一応、復讐でもしますかね。 作:エメレンシア / 観察端末
"いずれ"と"いつか"は同義ではないという事。
声を掛けてきたソイツは、どこか見覚えがあるような、無いような。
年の頃20を過ぎた辺りで、きちっとした、というよりは、しっかりしていてもほんわかした、みたいな印象を受けるその声にも、どこか既視感がある。
「聞こえなかったのかな、少女よ。見ない顔だ、新入生かな」
「……気のせいでなきゃ、俺はアンタに会ったことがあるな。誰だ、アンタ」
「ロスと、名乗らせてもらっている。君の名前は?」
「ラナエ」
言うと、少しだけ驚いたような顔をする女……ロス。ロス? 聞いたことが、ある、ような?
「面白い偶然もあったものだ。運命の悪戯かな。酷い運命もあったものだよ」
「知り合いと同じ名前だったか?」
「ああ、大切な知り合いと。それで、うん、やはり君の名前は、ここの生徒にはいないものだ。君は、何をしにここへ来たのかな」
ロスの言葉に敵意や害意はない。こちらを拘束せんとする意思さえもない。ただ純粋に、疑問として。あるいは、心配として。
膝を折って、こちらに視線を合わせて問うてくる。
「子供の集団が、少し前に訪れたはずだ。それらを連れ戻しに来た」
「あぁ、なるほど。確かに新入生にしては、些かおかしな時期に訪れたものだと思っていたよ。わかった、あの子達を呼んでこよう。ラナエ、君が連れて帰ってくれるのだろう」
「そのつもりだよ」
俺の返答ににこりと笑うロス。まただ。強い既視感。けれど、顔を覚えている人間自体が少ないのに、何とダブるってんだ。コール辺りか? 印象に強いのは。
ロスはそのまま、校舎の方へと歩いていった。待てとは言われちゃいないが、待っているべきだろう。まぁ、探す手間が省けたというのなら、それでいい。これで仲間を引き連れて狐退治に、なんて洒落こまれようものならこの学校を破壊する事も考えるが、そうしなくて済みそうなのは良い事だ。
しばらくして、ロスが返ってきた。後ろには十数人の子供。皆一様に怯えている様子ではあるが、ロスには懐いているようにも見える。
「君たちを迎えに来たというよ」
「……」
「アドリアンの奴ら……あー、そいや名前は聞いてなかったな。あのハゲた爺さんに義理があってさ、お前達を連れ戻しに来たんだ。ちぃと歩くが、付いてこれるか?」
ハゲた爺さん、で伝わったらしい。怯えていた表情を少しだけ明るくさせて、人間の子供が俺を縋るように見る。まぁ、あれだけ善性の爺さんだ。子供に好かれもするだろう。まぁ名前を言わずに信用してしまうのは、子供側にちぃと無用心なきらいがあるように思うが。その辺の教育は俺の仕事じゃあねぃやな。
ロスの言葉もあって、子供たちがこちらに来る。
もう一度、彼女の顔を見た。
「……あー、一つ。聞いていいか」
「なにかな」
人間だ。どう見ても。
でも、どう聞いても、どう見ても。
それを問わないのは、あまりに不義理だと思ったから。
「ロス。もし、自らの子に名を付けるのなら。その長女の名前は、なんだ」
「ラナエ」
悩むことも、驚くことも無く。
穏やかな顔でそう言った。ああ。やっぱりか。
「ここは、死後の国か」
「いいや、違うよ。ここは死後の国ではないね」
「……なら、ああ、そうか。そういう仕組みか」
参ったね、どうも。
それじゃあ、メリンダは何の人質にもならねぇってことか。
「アンタは、来ないのか」
「子供たちを置いてはいけないからね」
「そうけ」
それじゃあ、さいならだ。
まぁ、無理矢理連れていくような情もねぇわな。ああ、いや、あと一つ聞いておこう。
「この学校、メリンダとアルジナってぇ子供はいるかい」
「アルジナはいるよ。メリンダは、少しだけいたね」
「十分だ。アンタにゃ今、義理が出来た。いつか助けに来るよ。なんせこっちは、アンタの全てを託されている」
「うん、気長に待っているよ」
それだけ言って、ロスは口を閉じた。
心配そうな瞳でこちらを見つめる子供らをこれ以上放置してはおけないかね。まぁ、私情を挟むのはこれくらいってぇことで。
後ろ手を振って歩き出す。時折子供たちがついてきているかを確認しながら、あの長大な階段を昇って、洞窟へ。
遠くなっていく校舎の麓に、まだ彼女が立っているのが見えた。
別人だわなぁ。そりゃ、悲しい事で。
「またな」
別れはまぁ、そんくらいでってことで。
洞窟深部を抜け、松明のある辺りにまでくると、ざわめきが聞こえてくるのが分かった。その大体の声が聞き覚えのある……まぁ、ついさっき怒号や罵声として聞いていたものだったから、おーい、と声をかけてやればあちらから続々と人間の大人たちがやってくる。
そして俺の後ろにいる子供たちを見て、破顔して、それらを抱きしめるのだ。子供たちもまた、自らの親の元へと走り寄る。
それぞれの子供がそれぞれの親に抱かれているのを見て、まぁ、これで義理は果たせたかな、と一服。
……していたのだが、なんだ、一人だけ。ぽつんと佇んでいる少女がいるではないか。親が来ていないのか、それとも。
「どうしたね、お前さん」
声を掛ける。人間の子供。俺についてきたにもかかわらず、俺に怯えるようにして肩を揺らした。
「親ァ、いねぃのか? そもそもアドリアンの子供じゃあない、とか」
「……」
「だんまりじゃあわからんよ。俺はこのままお前さんを置いていくつもりだけど、ちったぁ話をしてくれりゃ、何かしらをやってやらんでもないぜ、対価次第だが」
「……」
失語症ってわけじゃあないだろうに、少女は喋りもしない。肩を竦める。
まぁ、何も言わないってんなら何も求めてねいってことだぁろう。俺が気にするべくもないわな。
人間たちが口々に帰ろうと言っている中をすり抜けて、一足早く洞窟を出る。おお、もう夜が明けていたのか。時間間隔狂うな、どんだけあの学校にいたんだ俺ぁ。
アドリアンへの道というべきか、森の中の樹には一定間隔で傷がつけられている。人間たちがやったのだろう、まぁ折角助けられたのに森で迷って餓死、なんてことになったら目も当てられないからなぁ、必要な行為だろう。
手に剣を生成する。
「……お前さん、付いてきたいなら付いてきたいって言いないね。敵かと思うだろう、人間だとよ」
生成した剣を雲散霧消させて、振り返る。そこには先ほどの少女。母上殿に人間は敵だと教え込まれていたもんでね、背後に立つ人間は敵扱いしがちなんだ、許してくれ。許さなくてもいいが。
それでも尚、少女はだんまりだ。はン、獣が言葉を使って、人間様が使わないのは面白い皮肉だな。面倒が極まるという点を除けば、喜劇だろう。
再度生成した剣を少女に向ける。
「気が散るんだよな。頼るやつがいねぇんなら名乗りな。名乗らねえんならストーカーとして斬る」
「……」
「死にたがりか。そいじゃ、さいならさん」
剣を持つ手を振りぬく。狐の亜人たるこの身は、前にメリンダが驚いていたのと同じように、簡単に人間の首を切り落とした。ごと、と落ちる小さな首。
首は、地に落ちたまま俺の事を睨む。おいおい、ホラーだな。角度の問題……いや。
「首がねぃ体で頭を拾い上げるなよ、どこに目がついてんだ、お前さん」
「……」
少女は、落ちた首を拾い、それを断面の見えた上体へと持ってきて──嵌める。数秒待って、離された手と共に首の……顔の目がぱちりと開いた。シーンアマイン、デュラハンか。いや、ゾンビか? なんにせよ通常の生物じゃあねな、オイ。
切り傷は無意味と判断する。早速使えねえなこの能力。
「人間じゃあねえのか……あん? そういや、心臓ぶっ刺されても平気な奴がいたな」
「名前」
ようやっと少女が口を開く。名前、と呟いたか。喋れんならはよ喋れよ、ちっと怖かっただろうが。
「ルシア」
「……そうけ」
共通点しかねえ名前だな。まぁ、どうでもいいし、どうしようもないんだが。
少女、ルシアは今一度、こちらへ近づく。なんだなんだ。
「お願いがある」
「聞いてやる義理がねぇや」
「私を、妹の元まで連れて行って欲しい」
……妹、ねぇ。
見た目的にゃあどう見てもあっちのが姉なんだが。いやまぁゾンビだしな。成長くらい止まってるか。……いやゾンビ、でいいのか、本当に。幻術やら能力やら、散々ファンタジーだとは思っちゃいたが、それでいいのか俺よ。
ただ、死なない体、というのはまぁ、そこそこ興味があるな。なりたかないが、ふむ。
「食われて、治るもんか、お前さん」
「時が経てば」
「重畳。ウチに大喰らいがいるんだがよ、最近俺のモンになったんで、餌やりが必要なんだ。連れていく代わりに頼んでいいか」
「……わかった」
なら、良いだろう。所有物の餌だ、運んでやるのも吝かじゃあねぃやな。
「ラナエだ。よろしく」
「うん」
さて、帰ろうか。
アドリアンに帰ると、というか"ようこそ"の看板前にまでくると、口を尖らせたアルジナとそれを諫めるメリンダが立っていた。
「あ、おかえりなさい」
「おかえりー」
「おう。で、なんだ。追い出されたか?」
問えば、目線だけをアドリアンの中へと移す二人。
そこには、いつぞや見た紋章を身に纏う軍人がずらり。あーあのア。
ただ俺を捕らえにきたにしては聞き込みを行いまくっているし、倒壊した建物の撤去などにも勤しんでいる。単純に盗賊と火事の報告を受けて飛んできたって所かね。ただまぁ、俺達がお尋ねものであることにゃあ変わらんわけだ。
「少ないけど、持って行って欲しい、と……長さんが」
メリンダの手には小包。中は急拵えで作ったのだろう果実の切り揃えと多少の保存食。おいおい、やめろよあの爺さん。全部返して、唯一食料だけは返しそびれたな、って自戒してたところにこんなもん渡されたら、また助けなきゃいけなくなるだろうが。善人もいい加減してくれ。こっちの身が持たねえ。
なんにせよ、ここにゃあもういられんってことだ。
「そちらの方は?」
「ルシアという。さっき拾った。アルジナの餌だよ」
「え! 食べていいの!?」
「……」
コクンと頷くルシアを見てから、ものっそい鋭い視線で睨んでくるメリンダには肩を竦めておく。そういやコイツ、9割方いらなくなったんだよな。ミグエルに行く理由も薄れたし。……まぁ残り一割を捨てる、ってぇのも性に合わんのだが。
まぁ、行くかぁ。どうせ門前払いだろうけど。そうなったら、お別れかねぇ。わざわざ捨てる理由も無いとは言え、こうも敵意を向けてくるようじゃあな。
ああ、そうそう。聞こえやしねぇだろうけど。
「落ち着いたらまた、温泉入りにくるから、そん時までに立て直しといてくれよ」
ってことで。
イオピクスは狐と融合した人間を指す言葉だ。絶対数は犬や猪、鳥なんかの有名どころには届かないものの、それなりの数がいる。ただ、種としてそんなに強くはならなかったし、あたかも何でもできるかのように幻術を扱うことなど、一度も無かった。
事実、彼女の妹二人も、弟も、幻術はおろか獣と人型以外の形態変化も使えない。平凡なイオピクス。研究材料としての価値は余り見出せず、売り物としての価値しか見込めないお人形さん。
一応融合ではなく初めからイオピクスとして生まれた存在としての価値だけで、今も飼っている……けれど、正直これ以上は何も出てこない様に思う。少なくともあのラナエ程の価値は、絶対にない。
そんな事をつらつらと考えつつ、件の少女と対面して、唯一生還したという軍人と対面した。無傷での生還。元より周囲の覚えも良く、多少硬い頭を除けば見目も性格も良い優良物件……もっとも、己に結婚願望などというものはないから、単純に目の保養になるな、程度の感想でしかない。
「エメレンシア殿、私に何用で……」
「んーとぉ、貴女、ラナエちゃんと対峙したのよねぇ。どうだったぁ?」
「どう、とは」
「んー、話が通じたか、通じなかったか、とか。可愛かったぁ?」
「……此方とは別の、全く違う尺度で物事を見ている、という印象はありました。ただ、約束は守る、というか……決して話の通じない相手ではない様に思いますね。少なくとも、風評にあるような悪辣非道で命を命とも思わないような化け物とは、どこか……違う、ような」
「けれど、貴方の部下とデイルの市民、みーんな殺されちゃったじゃなぁい?」
「それは、そうです。だから私は、あの少女を許す事は出来ない。必ず捕まえます。そして裁きを受けさせる。出来る事なら、今対策本部の言っているような、見つけ次第即殺害の方向ではなく、法の下に照らす事を望みます」
少しだけ、わかった。
つまり"こういう手合い"には弱い、という事だ。
なんだろう、純粋な好青年。ふふ、あの子もやっぱり女の子ね。
「ありがとう、参考になったわぁ」
「はい……ええと、それで、私に何用ですか、エメレンシア殿」
「んーん。特に聞きたい事は無いのよ、少し顔が見たくなっただけ」
「はぁ」
じゃあ、ぶつけるのはそういうコねぇ。いい感じに警戒を解いてくれることを願うわぁ。それで、あとは情に訴えれば、どうにかなりそうねぇ。
と、独り言ちる。口には出さずに内心で考えを転がす。まぁ、そう上手く行くとは限らない。ただ失敗しても問題はないのだ。目的は彼女についての研究で、何が効くか、何が効かないか。どういう生態をしているのか、どういう価値観を持っているのか。捕らえた後は捕らえた後で研究もするけれど、今手元にない、という事も重要な資料になる。
どうせ元手もほとんどかからないのだし、なんて。
「ねぇ、コールさん。もし興味があったら、今度、私の会社に来て欲しいわぁ。いつでもいいから、ね?」
「わかりました。用事が出来れば、向かわせていただきます」
……社交辞令よねぇ。わかりやすい。
15秒待ったってなぁんにも出ないわよぉ?