一応、復讐でもしますかね。 作:エメレンシア / 観察端末
価値観と損得勘定、みたいな話。
狐であれば、人の姿を取る事も、狐の姿を取る事も出来る。これは変化先の固定された形態変化とでも言うべきもので、ベースは狐であるというのがミソ。つまり、人でいるより狐でいたほうが楽なのだ。どっちも自分であることに変わりはないのだが。
よって、道中。メリンダの肩の上に乗って楽をしよう、と思うのに、そう時間はかからなかった。メリンダも特に疲労を覚えていないようでヨシ。懸念があるとすればたまに美味しそうなものを見る目でこちらを見るアルジナくらいだが、まぁ、いざとなれば鉄にでも変わろうさ。
ミグエルまでの道のりはそれなりにあるそうなのだが、亜人種の体力が人間の頃よりも多いせいか、あまり疲労は覚えないのだそうな。確かに俺もこの世に生を受けてから、腹が減ったと感じる事はあれど、疲れたと感じた事は無いように思う。俺は人間から成った亜人種ではないのだけど、獣というものそのものが、地球産とは比べ物にならない程の持久力を有しているのやもしれない。
そうなってくると人間と獣を融合させる、ってぇのはそこまで悪いことじゃあないんじゃないかと思えてくる。無論奴隷として、商品として売り出すのは単純な金儲けだろうが、そうやって有象無象を売った資金でなんか別の事をやろうとしている、というように思えるのだ。
「メリンダは、エメレンシアについて何か知識があるか」
「5年程前から各国の王族や政治家たちと取引を始めた有名な奴隷商人、と」
「そんな新規事業なのか。ふぅん」
「それと、どこからともなく現れる……ゲートのようなものを扱うと」
ゲートのような、ね。ゲートっていう常識的なものが存在していて、それを扱うことまで知られてるのか。この世界の魔法だのスキルだのの文化、もう少し詳しく知りたい所だな。
んで、5年前。おいおい俺が生まれた年だぜ、びっくりだな。俺が長女だから、多少の前後をするにせよ、母上殿が何かしらから逃げたか、成ったか、ってぇ推論で大体想像がつく。ははーん、って感じだわ。
「ミグエルの王族たちは、メリンダの事を探してんのかね」
「……そうであってほしい、ですわ」
「案外売り飛ばしたのが家族だったりしてー」
「……」
まぁ王族相手に取引してて、王族の娘誘拐するなんてリスクを自分から背負うわけはねぇよなぁ、とは思う。筋を見るなら、王族側からの取引材料として売り渡されたのがメリンダ、と考えるのが普通だ。んー、そうなると人質ってぇよりは、弱みとしての方がでかいかね。不祥事だろうよ、娘を売り飛ばすなんざ。
……いやまぁ、母上殿のように、よくわからん愛情とやらで一心に探している可能性も無きにしも非ずだ。決めつけは早いな。
「そういや、お前はどうなんだ、アルジナ」
「家族は多分死んでるんじゃないかなぁ。私ってば戦争孤児なのです」
「ふぅん、そりゃあ大変だな」
「もう体も違うから、生きてても関係ないけどね」
「そいつぁ重畳」
「顔も覚えてないから良いのだー」
あるいは。
人間側の身体がどうなっているかわからない以上、もしかしたら、も考えておくべきか。
「この山を越えると、谷がありますの。そこにデイルという村が架かっていますから、そこで食事をとりましょう」
「架かってる?」
「ええ。崖と崖の間に、橋のようにして」
「騒ぎを起こせば真っ逆さまかね」
「起こすつもりなんですの?」
「無銭飲食はするつもりだぁなぁ」
つまり、バレずにやれって事。
「私の口座が潰されていないのであれば、そこからお金を引き出す事も可能ですわよ?」
……口座て。
久しぶりにまともな食事をとった、といえば良いか。
デイルに入ってすぐ、銀行に行った。橋の村とかいうから全部が木造なのかと思っていたけど、普通に石造り。ところどころに金属や木材があって、装飾もばっちり。機能美だけの村ではなく、普通に、人の過ごしている場所だった。
んで銀行よ。ATMとまでは行かずとも、よくわからん大きな機械が置いてあって、メリンダがそこから、なんでもない当たり前の事かの様にお金を引き出してきたもんだから、俺はもうファンタジーとはなんなんだと言いたくなったね。
つーか誘拐されている、最悪死んでいる扱いだろうお姫さんが存在証明しちまっていいのかどうか。後なんで王族に口座があるんだよ、とか。いやあるか。地球でも王族が口座持ってるなんざ普通だったし。いやはや、日本人に王族なんてぇのは馴染み浅いんだぁが。
それで、そのお金を元に、レストランへ。
童女3人。まぁメリンダは12歳と俺達より年上であるのだが*1,
少女であることには変わりない。俺の幻術で耳やら尻尾やらを隠しているとはいえ、そんな子供が三人で、しかも余所者がレストランへ、ってぇのはまぁ、怪しまれる。怪しい事この上ない。
はずなんだが、一瞬戸惑いを見せたレストランの従業員も、直後には普通の対応になっていた。プロ意識か、あるいは。
「指名手配ってのは、どのくらい広まるもんかね」
「端末持ってるなら一瞬じゃないかなー。高いけど、こういうお店には一個くらいありそう」
「不味い、という事ですの?」
「料理は美味いけどなぁ」
スプーンのような形状の食器類で食べる、パスタらしいもの。食べたことの無い味だが美味い。美味けりゃ何でもいい。
「料理に毒を仕込むような行為をしてこなかったのは得点高いな」
「でも、どうしますの?」
「仕掛けてこない限りはスルーで。密猟者やオークションの参加者と違って、このレストランは普通っぽいし」
「私もお腹いっぱいで満足なのです」
そいじゃ、お会計と行こうか。
何もしないで欲しいわな。二度目のご馳走様は流石に、胃がもたれる。
その願い儚く、である。
「ルプスのアルジナ。イオピクスのラナエ。フェレスのメリンダ。貴様らで間違いないな」
「なるほろ、通報ね。賢い手段だ。可哀相に」
「お腹いっぱいだから、噛み殺すだけでいいかな」
「無益な殺生だな。降りかかる火の粉なら、仕方ない」
会計を済ませ、レストランを出た瞬間に包囲された。あの密猟者と違って、同じ紋章を付けた防刃ベストっぽいものを着込んだ数十人の人間。手には剣や槍のほかに、銃持ちが幾人か。弓もいるのか。どういうこっちゃねん。
「我らとて幼き少女を傷つける事はしたくない。無抵抗で投降してほしい」
「そのまま奴隷になれってか。流石は人間サマだ、密猟者と軍人が同列たぁ驚いた」
「何を勘違いしているのかはわからないが、奴隷にはならん。法の下、裁かれるだけだ」
「俺達が捕らえられた後、何らかの取引の末、エメレンシアに引き渡される未来しか見えないな」
ゆっくり屈んで、地面に手をつく。
どうせ俺が幻術を使うってのは知られているんだろう。ならまぁ、知られたところで対処できないもんを使った方が効果的だ。防げるもんはもう、威嚇にもならん。
「アルジナ、メリンダと一緒に先に行ってな。邪魔してくる奴は軍人でも市民でも殺していいぜ」
「りょーかいー」
地についた手を──強く、ぺた、と押し付ける。
瞬間、石造の橋に罅が広がった。
「焦るな! 幻術だ!」
一瞬どよめく兵士たちを立て直す言葉。
しかし悲しいかな、響く地鳴りが──足元を揺らす轟きが、幻術なんかではないことを知らせてくれる。
手を出されなければ何もしないと言っただろう。
通報されたらそりゃあ、仕返しに全壊くらいはするさ。
パイルバンカーってぇ奴だ。架空の兵器だがね、架空の銃が撃てるんなら、こっちだって出来る。
ははは、知ってるってのは素晴らしいな! 考え付くまでじゃなく、結果まで知ってるからこそ形態変化もしやすいってもんだ。曖昧にしか知らないものになろうとすると肉が弾けるってぇのは最近知った事だがね。
「く──市民の避難を急げ!」
「間に合わせるかよ。連帯責任だぜ、人間サマよ」
だってこれ、復讐なんだぜ?
何の関係もない飛んでいるだけのドラゴンは見逃そうが、通報してきた市民は巻き添えに決まってるだろ。止めなかっただけで同罪さぁな。
橋が、村が、落ちる──。
「いやはや、驚いたぜ軍人君。咄嗟に抱き留めてくるとは俺も予想外予想外。馬鹿だな、こちとら獣だぜ? この程度で怪我はしないっつの」
「……それでも、裁かれるべき命を目の前で死なせるのは、私の矜持に関わる」
崩落に合わせていい感じに逃げようとしたら、軍人君が俺を抱きしめてくれちゃって、そのまま谷底に落ちる結果となった。元からする予定の無かった怪我をしなかったのは軍人君のおかげだ。おかげさまで、登る労力を消費するハメになった。どうしてくれるんだ。
そんな軍人君は満身創痍だ。いやまぁ周囲の軍人市民が死屍累々なところで満身創痍で済んでいるのは凄い事だと思う。それも子供一人を抱え守りつつ、だ。鑑だね、そりゃあ。
「……なぁ、よ」
「なんだ」
なるほど、と。
まぁ、今までが酷すぎたってのはあるんだろう。密猟者と人攫い、奴隷のオークションの参加者。有象無象の市民はともかくとして、どうも、人間がイコールで悪性と結ばれるような奴らに出会い過ぎた。
コイツは善性だな。それは確信した。
「助けてやるよ。命。だから、義理をくれ。お前は俺に何をくれる?」
「……裁き、を」
「そりゃお前がくれるもんじゃあねえだろ。お前がくれるもんを言えよ」
幻術を使う。
幻術とは何も、視覚を狂わせるためだけのものではない。幻覚──触覚や痛覚まで、惑わせられる。治療をする前の麻酔として、軍人君の怪我から痛みを取り除いた。
「これは」
「なぁ、くれるもん、なんか持ってるだろう。ここで命を繋いで、全快してから俺を捕まえにくりゃあいい。今ここで、俺に助けられるための対価を寄越せ」
軍人君は。
今までの硬い顔を崩して、少しだけ笑う。
「残念だが、私は私物を持ち歩かない主義でな。……貴様にやるものなど、何もない。そも、命の対価になるようなものなど……私には」
「飴玉の一つもねぇってのか。家族の写真とか、そういうの、持ってるだろ」
「そこまでして私を助けたい理由はなんだ。お前は、私に何を求めている」
「馬鹿だな。さっきから言ってるだろ。義理を寄越せってんだ。求めてるもんはそれだけだよ」
少なくとも、という話だ。
俺は、俺の命を優先してくれる存在を無下にはしない。俺の命を優先し、守ってくれた母上殿から託されたものも、今目の前で死なんとしている軍人殿の命も、俺の命の次に大事なものと言えるだろう。
ただ無償では動かないというだけの話。だから、義理を寄越せと言う。助ける理由をくれりゃあ、俺は動こう。それだけの損得勘定だ。
「……父上に、頂いた──公務用のペンがある。ある意味で、唯一の私物だ」
「じゃあそれでいい。それを貰うから──ちぃと、寝てろ。治してやる」
隠していた尻尾の幻術を解く。
ズルリ、と。
それは空間の端から、まるで岩肌からその身を出す靭のように、長く、太く──踊るような尾が姿を現した。
ソレで、軍人君を包み込む。
「名前を聞いておこうか、軍人君」
「……コールだ」
「俺はラナエだ。よろしくな」
尾から燐光が染み出す。
それは浸るようにして包まれたコールに沁み込んでいく。耐えられないと言った様子で意識を落とすコールの身体は、満身創痍の状態から見る間もなく健康なソレへと戻っていく。
「本望だろうよ。尊き市民の命で、軍人の命が繋がったんだ。素晴らしい事さ」
煙管を取り出して、一服。
谷底に落ちて死んだ彼らから燐光を吸い出して、ふぅと息を吐いた。
また少し、尾が伸びる。
そいじゃま、またな、ってことで。
鳥になって崖を上がれば、谷を覗き込んでいたアルジナとメリンダと合流する事も早かった。しかし鳥というのは疲れるね。やっぱり狐が一番。
もらった羽ペンはメリンダに持ってもらっている。狐の身体にゃ大きいんだわ。
「これからは後先考えて行動する事、ですわ」
「いや、落ちる予定はなかったんだって」
「私達も巻き込まれかけましたのよ?」
「狼と猫なら大丈夫かと思うだろ」
「大丈夫だったからいいじゃん別にー」
メリンダの肩の上で、メリンダに怒られる。腑に落ちん。俺が谷に落ちたのは俺のせいじゃないんだがなぁ。
「それより、私はそろそろ水浴びがしたいですわ」
「その辺の川ですればいいだろ」
「……そういえば、少し道は逸れますが、近くに温泉街がありましたわね」
「少しってどのくらい少し?」
「地図で手のひらいっぱいくらいの距離ですわ」
「結構じゃねーか」
拡縮の問題もあろうが、感覚的にこの地図は1㎝が1㎞くらいのヤツだ。つまり、結構ってこと。
「アルジナの腹持ちにもよるが」
「今はいっぱいだから大丈夫!」
「そうけ」
……いや、なんで俺の行動基準がアルジナの空腹具合になってるんだ。
ああまた流されてる。あんま好きじゃねえんだがなぁ流されるの。メリンダも従順素直かと思えが、そこそこに我が強いようで。
いいか、まぁ。
旅は道連れ世は情けらしいからな。情けはさっきかけたから、そう言う事にしておこう。
「もちろん最終決定はご主人様にありますのよ」
「いいよ、それで。俺も風呂ってぇのは入ってみたい。入ったことないからな」
形態変化でどうにでもなるからな、汚れなんて。
「決まりですわね。ああ、そうそう。温泉街は、アドリアンといいますのよ」
目的地をミグエルから、アドリアンに変えて。
一行は進む。