら気付かなかっただろうよ。お前さんはそれくらい、狸だった。なぁタヌ公」

 

 狸。狸だ。

 ここで一年間、俺と共に過ごした狸。そいつが、俺の幻術の後頭部を刺し貫いて、素知らぬ顔をしている。その鋭利なものは決して幻術などではなく、生身に刺さば軽々命を奪えるようなもの。

 殺意だ。殺す気で、殺そうとした。

 

「リラ・クスクィル。別名で呼べや、リリスだな。よう、黒幕。お前、やっぱり"破滅"を自分の手に戻したかったって理解で良いのかね」

「うん。君にあっちの戦争の事を教えたのも、ルシアに知識を授けたのも、それが理由。元々ボクの物だったんだ。すんなり返してくれると嬉しいかな」

「法則は取引のみでやり取りされるんだろ? お前、俺に何をくれるよ」

「死。君がやってきたことと同じだよ」

 

 リラの腕が変化する。形態変化……じゃあねぃな。もっと別の何かだろう。

 土塊となったアウラニやディム婆の近くで戦闘はしたくないんだがね。まだ意識があるんだろう、俺ぁアウラニを殺すほど、アイツに特別な感情はもっちゃいない。

 

「どこまでお前さんの手のひらだったね? エメレンシアは"思考存在"側なんだろう、ルシアに粉ぁかけたのは先手を取られたからか」

「エメレンシアを急かしたのも、ルシアを誑かしたのも、ボクだよ。"()()()()"は自分から声を掛ける、という事は出来ないからね。特別な能力を持った者や特別な力に流されたものだけが辿り着ける領域で、自分以外の者が現れるのを待つだけしか出来ない欠陥品。舞台装置なのに舞台に干渉できないんだ。でも、ボクは違う」

「アウラニの奴も天国側つってたな。お前さんか」

「ボクじゃないけど、契約したのは悪魔だよ。"魂の摂取"は周囲の魂を摂取する事で自らの寿命を延ばす能力だけど、不老不死になるってわけじゃないのは知ってるでしょ。君、元から"魂の摂取"を持っていたけど、成長するし傷も負うもんね。だからアウラニの不老不死は、悪魔との契約で得た霊命樹の副産物。あの子はね、今の君よりももっと幼い頃に悪魔と契約したんだ」

「天使と、だろ」

「そうだね。ボクらが天使であるということを、人々は簡単に信じたから。簡単だったみたいだよ。優しく微笑んで、貴女の名前は何か、という事を聞くだけ。特別な存在だと持て囃して特別な力を授ければ、彼女は簡単に信奉者になった。周囲の命を吸い尽くす樹木を操る不老不死の少女。争いの理由にはもってこいだよね」

「この大陸に人間がいないのは、ソレか」

「あっちの大陸に人間を集める必要があったからね。こっちの大陸の人間は死んでもらわないといけなかった。丁度良かった、ってだけの理由だよ」

 

 淡々と語るタヌ公。口調や声はタヌ公のそれだが、内容が悪辣だ。

 悪魔。"破滅"。リラ・クスクィル。

 元から、だったんだろう。なんつーか、まったく。ちぃとでも身を案じたのがあほらしいな。

 

「昔からね。"至高存在"とボクは、法則の取引を繰り返してきた。解放したり封印したり、受け取ったりあげたり。押し付けたり。その最中……まぁ昔の事なんだけど、破滅と再生を手放す取引をした。うん、あれは少し悪手だったと今では思うよ。手放した後、悪魔が発生するようになった。切っ掛けは"至高存在"が再生を手放した事。ボクが破滅を手放したことは関係なくて、アイツが再生を自身の能力由来にしないことで、アイツの息のかからない生命が生まれるようになったのが理由だった」

「悪魔の世界にゃ破滅は関係ねぃんだろう。生まれるようになったんならいいんじゃねえのか、お前的にぁ。なんで破滅の制御権を欲しがる」

「破滅にはいくつかのプロセスが存在する。生物の非生物化、非生物の自壊、更地化、世界の収束、一極化。その後再生が始まる。悪魔は生体の世界で上手く実体を保てないけど、人間自体は必要だ。契約する事こそが悪魔にとっての食べ物。魂や命、他の代償は副産物。人間との契約こそを第一として、それが無ければ一旦死んでしまう。また顕現すればいいんだけどね。それでも、記憶の持ち越しは難しくなる」

「破滅が周期的にくるものでなく、自分たちのタイミングで行う事が出来るようになれば、破滅と再生の間の飢えを凌ぐための非常食を作りやすくなるから、ってか」

「うん。破滅と再生が起こってから生物が、人間が生まれるまでの間って、かなり長いんだよ。大体500年くらいかな? 他の長寿生物と違って、悪魔の時間間隔は人間と同じくらいだからさ。暇なんだよね。暇で、飢えて、だるいし、面白くない」

「500年ぽっちで人間が生まれるのなら世話ねぇな、それくらい我慢しろい」

「6歳の狐がよく言うよ」

 

 アッチじゃ46億だのかかってんだ。500年くらいなんだ、なんて思う。つか、暇なのが嫌だから俺を殺すってか。流石は悪魔だ。話が通じそうにねぇ。

 それに、この会話アウラニも聞いてるんだよな……うーん、これ以上絶望させる前に、殺してやるべきか。だがなぁ。アウラニを殺すなら、もっと貰ったもんがねぇと……あーいや、棲み処は貰った……か? それに、まぁ話し相手ってのも貴重っちゃ貴重だが。

 

「ちなみにだけど、悪魔の生まれ方。局所的な地域に絶望が集まりに集まって凝縮された時なんかに起こる、魂の融合。それが悪魔になる。あのエメレンシアは上手く散らした方だと思うよ。正直やられたって感じはある。本来ならあの大陸に人間の魂を集中させて、絶望していく人間の魂を融わせて悪魔にするつもりだったんだけど、環状に設置された"魂の摂取"の持ち主達のせいで上手く機能しなかった。生命の融合による強化、なんてことをしていたから期待してたんだけどね。"至高存在"が入れ知恵したのか、偶然か。うんうん、残念だとは思うよ」

「何に因んだのかまるでわからんな」

「そりゃ、今の状況に、さ。君、さっきからアウラニを気にしてるだろ? そりゃ確かにボクがやろうとしていた悪魔の生誕は人間の魂を集めたものだけどさ。別に、出来るなら動物でも問題ないんだよね」

 

 二重に強化された脚力で地面を蹴って、同じく強化された腕力で一思いにアウラニと、そしてディム婆を砕く。ボロボロと崩れていく土塊。"魂の摂取"が無いので魂が宿っていたかどうかはわからない。

 ああ、しかし。

 

 遅かった。

 

「君、随分と寄り道してきただろ? ダメだよ。気になる事があったなら、真っ先に調べに来なきゃ。ボクの名前を知ってるんだ、ここにいる子達に何もしないなんて……そんなわけがない、って。わかるだろ」

 

 光が収束する。中空に、光の粒が。青や緑、黄、白。燐光。

 いつも見ていた。俺が吸ってきたもの──魂たち。それが一点に集中する。

 

「まぁ、後押しになったのは今、アウラニが絶望した事なんだけどね。自分の所業。自分の信仰。そして、何の感情も向けてくれない君。介錯してくれない君のその態度は、アウラニにとって余程ショックだったんだろう。彼女は君に恋心を抱いていたようだからね」

「んな事知ってたさ。その上で無視してんだ、馬鹿め。俺ぁダメなんだよ、情を覚えねえと、愛恋にまで辿り着けねえ。親愛にすら手に出来なかったんだぞ。愛されたからって、恋されたからって、何かを想うはずがねぃだろうよ」

「だろうね。そうだと思ったから、生かしておいたんだ。ここで絶望するのがお似合いだと思ったからさ」

 

 不老不死。そして、大陸中の人間の命を奪った化け物には、ね。

 

 そう、嗤う。

 リラ・クスクィル。リリス。紛う方なき悪魔。

 

「さぁ、新しい悪魔の誕生だ。君の名前は──アグラット。アグラットにしよう」

 

 膝を抱く赤子のような、力強く握られた拳のような。

 アグラット。マハラスの娘アグラットか。

 

 それに、幻の炎を付ける。

 

「生まれたばかりの命に火をつけるのかい、君は。この子にはなにもされていないだろう、君。されたらし返すけど、されなかったら何もしないのが君じゃあなかったのかい?」

「されただろう。アウラニの魂を奪われた。それ以外に何がある」

「君の物じゃないでしょ。それに、君が何の感情も抱いていない魂を奪って何が悪いんだい」

「俺に恋をしていたんだろう。俺に恋慕があったんだ。それは俺に向けられた感情だ。俺が貰うべき感情だ。たとえそれが届かないのだとしても、その絶望は俺にこそ向けられるべきものだ。勝手に奪うな、俺のモンだぞ」

「横暴が過ぎるなぁ。君、結局は自分の行動に理由付けをしたいだけなんじゃないかな。何の根拠もない状態で行動するのが怖いんだ」

「今更だな。んなこと、俺の今までを見ていたんならわかるだろ。何度も言うぞ、馬鹿め。俺程度を理解するのにそんなに時間をかけるな。悪魔なんだろう。上位の存在なんだろう。俺のような木っ端をわかった気になるのは、あまりにも遅いぞ。俺ぁ、一番不真面目な奴、らしいからな」

 

 幻焔だ。さらには痛覚を引き上げ、感覚を狂わせ、あらゆる苦痛を体験させる。

 リリスもまたそれらを緩和、あるいは消去する幻覚を使い始めたか。なんだ、仲間意識はあるんだな。大切なのか、そいつが。

 

「君は、なんだかんだ言っても一本の芯の通ったやつだと思っていたんだけどね。どうやらそんなこともなかったらしい。色々棚に上げて言わせてもらうよ、この外道!」

「悪魔にとって外道なら、生物にとっちゃ正道だろうよ。利己的だ。どこまでも自分が大事なんだ。生への渇望が最も強いのも俺らしいぞ。さぁ、その悪魔にだけじゃあない。お前さんにもプレゼントだ。今回ばかりは引き分けのないものと知れ」

「それじゃあ遠慮なく」

 

 頭が吹き飛ぶ。

 ……おうおう、今まで手加減してやがったな。そりゃあそうか、相手ぁ何千、下手すりゃ何万年を生きた悪魔だ。幻術をどの時点で覚えたのかは知らねえが、あっちの方が強度は上だろうよ。

 だがまぁ、問題は無い。

 何故って不死身さ、俺ぁよ。

 

 ルシアの力が、俺を生かす。

 

「幻術で頭ぁ吹き飛ばして、現実でも吹き飛ばしてるってか。用意周到だし、面倒なこって。心も体も折りに来てるワケだ。だがまぁ、ルシアに入れ知恵したのは失敗だったな。ルシアの能力を知らなかったわけじゃあねぃんだろう。なんせ、破滅の制御権を得るためにはルシアの能力は必須だ。苦渋の決断ってぇやつかい?」

「君、正気かい? ルシアは狂っていたから、脳を割られても潰されても転生できていたんだ。君は違うだろ。なんで頭を吹き飛ばされて、元に戻る。そもそも転生はそういう能力じゃないよ?」

「そりゃあ朗報。お前さんにも知らねえ事があるんだな、リラ」

「そんなの、知らない事だらけさ。"至高存在"の作り上げた意味の分からないこの世界。何のために、何の理由があって。どこぞの異世界をモデルにして、色々な要素を継ぎ足して何をしようとしているのか。ボクはあくまでこの世界で生まれたんだ。影としてね。けれど、アイツは違う。アイツは元から外にいた。元から意味の分からない存在だ。そんな奴が作った世界を全部知っている程、気持ちの悪い事はしたくない」

「飽くなき知の探究は人間の仕事だぁな。悪魔も狐も知らねえことばかりだ。それで負けるってんなら世話ねえやな」

 

 近づいて、殴る。

 強化生命の腕力だ。狸の一匹、簡単に潰せる。

 けれどそれは、毛皮にめり込む事すらせずに止まった。

 硬いとかそういうステージにねぇや。傷付けられねえのかコイツぁ。俺の拳の方が潰れたぞ。

 

「それは自惚れが過ぎる。頭を潰してダメだとは思わなかったけど、だからといって君が出来る事なんてその非力な力で殴る蹴るのと幻術くらいだろう。アグラットが可哀想だからそれを守りはするけど、ボクに攻撃したところで何にもならないよ」

「そうけ? だがよ、アグラットは苦しんでるぜ」

「──」

 

 強度は遥かにあちらさんが上。手数もあちらさんが勝るんだろう。幻術以外の手段に出られるタヌ公の方が明らかに有利だし、俺が死なない程度ではいかようにも対策手段が練られるはずだ。閉じ込めるとか、推し潰すとかな。

 それをしねえのは、あくまで殺さなければ……破滅の制御権を得なければならないから。"魂の摂取"に類するモンを持っているのだろう。本来ならば頭を潰してそれを手に入れて終わり、だったのが、頭ぁ潰しても死なねえと来た。

 どうしようかと悩み中、ってことかね。

 

 俺に出来るのは、その悩んでいる小さぇリソース分だけアグラットにかけている幻術で上回る事。俺ぁ狐だが、アイツは狸の姿を取っているだけの悪魔なんだろう。狐と狸なら幻術勝負は引き分けるだろうが、悪魔相手だってんなら話は違う。

 狐だ。狐だぜ。狐。

 こと幻に置いて、狐が負けるはずがねぇだろうよ。

 

「別に何百年かかろうとこっちは問題ないのさ。どうせ破滅は起こらない。君が無効化してしまったからね。あっちの大陸では獣種化した生命が蔓延るだろうが、こっちに渡ってくるまでにはならないだろうし、渡ってきたところで出来る事は無い。その前に君が寿命で死ぬだろう。君はもう溜め込んだ魂を"至高存在"に渡してしまったんだ、長生きは出来ない」

「こっちだってこんなくだらねえ妄想合戦に命使い果たすのは御免だぁな。そろそろケリと行こうや、こういうモンはあっさり終わらせるもんだぜ、タヌ公」

 

 だから、取り出す。

 生物の非生物化が破滅のプロセスだと言ったな。ならば元から非生物──死んでいる命なら、死なないんだろう。死んでいる命には、破滅は起こらない。

 

 それをリラに──リリスに刺す。決定打がないと油断していた、こちらからの攻撃が一切効かないと思い込んでいたのだろう悪魔に。

 狸の、心臓に。場所ァ知ってるよ、俺も。狐は狐でも、一年を共に過ごした狐だぜ。狸の体構造くらいぁ知ってる。

 

「うん。だと思ったよ」

「そう思ってるだろうって、思ってたよ」

 

 掴まれた。

 その、背後。背中。

 

 後ろから、心臓を突き刺す。

 

「何度も言うがね。焼き増しだよ。ずっとな」

 

 狐なんだ。化かしもするさ。

 じゃあ、貰うぜタヌ公。お前さんの命。悪魔に奪われたんだ。悪魔から奪い返すのが、筋ってことで。

 

 

 

 

 あーあ、と。

 独り言ちた。生体の世界では響かない声で、ぽつり。

 生まれようとしていた悪魔が消えていく。悪魔とて一つの魂を持った命だ。"魂の規模"の幅たる感情が潰えてしまえば、つまり狂って無くなってしまえば、肉体は保てなくなる。アレはもうダメねー、なんて他人事のように呟いた。アレはもう、悪魔としては産まれられない。一旦世界に還してまた今度。残念。

 

 そして眼下。

 狐に心臓を一突きにされる狸という光景を視界に収めて、更に溜息。突き刺しているものは霊命樹の枝か。土塊にならなかった、つまり最初から死んでいた枝。破滅が起こった時にあっちの大陸にあったから、生きている判定にならなかったのだろう。こっちの大陸と枝が繋がっていたファイスの霊命樹はしっかり土塊になったのに、往生際の悪い事だと思う。

 確かにこの世にある物質で、最硬だ。アレは。だから少し強化しただけの狸の毛皮なんて簡単に貫けるだろう。

 

 もふもふしてて、見た目も可愛らしい良い身体だったのになぁ、なんて。また溜息を吐いた。

 

 魂を失えば悪魔とて死ぬ。

 だが、肉体を失ったところで悪魔は死なない。そもそもが仮初だ。生体の世界で生きるにあたって用意しなければいけない肉の塊。他の悪魔ではまだ実体すら保つことが出来ないくらい、私達はこの世界に嫌われている。

 また新しい契約者と肉体探しをしなければならない。でもほとんどの命が破滅で死んでいる。いるのはなんだか面白味のない獣種とやらだけ。

 

「うーん、まぁ本来の目的は終えたわけだし。ふふ、あぁ、可愛い子。ラナエ。ううん、ファムファタール。次に会う時は、貴女はもう私の手先。貴女は気付かないだろうし、知らないだろうけど……」

 

 さぁ、次は面白味の無い生命で遊びましょう。面白味がないのなら、私が面白く仕立てあげるべきよね。楽しみだわ。出来るだけ絶やさないように、少しずつ増やしていきましょう。未来が続いていくために、ね?

 

「精々頑張って生きて。私は貴女達を愛しているから!」

 

 

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