一応、復讐でもしますかね。 作:エメレンシア / 観察端末
リグルジニニル・ド
喜楽こそが万病の妙薬なり。
アルジナとルシアを呼び込んで、そのまま歓迎の宴……という風にはさすがにド深夜過ぎたため、簡素な食事を貰って就寝の流れとなった。各々になんとも豪勢な部屋が貸し与えられた。この世界で見ることのなかったベッド……それもフカフカのそれは、ああ、けれどこちとら山育ち。ある程度の固さがないと、どうにも落ち着かない。ここで長年を過ごした狐であれば話も違ったのだろうが、初めてこのベッドを使うってぇな狐にゃちとフカフカ過ぎたな。
ということで、俺はカーペットの上で、丸くなって眠らせてもらうことにした。狐に贅沢はいらんってな。
それで、朝。
いわゆらないでも翌日。
改めて用意された豪勢な食事に、アルジナだけが盛大に喜んだ。流石にずっと同じ味は飽きるんだとか。
昨晩を使って、メリンダとメリンダは深く話し合ったらしい。眠そうな瞳で、けれど険悪な雰囲気もなく、本当に姉妹のように食事を取っている。
……ふと思い出すのは我が妹弟達。ふむ。
一緒に食事をした経験がねぃな。なんか、初狩記念の鼠を貰った覚えはあるんだが。
別に家族への絆、なんてものは持ち合わせちゃいなかったし、然して義理も覚えちゃいない。まぁ、そんなもんさ。ある意味で、他人よりも家族の方が義理ってな感じにくいもんだろう。それを誇ることも恥じることもなく、ただそう、というだけ。
母上殿にだけぁ、命繋いでもらった恩があるからな。託されたもんくらいは返しにいくさ。
そんなこんなをつらりつらりと考えて、朝の食事は終わった。
さて、王族がどれほど善人なのかってぇのは理解出来たんだぁが、だからといってじゃあそれでさいならさん、ってわけにゃいかない。エメレンシアについて、知ってる事を話してもらわにゃあならん。
メリンダ二人はちょいと他の部屋に行ってもらって、アルジナとルシア、国王と女王と、俺。だけになった。
「無用心過ぎるだろう。いくら恩人なんだのとはいえ、他国の大量殺人犯だぜ。近衛の一人くらい、側に置いておけよな」
「シェルダンの軍隊一つをたった一人で壊滅させられるような相手に、近衛の一人がなんの意味を持つというのだ」
「ほん……そりゃあまぁ、確かに」
状況が揃ってねぇと、あの盗賊団の男みてぇに押しきられかねない、とかいうのは黙っておくかね。まぁ今はアルジナもいるから意味を為さないってぇのは間違いじゃなが。
無用心じゃなく、堂々としている、ってことか。平和な証さな。
「ま、いいや。それで、エメレンシア。知ってることを教えてくれ」
「ああ……彼の存在は、5年ほど前から活動を始めた、奴隷商人……ああいや、労働者の……あー、斡旋所の経営者で」
「別に気にしないからハキハキ喋りなさい」
「う、うむ。そう……件の奴隷商人は、拠点をシェルダンの首都ファイスに置いている。一つの企業として、オフィスビルを構えているのだ」
オフィスビルて。技術力ぅ。というか文明力よ。
「んじゃ、ファイスへ行きゃあエメレンシアには会えるんだな」
「オフィスに居れば、だがな。奴は各地の王族や政治家を相手に取引をしていて、その取引のために各地を飛び回っている。文字通り、だ。あの力、奴はマルゴーと呼んでいたか。空間を自在に往き来出来るその力のせいで、正確な位置はわからぬ」
「マルゴー……」
イオピクスやフェレスなんかの言葉を聞いて思っちゃいたんだが、なんでラテン語なんだろうな。狐やら人間やらはこの世界由来の言語で、亜人なんてぇ言葉は存在しなかった。日本語は当たり前のように通じないってぇのに、ラテン語だけ同じたぁ具合も悪かろうよ。
あぁ、マルゴーは淵という意味だ。
「これらの情報については、奴の取引先ならば誰もが知る情報だろう。その上に一つ、こちらで押さえた情報を開示する」
「……」
女王の方がすんごい顰めっ面だぁな。それに怯えながらも、国王は口を開く。
「奴と一対一で話してはならぬ。昨晩よりエメレンシアと関わった、一言でも話した者を洗ったのだが、一対一で話した者にのみ、会話内容に関する酩酊のようなものが見られた。……私も、その一人だ。どんな情報を抜かれたのか、どんな契約をさせられたのか。今の今まで考えもしなかった」
「それで、この人の書棚を探したら、契約書が一枚見つかったのよ。内容は、ふざけたものだったわ」
契約書とやらを寄越してくる女王。えーと、何々?
ご息女の借用書? 著作権について?
まぁふざけちゃあいるな。俺としては他国の文字がシェルダンのそれと、狐のそれと同じだってのと、著作権なんてワードがあることに山椒の木だが。
「……ああ、本当に。私は……本当に、どうかしていた。そんなものにサインするなど……」
「恐らく、被害者はメリーだけではないのでしょうね。洗えば幾らでも出てくると思うわ。どうしようもないことを嘆いてるボンクラも、私も。写し取られて……売られているかもしれない。ぞっとするわ。可能なら、早く助けて上げたい」
「んー、俺が見た限り、獣と融合した奴で人形を取れてんのは高くて15歳か16歳くらいで、それを過ぎると完全な獣になるっぽい、ってぇのは伝えておくぜ。加齢でそれが変わるのか、成った時点の年齢なのかはわからん」
「そう言うという事は、貴女はそれなりの年齢なのね」
「ああいや、俺は特例。そもそも俺ぁ狐なんさ。元人間じゃあない」
「それにしては……随分、人間に詳しい様だけれど」
そいつぁまぁ、なぁ?
「余計な詮索は無しで行こうぜ。義理より借りが勝るのだけは避けたいんでな」
「そうね。失礼をしたわ。ごめんなさい」
いや、だからといってそう簡単に頭を下げんじゃねぇよ。王族だろう、ちったぁ偉ぶれよ。たかだか狐一匹によ。
「情報、助かった。エメレンシアがどこにいるにせよ、オフィスぶっ壊せば事業は滞るだろ。なんで、俺達はこれからファイスへ向かう。アンタらは、あるのか。奴に対する自衛手段の一つでも」
「正直に話せば、無い。門前で追い払うのは当然にしても、奴のマルゴーを止める手立ては存在せず、記憶の酩酊や写し取りに対する防衛方法も考えつかぬ」
「じゃあ、どうすんだ。また娘が借りられるぞ」
「その子も、迎え入れるしかあるまい。後手には後手のやり方がある。何、永遠ではなかろう。お前が、エメレンシアを倒すまで、だ」
「おいおい、期待をかけんなよ。俺ぁ復讐にそこまでの熱量を持ってねぇぞ」
「背負い込まれるより気楽で良いでないか。こちらも気軽に応援させていただくぞ、ラナエ殿」
嘆きもする。悲しみもする。
けれど、笑って受け入れる事だけは、諦めない。
……人間、ね。
「メリンダは連れていかねぇ。本人が来たいつっても無理矢理引き留めろ。未練あるやつぁ復讐には邪魔になるって、相場が決まってんだわ」
「無論。もう、手放すものか」
「今までつらい思いをさせていた分、めいっぱい可愛がってあげるわ。勿論、二人とも」
「あいあい、杞憂かいね、どうも」
さて、俺の聞きたいことはこれで終わり。この様子じゃあエメレンシアを呼びつける、なんて権力は持ってなさそうだしな。カチで行きゃあいいだろ。
んで、お前らは? という風に振り返って見れば、ルシアの膝を舐めながら……いや、多分噛みながら丸まって寝ているアルジナと、彼女の髪を撫でさするルシアが視界に収まった。
興味無いってか。アルジナはともかくルシアは主目的だろうによ。
「そんじゃ」
さぁ、去ろう。いつまでも温水に浸かってちゃあ、自慢の毛並みも衰えようよ。
「善人は善人らしく、達者で暮らせよ」
末長く。
王城では吸わなかった煙管を取り出して、口にやる。
そういえば、ゲートっつーもんに関して聞きそびれた。俺達がファイスに向かうってんのにその話を出さなかった辺り、そんな短距離で使うもんじゃあないか、王族でおいそれと使えるもんじゃない、もしくは行き先が固定されていてシェルダンとミグエルの間にゃ通じていない、のどれかだろう。
「ん?」
「あ、メリンダだー」
ふと付いてくる見知った足音に振り返ってみりゃあ、そこには猫のメリンダが。おいおい、手放さないんじゃあなかったのかよ。
ん、ああいや、付き人や護衛はいるのか、一応。
「なんだ」
「お礼を。お世話になりましたわ、ご主人様」
「エメレンシアの情報っつー対価は十二分に貰ったんだ。これ以上礼なんてされちゃ、貰いすぎになっちまうだろ」
「狐の貴女ではわからないでしょうが、人間というのは貸し借りや義理に関係無く、ただ自身がそう感じたから、という理由だけで感謝を述べるものなのですわ」
「でも猫だろぃ、お前さん」
「いいえ、人間ですの」
ふぅん。
そらまた随分と。人間に誇りを持っておられる。
「この恩は忘れませんわ。シェルダンでは生き難いでしょうから、すべてが終わった暁にはミグエルへお越しくださいな。歓迎しますのよ」
「遠慮しておくよ。英雄扱いも恩人扱いも、肩が凝る。狐だ、肩も何もあっちゃいねぇがね」
すべてが終わったら、好きに生きるさ。別にもっとやりたいこととか、あるいは俺の命が脅かされるようなことがあれば、復讐なんて簡単に諦めがつくからな。燃えちゃねぇのよ。
まぁ一応、餌代としてルシアをエメレンシアの元に届ける、ってぇのは必ず実行するんだが。
「それでは、もう会えませんの?」
「良いだろ、別に。なんだ、情でも湧いたか。俺からはお前に一欠片だって情は持っちゃいないが」
「……」
「……ふん。いいか、メリンダ。離別っつーのはな、悲しいやもしれん。寂しいやもしれん。俺が思わずとも、お前達人間はそうなんだろう。ただ、悲しい事や寂しい事は、決して悪いことじゃねえんだわ。それは善性の象徴だろうよ」
だから。
「笑って見送るもんだぜ、情が湧いたってんなら。情の無い相手にゃ、振り返りもせずに手を振る程度の社交辞令で良い。どうするね、お前さん。苦い顔で見送るかいね?」
聞けば。
メリンダは顔を……無理矢理に笑わせた。ふん。泣きそうじゃあねえか。価値観の相違は好悪にゃ繋がらんってか。馬鹿め、そんなんだから善人に染まるんだ。
「気を付けて」
「おう」
俺は振り向きもせずに手を振って、アルジナは振り返ってブンブンと手を振って、ルシアは何の反応も見せずに歩き出す。
さいならさん。ってことで。
アドリアンはミグエルとファイスの中間地点にある、というわけではないので寄り道をすることもなく、またどこの国のものでもない土地を通ってシェルダンへと入る。
まぁ前も述べたように国境なんてもんがわからんせんから、いつ入ったか、ってのはてんでさっぱりなんだが。
来たときと同じく谷を囲う森へ入る。シェルダンはこの大峡谷に囲われているそうで、森と谷は必ず抜ける必要があるんだと。
そんな人為的過ぎる土地、あるかいね。
そいで森の中。
助けを呼ぶ声をガン無視して谷を飛び越えれば、ソイツぁ「待て待て待て待て待て待て人の心がないのかな君は!」とか言いながら付いて来た。助けを呼ぶ声に感情が乗っかってねぇし、現に単独で抜けられたじゃねぇか、お前さん。
あと狐だぁよ、俺ぁ。人の心なんてないって。
「ふぅ! ようやく追い付いた。にしても、酷いじゃないか! 普通宙吊りになっている人間を見掛けたら、声くらいはかけるだろう!」
「じゃあ普通じゃねぃんだろうよ」
「しかし、うんうん、こんな暗い森の中をお嬢さんが三人だけというのは、あまりに心細かったろう! しかし、もう安心だ! 不肖このライオット、淑女を護る盾となろう!」
「押し売りは要らねえ。付いてくるようなら不審者として処理する」
「処理って……お、おいおいおい! 剣なんてどっから出したんだ! む、向けるな向けるな! 危ないだろう!」
ライオットと名乗った、恐らくイケメンと称されるだろう男。人間……に見えるが、俺のように幻術を使っている可能性も捨てない。
いつでも抜け出せる程度の拘束で宙吊りになってた、ってだけで怪しさしかねぇわな。
「脅しでなく、何の躊躇もなく切り伏せる。警告ってぇ義理は果たしたぜ」
「お、落ち着くんだ少女よ! 大丈夫、私は怪しいもので、わっ!?」
近付いて来たので、斬りかかった。
が、男の提げていた剣で防がれる。少なくとも小物じゃあねぇな、コイツ。
「あ、危な……今の防がなかったら死んでいたぞ!」
「殺す気なんだ、当たり前だろうがよ」
「聞いていた話と違う……騙された!」
「あん?」
なんだい、自白か?
「わかった、わかった! すべてを話すよ。私はライオット。依頼を受けて様々な事業に当たる、ギルドという企業に所属する会社員だ」
「おうおう、並んじゃいけねぃ単語が揃い踏みだな」
「そこに先日依頼があった。ミグエルからの道中、女の子三人が森を抜けて来る。私が心配しているとは知られたくないので、あくまで偶然を装って、ファイスまでの道のりを護衛してほしい、と」
そいつぁまぁ、なんとも。まるではじめてのおつかいを心配する親御、ってぇやつみたいに聞こえるな。
「助けを求めれば助けてくれる、良い子達だから、と……」
「依頼人、誰だ。守秘義務と命を天秤にかけろ」
「申し訳ないが、言えない。ちょちょちょちょいちょいちょい! 違う、言えないっていうのは、知らないからなんだ! ギルドの会社員は依頼を遂行するが、仕事に当たる者と人選と受付はそれぞれ別の者だ! 私はこれ以上の情報は知らないんだよ! だからその剣をしまってくれ!」
……ギルド、ね。
エメレンシアのオフィスを壊すってのは目標の一つとして、そのギルドってのも訪ねてみるか。少なくともコイツ含め、俺を騙そうとした……あるいはなんらかの策に嵌めようとした時点でもう敵対行動だ。
意図のない奴にゃわざわざ手を出さんでやるが、それ以上は耐えねえぞ、俺ぁ。
「ファイスまでの道のり、ついてくるのは構わねえ。けど、あんまり近づかないでくれ。信用出来ねぃ」
「う……わ、わかった。譲歩、感謝する」
……悪性かどうかの判断が難しいねぇ、そりゃよ。