一応、復讐でもしますかね。   作:エメレンシア / 観察端末

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フリームルージュ。

色気の無い温泉。


5.あっさりした救いの手

 さて、狐率いる復讐者ご一行。遠路はるばるアドリアンへと向かう道中で、その行く先、温泉街の上の方に黒い煙が上がっているのを発見する事になる。

 有り体に言えば、火の手が上がっていた。

 

「行くの、やめるか」

「温泉は火事では消えませんのよ?」

「街が燃えてる中で湯船に浸かる気かよ、豪勢だな」

 

 だがまぁ、引き返すのも面白くはない。しかしまぁ、火事に縁のある一生なことで。狐火ってあぁそういうこと?

 

「罪を擦り付けられる未来が見えるな」

「問題ありますの?」

「復讐対象が増えるくらいか。大した事じゃあないな」

 

 じゃあ、行こうか。

 

 飛んで火中に夏の栗かねぇ。

 

 

5 / ◇

 

 

 残念ながら、という言葉がもっともしっくりくるだろう。

 温泉街とはいえ、規模的には村、あるいは集落程の広さしかないのが不幸だった。短時間なのか長時間燃えていたのかは定かではないが、いやはや、全焼も全焼である。今だ火の手は収まらないようで、駆けまわる人間たちが遠くに見える。当然、ようこそと書かれたアーチの下に佇む俺達に気を掛ける奴ぁいない。

 

 木造建築が多かったのか、倒壊した建物がちらりほらり。ぱっと見温泉が見えない辺り、この残骸瓦礫の下敷きになってんじゃねえかなぁとは俺の推理さん。

 

「……子供が、いませんわね」

「ん? ……あぁ、確かに。避難したんじゃね?」

「避難する場所など、どこにありますの?」

「そりゃお前」

 

 ふむ。

 

「無いな。これは、まぁ、そう言う事か?」

「人が焼けた匂いはしないから、焼死した人はいないみたいねー」

「それもおかしな話だな。いるだろ、一人くらい。けが人さえもいないってか?」

「最初から誰もいなかったところを燃やした、とか」

「ふぅん? なら」

 

 メリンダの肩から降りて、どろんとヒトガタになる。

 そのまま指を指すのは、先ほど駆けていった人間の大人達。

 

「アレ、誰だと思う?」

「食べてもいい人?」

 

 気が早いって。

 

 

 

 

「ようこそ、とは……言えない状況だ。遠い所から来たのだろう、けれど、申し訳ないね。宿の一つも残っていない。湯も、とても客人を入れるには……」

「何があったのかだけ聞いていいですの?」

「……盗賊団の襲撃だよ。奪うだけ奪って、最後には火をつけて。この街にはもう、何も残っていない」

「奪われたのは、子供も?」

「ああ、気付くか。そうだろうね。そう……女子供、金銭、食料。これでは立て直しも利かない。もう……どうしようもないんだ」

 

 そう言って塞ぎ込むハゲの爺さんに、内心一息を吐く。ほら、善人もいるじゃねえか。こういう奴を無念のまま殺させるのは余りに寝ざめが悪い。ただまぁ、爺さんには悪いんだが。

 

「内通者、いるだろ。盗賊団を引き込んだ奴」

「手際が良過ぎ、ですわね。盗賊団というより軍隊のようですわ」

「戦争屋の補給みたい」

 

 ただまぁ、それだと子供まで連れて行った意味がわからんな。邪魔にしかならんだろうに。エメレンシアの様に奴隷として売るため? いやいや、そういうのはもう少しこっそりやるもんだろ。大々的すぎる。……そういやガーリィの人間たちが倒れてたの、結局なんだったんだろうな。もしや、こうやって大々的にやるのが通常なのか? そうだとしたらコール君含む軍とやらの能力欠如が激しすぎる。機能してないじゃんか。

 

「なぁ爺さん。今日一日、泊まれる場所はねぇかな。そんなにちゃんとした所じゃなくていいよ、屋根がありゃあいい」

「あるにはあるが……先も言った通り、客を泊めるような場所では」

「いいのさ、質は問うてないよ。泊めてくれたって義理さえありゃあ、なんとかして俺達が奪われたモンを取り返してきてやるよ。な、良いだろ」

「……いや、君たちのような子供にそんなことを頼むわけにはいかないよ。僕からは、何も上げられない。君たちは、何も見なかった事にして、ここを立ち去るんだ。ああ、でも道中には気を付けて。盗賊団がいるかもしれない」

 

 おいおい、立て直しが利かなくて絶望してたんじゃないのかよ。他人の事なんか気遣うんじゃあねぇ。馬鹿だな、自分の手持ちに何もねえんなら、適度に頼れよ。

 嫌だね、これだから善性の奴は。どうにかして助けたくなる。俺の事を、俺達の命を気遣ったな? もうダメだぜ、逃げられねえ。その時点でもう、俺は爺さんに親身になってやれる。

 

「じゃあよ、これならどうだ。コールって軍人から貰ったんだ。証明にならねぇか、少なくとも軍人との繋がりのある子供だぜ」

「関係ないよ。君たちにどれほどの繋がりがあろうと、君たちが子供である事には変わりがない」

「んー、そうだな。じゃあよ、とりあえず腹が減ってんだ。別にアンタが作ってくれなくてもいい、このあたりで採れる果実とかあれば、教えて欲しい。ほれ、腹が減ってる幼子は見過ごせねえだろ」

「……」

「だんまりだとほら、俺達が餓死するぜ。見殺すのか、子供を」

 

 爺さんは、悔しそうな顔をした。良い奴だな。そのままでいてくれ。

 

「……そこまで言うなら……あぁ、今から、出来得る限りの食料を集めてくるよ。夜までに温泉の掃除も行おう。君たちのために、尽くす」

 

 だから。

 その目で、縋る。

 

「最高だな、爺さん。それでいいんだぜ。ありがとう、対価は必ず支払うよ。連帯責任だ。内通者がどれほどいるのかは知らんが、少なくともそうでない奴らは、女子供含めて街の住民は、みんな助けてやる」

「ラナエ、お礼とか言えたんだ」

「貴女のは、復讐というよりは仕返し、なんですのね」

「お返しだよ、少なくとも今はな」

 

 煙管を取り出して、噛む。それでいいんだ。良い奴は、善き者は、そうやって人を頼ればいい。頼るために尽くすのなら、そいつは力なき者から力ある者に変わる。もう嘆かないでいい。そのために動く奴がいる。

 焼かれた山、殺された母親。されたから返すんだ。復讐と、託されたもの。通報されたら全壊させるし、助けられたら助けてやる。簡単な方程式だ。

 

「じゃあ夕飯が出来上がるまで、ちょっとこの街を見て回らせてもらうよ。調査も兼ねて、ね」

「ああ。けれど、倒れていない建物には気を付けるんだよ。いつ崩れるかわからない」

「あいあい」

 

 手伝ってやる、という事は無い。それは対価に混じってはいけないものだ。彼が決めた事ならば、そこに横槍は入れない。それをすると、爺さんを盗賊団の元に向かわせなきゃならなくなる。老体に無理をさせるわけにゃあいかんだろ。

 

 さて、犯人捜し。やりましょうかね。

 

 

 

 

「火元はここ、ですわね。街の外壁にほど近い場所ですが、周囲に温泉が無い……最も湿気ていない場所、と言えますの」

「アルジナ、なんか匂いするか?」

「んー。温泉の匂いと焼けた木の匂いで何にもわからないなー」

「俺もだ」

 

 狐と狼は、猫よりは多少、鼻が利く。その上でわかんねぇだから、匂いじゃあ無理って事だ。とはいえ鑑識なんてもんが出来るはずもない。俺に出来るのは形態変化と幻術と、少々の食事くらい。十分だな。

 通りに出る。座り込んだ大人達数名。さて、ここで幻を一つ。

 俺の姿に写し照らすはメリンダよりもさらに一、二歳年上の少女──エメレンシアの姿。

 

 唐突に表れた彼女の姿に、俺達の方をチラチラ気にしていた男衆の内の一人が、青い顔をして固まった。いやぁ便利だなコイツ。コイツの知り合いの選別にもっとも有用だ。

 

「アルジナ、取り押さえてくれ」

「あいさー!」

 

 エメレンシアの姿を消し、ターゲットロックオンと言う風に睨みつけてやれば、そいつは一目散に逃げだした。何が起きているのかわかっていない男衆の視線の間を抜けて、童女2人と少女1人が疾走する。はは、人間が獣の走力に敵うかよ。

 

 捕り物劇はすぐに終わった。アルジナが一瞬で追いついたというのもあるが、それよりも早く事態を察したらしい一人の男が、そいつの逃げ道を塞いだのである。

 

 クソ、とか離せ、とか、悪態を吐く男に四肢を損失させた幻覚を見せる。悲痛な叫び声と共にのたうち回ろうとするその体を、逃げ道を塞いだ男が強くつかんで離さない。そう騒ぎになれば人も集まってくると言うもので、鎮火に駆けまわっていた大人たちが皆、寄ってきた。

 

 幻覚を消してやれば、しばらく暴れまわっていた男も次第に落ち着きを見せ──自らを取り囲む状況を見て、ようやく、意気消沈した、というように大人しくなったのである。

 

「お前か……お前か!」

 

 大人しくなったのは逃げた男であって、全てを察したらしい逃げ道を塞いだ男の怒気は収まらない。この感じは、家族が連れ去られたかね。いや、ここにいる奴らはほとんどがそうか。女子供。妻と子供か。いやはや。

 

 怒りに燃える男の態度に、周囲に集まってきた人間たちも段々と理解をしたらしい。見る間もなくその表情を怒りに変えていき、それが暴力に変わるまで、そう時間はかからなかった。

 人間たちの輪の中から抜け出したアルジナと、はじめから走りもしなかったメリンダと共に、その輪を眺める。善性か否かはまぁ、わからん。俺に関与するものではないからな。復讐は必要だろう、抵抗無抵抗なんか関係あるものか。だから、止めはしない。

 

 恨みがあれば、死ぬまで殴れるだろう。感情ってぇのはそれくらいの強さを持っている。

 

「でも、どうしますの? 盗賊団の塒が分かりませんわ、これでは」

「初めから知らないんだろ。だからここに留まってる。唆されただけさ。仲間に入れてもらったわけじゃあない。こんなすっからかんの街、再度襲撃する必要なんて無いからな、確実に尻尾切りさ」

「死んだら食べて良いのかな?」

「おいおい、爺さんが美味い夕飯を用意してくれてんだ。今は腹を空かせておけよ」

 

 別にいいんだよ、どこがアジトかなんて、すぐにわかるんだから。目的は内通者の炙り出しだけなんだ。

 鬱憤くらい晴らさせてやれ。可哀相だろ、憎悪を抱えたままなんてさ。

 

 

 

 

 鳥になって、空へ上がる。襲撃に成功したんだ、宴の一つでも開くだろうという予想は、的中だった。多少の距離がある森の中……いや、洞窟の前か。そこに、焚火の光が見える。あれだけじゃあないだろうが、あの奥に塒だのアジトだのがあるんだろう。

 地上に戻って、人型に変化する。白い湯けむりが一瞬吹き飛ぶが、すぐにまた立ち込めた。

 

「う……猫の身になってから、初めて温泉に浸かりますけど……ん、ん……。どうも、この、毛に染みこんでくるお湯の感じが、こそばゆいですわ……」

「同感ー。尻尾がぁ~」

 

 爺さんと、その息子という人間の掃除した温泉に浸かっている。俺も狐として水浴びをするのは初めてだが、二人と違って十二分に心地が良い。確かに尻尾や耳が重くなるし、水分を含んだ毛が違和感を帯びるのはわかるのだが、やはり根が日本人。湯に対する親和性は抜群だ。

 今現在、幻術も解いているので、尻尾も完全に露出している。メリンダとアルジナはそもそも隠していないんだが*1、こうして改めてみると……うん。

 

「長いですわねぇ、ラナエの尻尾」

「蛇みたいー」

「母親も妹弟たちもこんなには長くなかったなぁ、まったく、重いんだが」

 

 普段隠してあるといっても、別にしまってあるわけじゃあない。見えなくしてあるだけだ。体に巻き付けたり、普通に引き摺ったり。だから、伸びりゃ伸びる程重くなる。水を吸っていない時はそこまでの重さじゃあないから良いんだが、今現在、鉛でも付けてんじゃねえかってくらい重い。こりゃ雨の日は要注意だな。

 幼子そのものの身体に尻尾を巻き付けて、その先っぽをゆっくり撫でる。まぁ、この毛並みは気に入っている。狐として長い尻尾は悪くない。狐的感性でファビュラスだ。どれほど伸びるのかはわからんが、身体を尻尾で完全に覆えるくらいになったら面白いと思う。

 

「そういえばラナエ、貴女は幾つですの? 幼い見た目とはいえ、それほどの尻尾。強力な幻術といい、さぞや老齢な狐とばかり思っておりましたが」

「五歳だよ。まだ」

「嘘だー」

 

 尻尾は年齢や実力がわかるから隠している、と言っていたのは母上殿だったか。でも幻術を使える奴ばっかりじゃないってのはこうして世に出てわかった事。あの地下集落の奴らも隠していない奴がほとんどだったし、そもそも狐以外はそんな伸びやせんだろ、尻尾。

 普通の狐もこんなには伸びませんがね?

 

「まぁ、五歳でも五十歳でも五百歳でもいいのさ。ラナエ、ラナエ。貰った名前さえありゃあ、年齢なんざどうでもいいわな」

「……私がメリンダと……お父様たちの前で名乗って、そう、信じてもらえるでしょうか」

「信じてもらえなくていいだろうよ、身体が違うんだ、名乗っただけじゃわからんさ。話し合えよ、話が通じるなら。通じないなら誇れ、お前が自らの名前を覚えている事を」

「やっぱり五歳ではありませんわね」

 

 おいおい、子供を馬鹿にすんなよ? 子供の方が核心を付くぜ、大人よりな。まぁメリンダはまだ12歳だかで、十分子供なんだが。

 

「そろそろ上がるか。アルジナも逆上せ気味だし」

「ああ! さっきから大人しいと思ったら!」

「うー」

 

 アルジナを抱き上げるメリンダを見て、ふと、思う。

 ……いや、いいや。思わないで。言葉は形にしない方が、楽で良い。そこまで抱えていたくはないしな。

 

 良い湯だった。後は美味い飯で、対価は十分だ。

 

 

 

 

 夜が明けて──なんてことはない。夜も夜、深夜も深夜。有り合わせという言葉がもっともしっくりくる夕飯だったけど、少ない食材でよくもここまで仕上げたものだ。多少の食料を取り戻せないだろうことは許して欲しい。やる気は湧いたぜ、ご馳走様。

 

「メリンダは付いてこなくてもいいんだぜ、苦手だろう、戦うの」

「それが、夜目が利いてしまって、動くものを見るとひっかきたくなるんですの」

「猫だ」

「猫ですから」

「そうかい。俺はお前が元王族様だから、助けたんだ。お前のご主人様なのもそういう理由」

「わかっていますわ」

「だから、死ぬなよ。死ぬのは俺に対価を渡してからにしろ」

「はいはい、優しいですのね、ご主人様は」

 

 認識なんかどうだっていい。そう思いたいならそう思ってくれ。好都合だ。

 

「私は?」

「勝手にしろ。死んでくれても一向に構わん」

「ひどいー」

 

 俺の奴隷でもない俺の肉を狙ってくるような奴をどう心配しろと。

 思う存分、噛み殺してくれ。腹はいっぱいだろうからな。

 

「ああ、攫われたっぽい奴は殺すなよ。分からなかったら食わずに俺の所に連れてこい。それくらいは守れよ、狼」

「あいさ」

 

 それじゃあ、お返しの時間だ。せいぜい気楽に暴れるとしよう。

 

 

◇ / 5

*1
俺が幻術をかけて隠す事はあるが

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