境界線上の守り刀   作:陽紅

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入院して早一月、投稿の序でに生存報告をさせていただきます。

上手く編集できず――いつもの二話分ほどの文章量になってしまいました。ご了承ください。
また、今回かなり、相当なオリジナル要素が含まれます。そちらも並べてご了承のほどを。

では、どうぞ……!


  ※ 使っている機器の不調か、私の使い方がいけないのかわかりませんが、現在感想板での返信が出来ない状態です。失礼とは思いますが、この場を借りまして皆様に御礼を。


 御感想・御指摘、そして誤字脱字の御報告、本当にありがとうございます。

 未だ、長く長くかかりそうですが……今後とも御付き合い頂けると幸いです。
                                     3/8 陽紅


十章 刀、支えず 【花園編 上】

 ……朝の八時。

 

 いつものように航空都市艦『武蔵』では、いまだに寝惚けている者を絶望の底に叩き落とすための鐘が響き渡る。

 

 

『――おはようございます。武蔵アリアダスト教導院の鐘にて、『武蔵』が朝八時をお知らせ致します。……本日より当武蔵は、来る『アルマダ海戦』へ向け、特別準備期間へ突入いたします。――――以上。

 

 ……学生の皆様。並びに住民の皆様は各自、各指揮系統責任者の指揮の下、多大なご協力をお願い致します――――以上。』

 

 

 そんな鐘の余韻が消えるかどうか、という最後の方で、やっと目を覚ました寝ぼけ眼の刀が一人。

 

 とある通りの、とある石碑に背中を預けるように座っていた彼は、大きな欠伸と共に体を伸ばし……。

 

 

 

 

「ん。できた……かな」

 

 

  『うむ。上出来であろうよ。……だがまあ、どうしても『ひとまず』やら『一応』やら『現段階では』と、いらぬ言葉が付いて廻るがな』

 

 

 

 

 ――そんな言葉は、誰に知られること無く……こっそりと呟かれ、そして、ひっそりと消えていった。

 

 

 

 ***

 

 

 どこから知っているのか

 

 どこまで解っているのか

 

 

  ーー……それを聞く以前の、そもそもは?

 

 

 配点 【問題の捜索】

 

 

 ***

 

 

 

「はあ……」

 

 

 ――何時ぞや、時刻こそ違えど絶望と羞恥をもたらした鐘を遠くに、正純は暗い廊下をため息を交えながら歩いていた。

 

 この場合残念ながら記憶力は良い方なので、当時の恥ずかしさはほぼ残っている。いまでこそため息だけで済んでいるが、ふとした時に思い出してゴロゴロと悶絶していたのはまだ最近の話だ。

 

 

「ふん……朝からため息とは、随分景気が悪そうだな? 武蔵の副会長よ。それになんだ、寝不足か?」

 

「Jud. ……朝早くから『来い、付き合え』と、唐突に拒否権無しの通達を某国の女王から受けたのでな。いろいろと大変なんだよ」

 

「ほう、それは大変だな。そうかそうか、まあ心中を察してやるくらいはしてやろう」

 

 

 ――その正純の、数歩前。

 

 正純の皮肉を意にも返さず、薄暗い中を迷いのない足取りで悠々と進むのは、某国の女王こと、妖精女王・エリザベスだ。ちなみに察するだけ。いや、もしかしたらそれすらもしていないだろう。

 

 更にちなみに、正純の言葉に誇張は『一切』ない。

 

 

(いきなりでつい来てしまったが……流石に、軽率過ぎたか)

 

 

 本当に『来い、付き合え』の一言だった。自分の携帯社務の番号を何故知っているのか~云々の疑問もあったのだが……続くエリザベスのその一言で、すべてが消し飛んだ。

 

 

 

 

 ――花園(アヴァロン)についてだ……知りたいのなら、教えてやろう――

 

 

 

 

 ……と。

 

 

 

 その言葉は、寝起きの頭をさらに混乱させるのに十分過ぎる威力を持っていた。

 

 以前正純たちが『傷有り』――メアリに、二境紋について聞いた際、彼女が多くを語れないと言いつつも残してくれたヒントだ。

 

 

 二境紋は公主隠しに、そして末世にも深く関与していると。

 

 そして、そのなんらかの情報が英国にあって――『花園(アヴァロン)』というなにかが、それなのだ、と。

 

 

 ……とにかく、急げとばかりに支度をして、そのまま飛び出してきたのが今の正純なのだ。

 とりあえず主だった面々に連絡を飛ばしたが……さすがに軽率な行動だったかと今になって後悔していたりする。

 

 

(それに……あの子のそばにも、付いていてやりたかったな……)

 

 

 先日自分の走狗になり、そしてケガをしてしまったアリクイの子供。……治療環境がいいとの智の勧めで現在止水に預けているが、そちらも心配だ。

 ……結果として、正純が契約したことが幼いあの子を母親と引き離す原因となってしまったのだから、なおのこと。

 

 

「はぁ……」

 

「本当に辛気くさいな貴様は……昨日私を相手にあれだけの啖呵を切っていた副会長はどこへいったのだ」

 

 

 相変わらず振り向かず、そのまま進み続けるエリザベスからは呆れるような気配が滲んでいる。

 

 ――流石にそろそろ、切り換えるべきだろう。

 

 

 ……大きな深呼吸をひとつ。頭を一旦空っぽにして、再起動させる。

 

 

 そして、改めて……この状況を確認する。単独なのはなにも正純だけではない。エリザベスも一人だ。

 これは……またと無いチャンスと見ていいだろう。

 

 

「……妖精女王。花園(アヴァロン)の前に聞いておきたい事があるのだが、いいだろうか」

 

「ふむ……。Tes. いいだろう、聞いてやる。尤も、答えてやるかは知らんがな」

 

 

 天の邪鬼め――と若干猛りそうになる内心を抑えて、正純は問う。

 

 

 

 

「――守り刀を、止水を……なぜ、あれほどまでに求めたんだ?」

 

 

 

 その問い掛けに……エリザベスの歩みが、止まった。

 

 

 二度。

 

 これは英国が、武蔵に対して守り刀の一族である止水の身柄を要求した回数である。

 

 元信公の世界発信の直後と、昨日の合同会議――そのどちらにおいても、英国は止水に対して『転入』を大前提に、さらには破格としか言いようのない待遇を提示してきたのだ。

 ……他国・他教導院が尤もらしい理由を添えての『身柄の要求』だったことを思えば、英国の対応は殊の外目立つものだった。

 

 

「私には、あの要求が『英国の総意』だとは……とてもではないが思えない。むしろ妖精女王……あなたが単独で推し進めているようにしか見えなかった」

 

 

 当初、正純たち……そして武蔵の幼馴染みたちが知らないところで『あの野郎がまたフラグを立てていたのではないか』と割かし本気で怪しまれたのだが……昨日に至って止水は『お初にお目に』と口上を述べ、エリザベスも『初めまして』と返答している。

 

 

 止水は別段おかしいところはなかったが……エリザベスは違った。

 

 ――まるで、その時初めて、お互いが初対面同士であることに思い至ったかのようにも見えたのだ。その後に続いた歓迎の言葉も、上辺だけのものとは到底思えず……。

 

 

 

 今度のため息は――前から聞こえた。

 

 

 

「……これでも一応、傷心の最中なのだがな……随分と踏み込んでくるではないか、武蔵の副会長よ。なんだ? 男装生活が長過ぎると男女の機微にも疎くなるか?」

 

「……以前、無防備やらかして現在も猛省している最中だ。っていうか、関係ないだろ男女の機微!」

 

「はっはっは――いやいや、関係あるぞ? 大いに、大有りだとも。

 

 

 何せ――私はな、この世界の誰よりも何よりも……『守り刀を愛している』のだからな」

 

 

 

 

 ―*―

 

 

 

「ッチュン……! あー……」

 

「……本当に止水君のくしゃみって、体格と反比例ですよね……確か、鈴さんがびっくりするから~って抑え出したんでしたっけ」

 

「ん? あー、まあ大体あってる、かな。……まだ背中に乗っけ始めたばっかりの時にでかいのやっちゃって、鈴がびっくりして落ちかけたんだよ……あの時階段だったから、本気で焦った。

 それで抑え……じゃなくてさ、正純だろ? なんか、一人で英国に突撃した〜って聞いたけど……危機感、無さ過ぎだって流石に。

 ーー女って暴露してから、逆に無防備になってないか? アイツ」

 

「あのー止水君? 所々がブーメランになりそうだーってことに気付いてくださいね? 危機感ないとか無防備とか突撃とか……でもまあ、止水君にここまで言われちゃうとなると、正純も大概ってことに……」

 

 

(……智は言うまでもないよなーって言ったら、ズドンかなぁ。これ)

 

 

 

 ―*―

 

 

 

 ――正純が、止まった。

 

 

 足は先ほどからだが、思考やら生命活動やいろいろ諸々が、本気で一瞬ほど、完全に止まった。

 

 

 数秒をかけて――再々起動。

 

 

「あ、ああ愛し!? いや、だってお前ら初対面って、はぁ!?」

 

「ふーむ。初めて言葉にしてみたが、あれだな。結構クルものがあるな。

 ……だが悪くないな、うむ。悪くない」

 

 

 慌てに慌てる正純と、自分の言葉を改めて吟味してなにやらウンウン頷いているエリザベス。

 

 ……ストッパー役が不在のため、何とも言えない空気が広がってしまった。

 

 

「……まあ、愛と一言に言っても、これが『どの愛』なのか。私自身いまいち理解していないのだがな」

 

 

 愛は愛でも、それが恋愛か友愛か、それとも親愛なのか。

 

 『愛している』と言ったエリザベス自身が、それを決めかねていた。いや、定められないでいる、と言ったほうがいいのかもしれない。

 

 

 ……そこに無視できない、大きな違和感を覚えた正純が押し黙り……背中越しにそれを感じたエリザベスが、自嘲するように薄く笑う。

 

 

「まあ……おかしいだろうな。端から見たら、順序もなにもない一方的な感情だ。私自身それは理解している。

 ……だがな、抑えられんのだ――私が『木霊と人との混血(ハーフ)』であり、そして同時に『妖精女王』である以上……この感情は消えん。ーー絶対に」

 

 

 エリザベスが挙げた二つの要因は、変えようとして変えられるものではない。

 むしろ、どうしようもない……『変えようがない要因』ではないか。

 

 ――再び歩き出したエリザベスに遅れまいと、正純も慌てて後に続く。

 

 

「ま、待ってくれ! その二つがどうして、その、あ、愛とやらに繋がるんだ?」

 

「意外と初心だな貴様。……説明してやってもいいのだがな。きっと、貴様は理解できんと思うぞ? 荒唐無稽な上に、確固たる物証は一つとして無いときている」

 

 

 それでも構わないと言うなら、教えてやる。

 

 

 ……そう告げたエリザベスに、正純は頷きを返事とした。

 

 

 エリザベスはやはり振り返らない。ふと思い返せば……今日になって、正純はエリザベスと一度として顔を合わせていなかった。

 

 向こうが頑なに――合わせることを拒んでいる。

 

 

 

 

「一概に言うのなら――『夢』だ。

 

 わかっているとは思うが、子供が未来に馳せる方ではないぞ? ……眠りに就いたとき、脳が無意識のうちに見せる光景の方の夢だ。

 ……『あの日』からだから、もう十五年になるのか……私はな、『ある一族』のその歴史を、夢を通して見続けているのだよ」

 

 

 ……毎夜ごとに見る週もあれば、全く見ないで熟睡できる一月もあるがな、とエリザベスは苦笑を浮かべる。

 

 

(『ある一族』というのは……脈絡から考えて間違いなく『守り刀の一族』のことなんだろうが……)

 

 

 なんの躊躇いもなく夢、と言うエリザベスに対し、現状では疑問や疑念ばかりが浮かんでくるが……言葉を挟むべきではないと正純は判断したのだろう。

 

 口を固く結び、話の先を促す。

 

 

「……夢の中の私は大抵、ただの傍観者でな。基本的には見ているだけなのだ。

 そして、その夢の主役は決まって『緋の衣』を纏い、『手足の数より多い本数の刀』を身に帯びているのだ……分かりやすいだろう?」

 

 

 ああ、とても分かりやすい……主役の特徴が特徴的すぎる。

 

 とりあえず『緋衣』『刀』でもう止水以外が連想できなくなっている正純は、その主役とやらが守り刀の一族であることを否定できないだろう。

 

 

「見る夢の時代は統一感なく夜ごとにバラバラでな。私の知る中での最古は『国』という概念がやっとできたか、と言う程の古代だった。……とてつもない長編大作を作品番号無視で手当たり次第に見ている感じだ」

 

 

 ――場所も似たようなものだ。見渡す限り地平線の時もあれば、都に荒野になんでもあった。

 

 

「だがな……時代は移ろうと、場所を変えようと……彼女たちはなんら変わらない。

 ――義に厚く、情に深く。それでいて粋も雅も心から楽しんでいた。酒を飲んで陽気に笑い、大地に身を投げてそのまま夜を越すなんて毎度のことだ」

 

 

 ……担任のリアルアマゾネスが結構な人格者になったらそんな感じかなぁ。と、当人に知られたら一月は厳罰直行の感想を抱きつつ、正純はある単語に引っかかる。

 

 

 

「……『彼女』、たち?」

 

「む? ああ。おそらくだが、あの一族は女系だぞ? それもかなりの比率でだ」

 

 

 だから、今代の守り刀が男だと知ったときは軽く驚いた、と。

 

 エリザベスは、続ける。

 

 ……口調は、まだ軽い。

 

 

「そんな彼女たちだが、一度(ひとたび)戦場へ赴きその刀を抜けば……皆がみな一騎当千では足りぬほどの武士(もののふ)となった。

 いかなる劣勢苦境でも抗い、血泥にまみれ……それでいて尚、真っ直ぐ凛と立ち勝利を掴み取るあの姿に、幼いながら憧れたものだ」

 

 

 

 ――だがな、と。

 

 

 楽しげに。それこそ『夢』を謳う少女のように憧憬を語っていた声が、一気に……急降下した。

 

 

 

「それでも、どれだけ強かろうと……彼女たちも、人だった。

 その強さゆえに……決まって周りの連中は、次第に恐れを抱くようになる。そして一人二人の恐れが広まって大きくなり、やがて一族が『守る』と誓いを立てたその者共の凶刃によって――その夢の主役は、退場するのだ」

 

 

「裏切り……か」

 

 

 

 ……あり得ない話、ではない。

 

 

 そう判断をつけられる自分に顔をしかめながら、正純は思考を止めなかった。

 

 

 当代が守り刀、止水。彼のこれまでの戦績を顧み、そして『ある要素』を合わせれば……それが、答えになってしまうのだ。

 

 

 ――2500対1を完勝し、死地にて孤軍奮闘して時を稼ぎ。終いには満身創痍という状態でありながら、一太刀で五隻もの戦艦を墜としてみせた三河抗争はまだ記憶に新しい。

 

 そして、つい昨日だって単独で骸兵二万を相手取って無双していたのである。

 

 ……聞いた話では、英国の特務勢も何名か撃破しているらしい。

 

 

(冗談でも比喩でもなく、止水一人で十分に対国家戦争が可能……なのか)

 

 

 術式などの様々な技術が発展し、前時代より国も人も強くなっているだろう今でもそうなのだ。

 もし仮に過去の守り刀たちが止水と同等、それでなくとも準ずる戦力であったなら――その時代の世界ではなおのこと、その力は大きく、より圧倒的に見えたことだろう。

 

 そして戦時、その力はとても頼りになったはずだ。……今の正純たちが、正しくそうであるように。

 

 

(問題は――戦が終わった、その後か)

 

 

 それは平時……”平”和な、”時”代だ。

 

 勝ったにせよ、負けたにせよ、和解したにせよ……強大な戦力というのは、それからの不争の時代には『邪魔』になる。

 

 

 ……なって、しまう。

 

 

「……これは私の推論になるが、守り刀の一族の記録が今日(こんにち)に至るまで『口伝』の類いのみでしか伝わらず、物証として全く残っていないのも、それが原因であると睨んでいる。

 ……不誠の証拠を、わざわざ残す殊勝な人間など居はしないだろう。『施政者』なんて人種は、特にな」

 

 

 薄暗いままの廊下を歩み続けると――不意に、暗がりの先に大きな鏡があることに正純は気付く。

 

 姿見にしてもかなりの大きさだ。横に広がるような装いのエリザベスも余裕で写しきり、更にいくらかの余裕がある。

 避けて先に進むのだろうと思いきや、エリザベスの足は真っ直ぐその鏡へと向かい……鏡を目の前にして、止まった。

 

 

「そして……残されなかったが故に繰り返される。『命をかけて戦い、しかし裏切られる』――そんな最悪の結末が、何時の時代も何処の時代も執拗に……最早、呪いとしか言えないほどにな」

 

 

 ほんのわずかにでも情報が、前例が伝わっていたのなら……結果は変わっていたのかもしれん。と、エリザベスは語る。

 

 

 

 ――その鏡を通して、今日初めて見る英国女王の顔は、悲しみか怒りにか、どこか苦しんでいるようにも見えた。

 

 

(……いや、私も……か)

 

 

 たかが夢だろう、と。

 

 ……そう一蹴できたなら、どれだけ楽になれただろう。だが、そうするには得られた理解が大きすぎる上に、エリザベスの言葉が重すぎる。

 

 鏡に写った、苦々しさを全面に押し出した自分の顔を見て、つい正純はそう思ってしまった。

 

 

(……まだ花園(アヴァロン)という本題が残っていると言うのに――正直、もういっぱいいっぱいだぞ……)

 

 

 ……だが、まだこの話は『核心』へと至っていない。そして自分達は……武蔵はそれを、知らなければならない。

 

 ――まだあるはずの続きを促すために、正純は呼吸を一つ挟む。

 

 

「それで……あるん、だな? 『大抵の場合』ではない、例外的に『傍観者ではない』、その時が」

 

「ふふっ、中々に鋭いではないか? その通りだ。私が私個人の力ではなく――『妖精女王としての力』を行使した時に、その例外は生まれる。

 ……ただ見ていることしかできないの夢の中で、『配役』されるのだ。まあ、私の意識はしっかり残り、しかし意思をもって動けはしない……なんとも中途半端な形でだが、な」

 

 

 ――孤児に町娘に女兵士、貴族の子女に王族の姫君。色々とやったが、男の役が無かったのが幸いと言えば幸いだな。

  エリザベスは鏡に写る自分を見ながら、苦笑を浮かべる。

 

 

 

「……『妖精女王』というのは、謂わば一つの称号だ。膨大な内燃拝気をその身に宿し、かつそれを用いて遺憾無く精霊術を顕現できる者を指すのだ。

 だが、膨大と言っても拝気が無限であるわけがない。使えば当然減るし、枯渇すればこの身だって消滅もしよう。……まあ、私たち精霊系異族はそれを補える術を持っているわけだが」

 

「……確か、自然にある流体を取り込んで拝気に変換している……だったか?」

 

「Testament. ……それで概ね正解だ。さらに追加点が欲しい場合は『各異族ごとに対象は変わる』と付ければいい。……水霊ならば河川や海、風霊ならば大気、と言った具合にな。

 そして、私やオマリのような木霊の精霊系異族はそう言った点、かなり他より優れているのだろうな。大地に水、大気……日光でさえ味方にできるのだから」

 

 

 その苦笑は……何故か、自らを嘲るような笑みへと変わる。

 

 ……不意に翳した己の掌を眺めながら、付け加えるための言葉を続けた。

 

 

「だがな、足りんのだよ。……妖精女王の力を行使し、その分を補おうとすれば……自然界にある流体では、全くと言って良いほどに足りん。

 ……さて、ここで問題だ。武蔵の副会長。『私は足りない分の流体を、どこから補っていると思う?』

 

 ――ヒントは、そうだな。……三河で暴走したばかりだな、確か」

 

 

 

 

 ――……。

 

 

 

 ーーエリザベス自身が、もう殆ど答えを言っていた。いや単語そのものは言ってはいないのだが、今のヒントでは芸人系の某全裸がボケ通さない限り、誤解答は難しい。

 

 かと言って、正純をバカにしているのかと思えば……そのような気配は微塵にも無さそうで……。

 

 

 

(えっ、まさか……素……?)

 

 

 

「ち――地脈、か?」

 

「Tes. 正解だ。ーー地脈とはその字の通り、大地の龍脈を流れる力だ。ゆえに、木霊とのハーフである私とは殊更、相性が良いとも言える」

 

 

 

 

 ……どうやら、本気で素だったらしい。現にエリザベスは、軽く戦慄している正純をガン無視して、全く変化のない雰囲気のまま話を続ける。

 

 

 

「ーー妖精女王として力を使えば、流体を通して地脈と繋がる。……その時にな、流れ込んで来るのだよ。

 守り刀の一族を見続けた……そうだな、『星の記憶』とでも喩えようか。その時の感情の、激流がな」

 

 

 

 

 ――知っているか?

 

 

「……守り刀たちはな。裏切られてもなお、守ろうとしていたぞ。……そして今際の際、涙を流しながら謝るのだ。

 ――『最後まで、守れなくてごめん』――と」

 

 

 

 

 ……知っているか?

 

 

「守り刀のあの無数の刀はな、最初は一本なのだぞ? ……産まれの祝いとして一族から贈られ、後の刀は戦か変事が一つ終わる度に、自ら一族の秘術を用いて一本ずつ鍛え上げていくのだ。

 ……奪った命を決して忘れぬよう心に、そして、どうしても守れなかった命を魂に刻みーー背負い続けるために。そして、その刀は子々孫々へと受け継がれていく」

 

 

 

 

 ――()()、知っているぞ。

 

 ……誰よりも何よりも、そなた達を。

 

 

 

「……『あの日』も、 私は知っている。守り刀の一族が……滅びを迫られたあの日も……! 私はこの眼で見届けた……っ」

 

 

(滅、び……っ!? 重奏統合争乱かーー!)

 

 

「貴様は三河で『ただそこにいた』と言ったがな、そんな偶然がある訳ないだろう。その場に偶然いたのではない……彼らは喚ばれ、それに応じたのだ……! そしてっーーそして、守りきった。集った守り刀の一族総員の、命がけの行動によってな。

 ……完全に、とは言えずとも世界を滅びから守り抜き……疲弊しきっていた守り刀たちは攻め込んできた重奏神州の兵に、次々と討たれていった」

 

 

 言葉の途中……黄金の剣装の内で、エリザベスは僅かに背を丸め、己の肩を抱いた。背後からは窺いづらいとは言え、武蔵の代表格でもある正純の前にも関わらずーー弱い姿を晒す。

 

 ……そうしなければ、きっと耐えられないのだろう。

 

 

「っ、貴様に、わかるか……? 『やめろ』とどれだけ叫んでも、全ては過去の出来事ーー奴らには届かないのだ。せめてこの身を盾にしたくとも、夢の中では所詮夢幻に過ぎんこの身体を、全てがすり抜けていくのだ……!

 

 そのまま……その場にいた数百名の守り刀たちが殺されていく様を、ただじっと見ていることしかできないあの無力感……!

 そして、守り刀の一族が滅ぼされていくのを、何も出来ずただ黙って見届けることしかできないあの絶望……っ! ーー心が、バラバラに砕かれるかと思った」

 

 

「……しかし、その……。実際には、滅んでいないはずだ。止水の直系の祖先に当たる守り刀が――」

 

「ああ、そうだ。……だが、仕方なかろう……あの時の光景を見れば、誰もが最悪の事態しか想像できんさ。

 尤も――だからこそ。……だからこそ、あの時……小さな小さな命が生き残っていたと、『受け継がれていた』とわかったあの瞬間……っ、本当に、嬉しかった」

 

 

 自身を抱いていたエリザベスの身体が、微かな金色の光を纏う。

 

 ……昨日の光翼のように、感情のままに力が発現したのだろう。しかし、圧倒してくるような光翼とは真逆のーー何処までも優しい、金色の燐光だった。

 

 

 そしてーー『誰』を想ってその燐光を現しているのかは、もう……考えるまでも無いだろう。

 

 

(……止水個人、というよりも……彼女は『守り刀』そのものを想っているのか)

 

 

 実際、エリザベスは『守り刀を愛している』とは言ったが、その際には一言も止水個人の名を言ってはいない。

 もちろん止水も守り刀であり、その感情を向けられている可能性も十分にあるかもしれないが。

 

 

 大きな深呼吸と共に、エリザベスが姿勢を戻す。ーー深呼吸の際に、微かに震えがあったことを、正純は努めて記憶から消した。

 

 

「これが、私の知っている守り刀の全てだ……恐らく、これでもほんの僅かな一部に過ぎんのだろう。

 ……あの一族には、やたらと謎が多いからな」

 

 

 そう言って、肩の力を抜くような笑みを浮かべたエリザベスが、今日初めて振り返る。

 

 そして……正純の眼を、翡翠の双眸が真っ直ぐ捉え、そのまま射抜く。

 

 今まで浮かべていた、どの表情でもない。研ぎ澄まされた刃を思わせるような、鋭い表情だ。

 

 

 

「……私は、確かに守り刀を求めた。いや、本音を言えば……今でも『我が英国へ迎えたい』と、そう思っている。

 ……聖連に抑えられたままの、()()()()極東・武蔵にいるのならば安全だろうと高を括り、なんの行動も起こさなかった事を今になって後悔している。いっそ、過去の私に向けて全力で王賜剣を叩きつけてやりたいくらいだ」

 

 

 また、学生主体のこの世界で『18歳までしか学生でいられない』という極東のその制度も、エリザベスが行動を起こさなかった大きな要素であったのだろう。

 だがあと一年……という所で、松平 元信公が三河で、その存在を明かしてしまった。

 

 

 

 ……守り刀を、世界の表舞台へと引っ張り上げてしまったのだ。

 

 

 

 そして、それに連動するかのように、その翌日に武蔵は決起してしまう。

 

 末世の解決を。そのための、大罪武装の収集を。……戦い抜くその道を、歩んでいくと。

 

 

「だが……過去はどうあっても、どう足掻いても変えられん。それは、この身に染みて理解している。

 だから、今だ。ーーそして、これからなのだ」

 

 

 

 歩む者たちの中にあって、先頭を進み行くのは二人だ。

 

 そして、その片割れは極東式の制服ではなく……鮮やかな鮮やかな緋衣をその身に纏い、両手足の指の数でも足りない程の刀を従えていた。

 

 

 

 ーーその者こそ。守り刀が一族、その総ての『(守り戦った記憶)』を受け継いだ、最後の……一刀。

 

 

 

「ーーもう、夢ではない。現実ならばこの言葉は届く。この手だって、届くのだ。もう二度と……もう二度と、あの理不尽な歴史を繰り返させる訳にはいかんのだ……!」

 

 

 『次』は、無い。

 次こそ、止めなければならない。阻まなければならない。あの悪夢のような歴史をここで断ち切らなければーー今度こそ、『守り刀は滅ぶ』。

 

 

 

 

「私ならーー我が英国ならば『守り刀を守れる』! それだけの覚悟も、そのための力もある……! 少なくとも! ……少なくとも、共に戦うとほざいておきながら、結局は守り刀に頼り切っている貴様ら武蔵よりは、ずっとな」

 

 

 エリザベスのあまりに一方的な物言いに、正純も流石に頭に来たのだろう。顔は険しく、上ってきた血の勢いのままに反論をーー。

 

 

「ーー……っ」

 

 

 しかしーーそれが、出来なかった。開けた口から言葉は終ぞ出て来ず……ただ、息を飲むだけに終わってしまう。

 

 

 ……頼り切っている、と。

 そう言われて、否定ができなかった。というよりも、そうと自覚したばかりなのだ。

 

 そして守り刀を、止水のことを知らなければならないと意識しておきながら、「そばにいるから」と状況に甘えていた。……甘えていた結果が、今のこの状況だ。

 

 

「…………」

 

「昨夜、守り刀ーー彼自身の意思を聞いて、私のやろうとしていることは結局のところ、ただの『無粋』でしかないのだと思い知らされた。

 ゆえに、もう何も言うつもりはなかった。「当人が望むならば」と……だが、貴様に話しているうちに気が変わった。いや、決心がついたと言った方がそれらしいか。

 この言葉とーーこの手を、伸ばさせてもらうぞ。武蔵副会長」

 

 

 ーー要請する側として、英国が長、妖精女王エリザベスが告げる。

 

 

 

 

  「……来るアルマダ海戦。これを、『 守り刀の一族無し 』で勝利してみせろ」

 

 

 ……武蔵最大戦力であるだろう男の、それは、不戦命令だった。

 

 

 

「ーーなっ!? 待て! いきなり何の話だ!?」

 

「わからんか? 『共に戦えるだけの力を見せてみろ』という話だ。

 アルマダ海戦において、武蔵が歴史再現通りーーそして誰がどう見ても『三征西班牙(トレス・エスパニア)に勝った』という内容なら……私も、素直に諦めよう。大罪武装の返却にだって応じてやろうではないか」

 

 

 ーーだが。

 

 

「……逆に、解釈上での()()()()の勝利や、誰がどう見ても武蔵が敗北していたいう時にはーー私は力尽くで、守り刀を英国へ引き入れる。

 例え、海戦後でーーボロボロになっているだろう武蔵を、撃墜してでもな」

 

 

 勝てば守れる上に得られる。だが負ければ、全てを失う。……ハイリスクどころでは無い。エリザベスの要請は、オールリスク・ハイリターンな内容だった

 

 ……深呼吸を隠しつつ、正純はなんとか『交渉』という形に収めようと言葉を作った。

 

 

「……随分な暴論だ、という自覚はあるか? 妖精女王。ーー仮にも協力国である武蔵に対してそんな事をすれば、他国からの信用を全て失うぞ……! それに、そんな話は今ここでするような軽い内容では……」

 

「軽い内容さ……なにせ、『一人の男を二人の女が取り合うだけ』の話だ。大袈裟に話すなど、恥ずかしかろう?

 それになーー他国の信用なぞ、それこそ軽い。取り戻そうと思えば取り戻せるモノと……比べられるものか」

 

 

 取りつく島もなく、始まる事さえなく交渉は決裂ーー場の流れは、完全にエリザベスに握られてしまった。

 

 

 そんなエリザベスが、鏡を背にニヤリとした笑みを浮かべる。

 

 ーー無意識にだが、「トドメがくる」と。正純は半ば以上に確信した。

 

 

 

「悩むというのなら、より選びやすくしてやろう。ーーもうわかっているとは思うが、この()()()に『 花園(アヴァロン) 』が存在する。

 ……そこで英国が得ている末世ーーそして、それに付する全てを教えてやろう。各国の動きも当然そこに含まれる。これは、貴様らがいま最も欲している情報であろう?

 私の要請を受けるというのなら、これらはサービスとして無償提供しようではないか」

 

 

 どうする? と。

 

 絶対の自信を持って正純の返答を待つエリザベスに、本日最大の深呼吸とため息をしてからーー正純は己の負けを、首肯することで伝えるのであった。

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました!

少々お時間をいただいて、全話の加筆や修正をしようと思います。

 ※ ご指摘により、『ーー』部分を『――』に修正させていただきました。

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