一応、復讐でもしますかね。 作:エメレンシア / 観察端末
残酷な描写アリ。
ガーリィとファイスの中間にある都市、リヴィナス。
日本の都会に成りきれない中途半端に開発した町、という感じの様相で、コンクリートの建物がそこそこにある。相も変わらず人間ばかり。亜人やら獣やらは基本地下にいるのがデフォって事かね。基本デフォって頭が頭痛で痛いな。
「それで、お金は持ってるの?」
「持ってると思うか」
「全く」
「じゃあ聞くなよ。無銭飲食で行こうぜ、気楽にさ」
獣に金銭なんて求めるなって話。
腹ごしらえを済ませた辺りで、少し気になる話を小耳にはさんだ。レストランの客が話していた内容だ。なんでも今夜、表では言えないようなオークションがこの都市のどっかのビルで行われるらしい。んなこと往来で話してんじゃねーよ、とか思わないでもない。まぁ二重の意味でご馳走様だけど。
「ビルってどれだと思う?」
「高いのが三つ、低いのが二つ」
「悪い奴って基本高い所行くよな」
「自分が悪いって自覚、あるのかな」
アルジナと共に都市の地図を見る。ビルらしいビルはこの五つくらいで、他はほとんど住宅街だ。と言っても二階建ての豆腐はいくらでもあるから、それもビルだと言われたらお手上げ侍。
今夜という時間指定がある以上、決めつけて張り込むしかないわけで。こっちは二人いると言っても通信手段なんかがあるわけじゃあない。況してや子供が二人。色々と面倒もあろう。
「じゃあ、こうしようよ。私のリード、持ってもらって」
「ビルの前うろうろしてりゃ案内されるか?」
「お金持ちの子供っぽい格好になってよ。出来るでしょ、狐さん」
「腹は?」
「出てた方がイイネ!」
さいで。
路地に入って、どろんと一化け。通常の童女とは打って変わって、ぶくりぶくりと太った、にやけ顔の気持ちが悪い少年が一人。もっともこれは形態変化ではなく、見た目だけの幻覚だ。まぁ見た目だけで十分だろう。触れる事さえ躊躇うアブラギッシュはそれだけで防御だ。
「うわ……」
「美味そうか?」
「不味そう」
「だろうな。そう作ったし」
引き千切られたままの鎖じゃあなんとも格好がつかないので、その辺の雑貨屋でパクったリード紐をアルジナの首輪につける。俺がリードを引けば、奴隷を自慢するボンクラ息子の完成だ。
化ける事の出来ないアルジナを引いて市街を行く。俺が子供という点に注目は引いているようだが、奴隷を連れて歩いている事には大したリアクションがない事を見るに、奴隷文化は常識として根付いているのが伺える。全部燃やしていいんじゃないか、ここ。
一つ目のビルは、低い奴。残念ハズレ。市民の憩いの広場だとさ。そんなところで表では言えないようなオークションをするはずもねぇやな。
二つ目のビルは、高い奴。これもハズレ。見た感じオフィスの詰まった普通のビル。私服通勤いいねぇ、楽で。それなりの文化水準と称したが、ここが田舎なだけで首都の方は普通に近代都市かね。ファンタジーとはなんだったのか。誰もファンタジーなんて言ってねぇなぁ。
「おや、参加者の方ですか?」
「さぁ?」
「ええ、はい。時刻は陽が落ちてからとなります」
「そういうことにしておいてやる」
三つ目のビルの前ですれ違った優男との会話。アタリだ。現時刻昼にやってるのは、どっかの誰かの個展。別に交わす言葉なんて何でもいいのだ。こっちから発する言葉は否定でも肯定でも関係ない。双方に理解があるのなら、必要な言葉以外はなくて良い。
ビル前を離れ、先ほどの憩いの広場に入る。真昼間だ。子供含め、人間はいない。
「手慣れてるね」
「ビギナーズラックだな。何事も初めての奴が一番上手いもんだ」
「本当にご主人様になってくれたりしない?」
「なってもいいが、秒で売るぞ」
「それは困るかなー」
ベンチに腰を掛けて、煙管を噛む。中身が何にも入ってないからな。噛んでるだけだ。
なんでもない時間を過ごすのにこれほど優れた器具もなかろう。いや、あるな。いくらでも。いくらでもある中で手元にあるのがこれだけなら、これが今最も優れているものになるのだろうが。
「元人間、と言ったか」
「うん?」
「エメレンシアの手によって、人間から狼人間に変えられた、っていうのは、具体的には何をされるんだ。脳でも入れ替えられるのか?」
「具体的な手段は知らなーい。眠らされて起きたら、この身体。縛られて目隠しされて、気付いたら売られてた。周りにもいっぱいいたよ、同じ境遇の人。ラナエは?」
「俺は狐だよ。元から」
どうにも、亜人種というのはこの形式が多いらしい。ここ最近出てきた珍しいモノ、という扱い。知性を持つ獣。獣の特徴を持つ人間。元人間が、人間ベースの姿を取ったか、獣ベースの姿を取ったかの違い。元から亜人種として生まれた者はいないのか、公言してないだけか。あるいは意志を持つことも発現さえも許されず、飼い殺されているかのどれかだな。
母上殿は珍しいパターンだったのかもしれない。父親が何者かはわからないが、まぁ、その辺はどうでもいいか。
「今と昔、どっちがいい?」
「今」
「へぇ、なんで?」
「お肉が美味しいから」
そりゃあ結構なことで。
「俺はまぁ、そんなに熱量は無いんだけど、とりあえず復讐ってヤツをやろうと思ってるんだ。エメレンシアにな。母親が殺されて、妹弟たちが捕まってる。別に取り返したいとかは無いんだけどよ、まぁ、殺されたんだから、殺し返しておくのが筋だろ?」
「凄い筋だね」
「怒りとか憎しみとか、そういうデッカイもんは背負ってないんだけどさ。まぁそんな感じで、そういう目的があるから、俺はエメレンシアを地の果てまで追いかけて殺すけど、それについてくる気はあんの?」
「いや全然。今ちょっと引いちゃった。私は美味しいお肉が食べたいだけなので、おこぼれが貰えたらそれでいいかなって」
「人間、食うのか」
「もう食べたよ」
なるほど、お肉が美味しいから、ね。
結構結構。
「そいじゃま、陽も落ちたし。行きますか」
「パーティだね?」
「気楽に行こうぜ、軽快にさ」
覚悟とか、そういうものはなく。
獣らしく本能で行けばいいさ。
──"本日の目玉商品は、12歳のフェレスです!"
檻。中に入れられているのは、衣服の一切を剥ぎ取られ、手枷足枷を付けられた猫耳の少女。その目に光は無く、俯いたまま動かない。周囲観客は皆人間。幾人かは俺の様に奴隷を連れている。こいつらはアレが元人間だってのはわかってんのかね。わかってようがわかってなかろうが、こんなところに来る時点で同じか。
ざっと見渡した限りでは山を襲った密猟者はいない。エメレンシアも。無駄足かね。
「助けないの?」
「助ける義理がない」
「お腹空いちゃった」
「いいぞ、別に。誰も止めてない」
「手伝ってよ、ご主人様」
「秒で売っていいのか?」
「売られるまでは所有物だよ」
そりゃあそうだ。
んで、所有物の手綱を握るのが持ち主ってもんかね。餌やりくらいはしてやろう。
パチン、と指を鳴らす。エメレンシアのアレ、結構気に入ってるんだな、これが。
競り上げの声によって全体には届かなかっただろうそれは、しかし周囲の数人の目を引くことには成功した。十分だ。
その人間の顔に、炎を投げつける。無論幻覚。多少の痛みはあるけどな。幻痛ってやつだ。
ギャッという短い悲鳴と共にソイツが倒れりゃ、ソイツの周囲の人間が異常に気付く。あとは連鎖だ。こっちを見た奴を片っ端に幻覚に嵌めていけば、大混乱の出来上がり。
それを後目に、アルジナがその大口で以て参加客に噛みついているのが見て取れた。
混乱は、けれど大した痛みではない……本当に燃えているわけではない、というのが段々とバレ始める。強くひっかかれ続けている程度の痛みだ。我慢の仕様もあろう。
そうなれば、次に考えるのは異常の発生原因。つまりは最後に見た俺へと辿り着く。
太ったお坊ちゃん。は、もういない。狐耳の童女もいない。
いるのは、血の滴る口を隠そうともしない大狼だけだ。
さて、これも幻だと高を括る。先ほどのものがそうであったのだから、幻であるはずだと確信し──とびかかってくるそれを、腕で払わんとするのだ。
まさか噛み千切られて上肢を失くすなどとは露ほども考えちゃいないのだろう。失った後数秒さえも、何が起きたのかわからずに笑みを浮かべていたくらいなのだから。
その笑みが悲痛な呻きに変わった瞬間、本当の大混乱が訪れる。
俺がやったのは単純、アルジナにその体を大きく魅せる幻覚を纏わせただけ。かくして始まるは血の宴。巨体は刃も拳も通り抜け、けれどその大口の噛みつきだけは、傷を、欠損を伴って結果を齎す。出口に殺到する参加客も立ち向かうSPも無差別に襲い立てるその様子、まさに化け物かね。
「よいしょ、と」
そんな阿鼻叫喚をバックに、壇上へ上がる。司会者は姿を消していて、今ここにいるのは檻の中の少女だけ。
「よぉ、お前も元人間か」
「……」
「助ける義理は無いんだがよ、義理を生んでくれりゃ、助けてやらんことも無い。お前は俺に何をくれる?」
口が利けるかどうかは知らん。話せなかったらそれまでだ。
一瞬、無言。静寂。もとい後ろでは阿鼻叫喚が流れているのだが、BGMとして流してくれりゃあいい。
猫娘が口を開く。
「……私にはもう、何も残されていませんわ」
「じゃあ、無理か」
「ええ。地位も、友人も。すべて奪われてしまいましたから」
「元貴族サマかい」
「王族様、でしたわ。ふふ、信じられないでしょうけど」
「十分だ。ちぃと屈んでな」
檻に触れる。なんだ、ただの鉄か。
形態変化はグラインダーだ。プラズマカッターは出来るかどうかわからんのが怖いのと、何より中身を傷つけかねん。何にでもなれるっつーのは便利だな。つくづく。知識量がリアリティと硬度を決めるようだが、なんだ、現代っ子だ。知識と無造作に増やされた経験だけが過剰にあるのが現代っ子ってぇものだ。
知ってりゃ、使える。銃だって撃てるんだ。
鉄を斬るくらい、なんてこたぁねえやな。
「目ぇ瞑っときなよ、お姫さん」
眩しいし、多少熱いぜ、必要経費だろう?
檻なんてものは格子の一本でも切断すれば無理矢理出られるもんだ。猫のお姫さんを救出し、腹がいっぱいになったらしいアルジナに一応声を掛けて、ビルを出る。エメレンシアはいなかったが、まぁ、密漁に関わる人間は全員復讐対象ってことで。
「それで、血まみれの狼さんや。お前は俺の奴隷って事でいいわけ?」
「契約してないしなー」
「だろうと思ったよ。ま、俺としてもそれなりの収穫はあったし、いいさ」
「さっきなんか吸ってたよね。何、あれ」
「俺にとっての食事みたいなもんだ。気にしなくてもいい」
煙管を咥えて、一服。中身はまぁ、美味しいもんだ。
「そいじゃあ姫さん。アンタ、どこの王族なワケ? 道案内出来る?」
「はい。出来ますわ」
「そりゃあ重畳。その国へ行こうか」
「ファイスは良いの?」
「まだ良いってだけで、その内行くさ。いつまでも復讐を抱えてる程物好きじゃあないんでね」
ただ、今じゃないってだけ。
だって、王族だぜ? 如何様にも使えるだろ。人質にも、権力にもな。
「お姫さん、名前は?」
「メリンダと」
「国名は?」
「ミグエルと」
「いいね、素直だ。俺はラナエ。これからよろしく頼むわ」
「ご主人様ですから、素直にもなりますわ」
「買った覚えはないけど?」
「檻から出してくれましたもの」
「雛鳥かよ」
「やっぱ私も契約したい! ご主人様になってー! 養ってー」
養う金もありゃあせんからなぁ。
「それじゃあ、ミグエルへ行こうか。急がずに、適当にな」
「おー」
まぁ、気負わずにね。
イオピクスの少女が各地で事件を起こしている、という噂は、現在療養真っ最中なエメレンシアの耳にも届いていた。心臓に大きく空いた穴は未だ閉じていない。痛みを発するそれを服の上から抑えながら、エメレンシアは溜息を吐いた。
「貴女達のお姉さん、やりたい放題ねえ」
部屋を分けて、格子の向こう。
不機嫌な顔を隠そうともしない狐耳の少女が二人。
彼女らもまたイオピクス。けれど、自らが行った"獣種化"と違い──初めから、イオピクスとして生まれてきた稀有な事例。他種族では子を成せない現状の研究結果を越えて、イオピクスと人の間に生まれた研究材料。
「このまま人間を全部殺し尽くしてしまったりして」
「人間なんか、全部死んじゃってもいい」
「イオピクスにとってはそうでしょうけど、人間は困るのよ、人間が全滅したら」
「……本当に、ラナエがやってる?」
「恐らくね。とある町で行われたオークションで、参加者の半数以上をかみ殺したそうよ。一部の商品も奪って逃走中。強力な幻術と巨大化を用いる災厄認定で、軍が動くみたい」
報告書をぺらぺらとやりながら、エメレンシアは考える。
正直、あの検体は欲しい。幻術と形態変化。どちらか片方だけでもレアなのに、両方を持った天然のイオピクスなどこの先現れるかどうか。売値もさることながら、エメレンシアの目的たる研究のために必ず必要になるだろうその素体。
軍に手渡したところで中から引っ張っても来れるだろうが、傷がつくだろう。出来得る事なら傷つけずに確保したい所。
「見捨てても問題ないはずの奴隷を救出する程度の情はあるってことよね。つくとしたら、その辺りか」
二人の少女を見る。
売りに出した少年を思い返す。
「ねぇ、お姉さんに会いたい?」
「全然」
「全く」
「嫌われているのねぇ」
ぺらりと、エメレンシアは報告書を一枚捲って、笑みを浮かべた。