一応、復讐でもしますかね。   作:エメレンシア / 観察端末

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リズ・ヘズ。
そう簡単ではない、ということ。


6.あっさりした襲撃

6 / ◇

 

 

 さて、盗賊団の塒である。アジトかもしれない。根城と言ってもいいだろう。

 潜入して合図を、とか。火を焚いて挟み撃ちを、とか。

 そういう、まどろっこしい事はしなかった。獣である。まぁ群れの狼やシャチであれば追い込み漁もしたのやもしれないが、狼は一匹で後は狐と猫。策を弄すにゃちと足りん。ので、正面突破である。

 アルジナには初めから大狼の姿を、メリンダには逆に子猫の姿を纏わせて、俺は普通に狐娘。

 中ではまだ宴が続いているようだが、それにハブられたのだろう見張りが二人。洞窟の入り口で、小さな焚火を囲んでつまらなそうな顔で焼いた肉をつついている。

 

 見張りはまず気が付くだろう。焚火の向こう、揺らめくシルエットが一つある事に。それは少女だ。童女と言ってもいい年の頃の、ああしかし、本来あるべき、あったのなら可愛らしいだろう耳は側頭に無く、代わりに頭頂に二つの三角耳が生えている。

 ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる狐耳の童女の姿に、流石に異常を悟ったのだろう。多少の酒が入った頭を振って、二人は立ち上がる。傍らに置いていた槍を持ってそれを童女へ向けて、そこでようやくもう二つ、気が付くのだろう。

 

 見えなかったはずのない、恐ろしい程に大きく、恐ろしい程に嗜虐的な目をした巨狼。

 とん、と槍を持つ腕に前足を乗せる、可愛らしいだけの子猫。 

 腕が消えた事を理解する前に、その痛みを認知する前に、二人の首が飛ぶ。正確には飛んだのと、食い破られたの。喉を失えば声を出す事も出来ず、ただ、どんと頭が落ちるだけ。

 

 はは。怖い怖い。ホラーだな、いやぁ。

 

「……」

 

 自分の前足を──自分の手を見つめて、少し動揺したようにメリンダが固まっている。

 

「ちょっとひっかいただけなのに、か?」

「……ええ。驚き、ましたわ。王族の娘であった頃では考えられない。本当に、私はもう、私ではありませんのね」

「でも、今の方が便利だよ。人間には戻りたくないもん、私」

「私は……まだ、わかりませんわ。家族とあって、ようやく、その答えが見つかるのでしょうけど」

 

 感傷に浸るメリンダを余所に、洞窟内へ侵入する。いち早く気が付いたアルジナが慌ててついてくる。まぁ、浸りたいときは浸っておけばいい。ハナから当てにゃあしちゃいねえしな。

 洞窟の中は間隔を空けて松明があり、明るい。それなりに分岐しているらしく、ちぃと骨が折れそうだな、なんて思っていた矢先。

 

「ん? なんだ、ガキ? おい、ガキが逃げ出してんぞぉ!」

 

 分岐の一つから出てきた大男……赤ら顔で腹の出たソイツが、突然叫んでくれた。俄かに騒ぎだす洞窟内。獣は耳が良いんだ、知ってるか?

 

「あっち、いっぱいいるねー」

「俺は囚われてる人間のいるところに行くよ。纏まってくれてるんなら、助かるって話」

「あいさー」

 

 赤ら顔の男は叫んだあと、こちらをはっきり認識したらしい。

 何度も目をこする。視線の先にいるのは俺、ではなく、アルジナ。

 

 つまりはまぁ、でっかい狼。

 

「て、敵襲だぁ!」

 

 存外有能だったと言うべきなのだろう。悲鳴よりも先に叫べる言葉がそれなら、役割は十二分に果たしたと言える。少なくとも奪った子供の一人が逃げ出した程度の些事ではなく、明確な敵が来たと、大事にしてくれた。

 ざわつきの音量が一気に上がる。

 それに掻き消されるようにして、赤ら顔の男が断末魔と共に絶命した。

 

 それじゃあ、あとでな。

 楽しそうに狩りを始めるアルジナを見送って、歩き出す。さぁて。

 

 

 

 

 攫われた女衆は比較的簡単に見つかった。まぁ、臭い方を探せばいいだけだからな。簡単だ。

 ただ一つ、問題点。その部屋にいた奴が存外強かったって事。

 

「幻術か! ふふ、小手先だが、こうも惑わせられるか!」

「おいおいおっさん、あんまはっちゃけんなよ。大切な女が傷付くぜ」

「女が大切なのはお前の方であろう? なんせ、盗賊の塒になど乗り込んでまで助けたかったのだ。ふふ、知り合いだったか、家族であったか? 今この場でアレらを殺さば、お前はどんな顔をするだろうな!」

 

 なんかめっちゃテンションの高いおっさん。他の奴らは幻術やら形態変化でなんとかなったんだが、コイツは眠りこけていたにも関わらず射撃に反応して、起きながら銃弾を剣で弾くとかいう曲芸を披露して見せたのである。

 その時の衝撃で剣はぼっきり折れたのだが、どこからともなく剣を生成して今も尚ハイテンションに戦っている。

 

 エメレンシアと同じく、なんかそういう能力を持っている相手。結構希少なんだな、というのが感想。

 

「何の縁もないよ、人間になんて。殺されたところで何にも思わない。ただ、温泉が気持ちよかったからさ。助けてやらんと寝覚めが悪いだろう」

「ああ、今認識した。お前はイオピクスか! なるほど、つまり各地で殺戮を行っているイオピクスの少女というのはお前だな!」

「ここに来る前にも街一個と軍隊一つ皆殺しにしてきたぜ、間違いねえよ」

「それが今は人助けか! 獣風情が、良いご身分じゃあないか!」

「獣畜生に殺される人間様の方が悪いよ。相対的に良い身分になっちゃあいるけどな」

 

 眼前に俺の幻を出現させて、不可視の本体で斬りつけたり。腕を失った幻覚を見せて、形態変化した右腕の銃で撃ち抜いたり。けれどまぁ、なんというか、痛みを感じていないのだろうな。あんまり意味を為さない。薬でもやってんのかね。ハイテンションなのはそれが理由か。

 形態変化という理不尽による攻撃は、完全な俺の知識依存だ。俺が知らないものにはなれないし、俺が想像しきれないものは俺にダメージが来る。幻術はその限りじゃあないんだけどな。あれは相手に錯覚させるものだから、相手の想像力依存だ。

 

 つまるところ、結構、詰み手。

 相手が痛みをあんまり感じないとなると、幻痛系統は想像力に欠けるせいで意味を為さないし、銃弾を弾き返せるほどの技量に俺がついていけるとも思っちゃいない。エメレンシアは前知識ゼロで、そもそもアイツが戦闘者じゃなかったからこその黒星だったけど、そもそもが強い奴にゃ分が悪い。

 

「どうした、これで終わりか! 他にまだできるだろう! この程度の奴が、各地で殺戮を行うなど出来るものか!」

 

 そりゃまぁ、大体の殺生はアルジナの手によるもんだからなぁ。デイルでやったのは橋を落としただけで、直接戦闘したわけじゃあねえし。

 

「どうやら本当に終わりらしいな! ふふ、安心しろ! お前も可愛がってやる! その美貌、成長してもなお使えるだろう! 今回の取引にお前は含まれていないからな! ここで死ぬまで飼ってやるぞ!」

「馬鹿だな、盗賊団は多分もう壊滅してるぜ?」

「仲間がいるのか! それは良いな! しかし残念、この塒において、私は三番目に強い! どういうことか、わかるだろう!」

 

 へぇ。んじゃやっぱり。

 

「お前ら盗賊団じゃあねぇだろう。どこぞの国の軍隊……あるいはその崩れ。他国で子供を攫って、エメレンシアへの取引材料にしてんなぁ」

「子供の内で聡いものだ! 最早、何の意味も無いがな!」

「そうかい?」

 

 地面に手をつく。

 いつも通り燃え広がる幻の炎には、コイツはぴくりとも反応しない。

 

「今更幻術など! ──何!?」

 

 幻の炎には、だ。

 形態変化は何も、固体にしかなれねぇってわけじゃあない。普通に気体にも液体にもなれる。ただ操れはしない。筋肉も神経も通っちゃいねぇからな。液体になったら液体として、染み広がるだけだ。

 臭い部屋で助かったぜ。無色だが無臭じゃあねえからな。鼻が曲がりそうな臭いだが、元々部屋が臭いんだ、紛らわせられる。

 

 危険物だぜ、燃えたら、水を掛けた程度じゃ消えねえほどに。

 

「火をつけるとは、馬鹿め、やはり子供! これでは女はもう助からぬし、この閉所で火を焚いてみろ! 息が出来なくなるのも時間の問題だぞ!」

「どこに女がいるんだよ、周り見てみな? いねぇぜ、もう」

 

 その言葉に振り返る男の視界。

 そこにはまだ、縛り付けられた裸の女たちがいることだろう。

 隙を突いて斬りかかってきた俺の刃を見向きもせずに止めて、笑う。

 

「虚勢とは、本当に万策尽きたと見る! 自暴自棄の放火に巻き込まれる女も可哀想なものよな!」

「馬鹿だな、人間。狐ってな、化かすもんだぜ?」

 

 男が顔を上げる。

 斬りかかってきて、つまり目の前にいるはずの俺の声が、存外遠くから聞こえてきたからだろう。

 その判断力は流石だ。力任せに俺を弾き飛ばして──粉々にばらけたその小さな体に、自らに降りかかったその粉に、頬を引き攣らせる。

 

「爆ぜてくれ。人間」

「爆薬など、それこそ女どもが──」

「ありゃあ幻だぜ。童女に裸の女の造形なんてさせんじゃねえよ、ってことで」

 

 指パッチンを一つ。

 掻き消える捕まった女たちの姿。

 

 BOMB、だ。

 

 

 

 

 それで。

 

 まぁ、三番目に強いらしいあの男の、上にいた二人。

 それと戦ったのだろう。部屋には夥しい量の血液と、倒れた男たち。

 

 そして、息も絶え絶えなアルジナが、メリンダの膝の上で浅い呼吸を繰り返していた。

 

「よぉ」

「……あー。終わった……?」

「終わらせたのはお前だろうよ、大金星じゃねえか」

「んひひー……」

 

 いつぞやの母上様を思い出す、刺し傷切り傷塗れの血濡れの身体。

 

「ご主人様……」

「ああ、メリンダ。女どもの運び出し、お疲れ」

「いえ、私は……それよりも早く、アルジナの治療を」

 

 ん?

 

「なんで?」

 

 その問いに。

 動揺を見せたのは、メリンダだけ。アルジナはわかっていたというように、何も。

 

「アルジナさんの扱いが雑なのはいつもの事ですけれど、どうか、今だけはふざけずに、治療をお願いしますわ。これでは、このままでは、アルジナさんが」

「死ぬだろうな。でも、俺はこいつに何にも貰ってないからさ。助ける義理はねーんだわ」

 

 むしろあの小屋から出してやって、ご主人様なんてのの真似事をやってやって、あげてるもんばかりだ。返してもらうもんはあれど、やるもんはもう何もない。

 

「そんな……仲間では、ないのですか? 家族では……」

「いんや、全然? 知り合ったのも最近だし、価値観もあんまり合わないしなー。情なんて欠片も無いよ、アルジナには」

「──で、であれば、私から何か差し出しますわ! その見返りで、アルジナさんの治療を」

「いやいや、お前は俺の所有物じゃん。既に全部俺のもんだよ、お前の差し出せるもんは」

 

 自分に対しての不義理なんざ、笑い話もいい所だ。

 

 そういうやり取りをしている内にアルジナの呼気は薄くなっていく。致命傷ばかりだ。流石は軍隊崩れ、生物の殺し方にゃあ一日の長がある。まぁ負けたわけだが。

 

「それに、アルジナも別に、生きていたいわけじゃあねえんだろ?」

「……んー」

 

 今の際にいるというのに、アルジナは考える素振りを見せる。滴り落ちる血液がメリンダの膝を濡らす。それは彼女の足を伝い、洞窟の床へと浸み込んでいく。広く、大きく。

 今更どんな治療を施したところで、助からない。どれほど腕の良い医者の手にかかっても無理だろう。その上での問いだ。

 

 生きたいか。生きたくないか。

 俺はコイツを善性であるとは思わない。悪性であるとも断じないが、食欲に負けている時点で悪性よりだろう。助けたいと自然に思うような奴じゃあない。五年間を過ごした家族にさえ湧かなかった情が、ここ数日を共にしただけの他人にどうして湧くと思うのか。

 

「……死んだら」

「ん」

「食べて、いいから。今は──助けて」

「あいよ」

 

 故にコレは情けではなく、取引だ。義理ではなく、契約。

 

 尻尾を見せる。湯船に浮かんでいたソレよりも長い──先ほどさらに伸びた尾。

 それを巻いたところへ、メリンダがアルジナの身を置く。

 

「しかし、メリンダ。良く知ってたな、俺のコレ」

「見ていましたから。あの軍人を助けるところ」

「へえ、そりゃあ俺の注意不足だ」

 

 ふさふさのもふもふに包み込まれたアルジナの身体はさらに覆われ、見えなくなる。染みるはずの血液が尻尾の隙間から溢れる事は無い。ただ仄かに輝いて、仄かに燐光が浮かび上がる。

 煙管を取り出して、口に咥える。すると洞窟中から燐光が湧いてきて、火皿のところへ集い、溜まっていくのだ。

 

「自らが殺した盗賊の命で、命を繋ぐんだ。狩りとしては最適だろう」

 

 幻の火を付けて、一服。

 ぷかぷかとやりながら、尾を解く。

 

 アルジナにもう怪我はない。ただすやすやと、眠りについている。

 

「背負ってやってくれ」

「ええ、言われずとも」

「子供は?」

「いませんでしたわ」

「そうけ。じゃあ俺は探してくるから、アルジナと人間たちを連れて、先に村に帰っていてくれ。服はまぁ、いいだろ。命がありゃあよ」

「盗賊の服で、出来るだけ血に塗れていないものを見繕いますの。人間は、その裸体を夫や家族以外の者に見せるのはダメなのですのよ」

「そうけ。知らんが」

 

 勝手にしてくれ。俺は早くアドリアンの奴らに無事を伝えてやった方が良いとは思うがね。

 

 

 それじゃ、と。

 再度手を振って、洞窟の奥へと進んでいく。

 

 

 

 

 耳を澄ませてずんずん進むのだが、一向に声らしきものが聞こえない。先ほどまでは完全に酔いつぶれて眠っている盗賊がちらりほらりといたものだが、ここまで深部になると人の気配自体が無い。あぁ無論、眠っている盗賊は殺したが。

 

「おーい、子供ー。人間の子供やーい。どこにいるんだ、助けに来たぞー」

 

 これで子供が連れりゃあ良し。そうでなくとも誘拐犯か密猟者なんかの子供攫いの下手人が見つかれば良しと思って大声を上げているのだが、洞窟内にこだまするばかりで反応/Zero。つーか広い洞窟だなぁオイ。

 先ほど深部と述べたが、深度も上がってきているようで、幾度か下り坂をくだったように思う。少なくとも上り坂は無かった。松明は無いが、まぁ狐だ。夜目が利く。ところどころにある穴ぼこを避けながら、これに落ちてたら助けようがねぇわなぁ、なんて考えつつ歩く事一時間程。

 

 ようやく、灯りが見えた。

 

「灯り、ねぇ」

 

 深い深い洞窟の奥にぃ?

 一応慎重に、不可視の幻術を纏ったままその灯りの方を覗いてみれば、そこにあったのは。

 

「……学校?」

 

 俺の知識にあるような、四角い建物。

 地盤どうなってんだってくらい大きく広く空いた空間の中に、それは建っていた。

 

 これに子供がいるってか。おあつらえ向きなこって。探す手間が省けたような、逆に面倒になったような。

 

 とりあえず人間の方の童女の姿を取って、脇に彫られた階段を降りていく。あの盗賊のアジトの本拠地、ってぇわけでもねぃだろう。そんなら、あんな表層にいた意味がわからん。元々あったここの上の洞窟に奴らが住み着いていた、と考えるべきだ。そんで、捕まった子供らが脱出して、入り口側には盗賊がいるからってんで奥へ奥へと行ってみた……みたいな? おいおい、勇猛果敢かよ。

 しかし、こんな所があんならエメレンシアが真っ先に奪いに来てそうなもんだが。いや、そもそも誰が運営してんだ、ここ。子供たちだけ? 機能してるのかどうかすら怪しいな、そりゃ。

 

 階段を降り切って、校舎に近づく。外から見た感じ、ほとんど教室は空き教室で、長らく使われていない様子。校舎自体も大分古いな。

 

「そこの少女」

 

 突然、背後から声が掛けられた。

 ゆっくり振り返ってみれば、そこには。

 

「自由時間は終わっただろう? 速やかに教室に戻ると良いよ」

 

 明らかにサイズの合ってない服を着た、20代前半くらいの人間の女が立っていた。

 ……あれ、どこかで見たことある、ような?

 

 

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